鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

以前から思っていたのだが、中大兄と中臣の蘇我親子に対するテロは、明らかにヤマト王権を守るという明確な目的を持っていた。
1.蘇我一族と蘇我稲目の家系は別物
なんと言ったらいいのか「蘇我氏」は大和政権の一部を形成しているのだが、本質的に「非ヤマト」勢力なのである。しかも倉山田の蘇我とか身内としての蘇我氏もいるので、蘇我と名が付けば全部が「非ヤマト」ではなく、飛鳥に広がる蘇我一族の中で、蘇我稲目に始まる系統のみが「非ヤマト」なのだ。稲目一族は本来の地方豪族の蘇我ではなく、宿借り蘇我なのだ。
分かり易いが不正確な言い方をさせてもらうと、在日の金さんや李さんが金田とか新井とかを名乗るようなものだ。
蘇我稲目一族もかなり血まみれの経過でトップに上り詰めているが、そろそろ露骨なヤクザ路線でなくても権力を保持できるだけのプレステージを獲得しかけていた。
蘇我稲目一族虐殺事件は、明らかに主役・中大兄の激しい殺意に基づいているが、それは預言者中臣に焚き付けられたものであり、被害者意識とジハード観に裏付けられている。
これほどに激しい焦燥感はどこから生じるのであろうか。それは蘇我稲目一家が九州の倭王朝の流れをくんでいるからではないだろうか。
例えば葛城や大伴がたまたま姻戚関係でのさばったとしても、大和政権が乗っ取られ断絶するというほどの危機感は持たないだろう。中臣らが蘇我氏に対して感じる危機感というのは何か異質なものを感じてしまうのである。
彼らが九州王朝の流れをくんでいるという積極的根拠は何もない。しかし、蘇我氏がただの飛鳥の田舎豪族ではないという状況証拠はかなりある。そこを結びつけるものがない。それは蘇我本家の焼き討ちにより焼失したのではないか。

1.「古事記が親新羅で日本書紀が親百済」という伝説
これも例によって読書途中の備忘録なので、飛ばしてもらって結構ですが…
関裕二「古事記と壬申の乱」というPHP新書の一冊。
途中までふむふむと言いながら読んできたが、いきなり発狂した。
古事記が親新羅で日本書紀が親百済だというのだ。
これを大前提にしながら、荒唐無稽な話へと突き進んでいく。
「えっ、そんな話なんかあったっけ」と思いながらネットを探してみたが、結局関さんという人が拡散した情報絡みの記事ばかりだ。
2.「古事記はニュートラルだ」というべき
大体、古事記と日本書紀の成立過程から考えれば、古事記が新羅っぽくなるのも、日本書紀が百済っぽくなるのも当たり前の話だ。
話題がかぶるのは仕方ないにしても、古事記は基本的にはギリシャ神話の世界だし、日本書紀は史記の世界だ。そして古事記は出雲神話を相当取り込んでいて、新羅から出雲へと渡ったスサノオを始祖とする系列の神話が大量に紛れ込んでいる。
これに対し、日本書紀の制作には百済から亡命してきた知識人が深く関わっており、百済本紀の内容も大量に紛れ込んでいる。百済が新羅に対して反感を抱くのは歴史的に見て当然のことである。
さらに言えば、大倭国というのは任那と筑紫・肥前を抱合する倭人国家であり、任那を滅亡させ併合した新羅に対するルサンチマンは倭国も共有している。大和政権固有の伝承を中核とする古事記は、これらに対して関わりは薄い。
これらを以て親百済とか親新羅とか言っても仕方がない話だ。
3.古事記は百済滅亡への関心は薄い
古事記の外交的立場を云々するなら、大化の改新以降の出来事の記載について評価していくしかないと思う。しかしそのあたりを書いた記事は、古事記にはほとんどない。
天智が親百済で、天武が親新羅というのもすなおには納得出来ない。
率直に言えば大和朝廷にとっては百済だろうが新羅だろうが、どうでも良い話だ。問題は中国だ。
中国(唐)は百済に攻め入りこれを滅ぼした。日本は百済を支援して闘ったが敗れた。このとき新羅は唐と結び日本軍を撃破し、百済を滅亡へと追いやったのであるから、どう考えても敵である。
それは天智にも天武にも中臣鎌足にしてもおなじことである。
そして中国は日本に服従を迫り、使者が難波まで来て待機していた。そういう中で壬申の乱が起きたのである。
このあと情勢は一転する、唐は日本を後回しにして高句麗の征服へと向かった。とりあえず国難は遠ざかった。そこへ持ってきて新羅が唐に離反し朝鮮半島からの追い出しを図ったのである。
そうなれば新羅への態度は一変する。日本にとって、新羅は最大最強の敵である唐と闘う同盟国となるのである。
4.独立ほど尊いものはない
だから唐を我が国最大の脅威として立ち向かうことが国策であるとすれば、新羅と闘ったことも、後に同盟国となったのも至極当然の対応であり、天智、天武、持統の個性や、国内事情など何の関係もない。
ただしあるとすれば、難波までやってきて屈服を迫る唐に対して従うか、あくまで闘うかの選択はあったのだ。その選択をしないままに天智は死んでしまった。(あるいはしたのかもしれない)
そして壬申の乱に勝利した天武は屈服の道を選ばずに済ました。
これが基本的な道筋である。
この基本線を踏み外した「解釈」は、まったく説得力を持たない「勝手読み」にすぎない。

我がブログを振り返ると、2年前にも関さんの本を読んでいた。
その時の感想が
非常に面白かったが、疲れる本でもある。
基本的には「言いたい放題」の本だが、示唆に富む部分もたくさんある。
と書いてある。
2年経ってたまたまおなじ関さんの本を読んで、同じ感想を持つこととなった。関裕二さんの指摘は個々の事例については非常に面白いのであるが、「反中国」が緊急かつ決定的な国是であったという時代背景を絶対に外してはならないのである。このことを強調しておこうと思う。

ギリシャ神話 年表的理解

紀元前15世紀 ギリシャ本土にミケーネ語(文字)を持つミュケーナイ文化が登場。

紀元前15世紀 ギリシャ神話が口承形式で草創

紀元前9世紀~8世紀 ホメーロスの二大英雄叙事詩『イーリアス』と『オデュッセイア』が作られたといわれる。

紀元前8世紀 フェニキア文字を元に古代ギリシア文字が生まれる。(ミュケーナイ時代にすでに線文字Bが存在していたが、暗黒時代においてこの文字の記憶は失われた)

紀元前8世紀 詩人ヘーシオドス、『神統記』をあらわす。神々や英雄たちの関係や秩序を体系化し、神話を文字の形で記録に留める。

紀元前5世紀 ギリシャ古典文学の時代。古典悲劇、古典喜劇、歴史など

紀元前4世紀 アケメネス朝ペルシャと三次にわたるペルシャ戦争。アテナイの権威が高まる。

紀元前4世紀 プラトーン、ホメーロスと英雄叙事詩を批判。ポリスより追放すべきと主張。アリストテレスもほら話と批判。

紀元前3世紀 カリマコス(カルリマコス)、アレキサンドリア図書館の図書目録を完成。膨大な記録をもとにギリシャ神話を肉付けする。

紀元前2世紀 アテーナイの文献学者アポロドーロス、『ビブリオテーケー』(ギリシア神話文庫)を編纂。(下の記事と矛盾)

紀元1世紀 アポロドーロスの『ギリシャ神話』(3巻16章+摘要7章)が作成される。紀元前5世紀以前の古典ギリシアの筆者の文献を復元し、ヘレニズム化した神話と一線を画する。

