鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

南アメリカの新たな枠組み

米州自由貿易地域協定(FTAA)はブッシュ政権の地域方針の枢軸をなすものだった。これらの変化なしでFTAAを拒否するのは不可能だっただろう。

2005年11月の米州サミットは、統合主義にもとづくワシントンからの提案を葬り去った。そして南アメリカ全体ににメルコスールを広げる戸口を開いた。ブラジルの位置は、アルゼンチンとともに、転換の鍵となった。それは一貫して堅固な姿勢を貫いたことによる。そして自立的発展の道筋を創造するという論点を曲げなかったためである。

サミットは地域統合のプロセスを「前」と「後」に分ける分水嶺となった。南米諸国連合・UNASURの創設は、この最初のステップなしには不可能だった。

日付を思い出してみよう。

2004年12月に、南米諸国の大統領は「クスコ宣言」に署名した。それは南米諸国共同体(South American Community of Nations)の創設を宣言するものだった。その後一連の会合が持たれ、2007年4月に、南米地域はUNASURの名称を採用した。

その後もプロセスは、前進し続けた。

2008年3月1日、コロンビアの空爆作戦が起きた。エクアドル領内のFARC(コロンビア革命武装勢力)の根拠地が襲われ、ラウル・レジェスが殺された。それはアンデス山脈の地域で重大な対立に火をつける恐れがあった。そして、UNASURは南米防衛会議をつくることを決めた。地域内の軍事力を協調させるためである。

その後、南米地域で経験されたいくつかの最重要な危機に際してUNASURの役割は決定的だった。

2008年8月から9月、ボリビア極右がエボ・モラレス政府に対して攻勢に着手したときがそうだった。そして2010年9月、エクアドルでの警察反乱がクーデターに発展しそうになったときがそうである。

この新たな地域同盟は、政治的舞台の中心を占めるようになった。そして民主主義を守るため全ての政府を列につかせた。過去数十年にわたり外交の中心を占めてきた米州機構(OAS)は、ホワイトハウスの支配の下に置かれてきた。しかしそれはいまや支配の座から遠ざけられた。

ここに至る過程でブラジルの果たした役割は明らかである。とくに外務省の役割は決定的だった。その影響下で、地政学的な力関係の方向転換が促進された。この間ブラジル外相を務めてきたセルソ・アモリンは、2009年に雑誌「外交政策」によって「世界最高の外務大臣」との評価を得た。彼はブラジリアに構築されたルーラ新政権のなかで、もっとも著名な人物となった。

21世紀最初の10年間の終わりにあたり、政治的な統合はこれまでないほどの高い水準に到着した。経済的事情においては未だ克服すべきいくつかの重要な相違が残されているが、これは寛容と長期的視野の上に相互の補完関係が形成されるべきだろう。

確かなことは、これらの変換は、エネルギー統合がふくまれていれば、もっと希望に満ちたものとなっただろうということである。たとえば「南の石油の道」計画がもっと具体的に進展していれば、統合は飛躍的に進んでいただろう。

たとえば「南の銀行」の憲章が生命を吹き込まれていたなら、まったく新しい財政的アーキテクチャーが実現していたかもしれない。それらの議論はすべて尻切れトンボに終わっている。

そういった意味では、「われらがアメリカの諸国人民のためのボリーバル同盟」(ALBA)の息吹は、UNASURに属している全ての国によって受け入れられているとは、到底言い難いのが現状である。

以上挙げたのが、前進面と限界面である。これが「進歩の時代」(progressive era)の最初の10年が終わろうとする現在の状況である。

2011年1月

Raul Zibechi

「大陸を変えた10年」

The Decade that Transformed a Continent

© 2011 Upside Down World

 

はじめに

いろいろな意味で、南アメリカにとって、21世紀の最初の10年間は20世紀の最後の10年間の裏返しであった。多くの目覚しい変化があった。我々は未だこれが一連の蹉跌であるのか新たな時代の始まりであるのかを確言はできない。いずれにせよ間違いなく、この地域は20年前と同じものではない。

90年代は民営化と規制緩和の時代であった。前例のない国家沈没の時代であった。富の強度の集中と多国籍企業の存在感の劇的な強化の時代だった。経済の全部門が民営化されたブラジルでは、国民総生産の30%がその担い手を変えたと見積もられている。

ブラジルの社会学者オリベイラは「それは大震災だった」と語る。ワシントン・コンセンサスは、すべての石をひっくり返した。場合によっては、アルゼンチンの場合のように、ネオリベラリズム・モデルは国家全体の数世代にわたる将来を脅かした。

