鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

実は改正貸金業法(サラ金法)は大変実効性の高い法律なのです。よくもまぁこんな法律が通ったものだと感心してしまうほどです。
特に有効なのが
総量規制: 借入残高を年収の三分の一以下に制限する、
金利規制: 金利の法定上限を20%以下にする、
の二つです。
施行以来1年半で、多重債務者は100万人以上減り、個人破産・多重債務を原因とする自殺も顕著に減少しています。
30歳以上の方なら、10年前と街の光景が一変したことがお分かりと思います。10年前、駅前や繁華街はサラ金の看板が林立していました。今はどこにもありません。見事に消えてしまいました。街を歩いていても、もうティッシュはもらえません。ティッシュは買うものになってしまったのです。

サラ金法は、国際経済・金融情勢をどう見るのか、どう改革すべきかを考える上でも大変参考になる法律です。世界には経済ルールがありませんから、サラ金の手法を用いた大国の横暴(貸込み)が続いています。だから新たな世界の経済秩序を構築しようとする際、具体的に何をどうすべきかが良く分かるからです。

しかしいま、「高金利地獄」をふたたび目指す動きが強まっています。一部の議員(共産党・社民党を除く全会派)は、「勉強会」を開いて法律の再改正に向けて動いています。 今月「勉強会」のメンバーが提言を発表しました。それは上限金利をかつての30%に引き上げ、総量規制を大幅に緩和するというものです。
勉強会の意見では「規制が過剰で、業者が苦しんでいる」とか「金融行政が消費者保護に偏りすぎている」とか「金利は自由にすべきだ」という「暴論」も出ているとのことです。
それらの反応は、いかにこの法律が問題を芯で捕らえているかの証明となっています。


第2面記事の三つ目、志位委員長が記者会見で、政局についての見解を表明した。
「菅内閣の問題は明らかだが、首相がやめれば被災地の問題が解決する」というわけではないことを、まず示している。そして「誰が総理であれ」被災地の立場で解決の道筋を示していくポジションを明らかにする。
そのうえで、政治が行き詰ったら国民の審判を仰ぐのは憲政の常道だが、「今の被災地の実態ではできない」と述べ、「各党に求められているのは震災復興と原発問題の解決をしっかりやらせる」ことだと訴えた。
きわめて説得力のある提起で、胸にすとんと落ちる。ただ「そんなことをしている場合か」という切り返しがあると、さらに良かったと思う。銭にもならない「復旧」を早く切り上げて、「復興」に移りたくてじたばたしている連中が背後にいるからだ。
共産党の国対筋は時々ぶれるが、今度は修正が早かった。今後は記者団に水を向けられたら、「そういう発想がそもそも間違っている」と説くべきだろう。

参院復興特別委員会で債務買い取り法案が可決された。変わった成立で、自公案に共産党が賛成。与党は反対に回るという採決。
公的機構が2兆円規模の債務買取を行い、二重債務の解消を図るというもの。民主党も賛成はしなかったが、政府閣僚は積極的で、財務副大臣が「二次補正予算の予備費をすぐに出動させる」と答弁している。
このように超党派で議員が動くと、国会というのは本来の機能を発揮できるということが証明された。それも第二次補正予算が成立したためである。
議員にはできることがたくさんある。それどころかできないことは何もない。政府の無能ぶりを槍玉に上げていても事態は改善しない。それは翻って議員の無能ぶりを証明することになる。名を惜しめ、時間を惜しめ、後世の人々が見ているぞ。
復興のあり方については意見が分かれるだろうが、復旧については一致できることがたくさんあるはずで、それをどんどん進めてほしい。

本日の赤旗は二面が面白い。
まず最初は松本で開かれている国連軍縮会議で、菅谷市長が講演。「地球規模での原子力政策について立ち止まって再考する必要がある」とした上で、「私たちは産業経済優先か、いのち優先かその岐路に立たされている」と述べた。
これは原発について語られた言葉だが、当節の経団連・経済同友会あたりの、社会的責任感ゼロの発言を聞いていると、やはり正面からこの言葉で問いかける必要があると思う。少しのぼせ上がった金持ち連中を黙らせるべきだ。
「ここはあんたらの国じゃないよ。金も出さずに四の五の言うんじゃないよ!」