遠山美都男さんの「天智と持統」という本にハマっている。
講談社現代新書で2010年の発行となっている。
新書なのだがけっこうおもったるい本で、1日で半分しか進んでいない。
そこまでの感想なのだが、おもったるい理由は日本書紀の天智紀の通説をひっくり返すのが主題だからである。さらに言えば、そのひっくり返し方が新資料を持ち出すのではなく、読み方をひっくり返すやり方だから、「うーむ…」とうなりながらの理解になっていくからである。
こうやってこれまでの説を打ち破りながら「もう一つの天智天皇像」を構築していくのだが、半分読んだところまでの感想としてはあまり説得力はない。
率直のところわかったのは、天智が殺人鬼だということだ。最初に入鹿と馬子を殺し、ついで自分より上位の皇位継承者を殺し、叔父をカイライに仕立てて難波に王朝を建てるが、叔父が気に食わないと放り出して明日香に帰って別のカイライを建てる。叔父の息子(有間皇子)が反乱を企てると、一族郎党皆殺しだ。
なぜそうなったのか。
有間皇子をそそのかした蘇我赤兄臣という人物が「三つの過失」にまとめている。
1.巨大な倉庫を建て、人民から搾取した財をそこに集積したこと
2.長大な運河を掘削し、その工事にあたる人民のために公糧を無駄遣いしたこと
3.船に石を載せて運び、それを丘のように積み上げたこと
これは蘇我赤兄臣が見た658年における状況である。そして有間皇子が天智に反乱するようそそのかす上での根拠である。
天智が孝徳とたもとを分かって大和(倭京)に戻ったのは654年のことであるから、その後の4年間の天智の治世に対する評価である。
であれば、なぜ天智が大和に戻ったか、なぜ土木工事に集中したのか。それは650年から654年ころに起きた情勢の変化に起因しているとみる他ない。そしてなおかつ、その情勢の変化に対する判断において、孝徳と決定的な乖離を生んだと考える他ない。
天智(おそらく天武も)はこのとき、1.もはや難波にいるべきではない、2.国土防衛の工事をあらゆる犠牲を払ってでも行うべきだ、と決断したのではあるまいか。

ここまでの記事に天武(大海人)の名は全く出てこない。それはおそらく彼が天智と完全に一体となって行動しているからであろう。私は以前から、天武こそ天智路線の正統な継承者だと考えている。他の連中が日和ったから天武が立ち上がったのだろうと思う。
この辺を、明日の後半部分で確かめていきたいと思う。

なお、大海人の名が壬申の乱の直前まで出てこないのは、これらの活動に参加していなかったからだとする意見があるが、これは違うと思う。

「藤氏家伝」によれば、とある宴席で、大海人が床に槍を突き刺し、激怒した中大兄が剣を抜いた。鎌足が間を取り持ち、ことなきを得た。(関裕二氏による)


藤氏家伝と言うのは中臣→藤原家の家伝である。だからこのエピソードは鎌足の自慢話だろうが、立場を変えてみてみると、三者はそれほどまでに一心同体の深い関係にあったということだ。だからいちいち実弟・大海人の名をあげる必要はなかったのだろうと思う。


「昭和陸海軍の失敗」(文藝春秋)という本があって、下記のような興味深いくだりがあった。

福田 誤解を恐れずに言えば、この時点で日本の陸軍は「デモクラシーの軍隊」になった。東条英機は岩手、永田鉄山は長野の出身です。…長州閥という地縁、血縁的な関係ではなく、陸士や陸大で好成績を上げたエリートたちが中心になる、ある意味できわめて民主的な形で運営されるようになった。
戸部 「昭和の軍隊のパラドックス」といえるかもしれません。軍隊は出身が民主的にななると政治的になる、…平民出身の将校ほど天皇を持ち出して、独善的にあらぬ方向へ進んでいくようだ。 

ということで、どうもこれはデモクラシーと呼べるようなものではないのだが、それに対するうまい呼び方がない。
似たようなことは歴史上のさまざまな場面で経験することがあり、どうもその評価には手を焼く。「衆愚政治」とバッサリ切り捨てても仕方ないし、ソクラテスのようにみずから毒を飲んで命を断つのも間違いなのだが、これをどう評価しどのように対応するのか。
ここにリベラリズムとかあるいは立憲主義とかいう概念が外挿されるのだろうが…

この本に基づいて 
2016年03月19日
永田鉄山と一夕会 年表
を増補しました。

特集「調査報告・戦時下の犬猫供出」
と言うのは私も初めて聞いた。北海道の人が随分研究しているらしい。昭和15年にはもう国会で議論されている。
いやらしいのはこれが草の根運動として提起され、これを地方権力が支援するという形をとっていることだ。支援すると言っても中味は煽りだ、最後はノルマで強制するのだ。
いずれにしても、「そこまで行ったらもうおしまいだろう」という常識がもう働くなっている事がわかる。常識がどうこうというよりもはや狂気の世界だ。「それはひどいことだ」という感覚がなくなっている。戦争というのは「狂気の社会化」だということがよく分かる。
聞きたい話ではないが、聞いておかなければならない話だ。よくまとまった良い番組だ。

ベネズエラ医療危機の真実が叫ばれていますが、作られた危機だけが声高に叫ばれ、本当の危機は無視されています。これはその一端を報告した記事です。

CORAL WYNTER
Barquisimeto
September 25, 2017

この記事は、グリーン・ウィークリー・ウィークリーが、ララの州都バルキシメトで「命のための女性運動」をになっている活動家カトリーナ・コザレクから取材したものです。

今年の初めから、ここララ州で出産時に76人の女性が死亡しました。これはベネズエラの中で最悪の数字であり、他の国の死亡率の3倍にものぼります。

この州は貧しい黒人が多く住んでいますが、医者も看護師も、黒人女性の扱いは本当にひどいものです。彼らは女性の尻を叩き、名前を呼び捨てにしてこう言います。
「叫ぶんじゃない。お前がセックスをしていた最中にはそんなに叫んでいなかったろう」
これらは、産科病棟のホラーストーリーの一部にすぎません。
本当なら医師はこんなことをしたら免許を失ったり、停止処分を受けたり、刑務所に行く可能性もあります。しかしそのようなことは、これまでのところ起こっていません。

ベネズエラ医療危機をもたらした犯人
ベネズエラの保健システムは州単位に「分権化」されています。まずこのことに注意することが重要です。
保険医療のための資金と、医薬品などの供給は国からまわされて来ます。しかし、それにもかかわらず、州の健康に関する行政上の決定はすべて地方自治体が管理統制しています。
ここララ州の場合、知事は野党のアンリ・ファルコン、州保健部長も野党のルイ・メディナです。
この州の保険医療はひどいものです。薬の不法取引に関わる地下のネットワークが形成されています。それがマドゥロ大統領に対する経済戦争の一環を担っています。
ほとんどの医師や看護師は、上層階級に属しています。だから政府が社会と健康管理システムをどのように運営すべきかについて、私たちとは全く異なるビジョンを持っています。圧倒的に、彼らは野党=ララ州政府を支持するのです。

ベネズエラ人医師が抱える道徳的問題
看護師や医師は、例えば帝王切開を行うと称して、公立病院から出産用医療セットを譲渡するよう要求することがよくあります。しかし多くの医師たちが、その出産用医療セットをヤミ業者に横流ししてしまいます。
ではどうするか。医者や看護師は、患者に「あなたは自分の薬を見つけなければならない」と伝えます。そうすると患者・家族は薬局に行って必要な器具や薬を買い求めなければならなくなります。「まさか、ウソでしょう」と思うでしょう。
しかし本当です。カラボボ州(ララ州の隣)のバレンシア中央病院の病院長は、薬や器具をヤミ業者に横流ししたのがバレて逮捕されました。
メリダ州の病院ではさらにおぞましいことがありました。
ある看護師はある日、街頭での衝突で負傷したチャベス支持者が担ぎ込まれました。このとき一人の看護婦はこの患者に致死的な薬液を注入するよう強制されたといいます。