この変換はより危険なものとなった。なぜなら民営化の嵐は軍事独裁の年月が過ぎ去った直後に襲ったからである。人によってはネオリベラリズムは独裁政権の不可欠な一部であったと主張している。

しかしその恐怖の年月は、また社会の目ざめ、新旧の社会運動の活性化の年月でもあった。サンパウロのフォーラムで大陸の左翼の共同行動が開始された。世界社会フォーラムで世界的な共同行動が開始された。

巨大が民衆蜂起が1989年の「カラカソ」から始まり、ボリビアの二度の「ガス戦争」、2001年のアルゼンチンの反乱へと続いた。反応はきわめて強烈であり、与えられた筋書きは完全に書き換えられた。

70年代以来、この地域から途絶えていた社会主義の波が再び出現した。それはネオリベラリズム政府の退陣のための巨大なカーペットを広げた。それに代わる新世代の政府は、徐々に、しかし持続的に左翼化し、あるいは進歩的な容貌を帯びるようになった。いずれにせよ、彼らはワシントン・コンセンサスに反対の立場に立った。

(31)エル・チョクロ (El Choclo)

HP: もちろんラ・クンパルシータと並ぶ超有名曲で、演奏もピンからキリまでごまんとあります。私はソブラール(Jorge Sobral)という人の歌を初めて聞いたのですが、余りにもうまいので、ついほかの定番演奏を全部捨ててこちらにしてしまいました。

Jorge Sobralで検索をかけたら、それはない。その代わり下り坂(Cuesta Abajo)が大変良い。曲名検索でどうしてこの演奏が引っかからなかったのでしょう?

Su majestad el tango. "El choclo" - 07/09/11
一応これが定盤でしょう。Tita Mercello という歌手のある種の“臭み”がこの曲にぴったりはまって痛快です。


TITA MERELLO - EL CHOCLO
おなじ顔ぶれで、テレビ番組の録画音源のようです。あばずれ女の雰囲気が出ています。

el choclo - juan d'arienzo
しかしこちらも棄てがたい。ただしこちらは歌抜き。

LIBERTAD LAMARQUE " EL CHOCLO "
さすがリベルタ・ラマルケ、見事な歌唱です。しかし Tita Mercello を聴いてしまうと…

El Choclo - Orchestra Ensemble Lalo Schifrin
音は最高です。演奏も水準以上です。


EL CHOCLO
これはピアノ独奏で、MITI DEL TANGOというグループのピアニストが演奏している。クラシック風で気持ちのよい演奏だ。

MARIA GRAÑA- DOMINGO CURA- EL CHOCLO.wmv
マリア・グラーニャの歌で、伴奏は打楽器のみという変わった演奏。けっこう迫力あります。

Violentango - El Choclo (con intro)
バンドネオンとギター二丁の演奏だが、味わい深く聞き応えがある

Tango Project: El Choclo (Villoldo, 1903) - Recorded in 1981
名前からするとアメリカのグループのようだが、端正な演奏だ。


Bandoneon Tango "El Choclo" Raul Jaurena y su orquesta en Montevide
バンドネオンとピアノのデュオ。いい演奏だが、残念ながらライブ版で音が割れている。

Sexteto Mayor - El Choclo
大変立派な演奏ですが、この曲はそんな立派な曲ではありません。料理のしかたを間違えたのでは?


Carlos Di Sarli - El Choclo
ディサルリも悪くありません。しかしどうしてみんなバイア・ブランカに聞こえてしまうのでしょうか。

Tango Argentino - El Choclo, 1929
オルケスタ・ティピカ・ビクトルのおっとりとした上品な演奏です。それ以上のものではありません。

ROBERTO FIRPO - EL CHOCLO
これも似たような演奏です。
結局この曲はティタ・メルセロ以降、性格が変わってしまったのかもしれません。

TANGO入門(2) 4楽団によるエル・チョクロ EL CHOCLO(A ...
例によってISHIZAKI さんのてんこ盛りサービス。ディ・サルリ楽団、ダリエンソ楽団、ピリンチ­ョ五重奏団、サッソーネ楽団の4楽団の演奏が一度に聴けるファイル。


Angel Vargas - Angel D'agostino - El Choclo
チョッと冴えない演奏です。アンヘル・バルガスはちょっと都会的な歌のほうが良いみたいです。自分の楽団をバックにした演奏もありますが、こちらはスカ。

Tango "El Choclo" , por la Orquesta Típica LOS REYES DEL TANGO
この楽団はタンゴからエスプリを抜いた搾りかすみたいな演奏をします。音は良いのですが。