先日トヨタをほめて、ソニーは爪の垢でも煎じて飲めと書いたが、取り消す。トヨタの爪は結構汚いようだ。
2008年のリーマンショックのときには、トヨタは期間従業員を6000人以上雇い止めした。ただ震災の被災者の生首を切るのとは次元が違うが…

トヨタで生きるという日本共産党トヨタ自動車委員会のブログで

こうした支援策は一方で、愛知県に集中している工場のリスク分散とみられています。東日本大震災で部品が調達できなかったことから、想定されている東海地震に対応しようというものです。

また、東北地方は愛知県に比べ人件費が安いことから、コスト削減とみられています。たとえば、関東自動車岩手工場の期間従業員の賃金は、月給で17万4132円。トヨタが愛知県で募集している期間従業員は、18万9000~21万6300円です。

という記事がある。ようするに愛知の高岡工場に立ち上げられる予定だった小型ハイブリッド車の生産ラインが東北に移ることになったようで、愛知の労働者が雇い止めになる可能性があるということだ。
副社長は「老朽化したラインはいずれ止めることになる」と述べたとされる。



6月にペルー大統領選挙の結果を報告した。左派のオジャンタ・ウマラ候補が、右派のフジモリ候補を僅差で破り勝利した。そのとき好景気にもかかわらず左派候補が勝利したのはなぜか、という答えとして、これはオジャンタ・ウマラの勝利というよりは南米諸国連合(UNASUR)の勝利と呼ぶべきだろうと書いた。
ペルー大統領選の勝者はUNASUR

ピンと来なかった人もいるかもしれないが、本日の赤旗で、この十年間のUNASUR諸国の前進を示す記事が掲載されたので紹介する。

国連の中南米・カリブ経済委員会(ECLAC)が南米諸国の経済社会状況に関する調査結果を発表した。
これによると、
①失業率は03年の13.4%から10年の7.9%に減少した。減少率は41%ということになる。
②10年の貧困層の割合は31.7%、極貧層の割合は13.1%となった。(これでもひどいが、90年以降では最低の水準とされる)
③ジニ係数は過去10年間で9%低下した。(ものすごい低下率だが、これでも南米は世界一所得格差が大きい地域だとされる)

私のコメントだが、①,②を合わせ読むと、貧困・極貧層でも仕事はあるということが分かる。それなりに安定した生活を送る貧困者ということになる。
また②,③を合わせ読むと、相対的貧困率はこれよりも低く、生活実感としての窮乏感は数字以上に改善していると思われる。
貧困・極貧の規定はドル換算で行われているから、現地平価が為替相場で過小評価されている可能性もある。

ECLACは更なる格差解消に向けて、直接税に支えられたより累進的な徴税構造を確立すべきだと提言している。これについては以前のブログを参照していただきたい。
ラテンアメリカ諸国の財政状況: とくに歳入部門
累進税率アップが増税の本道

これがUNASURの実績だとすれば、それに背を向けて対米従属と大企業優遇の経済政策を続けてきたペルーでも、路線転換を求める声が高まることは自然の流れだろう。

7月20日、経済同友会の長谷川代表幹事が記者会見を開いた。
例によって「原発再開、さもなくば海外移転」の脅しだったようだ。
終了後の記者の質問。「それほど簡単に海外に出ることができるのか。受入国の電力供給が確保できるのか」
長谷川氏の答え。「ご指摘の点はごもっとも。そう簡単に海外移転ができるわけではない」

赤旗の背景説明によると、
急速な経済成長が続くアジアの途上国では深刻な電力不足が蔓延している。一部地域では輪番停電が実施されるなど、生産への下押し圧力が高まっている(第一生命経済研究所)。
設備の故障や劣化のため、発電設備の定格出力まで出力が出せないケースが多い(ジェトロ)

