鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

続いては、「総合エネルギー論入門: 人はどこまで生きながらえるか」(1993年)の結論部分。

「環境容量限界」の図を示した後…
世界のエネルギー消費が地球流体エネルギーに近づき、あるいはこれを超えれば、燃料の如何を問わず、何らかの気象異変を起こす可能性がある。これは太陽のほかに有力な熱源ができたことによるので、この限界線を地球の熱容量限界と呼ぶ。
これとCO限界との関係を見ると、エネルギー問題は少なくとも差し当たっては、資源枯渇の問題というよりも、むしろ地表の容量限界、あるいは地球の環境の壁にあるといえよう。
中略

(原子力問題に関して)
“全体的破滅を避けるという目標は、他のあらゆる目標に優位せねばならない”というアインスタインの原則は、人類にとって最重要かつ緊急な課題である。
換言すれば、“核エネルギーの暴発”による突然の絶滅の可能性を常に意識し、かつ相応な行動を伴わないで“エネルギー”を論ずることはまったくのナンセンスに過ぎない。
いわゆる“原子力の平和利用”も、原子兵器の存在する限り、正常な発展を期することは不可能である。
“エネルギー”に関する著書に、このことを述べたものがほとんど皆無であるために、とくにこれを強調しておきたい。
中略

エネルギー問題解決の方策
エネルギー問題の解決については、省エネルギーをふくめて、石油に代わるべき諸燃料、核分裂・核融合、再生可能エネルギーの利用、宇宙空間よりの電波などが賑やかに論ぜられている。
またその視点としては、産業発展のための開発推進から、“自然(薪の生活)に返れ”という極端なもの、消費の地方分散化をうたう“ソフトエネルギーパス”などが喧伝されている。
ここではグローバルな観点に立って短期・長期の見通しを立てる。その際科学・技術の側の方策としては次のようなものが挙げられる。

①資源・環境の容量限界の性格を明らかにし、それらを具象化する。そのための条件を総合的に検討する。
②限界に近づかないようにすることが肝要であり、そのために省エネルギーを追求する。
③原子力のような階層の異なったエネルギー源を利用しようとする場合は、安全性を徹底的に追求し、廃棄物処理のための万全の方策を立てる。
④在来エネルギー資源の探査・活用とともに、新エネルギー(たとえば遺伝子工学を利用したバイオマスなど)の可能性を広範に探求する。
⑤これらの探求の成果を踏まえて、各種エネルギーをその特徴に応じて、世界的に合理的に配置する。
⑥遠い将来を考えて、宇宙空間・別天体への進出可能性の基礎研究を着実に行う。

以上の基本方策を実施する上では、軍備の撤廃(とくに核兵器)・各種格差の撤廃、“平和で平等な世界の創造”が大きな前提条件となる。





大野陽朗先生の遺稿集をいただいた。
立派な本だが、いつか読もうと思えば必ず本棚の肥やしになる。宇宙物理学の論文はテンで歯が立たないから、社会的発言のいくつかをここに紹介する。

最初は「ストロンチウムと牛乳」という昭和32年の小論。

…私たち物理学者は、この問題に注目し、ストロンチウムの増加による危険性を世界各国の物理学者に訴えていた。…
空中の放射能が増すということは、人間にとってさまざまな害を与えるのだが、その影響を受けるのはまず牛乳である。はっきり申し上げると、このまま核実験が中止されるとしても、5年後には、牛乳は危なくてウカウカ飲めなくなるということである。これは酪農家にとって真に重大な問題であるといわなければならない。
そこでそのわけを述べたい。
水爆によって吹き上げられた細かい放射性の塵は、成層圏に何年も漂い、次第に地上に落下してくる。…これが現在、空中の放射能を急激に増加させている。この塵の中には寿命の長いストロンチウム90とかセシウム137などが含まれている。
地上に落下した塵は、野菜や牧草について、直接、または家畜の肉や乳を通じて人体内に入ってくる。ストロンチウムはカルシウムと同性質なので骨につく。セシウムはナトリウムと同性質で血液などに入っていく。これらによる放射線が体内で重大な障害を起こす。
野菜のほうは洗えばまあ好いとしても、肉やとくに牛乳はそうは行かないので、乳幼児には大きな脅威になる。実際、乳幼児の骨の中のストロンチウムが次第に増えていることが報告されている。…
…今後、たとえ実験を一切やめたとしても、上から落ちてくる放射性の塵はどんどん増えて、10年後には許容量の1倍半に達することが推定されている。したがって5年後には牛乳も危なくて飲めないのではないかという、幼児にとって大変なことになる。
もちろん、以上の見解は推論である。誤差もあり、また地域的にも時間的にも変動があるはずだが、全般的に見て、今のままでも楽観を許されないということはたしかだと思われる。
そのほか、遺伝に対する影響も、これに劣らず重要なものだ。いずれにしても水爆は、すでに人類を生存のぎりぎりのところまで追いやっているといっても過言ではない。(以下略)

50年余り前の文章が、いまの私たちに迫ってくる感じがする。

生きているということは、すべてが“過程”のうちにあるということだ。それが止まる瞬間がある。
それはストロボを炊いた写真のようだ。後になって突然震度5強の地震のよう襲ってくる。
写真と違うのは、そのときのアドレナリン分泌を伴って海馬溝の底から噴出してくることだ。いち早く気づいて口を押さえないと叫んでしまう情動を伴っていることだ。
言葉にすると嘘になってしまう。前後関係で説明しようとするからだ、それで合理化しようとするからかもしれない、それを自分は見破っている。だから恥ずかしさが余韻となって残る。
もっと言えばいたたまれないほどの恥の気分が襲ってくる。これはアドレナリン分泌に付随して起こるセロトニン分泌のためだろう。

永六輔は「幼なじみの思い出は、青いレモンの味がする」とさらりと書いた。これはこれで良い。さだまさしは、相方の気持ちに仮託することで逃げを作りながら、その一瞬を鏡に描いた。いずれもテクニックである。さもないとドロドロになるか硬直してしまうか、どちらにしても逃げ道がなくなってしまうからである。

しかし本当の業は、流れの中の一瞬をふたたび流れのなかに解き放つことであろう。その流れはバーチュアルな流れであり、ありていに言えばフィクションである。

「それでも原発やめられない、やめれば日本は破滅する」と絶叫していたのは誰だっけ。
世論をミスリードした責任を明らかにすべきだ。
経済同友会の行った経営者アンケートで、「生産量や売り上げへの影響はなし」とした回答が69.3%に達したそうです。とくに製造業では70%を超えたそうです。
また今年冬や、来年夏の対応についても、「対応可能」との回答が90.0%に達しました。いっぽう「対応困難」との回答は4.8%に留まっています。

これってなんだろう。会社の経営者が電力見通しを立てられなかったのだろうか。経団連の副会長に東電が入っているのに。東電は経団連トップにさえ、正確な情報を提供しなかったのだろうか。それとも経営者たちは知っていてデマ情報で危機感をあおったのだろうか。無知か悪意か、いずれにしても救われない。

JR東海の葛西社長よ、あなたはどちらだったのですか?

