鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

13年4月、ぷらら・Broachより移行しました。 中身が雑多なので、カテゴリー(サイドバー)から入ることをおすめします。 過去記事の一覧表はhttp://www10.plala.or.jp/shosuzki/blogtable001.htm ホームページは http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」です。

どうも斑目という人物、怪しい。予算委員会の答弁で「格納容器が破裂する可能性がある」と首相に助言してい たというが、首相は「格納容器には窒素が充填されているので水素爆発はない」との助言を斑目から受けてい たと説明している。 youtubeの動画(http://www.youtube.com/watch?v=zKwOxJuMhPs)をみると、少なくとも原子力"安全"委員長を務めるべき人物ではないことが分かる。

すみません。中野重治の“有名な詩”なんだそうです。 いくつか異文があって、それについて中野らしいエクスキューズがあって、 つまりは“逃げ”があって、いかにも中野らしくうじうじと書き連ね、 “黙れ”と一喝したくなります。 所詮は西条八十の左翼版なのでしょうか。

 何といっても原発事故が現在進行形であり、これに一定の見通しがつかないと、まったく将来像が描けません。①仮にGDPが10%減少したとして、それが相当長期にわたり続くとして、どのようにダウ ン・レギュレーションしていくのか、厳しく問われることになるでしょう。②首都機能が(その規模を問わず)移動せざるを得なくなれば、関東周辺に1千万人を越える膨大な経済難民が発生することにな ります。③原発から火発への復帰は原油供給の不安定さを考えると相当のコストとリスクを伴うことになり、コストインフレの発生は必至です。④アジアのエマージング・パワーへの依存が一気に強化さ れることになるでしょう。今後東アジア諸国から何を求められているのかを分析し、その枠組みにいかに適応していくかの判断が決定的になります。自動車・重機に傾斜した日米同盟の枠組みは少なく とも主役にはなりえません。「量は少なくとも質の良いものを」が合言葉になるでしょう。  三馬鹿トリオというのがあって、一人は「天罰」の石原慎太郎都知事、一人はいまだに「原発推進」を叫ぶ米倉経団連会長、もう一人がセリーグ単独開幕のナベツネです。基本はKYですが、それだけ ではすまない過去の言動があっての馬鹿野郎たちです。とくに石原は「東京湾に原発を」と叫んできた確信犯です。築地市場移転に際しても汚染隠しを貫いてきました。「“天罰”知事に“民罰”を!」を 合言葉に都知事選挙をがんばりましょう。

解放新書「民族としての在日朝鮮人」(間宮茂輔)という本がある。
古本屋で入手した本で、いま読むと相当荒っぽい文章だが、その中に「雨の降る品川駅」という詩が引用されている。作者の名もないものだが、日本国内で検挙され朝鮮に送還される朝鮮人活動家をおくるうたである。1930年前後のものであろう。
以下紹介する(ひとこと、“さようなら 女の李”がたまらず良い)

雨の降る品川駅

辛よ さようなら/金よ さようなら/君らは雨の降る品川駅から乗車する
李よ さようなら/もひとりの李よ さようなら/君らは君らの父母の国に帰る
君らの国の河は 寒い冬に凍る/君らの叛逆する心は 別れの一瞬に凍る

海は 夕暮れの中に海鳴りの声を高める/鳩は 海に濡れて車庫の屋根から舞い降りる/君らは 雨に濡れて 君らを逐う日本天皇を思い出す/君らは 雨に濡れて 髭、眼鏡、猫背の彼 を思い出す