原発再開を声高に叫ぶ理由は、海外移転のおそれではなく、海外移転しようとしてもできないことにあった。移転するときはしれっと黙ったまま出て行くだろう。

南沙諸島(スプラトリー)に関する中国の主張には道理がない。「疑いもなく固有の領土だ」とするが、疑いは大ありだ。
これらの島は歴史的には無住・無有の地である。初めて領有を主張したのは日本であり、第二次大戦前にこの地を占領し、台湾に帰属せしめた。しかしこれは帝国主義的侵略とみなされ、サ条約により最終的に放棄したとみなされた。それ以降はふたたび無住・無有の地に戻ったと見るのが妥当である。
中国の主張は、フォルクロアの寄せ集めであり、同様の話はベトナム側にもいくらでもあるだろう。
本音は、台湾に帰属した過去の経過から、その領有権を中華民国が引き継ぎ、その正当な後継者である中華人民共和国が引き継いだということに基づいているのではないか。(中国自身はその話題は回避しているが…)
だとすれば、これはサ条約の枠外の話ということになり、元来が無住・無有の地であった南沙諸島は現在もなお日本の領土と考えてもおかしくはない。台湾は大日本帝国の行政単位の一つでしかなかったからである。
南沙諸島は、隣接するいずれの国から見ても12海里の領海内に付属する島嶼とはいえない位置にある。(一部はベトナムに近接しているが)
経済水域は交叉しているが、中国の主張を退ける以上、ベトナムやフィリピンの領有権も否定されるべきだろう。すなわち基本的には現在も無住・無有の地と判断するのが妥当であろう。

これを前提とした上で、資源開発の問題がでてくる。ここで「無有の地」という原則を出発点とすれば、話し合いは二国間協議で済ますわけには行かない。何らかの国際機関が形式上の領有者となり、関係国の合議制で話を詰めていくしかない。
もうひとつの問題、開発主体についても、開かれた入札制度の下で国際的なコンソーシアムが編成されなければならない。利益の分配も、出資比率だけではなく各国が平等に恩恵を受ける形で合意される必要がある。たとえば不測の事故により周辺国に影響が及んだときのことなどを考えると、この原則は守っていく必要がある。

大事なことは、何よりも南シナ海を平和の海にすることである。中国の一方的な武力展開は、周辺諸国の警戒を招き、逆の強硬派をはびこらせることとなる。これが続けばASEAN諸国政府の対中国政策の柔軟性は大きく損なわれる。
最も警戒すべきは、この地域におけるアメリカ帝国主義の再進出である。中国の手法は客観的にはその呼び水となっているとも言える。
南沙諸島周辺から武力を一掃することがもっとも肝要である。保安活動は国際機関の責任においてなすべきであろう。

さらに一言、余分なことかもしれないが、これらの問題が解決するまでは地下資源の探査は停止したほうが良いのではないか。欲得づくの話がでてくると大変ややこしくなる。
中東並みの規模の資源が眠っているとでもいうなら話は別だが、「良い夢を見たね」と済ませられるものならそれが一番良い。むしろ観光開発にでも力を注いだほうが、はるかに金になりそうな気もする。

21日、EU首脳会議が18兆円相当の追加支援を決めた。同時に大手銀行にギリシャ国債の割引をもとめ、新発債へ乗換えることで資金回収の先送りを容認する、という内容だ。さらに欧州中央銀行(ECB)も4兆円の信用保証に合意した。
昨年5月の第一次支援より規模も大きく、内容も深化している。おそらくこれが最後の切り札だろう。これがだめなら“アルゼンチン”だ。しかし母体がアメリカ・ドルとユーロでは格が違う。ギリシャのアルゼンチン化は即、EU圏内大銀行の倒産、ユーロシステムの崩壊につながる。
それどころかアメリカの債務危機と結びついて、1929年大恐慌の再現すら招きかねない。そういう危機感が支援の背景にはある。だからことの本質はギリシャ支援ではなく、銀行と投機資本への支援 なのだ。間違いないのは、ギリシャの民衆は決して救われないということだ。