共産党の笠井議員が面白いことを言っている。
「うそつきは原発の始まり、原発はうそつきのかたまり」
だから原発廃止を、とつながって行く論理である。

面白い切り口だと思う。
原子力の安全性やコストを云々することももちろん大事だが、社会的に見ると、そこにありとあらゆる邪悪な意思が凝集しており、それがウソという接着剤で、原発というものに結実しており、その故にこそ原発が危険なのだという主張である。
たしかにこういう観点が必要でもあり、説得力を持つ。

ただ「壮大なウソとしての原発神話論」批判を全面的に展開しないと、むやみに人を斬ることにもなりかねない議論であり、慎重を要する感じもしないでもない。

文芸欄にこんな記事が載るとは、赤旗も油断できない。
石川巌という元朝日の論説委員が「検証 トモダチ作戦」という題名で寄稿している。おそらくネット版には載らないと思うので、紹介しておく。なお作戦全体に関する記述は「軍事研究」誌9月号に掲載されているそうです。

*“トモダチ作戦”の名で有名になった米軍の救援活動は、実は米太平洋軍(ハワイ)の“太平洋有事519作戦”だった。
*津波で水没した仙台空港の機能を復旧したのは、「嘉手納の第353特殊作戦航空群」である。この部隊は夜間の隠密作戦が多いので“コウモリネコ軍団”の異名を持つ。
*“コウモリネコ軍団”の本来任務は紛争地での民間空港の奪取と特殊部隊の投入にある。仙台空港の復旧は砲弾を撃つこと以外は本来任務そのものだった。
*519作戦の名称は、米太平洋軍の下に常設された第519司令部が指揮する作戦であることから名づけられている。
*第519司令部は10年あまり前に4軍を統合し創設された。太平洋周辺の突然の有事に対する指令をとる。
*司令官は太平洋艦隊司令官、副司令官に中将クラスの空軍幹部、地上作戦は沖縄駐留の海兵隊が担う。
*震災直後、横田基地に“災害救援統合司令部”がおかれたが、その実体は第519司令部であり、ウォルシュ太平洋艦隊司令官が横田に乗り込み指揮を執った。
*“トモダチ作戦”の命名者は太平洋軍司令部の職員だった(読売新聞)
*米軍はこの作戦に総力をつぎ込んだ。米韓合同演習は規模を縮小し、海兵隊は演習先の東南アジアから日本に急行した。
*気仙沼への揚陸作戦(4月1日)は基本任務を終えた後、「見せ場がほしい」との要望にもとづくものだった。

7月に中国が共産党の本格介入で南沙諸島問題の解決に乗り出したと書いた。その後一定のやわらぎが見られ、平和解決に向かい始めたと思っていたが、どうも違うようだ。
9月に入ってから、400トン級の大型漁業監視船を配置した。これは南沙ではなく西沙諸島であるが、これは軍艦の配置と同義だろう。
ついで10日からは南沙諸島で1千トン級の大型漁船が操業体制に入った。
赤旗の北京特派員の質問に対し、管轄当局(農業省)はこの漁船を「南沙海域での養殖事業の中核船と位置づけられている」と語ったようだ。
これは重大な発言である。少なくとも政府機関レベルでは、南沙進出をさらに強化しようとする姿勢が明らかになった。
これは共産党の外交方針との食い違いを意味する。そしておそらくは農業省の背後にいる人民軍が、党の統制を、少なくともこの件では受け入れていないことを示している。
ことは南沙諸島に留まるものではない。人民軍の攻撃的態度はベトナムへの第二の「懲罰作戦」や、台湾海峡問題に直結する可能性がある。

経済同友会の長谷川 閑史代表幹事が、来年度からの法人実効税率5%の引下げを主張した。
この国の大企業というものがどういう精神を持っているかを象徴的する発言だ。

経歴を見ると1946年山口県生まれ。1970年早稲田大学政治経済学部卒業後、武田薬品工業入社とある。私と同じ年だ。私と同じ時代の空気を吸いながら、人の命を救う目的の製薬企業に入って、円高の余禄を受けつつ、こういう発言をするこの男が、私には分からない。

米倉会長に会えて異論を唱えれば、財界主流からは「勇気ある発言」と讃えられるのかもしれない。財界若手として、おそらく出世欲に目がくらんでいるのだろう。下劣な男である。

きょうび、5%減税することは、その分、被災者救援の資金を横取りするようなものではないか。そのことがどうして分からないのか。人の金をネコババして、その金がなければ企業がつぶれてしまうというなら、そんな企業はつぶれてしまえ。

(27)ブエノスアイレスの冬 (Invierno porteno)

HP: ピアソラにはクラシックの演奏家が多くチャレンジしていますが、その中ではクレーメルが出色です。これはクラシックのアンコール曲といわれてもまったく分かりません。ビバルディ「四季・冬」の一節が織り交ぜられるのは、好みが分かれるでしょう。少し音量を上げて聞いたほうが良いです。

とにかくピアソラはやたらに多いのです。世界中でせっせと演奏してはうpしまくっています。

Invierno Porteño .wmv

ピアソラの自演だけでもいくつかのバージョンがあるようですが、これが一番聴きやすいです。少し編成が大きいようです。

Astor Piazzolla - Invierno Porteno (Buenos Aires Winter) (live)

これはライブ録音でLP盤を再生したファイルです。ジーグラーのピアノに、スアレス・パスのバイオリンですから、比較的最近のものでしょう。演奏は最高、プチ・ノイズはあるものの音質も最高です。(オリジナルのCD版は意外に冴えません。演奏を重ねるうちにだんだんこなれていったのでしょう)

Gidon Kremer - Piazzolla Seasons (Winter)

これがクレーメルの演奏です。ほかに日本でのコンサートをビデオでエアチェックしたものもありますが、音質の劣化がかなり激しい。

Trio Addendum - A.Piazzolla: Invierno Porteño

掘り出し物。横綱審議会ではないが技量・品格ともに素晴らしい。音質も最高だ。

Quartetto Pessoa & Leandro Piccioni - Astor Piazzolla - Invierno Porteñ

これも名演奏。ピアソラの角を取って、とげを抜いて、丸くして、徹底的にカンタービレ。イタリア名画のテーマ曲のように聞こえる。しかしピアソラが聞いたら、これは俺の曲ではないというかもしれない。

Giancarlo Guarino Conductor: Las Cuatro Estaciones Portenas: Invierno

これも絶品。トレントというおそらくは田舎町の室内コンサート。ギターがめちゃうまい。第一バイオリンのパートに美人がいて、バンドネオンのあんちゃんが流し目を送ったりするシーンが良い。せっかくの名演奏なのに女の子は父さんの肩に寄りかかって爆睡。

Invierno Porteno

これも掘り出し物。Trio Siciliano al Teatro Coccia Novara と書いてある。ブエノスアイレスという町はシシリアの先にあるのだなと実感させる。たしかにセステート・マヨールの演奏はまるで曲にあっていない(音があまりにひどいのでリンクはせず)。

Arminda Canteros, pianist, plays Invierno Porteño by Astor Piazzolla

これも掘り出し物。ただしピアノ独奏で独自の編曲、だいぶ短縮されている。英語の解説がついていて、アルゼンチンの田舎で活動するピアニストらしい。いい雰囲気だ。

Astor Piazzolla - Invierno Porteño - Giorgio Zagnoni *** Salvatore Fiume

これも良い。フルートがバイオリンのパートを吹いているのだが、徹底的に低音勝負で、尺八を聴いている気分だ。

Astor Piazzolla - Invierno Porteño - Quartetto Fernando Suarez

若手の腕っこきを集めたのだろうが、スアレスがわがままに弾いてアンザンブルを台無しにしている。

(28)パリのカナロ ( Canaro En Paris)

