というサイトに、「第7章 原水爆への反応 唐木順三がらみで見ておくべき文献」

というページがあって、

「唐木順三が1980年の遺稿で武谷を手厳しく論難した」、という記載がある。

今次の敗戦は、原子爆弾の例を見てもわかるように世界の科学者が一致してこの世界から野蛮を追放したのだとも言える。そしてこの中には日本の科学者も、科 学を人類の富として人類の向上のために研究していた限りにおいて参加していたと言わねばならない。原子爆弾を特に非人道的なりとする日本人がいたならば、 それは己の非人道をごまかさんとする意図を示すものである。原子爆弾の完成には、ほとんどあらゆる反ファッショ科学者が熱心に協力した

という、加藤さんも引用した例の文章だ。

武谷三男は、『科学者の社会的責任』という本でこれに反論したそうだ。


Uchiiさんは、武谷さんの肩を持つ形で以下のように書いている。

世紀が変わった現在の人々には、この文章の文脈が無視されて、「ひどい文章だ!」と受け取られる可能性が高い。しかし、武谷が注意するとおり、この敗戦を 「解放」と受け取った武谷ら左翼知識人の文脈を忘れてはならない。「ヒロシマ・ナガサキの二重の意味」は、唐木には思考の範囲外なのだ。

さらに、アインシュタインの言葉の引用で唐木に追い打ちをかける。

マッカーシーイズムの吹き荒れた時代に書かれたアインシュタインの手紙(『リポーター』誌)を、原典も文脈も調べずに、単なる想像だけで意味を憶測し、勝手に思いこみを付け加える。

フランクやシラード、そのほかについても同じ。適当な引用文をつぎはぎ細工すれば、ほとんどどのような「印象」でも読者に与えることができる。こういった手口をできるだけ控え、恣意的でない記述を目指すのが「学術的」ということ。


私にはこの唐木・武谷論争の経緯はわからない。今のところそれれほど関わろうとも思わない。ただ、加藤さんの議論はこの話の蒸し返しではないかと感じたので、引用させていただく。