女性グループが立ち上がった
コザレクらバルキシメトに住む女性グループはこのような状況を打破するために立ち上がりました。彼女たちは、出産キットを医師と看護師を迂回して確保するためのシステムを作り上げました。それは「女性のための地域共同防衛隊」と名付けられました。
それは病院の労働組合が仲立ちするものです。帝王切開の症例が発生したとき、女性グループからの連絡を受けた労働組合が、当局に出産キットの払い出しを代理申請します。キットを受け取った労働組合から患者に手渡すというシステムです。
「私たちはこのシステムによっていくつかの正義をもたらすことができました」と、コザレックは述べています。「病院の労働者と一緒に、私たちはこの状況をコントロールすることができるようになりました」
この社会実験が行われたのはバルキシメト郊外La Carucienaの小規模公立病院でのことです。それは公立病院ですが、死亡事故や不審死の大部分が発生する州都の主要病院ではありません。
コザレックは振り返ります。「これは簡単なプロセスではありませんでした。医者たちはこの試みに反抗しました。先週には、病院の専門医2人が退職すると脅かしてきました」

州幹部を巻き込んだ大泥棒作戦
保険医療の戦線での「戦争」で使用された別の戦術は、泥棒作戦です。すなわち大型・高額医療機器の盗難です。
これらの機器は公的病院のためにチャベス政権が購入したものでした。しかしそれらを現場で使用するのは医師たちです。
医師の多くは個人開業医を兼ねていたり、あるいは転職して開業するつもりです。このような場合、医師は、個人開業のためにそれらの装置を盗むことが往々にしてあります。
何人かの医師は窃盗がばれて刑務所に行きました。しかし多くの医師はうまいことそれを手に入れました。もっとひどいのはそれを転売することです。
しかしそれは盗品買いがいないと成立しません。その先頭に立ったのが野党政治家です。
ララ州の知事も州都バルキシメトの市長も野党所属です。彼らこそが医薬品や医療機器の闇市場ネットワークを構築する主役となったのです。
全国女性連合の闘い
コザレックたちは「全国女性連合」(Unamujer)に結集して、これら野党勢力と対決することになりました。
「私たちは2015年に記者会見を開きました。ララ州での妊産婦の死亡率は高い、そしてさらに上昇しつつあると主張しました」
「私たちは州政府前の広場まで行きました。私たちのビデオカメラが撮影を開始した時、近くの野営事務所から50人ほどが出てきて、私たちに石を投げ始めました。私たちは20人くらいしかいませんでした」
「私たちは、投石者のうちの何人かが知事の有給秘書であることを確認しました」

このあと最後の一言を誰かに聞かせたい

これが現実です。しかしいつものように、この現実はどれも国際的なマスメディアで語られていません。
その代わりに富裕層相手の小商売を営む「庶民」が三段抜きの記事で取り上げられる(しかも外信の受け売り)。これでは創刊90年の歴史が泣こうというものでしょう。