El choclo. Astor Piazzolla.
これも面白くもなんともない演奏です。




EL CHOCLO - VIRGINIA LUQUE
クサい曲ならあうかと思ったが、だめでした。スサナ・リナルディもこの歌にはあいません。

El Choclo
エルチョクロをテーマにしたデスカルガといったところですが、なかなか面白い。ただし音は貧しい。ほかにエル・アランケの演奏もあって期待してみたのですが、会場での盗み撮りで音質は評価以前のものです。

素晴らしい歌手を見つけました。Graciela Figari という名です。今や日本でも珍しいほどの反っ歯。エルチョクロも良いが、音は最悪。名前で検索してひとつだけまともな音源を見つけました。Una làgrima - Graciela Figari ぜひ聞いてやってください。


(32)ナイフで一突き (La Punalada)

HP: もっとも危険な題名のミロンガ。トロイロ楽団のオリジナルだが、どういうわけかダリエンソの十八番。この演奏はホセシート・パセという名前がクレジットされている。ピアノ・バイオリン・バンドネオンの三重奏。ピアノがなかなか良い音を出している。ステレオ初期の録音か、意外に音が悪い。リマスターして欲しい演奏。

La puñalada Sexteto Mayor

セステート・マヨール会心の演奏ではないか。オーソドックスではないが、重くならず、臭くならず、この曲の良さを見事に引き出している。

Tango Uruguayo "la Puñalada" interpreta Carlos lázzari

これも甲乙つけがたい。

Bandoneon Tango "La puñalada" version Uruguaya


ヨウツベではお馴染みのorquesta Matos Rodriguezの演奏。さほど迫力があるわけではないが安心して聞ける。音も良い。

la puñalada - juan d'arienzo

ダリエンソ楽団の演奏。この曲の演奏のスタンダードといえる。

La Punalada - Milonga on EMG gramophone

これはダリエンソを聞くというよりはEMGグラモフォンを聞く音源。高音の伸びには舌を巻く。アナログ録音は無限の可能性を秘めているということがわかる。

La puñalada - C. Angeleri / G. Beytelmann

こいつはすごい。Gustavo Beytelmann : Piano César Angeleri : Guitarra Studio de l´Ermitage, Paris 2010 という説明が着いている。ジャズのインプロヴィゼーションだ。

La Trampera ( Anibal Troilo) - La Puñalada


Tangos Montevideoというトリオの演奏。音は良いがそれなりの演奏。バンドネオンとギターにウッドベースの組み合わせではこんなものでしょう。

Las Guitarras de Oro - La Puñalada (tango milonga)

ギタートリオの演奏。それなりに面白い。






気仙沼のサメがそんなに有名とは知らなかった。ムラタの社長さんのインタビューが赤旗に掲載されている。
全国で年間1万トンのサメ漁のうち、気仙沼はその8,9割を占めていた。
たとえば、最大業者「ムラタ」の冷凍施設には、日本の年間漁獲量に相当する8千トンのサメが貯蔵されていたという。処理のノウハウのレベルが違うようだ。

…サメ処理業は裾野が広い。身は肉屋に、ヒレはヒレ屋に、皮は皮屋に行きます。残った骨を扱う骨屋まであります。社長は「私の関係先でも、皮屋や骨屋ら200人以上の仕事・生活に関わる」と話します。
…漁協幹部も「水産加工の復興の遅れは人口の流出だけではなく、サメの加工という気仙沼の水産加工技術の消失につながる」と述べている。

ところでサメは絶滅危惧種だっけ?

共産党の政策委員会の垣内さんがバフェットの税金をいろいろ計算してくれた。
これだけの苦心はもっと広げないといけない。
以下引用する。

*バフェット氏の税負担を1ドル80円で計算すると、32億円の年間所得に対して5.5億円の連邦税を払った計算になる。

*連邦所得税の最高税率は35%だが、証券取引は最高15%に抑えられているため、税率が下がった。推計では所得の88%が証券取引によるものということになる。

*この収入構成を日本の税体系に当てはめると、税率は11%にまで低下する。所得税の最高税率は40%だが、証券取引への課税は7%(国税)に過ぎないからである。

*地方税を合わせれば日米間の格差はさらに広がる。トータルの負担率を試算すると、ネブラスカ州で25.7%、ニューヨークだと30.2%。これに対し日本では14.8%にしか達しない。