HP: 名曲・名演・名録音の極致です。わたしはこの曲がアルゼンチンタンゴのベストワンだと思っていますが、それだけに良い演奏もたくさんあって選択に迷います。その中で Gran Quinteto Real の演奏がベストだと思っています。SP盤もなかなか風情はあるのでしょうが、こういう録音を聞いてしまうと…

Quinteto Real / Canaro En París

その演奏がアップされているが、音がひどすぎる。もうひとつの音源もあるが、こちらはピアノが完全にいかれている。

Bandoneon Tango "Canaro en Paris" Vale Tango

とりあえずお勧めとしてはこんなところか、オルケスタ・ミロンガの演奏。胸のすく怪演とは行かないが…

JUAN D ARIENZO CANARO EN PARIS TANGOS EN BS AS


ダリエンソの演奏。標準的なものですが… なお日本でのコンサートのビデオがアップされているが、残念ながら音はお勧めできない。。

El Arranque - Canaro En Paris

と、いささか萎えた気分で聴いてきたら、これにあたりました。4分41秒の熱演。これはとりあえず一番のお勧めです。

Sexteto Mayor - Canaro en Paris

といっているうちに本命盤が出てきた。これで決まり。それにしてもYOUTUBEはデフォルトの「関連度」で検索しているとダメだということが分かってきた。

canaro en paris

Grupo El Caburé という若手グループのデモテープみたいなものだが、なかなかうまい。

Los Hermanos Macana and QuinTango: Canaro en Paris

これは番外。見て楽しむタンゴ。

Canaro en Paris- El turco con Adolfo Beron.avi

ギターのデュオでかなり曲がカットされているが、颯爽とした演奏。

それにしても、キンテート・レアルは抜群です。そのうちホームページのほうにアップしますので乞うご期待。



投機資本による金融市場の撹乱が、バブルを招きリーマン・ショックを招いた。深刻な反省が生まれているが、商業銀行の自己勘定取引が額から言っても大きい、これに次いで投資銀行(日本で言う証券会社)、さらに取引保険をあつかうヘッジファンドと並べて議論していかなければならないということが分かった。

90年代の末にソロス対イングランド銀行の仕手戦、さらにアジアやロシアの金融危機とヘッジファンドの「活躍」が大々的に報道されたが、今世紀に入ってからは本家の金融機関そのものがマネーゲームの主役となっている感がある。

しかしヘッジファンドそのものが斜陽化したわけではなく、その影響力も依然として強大なままである。とくに08年の大規模な信用収縮においてヘッジファンドの動きは深刻な影響を与えた。

このことから、ヘッジファンドの規制の動きが急速に高まっている。今回は下記の論文を勉強したので、その摘要を紹介する。


ヘッジファンド規制強化

岩谷 賢伸 (野村資本市場研究所副主任研究員)

この論文はリーマンショック後のヘッジファンド規制の動きをレビューしながら、そのなかで最終・最強(09年央現在で)の規制案である、欧州委員会のヘッジファンド規制案に焦点を当てている。このプランは正式には「オルタナティブ投資ファンド運用者指令(案)」(Directive on Alternative Investment Fund Managers (AIFM))と呼ばれるようである。


概 要

これまでは銀行などの規制・監督を通して間接的にヘッジファンドを規制する方法が主流であった。

しかしグローバル金融危機の勃発により、間接規制では金融システムの安定性を担保できないことが明らかになった。

このため、ファンド運用者又はヘッジファンド自体の直接規制を強化する方向が打ち出されている。

直接規制の方式

サミットをはじめ、各国・地域の金融規制当局や国際機関から提言や規制案が発表されている。

主要国の間の合意事項として、①登録の義務付け、②レバレッジなどの情報開示が固まりつつある。

特に欧州主要国では、自己資本、流動性、リスクマネジメントの三つの指標で健全性を監督する流れにある。

主な規制案

08年1月

ッジファンド作業G(業界団体)

ヘッジファンド規定・最終報告

09年1月

大統領作業部会

ヘッジファンド企業の最善形態

09年2月

州委員会高官G

De Larosiere Report

09年3月

財務省

システム・リスク対応の規制枠組み

09年4月

20 ロンドン・サミット

金融システム強化宣言

09年6月

券監督者国際機構(IOSCO)

ヘッジファンドの規制最終報告

規制強化の背景

グローバル金融危機を引き起こした主犯はヘッジファンドではない。金融機関の破綻が主因であり、ヘッジファンドはその「被害者」である。

にもかかわらず、ヘッジファンド規制の強化が必要な理由は、

①ヘッジファンドが金融危機を促進した。流動性不足に陥ったヘッジファンドは急速なポジション清算をおこない、信用収縮を促進した。

②ヘッジファンドはそもそも潜在的にシステミック・リスクを増幅し得る特性を備えている。

その特性とは①取引が不透明であること、②レバレッジ比率が高いこと、③銀行など顧客との間の利益相反が生じることなどである。

各プランの説明

大統領作業部会(30人委員会)報告

議長がボルカー元FRB議長、メンバーにはガイトナー財務長官、サマーズ元財務長官がくわわる。

ヘッジファンド規制については、

①ヘッジファンドやPEファンドの登録制と、規制当局に対する定期的な報告義務。

②影響力が大きいファンドについては、自己資本、流動性、リスクマネジメントの基準を設ける。

③ファンド規制のフレームワークに国際的一貫性を持たせる


財務省の「システミック・リスクへの対応」に関する規制フレームワーク案

①システム上重要な金融機関に対する資本・リスクマネジメント基準の高度化

②デリバティブ市場に対する監督・保護・開示の包括的フレームワークの構築

③全てのヘッジファンド(PEファンドなどの私募資本プールを含む)に対する登録制の導入

④システミック・リスク・レギュレーター(システミック・リスクの規制・監督機関)の設置。その後米国連邦準備制度理事会(FRB)が受け皿となることが決まった。

⑤全ての投資ファンドに対して、投資家、債権者、カウンターパーティー、規制当局への情報開示義務を課すことも検討されている。


 欧州委員会によるド・ラロジェール・レポート

社会一般向け業務を行っているかどうかは関係なく、ヘッジファンド業務を銀行類似業務の一つと位置づけ、規制の抜け穴を埋める。

システミック・リスクの高いものについては、金融市場の透明性を高めるための規制・監督を強化する。具体的には登録制と情報開示の強化。

また、ヘッジファンドを所有する銀行、自己売買業務(ディーリング業務)を行う銀行に対する自己資本規制の強化。


IOSCOのファイナル・レポート

ヘッジファンド又はその運用者に加えて、ブローカーや資金供出者へも登録制を課す方針をうちだす。

規制当局がヘッジファンドに提出を求める情報例や、事業継続の要件例を提示する。

①キー・パーソンのバックグラウンド、組織形態、オーナーシップ 

②第三者評価の上での運用資産残高と自己資本 顧客資産の分離と保護

③ターゲットとする投資家と提供するサービス

④使用するリスク管理ツール、利益相反の管理と開示 など11項目に及ぶ


ここからが本番

 欧州委員会のヘッジファンド規制強化指令案

規制の対象

運用資産額が1億ユーロ未満の小規模な運用者は、金融システムの安定性を脅かす可能性が低いことと、高い規制コストに比して得られるベネフィットが小さいことから、規制の対象外とされた。