ユーロの発想そのものを否定するわけではない。しかし金融資本の好き勝手を抑える術を持たずに走り出せば、いずれこうなることは分かっていたはず。
打つ手は打った。これでだめならギリシャをいったんデフォルトに追い込み、ユーロ圏から離脱させ、平価の思い切った引下げを断行するしかない。ギリシャはそれでよいが、残された大銀行には、自業自得とはいえ膨大な焦げ付き債権と破産の道が広がっている。
これを機会にトービン税やその他の規制により金融資本の暴走を抑えることが必要だ。というより、そこに「もうひとつの世界」とつながる鍵があるのかもしれない。

帝国データバンクの調べによれば、被災地三県+山形の9銀行で“貸倒引当金繰り入れ積み増し額”が984億円に達した。これは貸出残高に対して0.92%を占める。
ということだが、“貸倒引当金繰り入れ積み増し”というのが良くわからない。ネットで調べると次のような記載があった。

マネー用語辞典

不良債権を処理したことにより、その期の損益計算書に算出される損失額のこと。

つまり貸倒金のことだ。それをどうしてむずかしく言うかというと、その処理の方法の違いによるものだということだ。

処理の方法としては、

①間接償却: 倒産などで債権回収がまったく出来ないと判断された債権を資産から差し引き、貸借対照表(バランスシート)上で処理を行う処理法。

②引当て: 経営破綻となる懸念がある取引き先などに対する貸し出しを資産に残したまま、将来の経営破綻に備えて事前に費用として貸倒引当金計上する処理法。

③直接償却: 民事再生法などの法的整理債権放棄などの私的整理による処理法。

他にも「不良債権の売却」などがある。

この内の②の処理をした場合、“貸倒引当金繰り入れ積み増し”という表現になるわけで、気分としては「焦げ付いてはいるがまだ燃え尽きてはいない」というニュアンス。実質的に貸倒れとなっていることに変わりない。

焦げ付き率1%というのがどのくらい危険なのかはよく分からないが、地銀にとって1千億円という数そのものはやはり尋常ではない。七十七銀行、岩手銀行など大手でさえこうだから、信金・信組が存亡の危機に立たされているのは間違いないだろう。

内閣府が年次経済財政報告を発表した。内閣府といってもなじみが薄い。というか私は今日まで経企庁が内閣府に統合されたことを知らなかった。担当大臣はあのミスター財界の与謝野である。

ウィキペディアを見たらこう書いてあった。
戦前の企画院の流れを汲み経済白書の編纂・発行を行い、いわゆる官庁エコノミストの輩出に寄与するなど、大蔵省通商産業省等とは一線を画し、比較的政治的に中立的な姿勢で国民経済などマクロ経済ミクロ経済の動向を分析するなど、その分析成果や経済政策への影響は決して無視できない「影のエリート官庁」と言われた。

まぁつまり影の薄い公家集団的存在であるということだ。その代わり多少はまともなことも言って来たということだろう。
ところが今度は大企業中心、外需依存の「開国論」の旗振り役に回った。これでは通産省と変わるところはない。まるで自殺宣言だ。

開国論はわざわざ白書を作るほどの内容はない。「通商白書を参照されたし」の一行ですむ。
問題はそれが国民経済に与える影響をどう受け止め、どう対処していくかだが、赤旗によると以下の処方箋が提示されているに過ぎない。

企業活動のグローバル化は雇用に影響を与え、「従業員の利益配分を抑制する」が、海外からの直接投資が日本の経済成長につながり、「配分の原資」が拡大されるため、賃金にはプラスの効果がある。

執筆者はこの段を、おそらく臍をかむ思いで書いたのだろうと想像する。「苦渋を察してくださいね」という感じがよく出ている。




しかたがないので2チャンネルなど掲示板を見回ってみる。
明らかにソニーの回し者と分かるメールは、あまりの下劣さに相当胸が悪くなる。非正規労働者と共産党に対するその“上から目線”は、いつから身につけたのだろう。


たとえばこんな記事がある。「内部留保の意味も知らずに内部留保を切り崩せと言わないでほしい」という題で、赤旗の記事に対して、「後ろ盾となっている理屈がめちゃくちゃ。嘘つきなのか無学なのか」と切りつけている。
この人はソニーではなくトヨタの人のようだ。どういう人かと見たら別に会計や経理の専門家でもないSE系の人のようだ。「嘘つき」はありうるが、共産党が「無学」なんてありえないでしょう。