降りしぶく雨のなかに 緑のシグナルは上がる/降りしぶく雨のなかに 君らの瞳は尖る
雨は 敷石にそそぎ 暗い海面に落ちかかる/雨は 君らのあつい頬に消える

君らの黒い影は改札口 をよぎる/君らの白いもすそは歩廊の闇にひるがえる
シグナルは色を変える/君らは乗り込む
君は出発する/君らは去る

さようなら 金/さようなら 辛/さようなら 李/さようなら 女の李

行ってあのかたい 厚い 滑らかな氷を叩き割れ/長く堰かれていた水をして迸らしめよ
日本プロレタリアートの後ろだて 前だて/さようなら/報復の歓喜に泣き笑う日まで

「石原当選」を聞いて戦術的勝利と感じた。いま選挙をやれば現職有利に決まっている。だからやったのだろうが、勝ったと思う人は誰もいないだろう。選挙を強行した人間への不信感が募るだけだ 。そういう人間どもを乗り越えて現実は進んでいくだろう。選挙の票数とは違う民衆の力が、はるかに速いテンポで津波のように現実の政治、統治の現場を動かしている。政治にはそういうフェーズ(局 面)があると思う。  原発事故の直後、東大教授が大挙してテレビに出演した。ほとんどデマに近いような情報を垂れ流していた。レントゲンやCTの被曝に比べれば微々たるものだというのだが、そもそも単位が違う。片 方は1回の検査につき何ぼというもので、原発の被曝は1時間ごとに何ぼというものだ。1日の通算被曝量は24をかけなければならないし、10日たてば240をかけなければならない。しかもその間に 細胞分裂のフェーズを迎える細胞は桁違いだ。CT検査が1分とすれば、感受性の高い細胞数はさらに60をかけなければならない。  一番の傑作はフリップにメルトダウンと書いて、その横に日本語で「全炉心溶融」という日本語をつけていた某若手教授だった。米国のエネルギー長官がすでに13日に、「部分的なメルトダウンが生 じている」と発言したことを知らなかったのだろうか。「真っ黒でなければシロ」という推定無罪の論理は、ここでは物笑いの種でしかない。東大というのは東京大学ではなく、東電大学のことらしい。  パニックを避けたい気持ちは分かるが、そのために必要なのは事実を正確に伝えることであって、うその情報を流すことではない。避難命令が拡大されたときも「大丈夫論」が足かせになって、逆デ マや不安・不信を招いたことは明白だ。スリーマイルよりグレードが下だと強弁するに至っては何をかいわんや、恥を知れ、である。

不破さんの話で面白いことが分かった。原子力安全委員会の現委員長班目春樹氏は、浜岡原発裁判のときに電力会社側の証人として証言しているそうです。 不破さんによれば「浜岡原発は安全だ。あなた方(原告側)のようなことを言っていたら原発など作れませんよ」と大見得を切ったそうである。 参議院の経済産業委員会での参考人質疑。長崎大学の山下教授が良い発言をしている。「農産物の出荷制限や「風評被害」は国民の命と健康を守るために 払わされた「代償」でありしっかり賠償すべきだ」 これで風評被害におびえる消費者と、風評で被害を受けた生産者が対立する図式は解消される。別に消費者が悪いわけではないのは当然だが、マスコミは 対 立があるかのように描き出すから、ここを根っこにすえることは大切だと思う。(ただ卸・仲買業者の悪意があるとすれば話は別だが) また柳田邦夫氏は想定外というのは考え方の逆転であり、「それ以上のことは考えないようにしよう」という思考様式のもたらしたものだ」と批判している。

中国の4月度貿易統計が出た。輸出は前年比30%増の1500億ドルで過去最高を更新。あいかわらず景気にかげりは見られない。新車売り上げの減少は杞 憂だったようだ。 しかし輸入は22%増の1400億ドルで、とくに日本からの輸入が5%増以下にとどまり大幅に鈍化している。日本からの輸入のほとんどが原材料・資 料などであ ることから、減速は避けられないであろう。問題はこれがどの程度深刻なものとなるかであり、5月、6月の動向が注目される。

政府をほめたとたんに、賠償支払いの枠組みが決定された。注目の金融機関の一部債権放棄や社債権者への額面切り下げなどは行われなかった。資産の売 却も前提とされなかった。結局のところ、金持ち保護の姿勢が貫かれたことになる。ただその分、第三者委員会の監視は厳しくなると思われ、東電の財界からの 孤立がいっそう際立っていくこととなるだろう。 東電はそもそも会社更生法の対象である。管財人の手にゆだねるべきである。企業の再生にともなっては三方一両損が原則である。電力事業は必要だが、た とえば中部電力が事業を引き継いだとしても何の問題もない。北海道でも唯一の都銀であった拓銀が経営破たんしたが、第二地銀の北洋がちゃんと後を引き 継いで何の問題もない。

共産党の大門議員が地域経済復興のためのスキームを提唱した。被災地経済団体等の要望を元に作成したものとのことで、かなり現実味のある提案だ。①「 地域経済復興機構」というファンドを立ち上げる。②ファンドは金融機関の債務を買い取る。③金融機関は再建売却資金で新規融資を行う、というもの。ふつう なら企業の破たん処理と、金融機関の救済で用いられる手法を、さらにもう一回転させるというのがミソだ。 金融機関にはかなりの負担になるが、既存の融資ルートが活用できる点では監査・回収の能率がはるかに効率的である。私見だが、このファンドが公債を発行 し国民の資金を募るという方法もあると思う。