1.ムハンマドの登場
まぁ、とりあえずそれ以上さかのぼる必要もあるまい。
2015年1月に、前国王アブドラ国王が亡くなり、皇太子サルマンが国王に即位した。このときすでに80歳。イブン・サウドのおそらく最後の息子となるであろう。このあとは孫の世代に移っていく。
このとき、息子のムハンマドが国防大臣兼副皇太子に就任している。弱冠29歳である。
このあとムハンマドが父国王の片腕として辣腕を振るい始める。それと同時にサウジがどんどん過激化していくことになるのである。
2.イエーメンへの軍事介入
2015年3月にとんでもない事態が発生する。国防相ムハンマドがイエメンへの軍事介入を決定するのである。イエメン情勢については別の記事に書いているので、そちらを参照していただきたい。ムハンマドの世界戦略は反イランのみでそれしか眼中にない。しかも彼の反イランは反シーア派であってシーア派であればアラブ人であろうとペルシア人であろうとすべて敵である。
いずれにしてもサウジが直接武力侵攻を開始するというのは、まことに青天の霹靂であった。
敵はクーデターにより大統領を追い出したシーア派アラブ人のフーシー派であり、これを湾岸諸国の連合軍が攻撃した。
この戦争は現在に至るも続いており、内戦の結果、イエメン国民がきわめて深刻な危機に陥っていることはよく知られている。
3.イランとの国交断絶
2016年1月、その戦争のさなか、サウジはアメリカとイランとの核合意を不満とし、イランとの国交断絶に打って出た。イエメン侵攻もそうだが、イランとの国交断絶もほとんど理屈がない。国交断絶しなければならないほどの具体的事実がない。とにかく無茶苦茶なのがムハンマドの特徴である。
4.トランプの大統領就任とクシュナーの着任
その後は、オバマ政権がサウジのクレームを受け付けず対イラン交渉を進めたこともあって、派手な動きはなかった。しかしトランプが大統領に就任するとムハンマドはこの好機を決して逃さなかった。
両者を結びつけたのはトランプの娘婿である。中東和平問題を担当するジャレッド・クシュナー大統領上級顧問(トランプ大統領の娘婿)が、秘密裏に何度もサウジに行き来し、トランプ訪問への動きを取り仕切った。
5.トランプのサウジ訪問と支持確認
2017年5月20日、トランプ大統領がサウジアラビアを訪問した。米国はサウジに1100億ドル(約12兆円)相当の武器を輸出することで合意した。
サウジはトランプ訪問に合わせ、スンニ派アラブ諸国を中心に55ヶ国の首脳を集めた「米アラブ・イスラム・サミット」を開催し、米国との友好、中東における盟主ぶりをアピールした。
この功績を引っさげて、ムハンマドが皇太子に昇格した。ムハンマドは国防大臣に加え皇太子となり、さらに「ビジョン2030」という行政・経済改革計画を発案し、最高責任者となる。
すこしさかのぼるが、3月、サルマーン国王が訪日し「日・サウジ・ビジョン2030」が策定されたのは記憶に新しい。このビジョンこそはまさにムハンマドの策定したものであった。
6.カタールを村八分に
これでますます図に乗ったムハンマドは、カタールの村八分工作に打って出る。
5月24日に国営カタール通信がハッカー攻撃を受け、偽ニュースが流された。その中で、カタールの国家元首タミム首長が「アラブ諸国にはイランを敵視する根拠がない」と発言した。
カタールにとってはまったく寝耳に水のニュースだ。その後の報道では隣国UAE(アラブ首長国連邦)の謀略機関がサイトをハッキングして、フェイクニュースを流したのではないかとされている。
カタールは秋田県の面積で、人口220万人の10%超がカタール人で、残りは外国人労働者。世界有数の天然ガス油田を持ち、日本も東北大震災のあとこの国の天然ガスなしには生きていけなかった。国民1人あたり所得は世界一だ。
日本人にとっては首都ドーハの名前が、93年の「ドーハの悲劇」の記憶とともに焼き付けられている。しかし国際的には通信社アルジャジーラのほうがはるかに有名で、NHKも衛星放送で配信している。サウジがいちゃもんを付けてきたのもおそらくアルジャジーラが目障りなのが最大の理由ではなかろうかと思われる。
このいちゃもんが周到に準備されていたことは間違いないようだ。
わずか1週間後にはサウジ、UAE、バーレーン、エジプトのアラブ4ヶ国がカタールとの国交断絶を宣言。国境封鎖と空域封鎖を実施した。これにアラブ域外のいくつかの国が同調した。
これもテロリスト組織との関係を禁じた「リャド合意」違反という理屈はついていたものの、その罰の重さに比べればいかにもとってつけたふうで、ほとんど問答無用のものだった。
リャド合意というのは14年に湾岸協力会議(GCC)諸国が合意したもので、反体制派やテロ組織を支援しないことを約束したものだ。ただしイランがテロリスト国家だという共通認識はない。
UAEは、同国に滞在するカタール国民に14日以内の退去を求める。さらに航空路の閉鎖、領空通過の禁止を打ち出した。
カタールは食糧をイランから緊急輸入する一方、UAEへの天然ガス供給を停止する報復措置の検討に入った。
カタールはアメリカにとって貴重な同盟国。軍事基地も置いているから、このような事態は好ましくない。外交官や軍関係者は相次いで懸念を表明したが、トランプ本人がサウジの立場を支持する発言を繰り返すから困ってしまった。
ウソか本当かは知らないが、「クシュナーがカタールの有力者に5億ドルの融資を依頼、カタール側がこれを拒んだことが一因」(英フィナンシャル・タイムズ紙)との報道もある。
かくするうちにテヘランでも同時多発テロが発生した。イラン政府は、5人の実行犯は、サウジアラビアとつながりがあるISのメンバーだったと主張。
とにかくやることが強引だ。
7.カタールは干渉を拒否
6月21日、調停に入ったティラーソン国務長官にもなぜこれほどまでに挑発をかけるのかが飲み込めない。各国がカタールに対する具体的な抗議内容を明らかにするようもとめた。これに対して出されたのがサウジらアラブ4ヶ国による13か条要求。アルジャジーラの閉鎖、トルコ軍基地の閉鎖、イランとの外交関係の縮小、テロ組織との関係断絶などが提示された。結局のところアルジャジーラの閉鎖だ。
しかしそれはとうてい飲めるものではない。これを飲まされるようならばアメリカも困った立場に立たされるだろう。
7月3日、カタールは仲介役のクウェートに回答書を提出。実質的に要求を拒否した。結局、湾岸諸国も次の制裁までは踏み込めないまま膠着状態に入ってしまった。
その後ティラーソンが湾岸諸国を歴訪し、カタール「封鎖」を解除するよう求めた。これに応じ9月9日にカタールのタミーム首長とサウジのムハンマド皇太子が会談を行うが非難の応酬に終わる。
イエメン問題に続いてカタール問題も未解決のまま、いまだに尾を引いている。にも関わらずムハンマドはクシュナーと組んで次々に揉め事を起こし続ける。
8.反イランのためにはイスラエルとも組む
9月にムハンマド皇太子がイスラエルを極秘訪問した。これはエルサレム・ポスト報道で非公式に明らかにされている。これと時を同じくしてクシュナーがサウジを訪問し、首脳クラスと4日間にわたる協議を続けている。
10月にはトランプがイラン新戦略を発表した。この中でイラン核合意に対しより強硬な姿勢で臨むことが打ち出された。この中でアメリカ、サウジ、イスラエルの三国がどういう取引をしたのか。非常に気になるが、おそらくエルサレムの首都宣言とレバノンのヒズボラの扱いで合意ができたのではないか。
11月にはムハンマドがパレスチナ自治政府のアッバス議長と会談。「極めてイスラエル寄りの和平案をのむよう迫った」(ニューヨークタイムス)とされる。
この結果、12月6日トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都と宣言するに至ったのである。パレスチナ人民の英雄的な抵抗にもかかわらず、多くのアラブ諸国は沈黙を守った。サウジアラビアからは形式的な非難声明が出されるに留まる。
9.レバノン首相監禁事件
11月4日、ムハンマド皇太子の率いる『反腐敗最高委員会』、11人の王族を含む約50人を“汚職”で逮捕。その後、拘束者は200人以上とされる。逮捕者の一人はアブドラ前国王の息子で後継候補の1人だったミテブ国家警備隊長だった。
同じ日サウジ滞在中のレバノンのサード・ハリリ首相も巻き添えを食った。ハリリはサウジとの二重国籍を所有しており、おそらく逮捕された誰かにつながっていた人物であろう。これも理屈なんかどうでもよくてとにかく捕まえてしまえという話なのだろうと思う。
ハリリはサウジアラビアで無理やり辞任を表明させられる。この辞任会見でハリリは、「ヒズボラがレバノンを不安定化させている」と主張、「暗殺される可能性がある」と語ったが、結局のところ意味不明の釈明に終わった。
レバノンのアウン大統領は、サウジアラビアがハリリ氏を自身の意志に反して国内に留め置いていると非難。サウジ政府とハリリ氏は否定したが、それにしてもメチャクチャである。
サウジ政府はレバノンに滞在するサウジ市民に対し、国外に即時退去するよう命令。同時に「サウジへの攻撃を止めよ」と警告した。(一体どちらが攻撃しているのか?)
1週間が過ぎ、さすがにサウジへの批判も強まった。窮地に陥ったサウジにフランスが助け舟を出した。9日にマクロン仏大統領がサウジに入り交渉開始。21日にはハリリが解放され、ベイルートに帰還した。ハリリは辞意を正式に撤回しいまもレバノン首相の座にある。
これほどの重大事件にもかかわらず、メディアのほとんどが沈黙を守った。この「監禁」事件については高橋和夫さんが顛末を説明してくれている。
ハリリという首相はレバノン人ながら、サウジアラビアとの二重国籍である。彼がサウジアラビアの不興を買ったのは、イランの影響力の拡大を阻止できなかったからである。彼はシーア派組織ヒズボラをレベノンの政治過程から排除できなかったと非難された。しかしヒズボラの軍事力はレバノン国軍以上である。サウジアラビアの外交を牛耳っているムハンマド皇太子はレバノン情勢にあまりに無知であり、あまりにも荒々しい。
はっきりしたことは、サウジがレバノンに影響をあたえるための有力なカードが失われたということだ。
10.手詰まり感が深まるイエーメン情勢
イエーメンは最悪の状況を迎えつつある。
11月4日にイエメン領内からリヤドに向けて弾道ミサイルが打ち込まれた。これらのミサイルは撃墜されたと報道された。サウジはレバノンの武装勢力ヒズボラによる犯行と主張した。ハリリの監禁もこの事件と絡んでいることは間違いないだろう。
イランはこれを虚偽で危険な主張と非難した。
しかし真相はこのような報道のレベルをはるかに超えていた。実はサウジの迎撃システムはまったく機能せず、ミサイルはそのまま着弾したのである。
サウジは驚愕し、対イエーメン攻撃を強化した。11月6日にはイエメンに人道支援物資を運ぶ経路を封鎖した。国連担当者は封鎖が続けば「何百万人もの犠牲者」が出ると警告している。その4日後には「イエメンで世界最悪のコレラが大発生した」という報道が流された。20万人が感染しているという。
首都サヌアをふくめイエーメンを実効支配しているのはフーシ派(宗派としてはシーア派)で、サウジが支援する前大統領派はアデンの周囲を確保するにすぎない。フーシ派は元大統領でスンニ派のサレハを前面に押し出していた。「アラブの春」で放逐されたこのいわくつきの人物は12月になると動揺し始め、フーシ派との連携解消を発表。サウジアラビア主導の連合軍との関係改善をもとめた。しかし記者会見の2日後には 首都サヌアを移動中「フーシ派」に暗殺されてしまった。
11.粛清事件はムハンマドの弱さの反映か?
11月4日のミサイルはサウジの心臓部に打ち込まれたようだ。それから2日後には大粛清事件が発生している。司法長官は、「11兆円が不正流用された」と指摘し汚職問題として解決しようとしている。しかしサウジの王侯貴族からすれば額が問題ではないだろう。現にムハンマド自身がパリ近郊に3億ドルの「ルイ14世の城」を購入したというニュースが世界中を駆け巡っている。(12.16NYタイムス)
普通に考えれば、イエーメン問題を泥沼に追い込み、防衛大臣なのにリャドにミサイルが打ち込まれるままにされているのでは責任問題であろう。
はたしてイラン憎し、シーア派憎しで、そのためにはイスラエルともトランプとも手を結ぶというのでアラブの大義は果たせるのか、と私がサウジ国民なら当然思うでしょう。