で、赤旗のどこが滅茶苦茶かというと、

①「内部留保は隠し利益ではない」
こ れはたしかにあたっています。赤旗の記事は「内部留保(隠し利益)を…1.5倍も増やしています」と書いていますが、これは不正確です。ふつう「隠し利 益」というのは各種引当金の過大評価で税金逃れをしようとすることを指して言います。
ただしウィキペディアによると、日銀統計ではこれも内部留保にカウントして いるようです。

②「内部留保は実は現金ではない」
内部留保の総額は大幅に増え、現金・預金資産は逓減し、設備投資は抑えられてい る。その代わりに「投資有価証券」は倍増している。これらの事実は誰の目にも明らかです。赤旗の記事はこれをもって「隠し利益」だといっているのではないでしょうか。赤旗はそれほど無学ではないと思います。

③「有形固定資産(土地・建物・装置など)が内部留保にふくまれている」
この文章は「トヨタの20年度の有形固定資産は8兆円弱ほどあります。これは実際にはお金を使っていますが、コストには換算されないので、利益を押し上げています」と続く。要するに内部留保とされているものは、実際には固定資産だと言いたいようだ。

このことをもって共産党は滅茶苦茶といっているのなら、言っている本人が滅茶苦茶です。内部留保は貸借対照表の右側に明記されますが、その運用は左を見てもわからないのです。他の諸表に当たるか、バランスシートの経年変化から追っていくしかないものです。
この20年間のあいだに内部留保が1.5倍に増えて、それに対応して左側項目の数字がどう動いているかが問題です。固定資産に行っていないことは一目瞭然です。

「内部留保は必ずしも現金や預金として保有されている わけではない」というくだりは、実は経団連の受け売りです。2011.2.28 の更進記録にも書いたのですが、経団連は今やこの主張を取り下げています。そのくだりを再掲します。

経団連の経労委報告が大きく書き換えられていたことが発覚しました。「内部留保は必ずしも現金や預金として保有されている わけではない」、現金や預金も「仕入れ代金や給与などの運転資金として確保する必要がある」という記述が削除されたのです。
日銀が昨年12月に発表した資金循環統計によれば、民間法人が保有する金融資産のうち「現金・預金」は206兆円で過去最高となっています。今回の措置は、もはやこの種の詭弁が事実と食い違うことを取り繕えなくなったための変更でしょう。


④選挙前ということで確信犯でウソをばらまいているならまだかわいいのですが、本当に会計を理解せずに、間違った判断をばらまいているのなら問題は深刻です。

 これは慢罵です。言っていることはこれだけです。①だけにとどめておけばよかったものを…

共産党の山下議員がソニー多賀城の首切りについて質問した。
youtubeで見たが、「彼らは雇用の姿こそ非正規だが、仕事の中身と志はプロフェッショナルだ」と、胸のすくような質問だった。ただ質問時間があまりに短く、衝いてほしい問題が展開できなかったことが残念だ。
それにしてもこの静けさは何だろう。マスコミ各社は完全黙秘だ。ただの一社も報道しない。天下の東電に比べればソニーなど落ち目の電機産業、さほどの実害はないと思うが…




新自由主義者が、結局はジャングルの掟の信奉者・唱導者に過ぎないことは良く知られている。
彼らはある意味で自然主義者であり、自然のおきてに従うことを「科学的」で「客観的」であり、したがって「合理的」な態度と信じている。その限りではナチの生物学・優生学主義と似ていないでもない。

ソニー多賀城の首切りに反対する2チャンの掲示板を見つけた。そこには、おそらくソニーの正社員の手になるであろう反論が寄せられている。その匿名性は九電社員の場合と似ているが、その冷酷さははるかに勝っている。

①会社が不景気だから社員を首切るのは当然でしょう。
②契約社員はそういう契約なんだから首切られて当然でしょう
この発想からは、当然次のような思想が生まれる。
③戦争なんだから人が死ぬのは当然でしょう
④武器は効率良い殺人のためにあるのだから、核兵器は当然でしょう

