GDPイコール国力なのか?

おそらくそう言っていいのだろうし、あえてそれを否定しようとは思わないが、そこにはいくつか国力以外の要素が加味されていることを見ておくべきだろう。

1.国民からの収奪率 2.国民総資産との乖離、過剰投資 3.海外からの所得増による国民総所得との乖離、 4.国内総需要との乖離 5.“侵略”的貿易構造

これらの要因はGDPが成長するときに「負の要素」として増大する。したがってさらなる経済成長にとってのリスク(脆弱性)として作用する。

このリスクは現実の数字ではなく、確率的なものであり、評価は難しい。

本来ならこれらを織り込んだ国民総生産の数字的指標があればよいのだが。

これらは後ほど考察してみたい。

なぜこういうことを考えたかというと下の表である

実質GDP(億ドル)

1930年

1935年

1940年

1945年

日本

1142

1412

2017

987

アメリカ

7692

6998

9308

16466

ドイツ

1652

1746

2428

1946

ソ連

2523

3348

4200

3336

何よりも驚異的なのがアメリカの戦中のGDP成長である。つまりアメリカにはGDPに示されない潜在的な“伸びしろ”があったのだ。

逆の典型が日本で、たしかに空襲で日本全土が廃墟と化した以上、ここまで下がっても良いのだが、実は空襲以前から急収縮していたのである。

1940年

1941年

1942年

1943年

1944年

1945年

2017

2045

2034

2063

1974

987

ドイツはどうか。敗戦前年にピークの2737億ドルを記録しているのである。全土が戦場となった1945年ですら1946億ドルのGDPを維持しているのだ。

いかに日本のGDPが上げ底であったかがわかる。「逆さにしても鼻血も出ない」というのはこういうことを言うのだろう。