米中の覇権交代: トランプ登場の意味

大西広さんの講演要旨の紹介です。

レーニン「帝国主義論」から見た今日の世界

世界は不均等発展し、アメリカの没落が始まっている。トランプの登場はその象徴である。

BRICSが成長しているのは不均等発展のためである。これらの国は「後発帝国主義国」である。

アメリカは軍事と金融で生き残りを図っている。

しかし「金融覇権」の維持のための手段は、中長期ではアメリカの衰退を加速する。

具体的には金融覇権がドル高状況を必要とし、ドル高政策が製造業の衰退をもたらした。それが国民の反乱をもたらし政治基盤の弱体化をもたらした。

グローバリズム: 経済統合、自由貿易、資本の自由、移動の自由

共通の前提として経済的合理性の原則のもとにコントロールすること。

EUの最大の失敗は、ロシアの影響圏を縮小するという政治的目的で、拡大を急ぎすぎたことにある。

聞いているうちは面白いのだが、論証が不十分なため資料としては使いにくい。刺激にはなります。なお大西さんは「私はマルクス経済学者である」と何度も強調されているが、うんと割引しても「異色の」マルクス経済学者であろう。


サウジの「覇権化」と湾岸諸国の動向
その1. カタール封鎖をめぐる各国の動き

アラブの春からシリア内戦、そしてISと激動が続く中東であるが、報道されない主役としてサウジの覇権主義的行動について注目する必要がある。

といっても私にも「気になる」という以上の情報は目下ないのだが、一番奇異なのはむしろこのメディアの沈黙ぶりなのだ。(ベネズエラでの大はしゃぎとは天地の差がある)

とりあえず気になることとして、

イランへの政治的挑発、カタールへの攻撃(これについては、攻撃そのものもさることながら湾岸諸国連合の私物化が気になる)、イエーメンへの侵略、そしてレバノン首相の軟禁事件(これほどの事件が全くフォロろーされない理由が分からない)

などがある。

湾岸諸国もこれらの動きに無関心ではいられないはずだが、カタール(ということはアルジャジーラ)を除けば、その反応はほとんど報道されない。

おそらく日本語資料はほとんどないだろうが、少しあさってみようかと思う。
2.サウジの本音はシーア派弾圧

サウジの中東覇権戦略は二つの柱があって、その関係が微妙に揺れ動く。

一つはイラン人に対抗するアラブ人世界の団結であり、もう一つはシーア派に対するスンニ派盟主としての対抗である。

アラブ世界の盟主となることはサウジにとっては最も大きな意義があると思われる。またほかのアラブ国家からの支持も期待できる。

イラン人というのはペルシャ人であり、人種、民族が異なる。ただしこれは、トルコ人に対しても言えることであり、その差をあまり強調するのは、イスラムの教えに反することになる可能性がある。

さらにイスラエル、サウジ、イランの間で微妙に成り立っている中東の力関係を改変することには危険もつきまとう。

だから、こちらの戦略を本気で自力で展開する意志はないだろうと思う。(エジプトに担わせて背後で操る手法の継続)

これに対してシーア派への弾圧はもろにみずからの権力基盤に係る課題となる。

中東の多くの国でシーア派教徒数はスンニ派を凌ぐ状況になっている。しかし彼らはそれぞれの国家で下層階級を形成し、不満を蓄積している。

「アラブの春」が各国で展開されたとき、シーア派の不満が表面化した。それは条件さえあればいつでも燃え上がるだけの力を備えている。

これをどう抑えるかという戦略は宗派戦略ではなく階級支配の戦略なのだ。

ここを踏まえて、各国の状況を見ていく必要がある。
3.サウジ対カタールの対立図式

湾岸諸国の政治的立場はサウジ対カタールの対立図式で表される。

カタールは首長国である。UAEが首長国連邦であるのに対し単独で国家を形成している。

前首長のハマドは基本的にサウジとの意見の違いはなかった。しかし現首長のタミームは、「アラブの春」において反政府側の主張を基本的に支持した。さらにエジプトのイスラム同胞団と交流し、ガザのハマスを支援してきた。

これに対しサウジを支持するのはUAEとバーレーンである。クエートとオマーンは、基本的にはサウジに近い立場ではあるが、対立の回避を優先する立場から調停に動いている。

アラブ域外国であるイランとトルコはカタールを支援するというよりは、サウジのアラブ分裂行動に批判を強めている。

とりあえず第1報。


経済の仕組みとその変化をしっかりと整理している文章がなかなか見当たらない。

というより私がこのところ経済の勉強をサボっているのが一番主要な問題なのだが。

私の勉強がストップしたのは、欧州金融危機の後半のあたり。

スティグリッツらが日本の金融緩和策を支持したあたりから、筋道が見えなくなっている。

そこまでのレベルで一応議論を整理しておくと、

リーマンショックから欧州金融危機への移行というのは、基本的には資金の流動性の低下によるものであった。
1.デレバレッジ(逆テコ)が金融弱者を痛めつけた

これは直接の引き金としてはデレバレッジ(逆テコ)による極度の信用収縮であった。商品経済とは直接の関係がない金融不況だった。

2000年代前半の好況局面を通じて信用が極端に拡大し、通貨供給量を大きく上回る信用が形成された。それは見かけ上膨らまされた金融商品、簿価として計上された含み資産などである。

これら通貨の裏付けのない資金はリーマンの破産後、一気に店じまいをかけたが、通貨への還元力の弱い信用、逃げ足の遅い資金ほど大きな犠牲を受けることになった。

その通貨、決済通貨というのはドルである。とりあえずの金融危機が収束したあと、ドルは各国中央銀行に相対的に集中した。

ドルは札束で持っているのが一番強い。しかしそうはいっても、ハダカでさらすわけにも行かないから、どこかの金庫におさまっていなくてはならない。
2.預金の引き出し権が物を言う

そうすると手持ちの資金量は名目の預金量というよりは、その預金の引き出し権の多寡ということになる。怪しげな銀行の当座預金に100万ドル持っていたとしても、その100万ドルが引き出せないのなら意味がない。

では一番確実な銀行(預金先)はどこか、それは米連邦銀行を置いてほかはない。なぜなら彼らは輪転機を持っているからである。次に確実な銀行はどこか。それは日銀である。米連銀内に大量のドル預金を持っているからである。だから商品経済ではなにも円高になる理由などないのに円高になってしまったのである。

話が脇にそれたが、欧州金融危機は各国財務当局や、中銀の体力コンテストになった。そして弱者が敗者となり、勝者も著しく体力を消耗したのである。
3.量的緩和が決め手

この状況を打開するには、とにかく米連銀の輪転機を回すしかない。失われた信用の何割がドルの裏付けを得て復活すれば、経済がふたたび回り始めるのか、どこに資金を注入すればより効率的な回復が望めるのか、このへんはよく分からない。

とにかくバーナンキはグリーンバックスを刷りまくった。8年の任期のうち6年間、量的緩和QE1~3を続けたのである。

結果的に言えば、これは「流動性の罠」を抜け出すのに有効な方法だった。変な言い方だが、異端であり排斥されてきた方法であるにも関わらず成功したのである。

それは方法的にはサプライサイドの調整策であるが、需要創出という側面からはケインジアン的性格の濃いものである。
4.商品市場とは全く別の論理

私の印象としては、これは商品市場とは全く別の論理で動く、もう一つの市場経済世界である。

どうもこれを一緒にして語ってきたから話が混乱しているのではないだろうか。

我々がこれまで語ってきた市場の需要・供給曲線というのは商品世界のバランスだった。しかし今我々が目の前にしたのは商品を中心として動く世界ではなく、貨幣を中心として形成される需要・供給曲線の世界なのではないか。

このあたりはマルクスが資本論第3部で端緒的に触れたところであるが、彼の時代の信用システムはまだ十分に開花されたものではなかったから、理論も展開されたものではない。

むしろ究極的には商品と貨幣により形成される市場経済に規定されるものだという側面が強調された。

しかし信用制度が発達してくれば貨幣と信用により形成される市場が新たに出来上がり、その経済規模が実体経済の十倍以上に拡大すれば、信用市場を管理するためのノウハウは別個のものとして体系化されなければならないだろう。
5.国際決済通貨(ドル)市場の論理
それに加えてグローバル経済では、信用市場の主役は貨幣一般ではなく「国際決済通貨とその引き出し権」を真の貨幣=供給された決済力として考えていくべきであろう。といっても、どこが違うのか自分には何の答えもないが。
今はそういう時期を迎えているのではないだろうか。