この結果、EU域内で活動する約30%のヘッジファンドが規制の対象となり、運用資産総額ベースでは90%がカバーされる。

情報開示

個々のファンドについて年次報告書を作成し、投資家と監督当局が縦覧できるようにする。投資家に対しては、投資対象資産、レバレッジの活用、解約に関する方針、フィー体系などを開示しなければならない。

特定の業者への追加規制

高いレバレッジをかけたファンドを運用する業者は、投資家に対して活用する可能性のあるレバレッジの最大レベルと実際に活用しているレバレッジの程度などを開示しなければならない。また、大口の借入先の身元を報告しなければならない。

欧州委員会にはレバレッジに制限を定める権限が付与される。

登録制から認可制へ

認可制の導入は、ヘッジファンドの登録制から一歩踏み込んだものである。フランスやドイツの意向がより強く反映されたといえる。

一方、ヘッジファンドやPEファンドの業界団体は、指令が施行されると多くのAIFMがEU域内からより規制の緩い地域に拠点を移し、EUの競争力が削がれるという懸念も表明されている。


ここからは全体の結論

ヘッジファンド規制の行方

グローバル金融危機を経て、世界のヘッジファンド規制のトレンドは、間接規制中心から間接規制と直接規制の併用へと移った。

また、金融システム上重要なヘッジファンドについては、登録を義務付け、システミック・リスクに関連するレバレッジなどの情報を開示・報告させることが主要国の間の合意事項となった。

加えて、特に欧州では、金融システム上重要なヘッジファンドに対し、自己資本規制、流動性規制、リスクマネジメント規制といった健全性に関する規制を強化しようという流れが固まりつつある。

デレバレッジについて勉強するのが本来の目標だったのに、途中でバーゼルⅢとかボルカー・ルールとかやっているうちに忘れていました。
そもそも FX の知識がないと、デレバレッジなど分かりないのですが、そんなことに自分で手を出す気はないので、ついつい面倒になっていました。
しかしデレバレッジが今後の景気を占うキーワードといわれればそうも言ってられません。


FX取引の用語 から引用します。

デレバレッジ(Deleverage)は「非・レバレッジ」ということ。つまり、お金を借りて自己資金の何倍もの投資を行うレバレッジ投資が逆回転する現象、それがデレバレッジです。

レバレッジからデレバレッジへの流れは次のような感じです。

まずは低金利政策や経済成長などの条件が重なってバブルの温床がつくられます。投資家は低いコストで資金が調達できれば、積極的に投資を行おうとします。リスクを取って自己資金の何倍もの投資を行うレバレッジ投資の始まりです。

信用創 造のメカニズムが働き、投資物件にお金が集まってきます。やがてバブルが生まれ、レバレッジを効かせた投資はますます膨らんでいきます。

しかしバブルはいつか弾けるもの。破綻する投資家が出てくると、銀行は信用リスクを警戒して信用収縮が起こります。投資家も損が膨らむので投資を縮小します。すると投資物件の価格はさらに下がり、信用収縮が一段と進むという負のスパイラルが起こります。これがデレバレッジ。

   サブプライム問題以前は世界的にレバレッジ投資が盛んになり、あちこちで不動産バブルや株式バブルが発生しましたが、以後はデレバレッジの流れとなり、急激な信用収縮が起こりました。

(この説明では、なぜこのデレバレッジが今日の世界における重大問題となっているかが分からない。分かりやすいのは良いのだが、問題を単純化しすぎている嫌いがある)

 

日経ヴェリタス  より

レバレッジ(leverage)とはテコの意味。金融取引では、信用をもとに自己資本を大きく上回る規模の資金を動かし、高リターンをねらう高リスク手法を指す。こうした取引を反対売買するのがデレバレッジ(deleverage、テコの解消)で、最近の市場混乱を招いた。

レバレッジを効かせた取引の担い手はヘッジファンド。世界の金融・資本市場や商品市場に巨額の資金をつぎ込んだ。

低金利の円を調達し、高金利通貨などで運用する「円キャリー取引」も、レバ レッジ取引の一種。昨年夏以降、サブプライムローン問題の深刻化に伴う信用収縮で多くのファンドが資金難に陥り、デレバレッジを余儀なくされた。

円相場急 騰や証券化商品の急落など波紋が広がり、ファンドに融資していた金融機関にも打撃を与えている。

(この日経ヴェリタスの記述は非常に混乱を招くものだ。デレバレッジ=レバレッジに対する対抗取引という説明はおそらく間違いだろう。また円キャリーまでレバレッジに含めるのは拡大解釈のしすぎだろう)


ということで、意味が拡散しすぎて何のことやら分かりません。要するに借金をして相場を張り、手持ちの資金の数倍の利益を手にする手法のことをレバレッジといい、それをやめることをデレバレッジというのですが、どうやめるのかは千差万別、ほとんど“気分”の問題です。

いろいろなブログを見ても、どうも日本人が自分の環境に合わせて、アメリカの用語を勝手に使いまわしているような気がしてなりません。

元々は08年にアメリカで住宅バブルが崩壊した後の狼狽売り、損を覚悟の投売り、その結果もたらされた資産デフレのことを指しているのではないでしょうか。ただその規模が格段に大きいために、資本流動性の低下が深刻な不景気をもたらしたこと、その速度がべらぼうに速くて、ほっとけばたちまち金融恐慌に至る危険があることが、今日あえてデレバレッジという言葉を使う理由なのではないでしょうか。

もう少し実体を持った議論を知りたいと思い、金融機関のデレバレッジに限定して文献を探しました。

投資銀行危機の実相と今後の方向性 ~デレバレッジと原点回帰のビジネスモデルへ~

という日本総研のページがあり、その要約をさらに要約しました。2008年10月の文章であり、それから3年間のあいだにどうなったのかが知りたいので、基本知識だけ教えてもらうこととします。


投資銀行の業態変化

投資銀行(証券会社のようなものと考えてよいだろう)は、資金の借り手と運用ニーズを有する投資家とを、幅広いネットワークをもとに繋ぎあわることが業務の中核的部分であった。

ところが、1990年代以降、競争環境の変化と金融緩和の時代が来ると、それだけで商売を続けることはできなくなった。

各社は自己のバランスシートを拡大させて、自己資金で収益を上げるモデルへと重点を移していった。

米投資銀行が空前の利益

最終的な投資の受け皿としてアメリカほどの巨大な市場が存 在しないことから、世界の金融資産のアメリカ一国集中状況が続いた。

1980年以降、投資銀行が保有する金融資産の残高が急増した。投資銀行は過剰流動性を背景に、低コストで短期資金調達を行い、高いレバレッジを掛けて証券等に投資を行うことで、高収益を生み出した。

危機の出現

マクロ経済環境が順調な間は問題なかったが、景気減速とともに、このようなビジネスモデルの弱点があらわになってきた。

第1は、損失急増の可能性である。保有有価証券が下落すると資産売却が拡大し、さらに価格が下がるという悪循環が生じる。この損失が一挙に広がる ことが商業銀行と違って投資銀行に特徴的である。

第2は、流動性リスクである。投資銀行は、預金という安定的な調達手段を持たないため、資金調達の大半を市場に依存していたことが致命的であった。証券担保融資による資金調達依存は、株価下落による資金調達の困難を増幅させた。