①から④まである意味すべて正論です。ジャングルのおきてに従えば、それらはすべて正しいのです。しかし人間がなぜジャングルのおきてにしたがなければならないのでしょうか。

種としてのヒトはジャングルの中で決して強い生き物ではありません。ジャングルの掟に唯々諾々と従っていれば、絶滅するほかありません。ヒトは集団を作ってその力で弱肉強食のジャングルの世界に耐え、種としての生存を図ってきました。
人間は社会的動物であるとよく言われますが、人間というのは群れを成していて、群れの一員であることにより生存を保障されてます。
つまり集団の力で自然の掟に逆らって、自然の掟を拒否することによって人間の社会は成立しているわけです。逆らい、拒否するということは自然の掟を否定することとは違います。むしろそれを承認し受け入れた上で、それを克服しようとするのです。
このような集団には、当然のことながら集団としての掟が発生します。その掟の第一は助け合いです。第二は協働です。そして第三が団結(見方を変えれば自己犠牲)です。この団結というのがなかなか曲者で、家族愛・隣人愛として昇華されることもあれば、コザノストラの血の掟のような排他的。攻撃的な性格を帯びることもあります。
もちろん原始共同体以来の共同体の掟には、封建的で個性を抑圧する性格もたぶんにあります。
それに対抗する近代的な個人の個性の開花、自主・自由の尊重は、集団の掟のさらなる発展段階として議論すべきものであります。しかしそれは人間社会が打ち立てた社会共同体の上に開花しているものであり、弱肉強食の世界の復活ではありません。

被災地の労働者が首になるのはジャングルの掟では当然ですが、人間社会の掟ではあってはならないことなのです。人間社会の掟においては、彼らは救われなければならないし、日本国民同士として受け入れられるべきだし、復興を目指してともに働くべきです。

いま世界の運命を決するような重みをもって語られているニュースが二つある。ひとつはアメリカの財政赤字問題であり、もうひとつはEU内後進国、とくにギリシャの債務問題である。
ギリシャの債務問題は、ラテンアメリカを研究するものにとっては2001年12月のアルゼンチン債務危機と二重写しになって迫ってくる。

20世紀末以来の20年余り、株屋=サラ金連合の支配 が強化されている。そして現在も世界のトレンドに変わりはない。手を拱いていればその先に恐ろしい破局が口をあけているのは間違いない。
いまは流行らないが、学生時代に学んだレーニンの帝国主義論に「資本主義の腐朽化・寄生化」という言葉があった。当時はこれに「不均等発展」論を結びつけて「革命の日は近し」と満足していたが、そんなに簡単なものではない。
ただ肩で風を切るネオリベと「株屋=サラ金連合」の横行を見ると、近代資本主義は放置すれば重商主義・重金主義へと先祖がえりしていくのかと感ぜざるを得ない。医学用語で言えば「退行反応」である。
一体どうしてこのような仕儀に相成ったのか、新自由主義者によれば、「それは戦後世界を支配してきたケインズ主義経済システムが突き当たった壁だ」といわれる。
確かに壁はあった。一種の行き詰まり状況はあった。しかしそれはほんとうにケインズ主義がぶち当たった壁だったのか、レーガン・クリントンによるアメリカ帝国主義の巻き返しに世界が屈した結果に過ぎないのではないか、そこをもう少し冷静に見極める必要がある。

ネオリベとケインジアンの対立は、直接には経済政策をめぐる意見の相違である。しかし本音はそこにははない。それは経済にモラルが必要か、恣意性を排し「神の手」にゆだねるべきかをめぐる対立なのである。
ネオという名はつけても、当節の支配階級の論理は人倫とはかけ離れた「ジャングルのおきて」である。我々はこの弱肉強食の論理が、1929年の大恐慌を初めとする多くの恐慌と、二度にわたる世界大戦争を引き起こしたことを記憶している。そして人類を絶滅させる可能性を秘めた原子爆弾を生み出したことを知っている。
ジャングルの掟は勝つためのすべての手段を正当化する。その典型が強引な資金投入である。サラ金の怖さは取り立てにあるのではない。詐欺的手法まで用いる「貸し込み」に最大の危険がある。
そして、本来国際金融秩序を守らなければならないIMFが貸し込みの旗振り役となったことに、ネオリベの最大の犯罪がある。