人との待ち合わせのちょっとした隙に本屋に入り、ふらっと買ってしまった本がある。

題名に惹かれての衝動買い。

荻原博子「投資なんかおやめなさい」というものだ。

別に私は株なんかやらないし、どうでも良いみたいなものだが、ふんどしの文句が気になる「銀行・証券・生保 激怒必至」と書いてある。

さほど安い本ではないが、喫茶店でパラパラとめくるには格好のネタかもしれない。

まず「はじめに」から

過激な言葉が並ぶが、ようするに「投資ブーム」が作られたもので、仕掛け人が銀行・証券・生保だということ。こういう儲け話に乗ると大損するからやめときなさい。

ということで、これだけならむかしからのお話。

現代風の味付けはどこにあるかというと、

アベノミクス→金融緩和→金融機関の収益悪化→金融機関の株屋化

ということで、これもさほどの新味はない。

結局、今の「好景気」が金融バブルでありいずれ弾ける。荻原さんは東京オリンピック後にそれが来るだろうと言っている。

その際、「好況局面に入ったにも関わらず、金融緩和を続けているのは日本だけだから、不況になったときに世界のしわ寄せが日本に来るだろう」というのがミソといえばミソ。

それでどうするかというと、荻原さんのご託宣は「タンス預金」だ。

これはどうもいただけない。

年寄りはお金を増やそうとは思っていない。とにかく安全にしたいのだ。ところがいまの世の中安全な方法などというものはないのだ。

まず昔ながらのインフレリスクはある。これだけ金融緩和したのだから、いつ来てもおかしくはない。

もう一つは金融が自由化された以上、為替リスクはいつでもある。

この2つの資産リスクをヘッジしようとすれば、資産を貨幣形態資産と不動産形態資産に分散しなければならない。

もう一つは貨幣資産を邦貨と外貨に分散しなければならない。

この2つのリスク回避は、見た目には投資である。だから投資=資産の形態変化をそのままリスクと考えるのは間違っている。

問題は「儲け気分」をふくらませるかどうかだ。つまリは主観の問題だ。貪らなけければタンス預金よりリスクを回避できる確率は高い。

そういうわけで、20年前なら私は間違いなく荻原さんに全面賛成しただろうが、今は部分賛成にとどまる。

ここまでは結論部分について、その不正確さを指摘したのだが、論立て部分にも相当のあやふやさがある。

とくにインフレとデフレの問題、金融不況と実体経済の不況の問題、通貨問題については混乱状態である。

これらについては、いづれ別に記事を起こして行こうと思う。


『反中国』でジタバタするのはおよしなさい

安倍政権、さらにその背後にいる米日支配層は,反中国の立場から危機意識を燃やして、右傾化、軍国化、対米従属強化に一路突き進んでいるようにみえる。
しかも考えれば考えるほど、日米同盟強化というその方向は、無意味で、不利益で、反国民的なように見えてくる。無意味というよりは反知性的というべきほどに思える。

私はそもそも中国と張り合おうという発想がおかしいのだと思う。張り合って勝てる可能性はほとんどない。そういう時代はもう20年も前に終わっている。
それは中国が強くなっているからではなく、日本がどんどん老衰化しているからである。
反中国派は「中国がどんどん強大化しているから怖い」というが、彼我の関係を冷静に見てみれば怖いのは「日本がどんどん弱小化している」ところにある。
そして、この傾向は、ことここに至ってはもはや防ぎようがないのである。

だから我々が日本の将来を思うとき、肝心なのは中国がどうするかではなく日本がどうなるかである。

人口はどこまで減少するとプラトーに達するのか。その時に総GDPと一人あたりGDPはどのレベルに落ち着くのか、ということは比較的容易に予想できる。

どう予想しても結論は一つ、日本はもはや決して大国ではありえない、ということである。
経済的プレゼンスはもはや台湾、韓国と肩を並べる程度に低下する。
そうなれば政治的結論は唯一つ、東アジアの政治地理学は米中関係を基軸とすることになり、米日・米韓・米台関係は米中関係に規定されて進むしかないということだ。
そうなると、日本の取る道はただ一つ、全方位外交だ。日本の安全はアメリカと中国の双方から保証してもらう他ない。

それを前提とするなら、最小限自衛も日米安保さえも是認しうるかもしれない。少なくとも中国にとっては政策選択の範囲内に入ってくる話であろう。
ただしここまでの話はきわめてマキャベリックな発想を基礎としている。肝心なことは憲法前文にある如く「国際平和のために名誉ある地位を占める」ことであり、そのための積極的なイニシアチブをいとわないことであろう。

日曜美術館という教育テレビの番組を見ていて、五嶋龍というバイオリニストに感心した。
アンドリュー・ワイエスの「クリスティーナの世界」という1枚の絵だけで番組一つ作ってしまうという、かなりのオタク番組である。
それはそれで良いのだが、そこにゲストとして参加した五嶋さんのコメントがなかなかよろしいのだ。
夜の再放送を酒を飲みながらの鑑賞だから、かなりうろ覚えだが、五嶋さんの感想の出発点が良い。
ネットにこの番組の紹介記事があったのでそこからコピーさせてもらう。
(ニューヨークの美術館でワイエスの絵を見て)地味だなと最初は思いました。しかし、数秒後にものすごい力強い絵だと思ったんです。印象がガラッと数秒の間に変わったんですが、…
というのが最初の言葉。
つまりこの絵は、ある意味で罠が仕掛けられているのだ。トリック絵画と言ってもいい。この頃のアメリカの「スーパーリアリズム絵画」にはみな、「絵本の挿絵」といったら良いのか、そういうところがある。
「クリスティーナ」における罠は言うまでもなく異様な手だ。異形と言ってもよい。
これに気づいたとき、鑑賞者は一気に絵の中に引き込まれ、クリスティーナの背中に吸い込まれるわけだ。
そのとき鑑賞者は大波に巻き込まれたみたいに、既視のものとの連関を失い、前後左右・天地がわからなくなる。
これを五嶋さんはこう表現する。
彼の芸術の素晴らしさというのは、見る人によって多分違うメッセージが出てくると思うのです。希望や力強さも感じますが、すごい絶望も感じます。こういう悪夢ってあるじゃないですか、目指すところにたどり着けない。でも、這っていくわけです。
後藤さんの素晴らしさは、最初無難な言葉を探しながら、「こういう悪夢ってあるじゃないですか」という表現に絵の本質を手繰り寄せたところにある。
そして五嶋さんの思いはさらに進んでいく。
アメリカって言うと…がんばれば成功したり裕福な生活を遅れるみたいなイメージがありますが、アメリカでの生活の現実というものをバラ色にせず、そのまま冷たく見せてるなと僕は思ったのです
結局、五嶋さんはこの絵をポジティブな絵だとは見ていない。おそらくこのままでは家までたどり着けないであろうクリスティーナの不安とあせり、それを見つめえぐり出していくワイエスの目の冷たさ…
ただしそうまで言われてしまうと話は身もフタもなくなるから、話題はもうひとりのコメンテーターによる背景説明に移っていく。

ただ、ワイエスの被写体を見るときの冷たさが、彼の心の冷たさなのかと言われるとそうとも言えない。

多くの左翼系・民衆系の作家はまず現実の告発から始まっている。そこには秘められた怒りがある。それがリアリズムという共通土台に乗らなければ共通語とはならないし、叙景の技にはアルチザンとしてのセンスも求められるわけだ。