第3は、過小な自己資本である。自己資本が薄ければ、損失への抵抗力も小さく、債務超過に陥るのも早い。

危機の教訓

1 「新種の恐慌」の可能性

預金流出や市場での資金調達難の発生による「古典的な流動性危機」とは異なり、資産価格の低下の速度が異常に早い。

デレバレッジ(レバレッジはずし)による資産投売り (fire sale)が保有資産の価格下落を加速する。これが流動性不足を増幅し、最終的には支払い能力(solvency)の喪失に至る。

2 原点への回帰

今後当分のあいだ、投資銀行の業務からは高レバレッジの仕組みや複雑な金融商品は姿を消すであろう。

投資銀行は、資産運用業務や企業のM&A仲介業務など得意分野を生かした経営に特化していくであろう。そして、より実体経済に近い業務に注力することで、原点回帰(back-to-basics)を強めていくであろう。


…だと良いが、その後の3年間、どうなっているのだろうか。すくなくとも、今の時点でいまだにデレバレッジが叫ばれているところを見ると、日本総研の文章の筋書き通りにことが運んでいるようにも思えないが。



マルセイユで開催された先進7カ国蔵相・中銀総裁会議の合意事項が発表された。
*世界経済が落ち込みつつあるとの認識で一致。
*「経済活動を支援しつつ、財政の健全化を達成するという困難な道」にあることを確認。(しかしその原因には触れず)
*「金融システムと市場の強固さを確保する」ため各中銀が流動性を供給することで一致。
*議長国フランスは「まずは信頼性回復が大事で、注意深く財政健全化計画を立てるべき」と発言した。

開催場所から言っても、時期から見ても、明らかに欧州金融危機を念頭に置いた合意だろう。
株式市場、為替市場、商品市場、さらに国債(ソブリン)市場へと混乱は拡大しつつある。投資家は安全をもとめてデレバレッジをかけている。流動性は低下し、資金は底をついている。
一つは実体経済がどこまで持ちこたえられるかということと、ヘッジファンドの売り浴びせ・撹乱に国家財政がどこまで対応できるかの勝負だろう。

昨日は東北大震災から半年の記念日でした。
いまだ東北と日本全体が、震災からの復旧も済んでいない状態ですが、国民一丸となってがんばろうという張り詰めた気持ちが徐々に醒めてきて、何か秋風が吹く感じになってきています。
政府も交代し、右の中継ぎ投手が登場しました。

1年前、菅首相が登場したときと極めて政治状況は似ています。親米・親財界を機軸とし、「一体改革」を強力に推し進めるというスタンスは、基本的にはまったく変わりありません。
ただ親自公、親極右の方向があらたに付け加わっており、より国民の願いと逆行する布陣となっています。しかし実態としては反小沢で野合した集団であり、野田首相の思惑通りにことが運ぶとは限りません。
いずれにせよ、国民の闘いの如何により情勢が動いていく可能性が高いと思います。

日本国民は、この半年間の経験でものすごく学びました。政府や財界や権威というものに向き合い、場面によってはこれを押し返しました。政府は1年前に戻っても、国民は1年前にはもう戻りません。

しかし国民の戦意は、その矛先をどう向けるかで必ずしも一致していません。とくに国際経済が波乱含みの状況になってくると、これを利用したさまざまなイデオロギーがメディアを通じて流されてくると思います。

今はおそらく刈り取りの季節だと思います。国民のあいだに起こった無数の運動を、どれだけ継続的な組織的な連帯に結実させることができるか、これがメディア支配の貫徹を阻止する最大の道です。

まず大震災復旧に向け日本中が一体となって行ったさまざまな活動の教訓を語り合うことが大事です。さまざまなシンポジウム、パネル・ディスカッションが旺盛に展開されるべきでしょう。
そのうえで、これに対して政府や財界がどう動いたのかを整理し、実践から得られた教訓とつき合わせ再評価することが必要です。
そのなかから、新しい日本の国づくりに向けた政策がいかにあるべきかを共通の認識として形成することが大事です。

ようするにがんばり疲れの最大の克服法は、学習と組織です。蛇足ながら最良の学習資料は「日刊赤旗」です。

9月8日 オバマ大統領の議会演説

アメリカの経済は危機に直面している。低迷する経済を底上げするためにも、雇用を前進させる計画がもとめられており、この法案を即時通過させるよう議会に求める。

議会の経済に対する議論は迷走している。景気回復への支援に一丸となって取り組むべきだ。われわれが政治的な騒ぎを停止し、実際に経済を支援するために何かできるかが問われている。

この法律ですべての問題が解決できるとは主張しないが、対策が緊急に求められていることも間違いない。

最終的に、米景気回復をけん引するのはワシントンではなく、米国の企業や労働者だ。だが、われわれは支援できるし、変化をもたらすことができる。

演説の中で、オバマは共和党が富裕層増税に反対していることを非難。

「億万長者への減税を維持するのか、子供たちの大学進学や就職を援助する教職員を職に戻すことに使うのか、これこそ真の対決だ」と述べた。

オバマは4470億ドル(約35兆円)の雇用創出計画を打ち出した。当初予想は3千億ドルとされ、1.5倍化されたことになる。

①1千億ドルが社会基盤への支出。350億ドルが学校の近代化と交通プロジェクト、空き施設の復旧、教員28万人や臨時職員の雇用確保などを柱とする支出。

②給与税の減税。給与の10万6800ドルまでを対象とし、およそ半額にする。小規模企業を対象に雇用主負担の給与税半減と新規雇用への税優遇措置。

③失業者支援を620億ドルに拡充。

③財源としてメディケア(高齢者医療保険制度)費縮小などを含めた約2兆ドルの財政赤字削減。

小田氏の解説で、ボルカールールの核心は“自己勘定取引の禁止”だということが分かりました。

バーゼルⅢの分析でも、「トレーデイング勘定が乱用され、リスクの高い資産をトレーデイング勘定に計上してレバレッジをかけていた。ここで損失の大半が発生した」とされており、自己勘定取引という仕組みがどうも悪の根源のようです。

もう少し力を振り絞って、自己勘定取引 (proprietary trading) の勉強をします。


まずは【WSJで学ぶ金融英語】第7回 自己勘定取引 http://jp.wsj.com/ed/finance_eng/100215.html

自己勘定取引」とは、金融機関が自らの資金(自己勘定)で自社の運用資産の効率を図るためにリスクを取って市場で行う取引のこと。

自己勘定取引」について定義をめぐる議論が生じている。

とくに「マーケット・メーキング」と呼ばれる取引が自己勘定取引に含まれるのかどうかが焦点となっている。

「マーケット・メーキング」というのは、顧客の注文に対して金融機関自らがその相手方となって売買を成立させる取引である。つまり自己勘定ではなく対顧客取引である。しかし不思議なことに、本来は対顧客取引であるにもかかわらず、対顧客以外の取引を行うことも許可されている。


要するに銀行が手持ちの金を使ってディーラー商売を始めたということです。ただし自らの資金には「預金」はふくまれません。

私たちのこれまでの常識から言えばとんでもないことです。銀行といえば堅い商売の代名詞みたいなものです。銀行員といえば石部金吉と昔から相場が決まっていました。ヤクザまがいの株屋ごときとは対照的な世界だったはずです。

マーケット・メーキングというのは、詰まるところレポ取引のことで、これ自体、銀行の正常な本来業務とはいえないものです。

ボルカーの言うように、理念が大事なのであって、まず銀行が「襟を正す」ことが出発点なのです。手立てだけではいくらでも抜け道は作られることになります。最初は非合法すれすれであっても、みんながやり始めれば世間の常識になっていく。それがリーマン・ショックだったのでしょう。