共産党の笠井議員が福岡で講演会。参加者の感想でこの言葉が出ている。
ルールなき資本主義では、こと原発問題については対処できないというのがこれまでの私たちの論調であり、これに対して財界はあくまで資本の論理、コストの論理を原発問題にも押し通そうとしているというのが、対決の構図だった。つまり原発問題は特殊なのか特殊ではないのかという対立だ。
しかし、もうひとつの対決の構図が必要だということを、この言葉は示唆している。私たちは原発問題とそれ以外の問題を、同じようにルールなき資本主義が抱える共通の問題としても取り組まなければならないということだ。
そのキーワードは未来破壊性ではないか。
「我が亡き後に洪水来たれ」という言葉が、ルールなき資本主義の本性を表す言葉としてよく使われる。つまり未来と、未来の安全性と、未来が保持すべき伝統を、ひっくるめて売り物にしちゃうということだ。
原発を撤廃すればそれですむという問題ではない。ルールなき資本主義を根本から改革しなければ、同じような未来を破壊するような問題はかならず起きる。
もちろん、原発の持つ「異質な危険性」を他の問題と一緒にしてはいけない。あるいは核兵器の持つ全人類的危険を兵器一般と混同してはならない。
しかし私たちはそこからさらに議論を一歩進める必要があるだろう。それらの持つ異形の危険性を強調した上で、それにもかかわらず危険な道を突っ走ろうとするルールなき資本主義の衝動こそが最も根本的な危険となっていること、その本質的特徴が未来に対する破壊性にあること、したがってルールなき資本主義の克服こそが事態の根本的解決となること、を訴えていく必要があるだろう。

1973年9月11日、ピノチェトによるクーが起こった。ピノチェトはアジェンデのこもる大統領宮殿を爆撃した後突入した。アジェンデは最後まで抵抗した後、遺体となって発見された。
これが自殺なのか軍による射殺なのかについては、長年議論が交わされてきた。
この論争に終止符を打つため、今年5月に遺体を運び出し、検視が行われていたが、19日に司法当局がその結果を発表した。
アジェンデは持っていた自動小銃で頭部に銃弾を2発発射。内1発は遺体内に残っていたとされる。
まぁとりあえず決着はつきましたね。それでピノチェトの罪が軽くなるわけでもないが。

心臓死とされてきたパブロ・ネルーダについても、「毒殺」の疑いがあるとして、今年5月控訴裁判所に対し告発がなされた。(ネルーダは国民的詩人にしてノーベル文学賞受賞者。共産党員で70年大統領選挙の候補となったが、アジェンデを統一候補とするため辞退した。クーの1週間後に自宅で“心臓発作”を起こし病院に運ばれたが、まもなく息を引き取った)

ソニーの首切り事件の続報が出た。多賀城の正社員280人を広域配転、基幹社員150人を全員雇い止めする計画に変わりはない。
分かったのはこれらの期間社員が「09年に労働局から偽装請負の是正指導を受けて直接雇用に切り替わった人たち」だということ。つまり最初から切る気満々だったということで、震災は勿怪の幸だったことである。
もうひとつは宮城労働局が、すでに5月に「労使でよく話し合うこと、雇用のルールを理解する」よう「啓発を実施」していたことである。
ソニー労組によれば、会社側は「ご理解をいただきたい」と繰り返すばかりだという。労働局もなめられたものだ。

それにしてもメディアは見事なまでにこの事件をネグレクトしている。週刊現代でさえ報道しない。地方紙もふくめて活字メディアは完全に沈黙。当然ながら放送メディアは一顧だにしない。赤旗の後追い報道ばかり続けるのもたしかに癪ではあるが。

トヨタ自動車の豊田章男社長が新小型ハイブリッド車の生産工場を岩手に建設すると発表した。
ものづくりより金作りに精出した奥田時代から見ると夢のようだ。
年産10万台規模。被災地の復興支援が狙いで、人材確保に向け、若手技術者を養成する学校を設立することも明らかにした。
ソニーよ、爪の垢でもせんじて飲め。

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