五嶋さんはこのあたりの作業を次のようにすくい取る。
見えないものを描くにはいろいろなテクニックがあります。…表現したいものを控えめに表現することによって、聞いている側の人がもっと求める。
…音楽というものもそのまま伝えるのではなくて、聞いていただいてそこからまた世界が広がるようにすることが目的です…
ということで、アート的にはワイエスを高く評価するのである。
このあと五嶋さんは文明論、現代論もつまみ食いしていくが、この辺は正直のところピンとこない。
おそらくは長いコメントの中を切り取った言葉なのだろうが、最後の切れ端は余韻を残している。
彼のパワーは一瞬戸惑わせるところがあります。それって今の世代の持つハイペースな感覚の中では必要なのではないかと思います。

正直のところワイエスが20世紀アメリカを代表する画家かどうかについての議論はあると思う(例えばベン・シャーン)。さらに「クリスティーナ」でワイエスを代表すべきか否かについても議論は分かれるのではないだろうか。

しかし、随分勉強させてもらったことは感謝しなければならない。

ドヴォルザークのドゥムキーの演奏をYou Tubeであさっているうちに、何か名前は知らないがえらく生きのいい演奏にあたった。
Queyras,Faust,Melnikov という三人のトリオだ。「3人だからトリオだ、何が悪い」と言われているようで、第一印象はよろしくない。「あんたらハイフェッツかオイストラフのつもりしてるんか」、とタメ口の一つも叩きたい。
名前は多国籍っぽいが例によってユダヤ系か?
しかし演奏は良いんだ。私の好きなのはボーザール・トリオで、録音曲目は限られているけどギレリス・コーガン、ロストロポービッチも良いですね。
トリオというのは音としてまとまっていないと曲としての面白さは出てこないと思う。さりとてたった3人でやるのにあまり人の顔ばかり見ていても仕方ないので、そのへんの兼ね合いなんだろうと思う。
そんでもって、そこはやっぱりピアノ弾きに仕切ってもらわないとうまくいかないでしょう。ピアノはオーケストラの代わりみたいなところがあるのだから…
それでこのトリオも、ピアノが仕切っているみたいに聞こえる。しかし誰が何を演奏しているかもわからなくて、じつに困った団体だ。むかしならレコード会社が有無を言わせず名前つけるのだろうが…

といっているうちに、ドゥムキーが終わって、つぎのファイルが始まった。
Spring Sonata/Isabelle Faust と題されている。画面は静止画面で、バイオリン弾きの女性とピアノ弾きの男性が並んでいる。女性はゲルマン系の美人でこれがファウストでしょう、男はラテンというかひょっとしてアラブ混じり。名前はメルニコフとスラブっぽい。

演奏はバイオリンのオブリガート付きのピアノ・ソナタ。そもそもそういう曲なんだからしょうがない。むかしのグリュミーを起用したハスキルの演奏もそうだった。

これにケイラスというチェロが加わってトリオになったんだね。了解。
これはギレリス・コーガンのコンビにロストロポービッチが加わったのと同じだ。ギレリスが仕切ったのと同じようにメルニコフが仕切っているのでしょう。

連中がどういうかは別にして、私の心づもりとしてはメルニコフ・トリオとして覚えておくことにしよう。



インデペンデント オンライン 1月3日号


これはトランプがベネズエラへの武力侵攻を考えているとの発言に関してのもの

世界各国の政府は、ベネズエラ政府が政権の民主的移行を認めず、基本品目の価格急騰を放置していることを批判しているが、解決策として武力紛争を提起したものはいない。

EUや近隣諸国からいくつかの経済制裁が行われてきたが、マドゥロ氏の統治権力を否定するものはなかった。

しかし、アルゼンチン、ブラジル、コロンビア、パナマの閣僚は、マドロ氏の辞任を促すための「軍事的選択肢」に関するトランプ氏の提案を覚えている。
それは17年9月の米州会議後の首脳夕食会における一場面である。

「レックスは、あなたが『ベネズエラで軍事的な選択をしたくない』と言っていると、私に伝えていますよ」
夕食会の参加者によると、トランプは同席する首脳の一人にそういったそうだ。その時トランプの左にはレックス・ティラーソン国務長官が座っていた。

結局のところそのテーブルに座った人々は、トランプの意見に反して、武力干渉が極端な措置になるとの判断で合意した。その時トランプはこう言ったそうだ。

“Is that right ? Are you sure ?”

「夕食が終わる頃、ラテンアメリカ各国指導者たちはショック状態に陥りました。武力紛争はただの空想の話ではなかったのです。 
覚悟していたとはいえ、米大統領の就任以来の8ヶ月は、彼らの想像の範囲を全く超えていたのです」
こうPolitico紙はレポートしている。

元米国関係者は、「ラテンアメリカの指導者たちは、間違いなく、米国の広範な関与について再確認した。そして就任後8ヶ月であるにせよ、米国の関与に関するトランプの無知に驚いた。そして将来の恐るべき不確実さについて懸念を抱かざるを得なかった」


バーク・オバマ政権時代に国家安全保障理事会の西半球上級代表であったマーク・フェイエスタイン氏は12月の米州協会・米州会議で語った。

 トランプ政権の国家安全保障理事会は、ベネズエラを大統領の3つの優先事項の1つとしている。イランと北朝鮮は他の2つである。

9月の夕食よりわずか1ヶ月前に、国連総会の席上で、トランプ氏は語った。
「ベネズエラのための多くの選択肢があり、そこには軍事的選択肢も含まれる」

マドゥロ氏はこの不安を利用して支援を集め、この地域のアメリカの外交官は不安と緊張を和らげるために奮闘した。

一方で米国はベネズエラ国有石油会社に対し厳しい制裁を課している。

この記事はやや大雑把なところがある。別な記事ではこうなっている。
When President Donald Trump sat down for dinner on September 18 in New York with leaders of four Latin American countries on the sidelines of the annual United Nations General Assembly,

テレスール 23 December 2017

ベネズエラ政府と平和と団結の促進を目的とした野党間の会談は、1月11日と12日にドミニカ共和国で再開する予定です。

ベネズエラの制憲議会(ANC)のデルシー・ロドリゲス議長は、公衆に与えられた右翼の暴力に関する報告書を発表しました。

ロドリゲスは、土曜日に公表された「真実、平和、公共の平穏」委員会が作成したこの報告書では、「このような暴力行為の責任者は、地域社会の仕事に着かせるよう処罰されるべきだ」と勧告しています。

「同委員会は、4カ月を費やして、被告人を捜査し拘留者にインタビューしている。それは正義、被害者の理解、国民の和解に貢献するためだ」と彼女は述べている。

「ベネズエラを不安定化させようとする右派の暴力事件を防ぐために、加害者に被害者を補償させるべきだ」と報告書は述べている。

ロドリゲスは、この勧告をこう締めくくる。
「労働奉仕は平和に到達する道具」である。それは犠牲となった被害者が持つ「尊厳の権利の報酬算定式」を用いて算定される。

政府機関は、右翼暴力を犯した80人以上の人々をこのやり方で釈放するよう勧告している。

「ベネズエラ人の国民としての統一を通してのみ、ボリーバルの遺産を可能にすることができると我々は理解している」
ロドリゲスはこう書いています。 「ベネズエラで平和が構築されれば、それを排除できるものなどない」

この報告書は、現在ニコラス・マドゥロ大統領と司法機関に送られています。

ベネズエラ政府と平和と団結の促進を目的とした野党間の会談は、1月11日と12日にドミニカ共和国で再開する予定です。


「私たちはベネズエラをみどり児イエスに委ね、様々な人々の静かな対話が再開できるようにする」とフランシス法皇は述べた。

フランシスコ法皇は、クリスマスメッセージを使って、ベネズエラ政府と野党の間の継続的な対話の重要性について話した。
そして、永続的な平和を達成し、社会福祉を強化するために、交渉が政治的な裂け目を癒すのが不可欠であると述べた。

「ベネズエラをみどり児イエスに委ね、愛するベネズエラの人々の利益のために様々な社会的構成要素の間の穏やかな対話を再開できるようにする」とフランシスコ法皇は述べた。