4月上中の貿易統計速報が出た。貿易赤字は約8千億で4月全体では1兆円を超えるものと予想される。輸出額が13%減少、輸入が14%増えていることが主た る要因となっている。貿易赤字そのものがオイルショックの1980年以来。これが貿易外収支でどのくらい回復できるのか、4月の国際収支速報が注目される。 いずれにしても日本経済への大震災の影響は10%前後に達することが明らかになってきた。これが震災・津波によるものか、原発事故によるものかは判断でき ないが、いずれにしても構造改革路線をそのまま突っ走るだけでは乗り切れないことが明らかである。 今は水ぶくれ・金ぶくれ状態ではなく、出血が止まらない貧血状態だ。さらにスリム化することよりも、まずは輸血だ。しかも即時に相当大量の輸血が必要だ(そ の前に止血が必要だが)。資力の逐次投入は、将来に禍根を招くことになるだろう。 いま構造改革の推進を唱えることは、風邪をこじらせて肺炎になった患者に冷水マサツを強制するようなもの。財界首脳部もそろそろこの辺で気づいてほしいも のだ。

久しぶりに東京に行ってきました。田町の日航ホテルに二泊。14階建てですが、いまや超高層ビルの陰に埋まって地味にやっています。羽田からモノレールで やって来ると、港区体育館のちょっと手前に見えます。たくさんマンションがあってお金持ちの住んでいるところです。マンションの値段は分からないが、駐車場 の相場が7,8万だそうです。年収2千万はないと落ち着いて暮らせないでしょう。 研修会のあと高円寺の古本市を見てきました。いい古本がなくなって、ごみみたいな古本か1/2の店で売ったほうが良さそうな本ばかりです。それでも3,4冊ほ ど買いました。天気は最高、高円寺の商店街もいい賑わいでした。 電車に乗っていて、若い姉ちゃんが日経を読んでいたのにはびっくりしました。あんちゃんも日経を小脇に抱えています。ちょっとしたストリートファッションなので しょうか。「いっちゃぁ悪いがそれはカブヤの新聞で、競馬の予想紙と基本は同じですよ、品性疑われますよ」と言いたい気分になりました。といいつつもちょっと 気になるので、駅前のルノアールで目を通しました。確かに面白い。大企業の東電がらみの狼狽振りが良くわかって面白い。 経団連も同友会も、基本的にはゆすりとたかりの構造は変わっていません。政府を通じて金は取れるだけ引き出そう、出すものはただの一文だって出すものか という気迫が伝わってきます。最後にはお定まりの「国際競争力」です。ただこの脅し文句が効かなくなってきているのです。親方日の丸だけで行かなくなって内 輪もめが始まっています。 政府は東電をすっかり人質にとっています。浜岡原発の停止だって財界は面と向かって反対できませんでした。「株主に対する責任」という言葉は途中から飲み 込まざるを得ませんでした。国民の猛反発を食らうことは間違いないせりふだからです。これは相当の衝撃だったと思います。いままで政府に対してすっかり見 下す態度だったのが、いまや完全に力関係は変わりました。 東電が民間企業であると主張するなら無限責任を負うべきです。自分がつぶれてでも債務と賠償責任は果たさなければなりません。責任が果たせないのなら、 国の支援を受け入れるだけではなく、国の管理に移行すべきです。海江田大臣が「給料50%削減では足りない」といったのはそういう意味での先制パンチです。 東電の立場を弱めているのは、金融界からの反発です。当初東電は支払い能力を口実にして賠償額を値切ろうという路線でしたが、それは経済団体の一致し た支持があっての強腰です。ところが債務削減策が現実のものになってくると金融界から猛反発が出てきました。「政府の裏書があったとしても東電みずからの ガバナビリティがなければ金は出せません」という当たり前の見解です。まさにここに来て東電の企業体質が問われ始めたのです。 ベンツに乗った紳士が交通事故を起こした。調べてみたら強制の自賠責しかもっていなかった。金がないから補償できないという、この紳士信用できますか? こんな男に金貸したら、銀行の株主総会で何て言われますか。 金融界が叛逆ののろしを上げたら、もう経団連はやってゆけません。大企業の利権集団の屋台骨がぎしぎしと音を立てて揺らぎ始めています。日経新聞を読ん でいるとそのうめきが聞こえてくるようです。