だからいまは「疑わしきは罰す」という態度が必要だと思います。


次は 証券用語辞典 のディーリングの項目

ディーリング(dealing)とは、有価証券の取引に関して、証券会社が自己勘定を使って市場での売買取引を行うこと。

従来、証券会社が投資家から依頼された取引を仲介業務として顧客勘定で行うブローキング(broking)と明確に区別されていたが、最近では、より広い 意味でこの言葉を使う傾向があり、証券会社だけでなく銀行や機関投資家が自己の利益の確保をねらって大量の資金での短期売買を市場で実行する場合も含めて ディーリングとよぶことが多い。


ということで、もはや銀行が自分の金と他人様のお金との見境もつかなくなっていることが示されています。

Fx をやっている人のブログを見ると、そもそも20世紀型の商業銀行などいまどきお呼びではない。融資先は先細りし、このままでは銀行は死を待つばかり、という厳しい状況があるのだそうです。それというのも、ローリスクの五つ星の会社がみんなマネーゲームに手を出して、それで自己資金を確保するようになっているからだそうです。要するにいたちごっこですね。

私たちたちは、その先に何があるのかを見据えていかなければなりません。


あんまり長くて、むずかしいので二つに分けました。二つに分けたから分かりやすくなるわけでもありませんが。

2.3 シャドーバンキング

商業銀行は法の網をくぐるために苦労してきました。しかし一般銀行業務に携わらないノンバンク系の金融機関であれば、別にこのような面倒くさい手立てを組む必要はありません。これがシャドーバンキングと呼ばれるものです。

シャドーバンキングは、商業銀行ではない金融機関(non-bank financial institution)がおこなう投融資業務と定義されています。これらの金融機関は、商業銀行の定義から外れるため、規制の対象とならず、高リスク投資が行われてきました。

ノンバンクの得意とするのは、債権の中でもリスクの高い証券化商品を担保とするレポ取引です。

ボルカー提案は、ノンバンク系金融機関が横行することで、銀行の担ってきた資金調達機能が適切に働かなくなっていると指摘しています。

この点を指して、小田氏は「銀行理論の観点からは、伝統的銀行システムへの回帰を志向することは正当化可能であると考えられる」と述べています。

ここまでが、危機にいたる経過①~⑤までの説明です。次に具体的な規制案の検討です。

3.業務規制について

 業務規制案の中心は自己勘定取引の禁止です。これがまた分からない。これについてはいずれ調べます。

小田氏の発言を続けて引用します

銀行は金融システム安定のために無用のリスクを取るべきではなく、本来の顧客業務支援に徹するべきというのが提案の趣旨。

しかし自己勘定取引の多くは裁定取引を目的としている。すなわち最終的には他の投資家への売却が意図されている。

このような短期的な債権売買業務への傾注は、銀行の本来業務である長期信用業務を妨げる可能性がある。

4.ボルカールールへの批判について

 ボルカールールへの批判は大きくいって二つある。

一つは、「金融危機の根本原因は、銀行の自己勘定取引ではなく住宅ローン問題にあるため、ボルカールールは実効的でない」というものである。

これに対して小田氏は以下のように反論しています。

①原因がどうであろうと、銀行の自己投資による不良債権が甚大なことは間違いない。

②住宅ローンの杜撰な審査が危機をもたらしたとすれば、その原因は自己勘定取引とシャドーバンキングというシステム全体にあるのではないか。

 批判の第二は、「商業銀行だけを対象としてても、将来の金融危機の防止には不十分である」というものである。

これに対して小田氏は以下のように反論しています。

①投資銀行の行動が重要であることは事実としても、シティバンクを初め商業銀行の行動にも問題が多かった。

②投資銀行の多くは、現在は商業銀行に転換している。したがって現時点においては、商業銀行を中心に業務規制を行うことは理に適っている。

③ボルカールールは表面的には商業銀行の業務規制であるが、根底にある考えはシャドーバンキングシステムの否定である。

そして小田氏は次のように結んでいます。

金融システムの原点回帰を通じて銀行機能の回復を実現するというボルカールールの理念が正しいとすれば、今回の業務規制はその第一歩として意義がある。

5.結 論

ここまで読み解いてきたことを前提にすれば、小田氏の結論は分かりやすいものなのでそのまま掲載する。

ボルカールールは、金融システムの安定を目的とした、商業銀行による投機的投資に対する業務規制である。

具体的には、自己勘定取引、及び、ヘッジファンドやプライベートエクイティへの出資に対する禁止等から構成されている。

しばしば言及されるグラススティーガル法との類似性は表面的なものに過ぎず、それぞれがよって立つ考え方は異なる。

ボルカールールにおいては、商業銀行と投資銀行との分離は本質的ではない。

ボルガールールの根底には、シャドーバンキングシステムの否定と、伝統的な金融システムへの回帰がある。

この原点回帰を通じて、銀行機能を回復させるというのが基本理念である。

金融危機の主要因は、シャドーバンキングシステム下において、本来の銀行機能であるモニタリング機能、流動性供給機能が弱体化したことにある。

このような観点に立てば、ボルカールールの理念は正当であり、自己勘定取引の禁止はその第一歩として意義がある。

(25)バンドネオンの嘆き (Quejas De Bandoneon)

アルゼンチン・タンゴ屈指の名曲です。これもカナロが一番とはいえない曲ですが、トロイロ楽団風の演奏に飽きたということですか。あぁ、元はこういう曲だったのか、と納得する演奏です。

YOUTUBEにはトロイロの演奏が2バージョンありますが、音質は似たり寄ったりで、ひどいものです。カナロの演奏はありません。

QUEJAS DE BANDONEON

と、書いたら、カナロがありました。

Quejas de bandoneon - Forever Tango - Yanina y Eric 2009


フォーレバー・タンゴの良い演奏がありました。

Orquesta Típica Sabor A Tango - Quejas De Bandoneón (Juan de Dios F

これも良い演奏ですが、コンサートの非公式録画のようで、残念ながら音質はかなり悪いです。

Esteban Morgado Cuarteto - Quejas de bandoneón

これも掘り出し物のひとつ。「バンドネオンの嘆き」をテーマにジャムセッションを展開している風ですが、大筋は踏み外しません。アコースティック・ギターがロス・プリモス張りの演歌を織り込むのが新鮮です。

Quejas de Bandoneon

これも掘り出し物。sexteto juan carlos sabatino の演奏で、バイオリンが弱いですが、全体としては十分水準を行っています。

Julio de Caro - Quejas de bandoneón

フリオ・デ・カロの演奏もありました。エル・アマネセルを聞いているような雰囲気です。

Carlos Di Sarli - Quejas De Bandoneon

全編見事にディサルリ節。こうまでして聞きたくはない。

ORQUESTA de A. Piazzolla 1946/48 Quejas de Bandoneón


こういう演奏もあるよ、ということであげただけ。オルケスタ時代のピアソラは面白くもなんともない演奏で、採りあげる価値なし。


(26) ガウチョの嘆き (Sentimiento Gaucho)

いろいろな楽団が演奏していますが、遅めのテンポでリズムをしっかり踏んでいくカナロの演奏が一番納得させられます。録音もSPとしては良好で、バイオリンの「さび」が効いています。

Sentimiento Gaucho - Alberto Arenas

これがその演奏ですが、ウP主は手持ちのLPをそのまま再生していて、ディスクの状態がかなり悪い。ほかに誰かウPしてくれていないか探してみます。

SENTIMIENTO GAUCHO,JUAN D'ARIENZO - OSVALDO RAMOS

この演奏を聴いたら、カナロなどどうでもよくなりました。オスバルド・ラモスの美声も冴えています。ただ冒頭のピアノの乱れはどうしてそのままなのか?