会談は、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴで1月11日と12日に再開される予定である。
そこでは国の政治的、社会的、経済的課題を解決する仕組みを作り出すことになっている。

アジェンダとしては次の6つのポイントが考慮されている。
すなわち
①真理委員会の設置。
②経済的保証;
③政治的および選挙的保証。
④全国制憲議会の承認
⑤制度的調和を達成する方法、
⑥経済的および社会的ニーズなどが含まれる。

教皇は、バチカン外交団のメンバーへのメッセージの中で、対話を進めるのを手伝う意欲を表明した。
ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領は、右翼野党との会談を要請した多くの団体に手を差し伸べた。

関係改善は、地方選挙後、カラカスのミラフローレス宮殿で野党連合(MUD)の市長と面談した2013年に始まった。
しかし、17年4月、野党が暴動を誘発した。
100人以上が死亡した。その中には21歳のオーランド・ホゼ・フィゲイラのように、単に「チャビスタである」という理由で生きながら焼かれた人もいた。
その結果、公的・私的財産に何百万ドルもの損害をもたらした。
burned
   野党デモ隊によって焼かれたチャベス派の青年(その後死亡)
2017年9月には最新の平和協議が行われた。ドミニカ共和国で野党との予備調査会議が開催された。
ドミニカ共和国のダニロ・メディナ大統領とスペインの元首相ホセ・ルイス・サパテロが首脳会談を行い、2回目の協議を進めることになった。
2回目からはメキシコ、チリ、ボリビア、ニカラグアなどの代表団も同席することになっている。


大田講演 感想を三つほど

1.中国との主導権争い

GDP2位の交代、そして政治的には尖閣がきっかけだろうと思うが、明らかに日本の権力は中国を宿命的ライバルとみなすようになったようだ。日本の止めどない右翼化、軍事化はすべてこれで説明がつく。

中国との軍事・政治バランスをいかに保持するか、一切の軍事・政治戦略のキー概念になっているようだ。そのためにはTPPであろうとFTAであろうとなんでも飲む。

安保は明らかに中国を仮想敵国として再編されつつある。ソマリア、南スーダンへの自衛隊派遣は、尖閣防衛義務を米国に飲ませるための交換条件である。

このようにして日本は、日米同盟を攻守同盟化させ核同盟化させつつある。沖縄の海兵隊基地強化は、明らかに日本政府の能動的な姿勢のもとに突き進められている。

唯一の被爆国、憲法で戦力を放棄した国としての、戦後日本のプレステージみたいなものも投げ捨て、なぜそこまで突き進むのか。
それは台頭する中国への危機感以外には考えられない。

だから急速に進む軍国化の動きに反対し、ファシズムの出現を阻止するためにも、我々は従来型の中国観を洗いなおし、対中国関係の基本となるものを構築しなくてはならないのである。

その構想は日米両国の権力が考える対中戦略と噛み合わなくてはならないから、まずは現在進められつつある対中戦略の全体像を掌握しなければならないだろう。

2.対北朝鮮戦略の再構築

米朝関係は比較的かんたんである。息子ブッシュの大統領就任時まで、ネジを巻き戻してもう一度出発すればよいのである。

前の記事でも言ったように、北朝鮮問題のゴールは核放棄と米朝国交回復の同時決着である。このゴールは21世紀の初頭においてすでに半ば達成されていた。

これを壊したのはアメリカ側、とくに共和党筋だから、再出発には共和党をふくめたコンセンサスが必須である。言葉に出す必要はないが態度で示す必要はある。ある意味ではトランプ・共和党政権だからチャンスかもしれない。

米朝合意に基づき、①KEDO合意の再確認、②太陽政策、③6カ国協議、④日朝国交回復の4点セットが同時に進む必要がある。

北朝鮮は核とミサイルは放棄するしかないだろうが、アメリカの朝鮮半島での核の先制不使用は保障されなければならない。これは6カ国協議の枠組みで確認する以外には実現不可能であろう。

米朝合意が実現すれば、あとは日本政府が最大の妨害者になる。安倍政権は北朝鮮問題を対中国強硬路線の推進に利用している。だから米朝合意など成立しないほうが良いと思っている。困ったものだ。

3.米中合意の可能性とすり寄り戦略の破綻

オバマ政権の軸足は明らかに米日より米中にあった。米中を基軸とする戦略は初めてのものだが、今後もそれが続くのではないか。このトレンドをどう評価し、判断するかが問われる。

日本は中国を敵視し米国に擦り寄ることでアジアの勢力バランスを保とうとしているが、アメリカがはたして思惑通りに動いてくれるかどうか保障はない。今のところは日本の側の貢ぎもの次第だ。
中国重視路線と並ぶもう一つのトレンドが内向き思想である。

アメリカが今後ますます「アメリカ・ファースト」になるのは間違いない。アメリカが日本を大事にするか中国を大事にするかはイデオロギーの問題ではない。どちらが得かということでしかない。

ということは「反中国を基軸とする日米同盟」はますます非現実的なものとなるということだ。
先日読んだ丹羽宇一郎さんの本も、結局の趣旨は「日中対決時に米国が参戦する可能性はきわめて低い」ということだ。アメリカはいざという時の保険にはならない。

ということは、沖縄の基地強化、自衛隊の海外派遣、TPPによる中国包囲などの「アメリカにすり寄るための戦略」はますます無意味なものになるということである。
保険をかけるのは良いが、掛け先が間違っているし掛け方も間違っている。国防方針を再検討する以外に道はない。
基本は中国とは覇権を争わないということだ。なぜなら日本は覇道の立場を取らないからだ。ただし自衛権(正当防衛権としての警察・警備権)は持つ。この防衛権が交戦権や反撃権をもふくむかはむずかしい議論になる。(基本的には領土を越えての反撃権は持つべきでないと思うが)

太田昌克さんの講演「日米核同盟と安保法制」の要旨
久しぶりに良い講演を聞かせてもらった。2時間をこす講演 で、さらに30分の質疑応答つき。これがノンストップで続い たから相当応えたが、一気に聞かせてもらった。 レジメを手がかりに、思い出しながら要点をメモしておこうと 思う。
1.核兵器禁止条約と日本政府の対応
 いろいろ内幕が聞けたが、これは省略。要点は「核の傘」の 維持、核同盟としての「日米安保体制」が国策の最大命題だ ということ。
2.日本政府はオバマの「核先制不使用」を潰した
オバマは「核先制不使用」を宣言しようとしたが、これを日本 政府が押さえ込んだ。 トランプの当選直後のはしゃぎ振りを見て、安保の核同盟化 を目論み、見事に実現させた。 これが17年8月の「2+2合意」で確認された。 「米国の核戦力を含むあらゆる種類の能力を通じた、日本 の安全に関する同盟のコミットメントを再確認した」
3.北朝鮮政策: 米外交史上、最大の失敗
講演の三つ目の柱はペリー元国防長官との単独インタビュ ー。 このインタビューで引き出したのが、とくにブッシュ息子によ るクリントン北朝鮮政策の放棄。 これが今日の北朝鮮核問題を起こしたとする。 太田さんは、さらにオバマ政権の無策も責任があると考えて いる。
私の感想
私も、一時はオルブライト訪朝まで達成し、国交正常化も間 近と考えていた。それが突然ストップしたことに違和感を感じ ていたが、多少事情が飲み込めた。
鍵は二つ。一つは今回の選挙と同じで、圧勝と思われたゴア が番狂わせで破れたこと。もう一つはアホのブッシュの影に チェイニーがいてすべてを仕切ったこと。
確かに言われてみるとそうだ。トランプというのは口先右翼 だが、チェイニーは黙ってやりのけた。 それが大量破壊兵器のデマによるイラク攻撃の断行であり、 もう一つが北朝鮮外交の放棄だった。
北朝鮮は一転、悪の枢軸の一翼とされ、韓国の太陽政策も 小泉外交も、中国の6カ国協議も一切切り捨てられた。金正 日は世界中からコケにされたのである。

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