ユッケの食中毒はあまりにも原発事故と似ている。卑怯なのは卸業者で、嘘をついていたのがばれたから、こちらは完全な犯罪行為である。生食には危険が付 きまとうこと、できれば食べないほうがよい。しかし食べるのなら必要な手間とコストをいとうてはいけない。少なくとも「安売り」を売り物にする焼肉店で出しては いけない。安全のコストは、理論上はゼロにでもできるのだから。 中部電力の水野社長の記者会見で、「原発は電力供給の基幹だ」と言い切っている。そして政府からは、追加対策の実施後に速やかに再稼動させることで確 認が得られていると述べている。これが焼肉チェーンの社長なら「ユッケは当店のメインメニューだ。追加対策をとれば問題ねぇだろう」というところだ。 問題はユッケなら食わなくても済むが、電気はそういうわけにはいかないところだ。中電社長の言っていることは、「いやなら食うな。食うなら文句言うな」というに 等しい。 今求められているのは「原発が電力供給の基幹」かどうかについての根本的な見直しである。原発が供給の基幹であるとする理由は、究極的にはコストにあっ た。安全性の抜本的見直しはコストの抜本的見直しにつながる。この視点が水野社長には欠落しているようだ。 経団連の米倉会長が副会長である東電の代弁を買って出ている。かなりハチャメチャだ。「東電の責任は免れない」という政府・与党内の意見に対し、こう開き 直った。「政府は安全基準をもっと強化しておくべきだった。政府は何をしていたのか」 よい質問です。政府はあなたの僚友のために基準を緩め、事故を隠し、安全だ安全だと大合唱を繰り返し、東電に老後の面倒を見てもらってきたのです。これ が自公政府のしてきたことのすべてです。それをあなた方は一生懸命応援してきたのです。 それにしてもこのせりふ、警察に捕まった犯人が「これまで悪事を重ねてきたのはお前たちの捜査が甘すぎたからなのだから、悪いのはお前たちだ」といってい るようなものです。たしかに国民目線で見ればあたってはいますが、犯人から言われたくはないですね。

大震災の中国経済への影響に注目している。2年前のリーマンショックのとき、中国経済は意外な堅調を維持した。そしてGDP世界第2位へと駆け上がっていっ た。これを中国経済の地力と見る見方もあるが、私は中国経済が米国よりも日本に強く依存しているため、直接の影響を受けなかったからではないかとひそか に感じている。その意味では今回の震災で日本の影響度が計れる可能性がある。 4月の中国新車販売実績がリーマンショック以来2年3ヶ月ぶりに前年同期を下回ったとの報道があった。もう6年も前、オリンピック前に短期間北京を訪れただ けの経験しかないが、中国市場で日本製自動車は完全に出遅れていた。日本車に新車全体の売れ行きを左右するほどの力はない。しかも4月といえば、新車 売り込みの最高のシーズンである。ではなぜ車の売れ行きが落ちたのか。もう少し情報を知りたいところである。

労働総研大木顧問の発言。最も深刻かつ長期にわたる問題(原発を除いて)は雇用だ。被災市町村の就業者84万人+関連離職・就職取り消し10万人で合計 100万人が新たに失業者に加わる。 3万2千人だった阪神大震災とくらべ数は圧倒的だ。しかもその多くが農民・漁民・自営業者などで、従来の失業保障システムではカバーされない。復興事業と あわせ、公的就労事業の創設が不可欠である。

パラグアイのトピックス: 首都アスンシオンでは市内を回る廃品回収の荷馬車が風物詩となっている。このほど、市当局は「重い荷物を一日中引かせるのはか わいそう」という動物愛護団体の要請を受けて、積荷の重さを最大300キロに制限する条例を提案した。 この提案に対し「上限は100キロにせよ」とか、「馬車を全面禁止せよ」とかの意見が続出しているそうだ。100キロなら人間で十分引ける。馬など要らない。 どうもよく分からない話だが、馬がかわいそうという前に、馬車で廃品回収をして生計を立てている人たちをかわいそうとは思わないのだろうか。 彼らにしてみれば馬は大切な財産。誰よりも大事にしているはず。ペットではなく生活を支えあう「同志」だ。「猫っ可愛がり」とは分けて考えなければならない。ま して馬車の全面禁止となれば、残された馬たちの命はどうなるのか。その行く末はあまりにも明らかではないだろうか。 捕鯨禁止といい、どうも牛肉をたらふく食っている連中の発想は分からない。

共産党の佐々木議員の質問。大企業の資金力を復興のために生かすのは社会的責任とした上で、大企業の内部留保(利益剰余金+資本剰余金)が10年3月 末で227兆円に達していること、これは過去10年間に73%増加していること、を明らかにした。そして復興国債の引き受けを大企業に要請することを求めた。 野田財務相は「大企業に内部留保がたくさんあるなら、官民でファンドを作り、投資を通じて貢献するのもひとつのアイデアだ」と応えた。これで復興国債のアイ デアが復興構想会議まで登ってくれるとよいが。