TANGO入門(16)ガウチョの嘆きSENTIMIENTO GAUCHO(F.Canaro) ...

これを聞いたら、上記の感想はそのまま取り下げです。カナロがステレオで聴けるというだけでも夢のようなのに、61年の録音というのに音質がすごい。あの当時の日本の録音技術は決してほめられたものではないはず。奇跡としか言いようがない。 ishizakiyoshifumi のお宝音源でしょうか。感謝

SENTIMIENTO GAUCHO


ガルデルの初期の録音のようです。抑えた表現が哀切を浮かび上がらせる名演です。

CARLOS GARDEL - SENTIMIENTO GAUCHO (1925).

こちらが新しいほうの録音です。歌い方の基本は同じですが、音質の違いなのか、前者のほうがしっとりした感じです。

JORGE "CHE" SARELI - SENTIMIENTO GAUCHO

あまり聞いたことのない歌手だが、過不足なく歌い上げていて、安心して聞ける。

LIBERTAD LAMARQUE "SENTIMIENTO GAUCHO"


うまいが品がない、美空ひばりと同じです。曲によっては名唱となるが、これはどちらかと言えばスカ。

SENTIMIENTO GAUCHO

ステレオ録音だが、エコーかかりすぎ。ALBERO BIANCO という歌手が自分のオルケスタ・ティピカを編成して、それをバックにして歌っている。悪くはないが、多少うっとうしい。

sentimiento gaucho


Orquesta Típica Rodolfo Biagi の1942年の録音とあります。歌なしで、編曲勝負。かなりの説得力ですが、ご本家を上回っているとまでは言いがたい。ほかにフロリンド・サッソーネの演奏もあったが、これはひどい。エクトル・バレーラの演奏も「これがステレオだ!」みたいな音でいかにもだ。

Sentimiento gaucho VIRGINIA LUQUE


こういうのを名唱というのでしょうか、どうも私にはやりすぎのようにしか思えませんが。

Pachamama con Centro Gaucho Tradición 2 - Sentimiento criollo

たまたまぶつかったページで、「ガウチョの嘆き」とはまったく関係のない動画だが、「えぇどぉー!」
フフイのフィエスタで地元の人がハンカチを振りながら踊る。タンゴではなくクエンカだ。私たちには耐えられない単調なリフレインが果てしなく続くが、人々は飽きない。その表情には喜びというよりは「苦痛」とも呼ぶべき無表情が見てとれる。
体を動かすことから来る愉悦感ではなく、それは、ゴルゴダの丘にむけ十字架を負い歩むキリストに倣ぶ法悦感にも思える。
バンドネオンとギター二丁、ボンボを叩く若者の取り澄ました表情が「超カワイー」のだ。
それが神聖な任務でもあるかのように、音楽も踊りも完全に無視して、マテ茶を沸かしている女の子も、後姿だけだが、かわいい。
それが年頃になるとぶくぶくとしてくる。せめて結婚するまではスマートでいろよな!と思うが、どうもデブは、牝牛が発情して肥えるのと同様、女性が適齢期に達した証のようだ。



経済トピックス  日経研月報2010.5

株式会社日本政策投資銀行設備投資研究所 

主任研究員 小田圭一郎

http://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1005_01.pdf

ボルカー・ルールは「銀行業務の規制強化のための提案」です。2010年の初めに発表されているので、すでに1年半を経過しています。この経過については後で触れることとして、提案の内容、その考え方の背景について、上記の論文を要約・紹介します。

小田氏はまず前文で、「その基本的アイデアは銀行業務規制における重要な問題を提起している」と述べています。

1.ボルカールールの内容

1.1 概 要

 その基本理念は、商業銀行は預金を通じて資金調達を行うことが主要業務であり、投機的投資の実施は制限されるべきというものです。

具体的な業務規制としては、①自己勘定取引の禁止、②ヘッジファンドやプライベートエクイティファンドへの出資の禁止です。

ボルカー・ルールの提案を受けて作成された金融規制改革修正案では、さらに商業銀行以外の金融機関についても、同様の業務について「制限」すると提案されています。

小田氏の基本理念への評価は以下の通り

第一に、ボルカールールは、商業銀行は、預金を基礎とした金融システムを前提にして、顧客の業務支援に特化すべきだという思想に基づいている。しかしそのような伝統的な金融システムに全面回帰すべきかどうかについては十分な検討が必要である。

なぜなら、ここ20年の米国金融産業は、伝統的なシステムから大きく乖離して発展してきているからである。しかしこの乖離が今回の金融危機に重大な影響を与えたことに異論はない。

第二に、そもそも今回の提案は、銀行業務規制の第一歩に過ぎないという認識を持つべきである。

慎重ながら、全体としてポジティブに受け止めようとするのが小田氏のポジションのようです。

1.2 グラススティーガル法との比較

 元々アメリカの銀行が好き勝手にやっていたかというと、そういうわけではありません。99年までは商業銀行に対して投資業務を禁止したグラススティーガル法という法律があったのです。

この法律は、無謀な証券発行が横行し株式バブルにつながったという大恐慌の反省の上に立って制定されたものです。しかし80年代以降の銀行業務に対する規制緩和政策により無力化されてしまいました。

しかしボルカールールの問題意識は「無謀な証券発行」ではなく、「そもそも銀行は本来業務以外においてはリスクを取るべきではない」という所にあるので、その点はグラススティーガル法よりもっと「原理主義的」です。

2.金融危機との関連

 今回の金融危機をシステムの問題として考えると、不良債権問題と流動性危機という二つの問題に絞られます。

これはすなわち、銀行による“モニタリング”と“流動性供給”の両機能が失われたという問題です。

ボルカー・ルールの提案は危機にいたる経過を次のように捉えています。

①極めて杜撰な審査に基づく問題ローンが多量に生み出された。サブプライムローンがその典型である。

②銀行はこれらの問題ローンを、“証券化商品の原資産”として購入した。(この意味は分かりません)

③銀行はさらに組み立てた証券化商品に自己投資した。(よく分かりませんが、貸し込んだということでしょうか)

④銀行は証券化商品への自己投資の原資を生み出すため、証券化商品自身を担保とした“レポ取引”に依存するようになった。

⑤結果的に、銀行が保有する資産の多くが不良債権化した。同時にレポ市場を中心に流動性危機が発生した。

さぁ、さっぱり分かりません。以下にその説明がでてくるので、とりあえず読み進めます。

2.1 不良債権問題

 記述①~⑤の経過をボルカールールの観点から見ると二つの問題点が浮かび上がってくる。

第一に、理念の問題として、顧客の業務支援として銀行の本来業務と考えられるローンの審査・組成への関与を怠ったことである。

第二に、手法上の問題として、自己勘定取引を行い、損失を被ったことである。これは一種の裁定取引である。

2.2 流動性危機

 「流動性危機はレポ取引が大きく影響している」とのことなので、まずはレポ取引の勉強から。


金融経済用語集 > マーケット用語集 > レポ取引|ワード索引 より

http://www.ifinance.ne.jp/glossary/market/mar028.html

レポ取引(Repurchase transaction) 

