長崎の女子高校生殺害事件はあまりにも忌まわしいが、
報道やコメントが、関係者へのバッシングをふくめ、あまりにも社会関係論的すぎるのが気になる。
もちろん事件を事件としないための対応は社会的に行われるべきものだ。
この点に絞れば社会的側面からのコメントは当然だ。尾木さんはきわめて正しい。(それが児童相談所だろうか? 精神病院の閉鎖病棟ではないか? という思いは日頃からあるのだが…)

対応の遅れは、それ以前の問題として、関係者のあいだでこの手のケースのステージ分類(重症度・緊急度の分類)が認識として共有されていないためだろう。
やはり評価と判断は医学的に行われるべきで、精神医学はもっと積極的に発言すべきではないかと思う。心理学・社会学・教育学的評価はその後に行われるのが筋ではないか。

臨床的に見れば
1.人間的良識の欠落と離人状態(未発達によるものか、二次的な脱落かは不明)
2.著しい攻撃性(被害念慮のない攻撃性)
3.手段の巧緻性(殺害プランの入念さ) むしろ巧緻能力が落ちていないことが特徴
を特徴としており、
前頭・側頭葉の機能の失調を示す。このケースの症状は小児期の毒物混入エピソードを除外すれば、ここ数カ月間に起きており、急性ないし亜急性の経過をとっている。
これら特徴を持つ症候群と考えれば、まず実行力を抑えるために隔離が必要だ。
ついで、攻撃性を抑えるための鎮静(薬物)が必要だ。
ここまでは、社会的考慮や慈悲ごころは有害無益だ。

3.と2.が片付いて、初めて1.へのアプローチが可能となる。
良識欠落を伴う認知障害が後天的なものなら(そのほとんどは統合失調だが)、病気として医学的に対処する。
先天的なもの(いわゆるサイコパス)であれば、訓練・教育が主要なアプローチとなる。(この可能性は世間で言われるほど高いものではないと思うが)
おそらく心理学的カウンセリングの出番は、ひいきめにみても非常に限られたものとなるだろう。