集団化の話で、田老町の漁協組合長の話に納得するところがあったが、亘理町の町長の談話もその文脈の上でうなずけるものだ。 「町は何をするにも現場主義を貫いてきました。机の上の計画ではだめです。上からの押し付けではなく、住民の要求に基づいた積み上げによる復興計画が必 要です。農漁業の集団化や会社化という案が政府から出ていますが、まずは住民の声を良く聞いてから考えるべきことです」 集団化は一定の条件の下で、一定の期間は絶対に必要なものだ。それは同時に、集団化には一定の前提条件が必要であり、その先の大目的が明確にされた 上でなされるべきものだということです。 集団化を成功させる上での二つのキーワードが提示されてきている。ひとつは前提条件としての「現場主義」である。その定義は亘理町長がしてくれた。①要求 を基礎とし、住民一人ひとりの声を反映させること、②大所高所からの演繹プランではなく、積み上げによる帰納プラン。③整合性は求めない。後から考えれば よい。とくに③が大事だ。 もうひとつのキーワードは、集団化は個人経営の復活を目標として、その手段、過渡期形態として採用されるべきものだという信念である。会社化計画にはそれ がない。最終目標は極めて漠然としている。これでは「集団化のための集団化」になりかねない。社会的生存権も幸福追求権も最終的には個人に属するもので あるという法の原理をしっかり確認しておかなければならない。 (さらに言えば、集団化はそれ自体が階級闘争だということになると思います。それ抜きに、イニシアチブ抜きに集団化に乗れば、企業や官僚の牛耳る組織に変 質し、住民は排除されてしまうことになります) と書いたら同じ12日号の4面に宮城県知事の「水産業復興特区」構想が報道されている。民間企業も漁業権が得られるようにするという会社化案だ。宮城県漁 連の安部理事長は「漁協の根幹を揺るがす重大な事案、であり、再建に向けた漁業者の思いを逆なでされた」と抗議の談話。復興税創設提言といい、どうもこ の村井という知事は危険だ。

米ギャラップ社の世論調査で、国民が感じる「幸福感」によって国を順位付ける調査結果を発表。驚いたことにベネズエラが世界第5位に入った。インフレ率が2 7%に達する中で景気が低迷するベネズエラがなぜ?、と多くの人がいぶかしんだようだ。 しかし、人口に占める貧困層の割合が70%から26%にまで減り、大学進学者が倍加するという社会政策の成果があがれば、むだな経済成長はなくとも国民生 活は活気付くことが明らかになったともいえる。 この間の小泉改革の中で、GDP成長と国民生活の乖離が明らかになった。GDPの持続的な成長にもかかわらず、国民生活は貧困化した。GDPは経済成長率 よりも国民搾取率と考えられるようになった。ベネズエラの例は現代社会におけるGDPの持つ意義を逆の方向から明らかにしていると思う。 これと対照的なニュース: スティグリッツが雑誌論文「1%の1%による1%のための」で次のように述べている。 2000年からの10年間で、米国の貧富の差はさらに拡大した。所得上位1%の富裕層が米国の富を独占している。この階層の収入は過去10年間で18%増加 した。しかし中産階級の収入は減る一方である。

復興構想会議が経済三団体からヒアリングを行った。回答はまことにひどいものばかりで、「痛みを分かち合う姿勢」はまったく見られない。「復興」は枕詞で、救済・救援の視点は見事に欠落し、現場の苦しみはまったく反映されていない。 いまどき財政健全化を唱えることの異常さを彼らは感じないのだろうか? 消費税増税と社会保障費の削減が被災者に与える影響について思いを致さないのだ ろうか? 自らがこの際は身銭を切ってでも復興に尽力しようとは思わないのだろうか? 「苦しいときはお互い様」という感覚をもてないまでに品性落ちぶれてい るのだろうか?

気仙沼医師会の状況が報告されている。七つの病院と37の診療所があったが、内29ヶ所が津波に飲み込まれた。ほかに一部損壊が7ヶ所。要するにすべて だ。ただ不幸中の幸いだったことは、残された1ヶ所が高台にあった中核病院である気仙沼市立病院だったことだ。 この地方は元々医師不足が深刻なところだ。医師の平均年齢は60歳を超えている。医師会が最も心配しているのは、高齢化した医師がこれから銀行から数 千万円の借金を抱えて医療を再開するだろうか、ということだ。ただちに対策が必要となっている。

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