債券の売却取引の一種で、買戻し(Repurchase)の条件がついた取引を言う。担保として金銭が要求される。略称として「現金担保レポ(現担レポ)」または単に「レポ取引」という。

きわめてややこしい取引だが、銀行の側から見ていくと、

①銀行が債権を預かる。銀行は債券を借りたことになるので、「貸し手」に担保金を払う。つまり実態としては銀行が債権を担保に金を貸したのと同じである。

②一定期間後に、銀行は債権を返却し担保金の返還を受ける。このとき銀行は“債権の賃貸料”を払う。債権を貸した側は、担保金に対する金利を支払う。この差額が「レポレート」と呼ばれる。

レポ市場は米国で発生して巨大なマーケットに成長した。日本でもコール市場を凌ぐ規模にまで拡大している。(またコール市場などと専門用語が出てくる。もうこれは放置)

ここまで来ると、私のような素人にも良く分かります。このようなややこしい手続きは、法の網をかいくぐる手段だということです。銀行は株券や手形などを担保に金を貸してはいけないということになれば、「金を貸したんじゃない、債権を借りたんです」と言い張ればよいことになる。相手を殴った犯人が「拳に頭がぶつかってきたんだ。俺は被害者だ」といっているみたいなものでしょうか。

これらの話はまた、マルクスの資本論を思い起こさせます。「商品の売り手は、実は貨幣の買い手なのだ」などという話が第一部の最初から出てきて、「1エレのリンネルや1ブッシェルの小麦」が頭の中を飛び交って、たいていの人は訳が分からなくなって挫折するところですね。


というわけで、流動性の危機の話に戻ります。

小田氏によればレポ取引と流動性の危機は以下のような理由で結びついています。

銀行にとって、レポ取引は預金と似ているが、より不安定な性質をもつ資金調達手段である。なぜなら貸し手側は借り換えを拒否できる立場にあるからだ。今回の流動性危機が、預金ではなくレポ取引を中心に発生したこともこのショックに対する脆弱性に起因している。

ここもよく分かりません。日本のレポ取引とアメリカのレポ取引は多少、意味合いが違っているのかもしれません。

2.3 シャドーバンキング

「ボルカールールを勉強した Ⅱ」へ移動してください

 金融業務用語集 より

バーゼルIII

バーゼル銀行監督委員会が 2010年9月に公表した国際的銀行の自己資本規制の基準。

この委員会は1974年にG10諸国の中央銀行総裁らの合意により、スイスのバーゼルで創設された機関である。国際決済銀行(BIS)に事務局が置かれ、4年に1度、定期委員会を開催して銀行監督に関する継続的な協力のための協議をおこなっている。

最初の規制基準は「バーゼル合意」(BIS規制)と呼ばれ、1988年に公表された。これは銀行の自己資本比率に関する規制(8%以上)のみであったが、2004年には金融機関のリスクを反映させた「バーゼルII」が発表され、今回が二回目の改定ということになる。

バーゼルⅢの特徴は、普通株と内部留保などからなる「中核的自己資本」(Tier One Capital)と、投資や融資などの「リスク資産」の比率を7%以上に確保するよう義務付けたことである。

Market Hack によれば、

ティア・ワン・キャピタル・レシオで7%というガイドラインは100ドルの投資ないし融資をする場合、コア資本として7ドルを確保しておかなければいけないというルールです。

資本比率を満たしていない場合は配当や役員報酬など社外流出制限して数値基準のクリアを求めることも合意された。

これは2008年-2009年の世界的な金融危機を教訓としたものである。

会議は、「トレーデイング勘定が乱用され、リスクの高い資産をトレーデイング勘定に計上してレバレッジをかけていた。ここで損失の大半が発生した」と今回の危機を分析した。(何を言っているのか良くわかりませんが、そういうことだそうです)

会議ではバーゼルⅡの欠陥が明らかにされた。

会議では資本の質についての議論とカウンターシクリカルの議論、そしてレバレッジ規制が議論された。ここから先はさっぱり分からないが、entrance for studies in finance から引用だけしておく。

①資本の質の議論では、自己資本の内容をさらに限定した中核的自己資本についての比率規制が導入された。自己資本のもつバッファー機能(業績の変動を吸収する機能)に注目したものである。

カウンターシクリカルの議論は、規制の在り方を、景気の振幅を小さくするように弾力的に変更するというもの。「自己資本比率規制が景気の振幅を大きくしているのではないか」、という批判に対応したものである。

③最後のレバレッジ規制は、レバレッジ自体を規制しようとする議論である。現在のリスクアセットレシオ規制は国債のようにリスクゼロと評価されたもので資産を膨らませることが可能であり、レバレッジを拡大することが可能になってしまうからである。

というわけで①,②は微調整の域に留まるが、③が新規制の中核をなしているようだ。

なお②についてはMarket Hack が分かりやすく? 説明してくれている。

銀行の融資が焦げ付いたりして自己資本に穴が開くと、自己資本比率を順守するために資産を整理することになり ます。これはちょうど景気が悪くなっている時に限って、銀行がカネを貸さなくなるという、所謂、プロ・シクリカル(pro-cyclical)な融資行動 になってしまいます

バーゼルⅢの骨子は同年11月のソウルサミットで合意された。2012年末から段階的に導入 し、2019年から全面的に適用する予定となっている。

日本では14行が規制の対象となり、3メガバンクと野村ホールディングスは、SIFI(システミックに重要な金融機関)として、さらに重い規制が加えられることになる。

3メガバンクのうち、みずほ銀行はバーゼル3規制すら達成できていないため、極めて厳しい局面に立たされている。


と、読んでいて思ったのですが、自己資本あるいはティア・ワンの比率を上げるのは金融危機の予防に有効でしょうが、じつは自己資本比率が一番高いのはアメリカの金融機関です。EUも日本も急速に比率を高めていますが、アメリカの足元にも及びません。

しかし実際に金融危機が起きたのはバーゼルⅢをクリアしているはずのアメリカです。とすればバーゼルⅢは投機資本の抑制としてはお門違いの規制なのではないでしょうか。

自己資本比率の強化は、その過程でさまざまな副作用を生じます。また金融機関を通じた各種の景気刺激策も困難になります。

entrance for studies in finance によると

①自己資本比率維持のための銀行の貸し渋り、②信用収縮が景気変動の振幅を増幅させる(逆レバ)、③株式発行が株価低迷の原因になる、④証券化をリスク逃れの手段として用いる余地 などの批判があるようです。

鳥畑先生の記事は後半は、言葉の羅列に終わっていてほとんど分からない。言葉の解説が本文と同じくらい必要だ。
端的に言うと、
①リーマンショックは終わっておらず、一時の糊塗策がむしろ問題を深刻化させている。これが現状である。
②現実に起きている現象は次の危機段階であり、「デレバレッジ」と呼ばれる信用収縮である。
ということなのでデレバレッジ(逆テコ?)を勉強しなければならない。

もう一つは金融機関の投機的な活動に対する規制強化の動きです。
鳥畑先生はその中から、バーゼルⅢとボルカー・ルールを上げています。こちらのほうが手をつけやすそうなので、こちらからはじめます。




↑このページのトップヘ