試算にはいろいろな仮定が入っているが、算定の根拠はしっかりしています。よく調べてくれました。ご苦労様でした。

ジェトロ世界貿易投資報告(各国編)より

ベネズエラの経済・貿易・直接投資動向 2011年版

 

 

2008 年  

2009 年

2010 年

実質GDP 成長率(%)

5.3

△3.2

△1.5

貿易収支(米ドル)  

456 億5,600 万

191 億5,300 万

271 億7,300 万

外貨準備高(米ドル)  

330 億9,800 万

217 億300 万

131 億3,700 万

対外債務残高(米ドル)

606 億8,200 万

738 億4,700 万

848 億8,400 万

為替レート(1 米ドルにつき)

BsF,期末値

2.147

 

2.147

 

2.600

4.300

1.経済成長

2010 年にGDP 全体の約7割を占める個人消費はマイナス1.9%となった。部門別では石油部門が0.1%増とほぼゼロ成長,非石油部門は全体が1.6%減となっている。

2009 年第2 四半期からマイナス成長に陥った後,2010 年第4 四半期にプラスに転じ,2011 年第1四半期は4.5%増となった。

数年前までとは異なり政府支出の景気拡大への貢献度は相対的に低下している。

リーマンショックの影響や、原油安もあるが、03年以降の急成長に対し一服気分が出現しているものと思われる。

公共投資により下層階級の生活が向上し、需要が亢進した。生産が追いつけないことと、輸入に厳しい制限が加えられていることから、インフレが出現した。

公共投資の効果はインフレにより相殺されている。

2010 年通年の消費者物価上昇率が27.2%を記録する一方,労働者賃金指数の上昇率は22.2%にとどまった。

この結果、GDP 全体の約7 割を占める個人消費は前年比1.9%減となった。

ただしこの国の諸指標は階級的に見なければならない。就労者の4割がインフォーマル・セクター部門という状況で、「労働者」の概念はあいまいである。

 

2.各分野の成長

GDPの停滞にはかなり政策的な要素が強い。さらにインフラの遅れが足を引っ張る傾向がある。

ベネズエラでは発電の約7 割を水力に依存しており,適切な投資やメンテナンス不足による構造的な問題がある。電力問題は引き続き経済成長の押し下げ要因になるだろう。

基幹産業である金属鉱業の生産量指数は37.1%減となった。これは節電の一環で強制的な減産を余議なくされたためである。

2010 年の自動車販売台数は12 万台で、国産車10 万9,240 台,輸入車1 万5,962 台であった。

2007 年には49 万台を売り上げているから実に74.5%減少である。外車については95.3%減と事実上輸入禁止に近い扱いとなっていることが分かる。

原油価格の上昇により外貨収入は増えたが,企業の外貨割当は前年比8.5%増にとどまった。

今後の成長分野は住宅関連であろう。ベネズエラでは200 万戸以上の住宅が不足している。さらに2010 年末からの大雨洪水で多くの国民(特に貧困層)が住居を失った。チャベス大統領は,今後7年間で200 万戸を建設するプロジェクトを打ち出している。

 

2.対外収支

10年の輸出総額(FOB) は670億ドルで、前年比14.2%の伸びを示した。輸出金額の94.7%を石油部門が占める、極端なモノカルチャー構造を示している。一方輸入総額は0.4%の伸びに留まっている。結果として貿易黒字は前年比42%の伸びを示している。

原油価格は08年前半に120ドルまで高騰した後、リーマンショックで50ドルまで下落し、その後75ドル前後で推移している。この関係で輸入を相当制限したものと思われる。結果的にはこれがインフレの亢進と生産停滞を招いていると見るべきであろう。

輸入総額が前年並みに留まる一方、政府による輸入の割合は輸入総額の24%から34%へ急増している。逆に言えば非政府輸入はその分だけ減っていることになる。貿易への政府の統制が強まっていることを表している。

ベネズエラは「21 世紀型社会主義化」を進めている。大土地所有制に基づく農地や一部民間企業の国有化・接収が行われている。銀行,保険,証券など金融業界でも法制度の見直しが行われた。

これらの施策は民間企業の投資意欲を削ぐ結果となり,対内直接投資額は2年連続でマイナス(資本の流出)となった。

外貨準備高はしばしば適正水準である280 億ドルを割り込む事態が生じ,近年では最も低いレベルで推移している。

これにはからくりがあり、国家開発基金(FONDEN)という会計に外貨を集中させているからである。日本で言えば財政投融資会計である。

ただ財政民主主義の立場から言うと、第二会計の肥大化はあまり健全とはいえないと思うが。


私の感想

アジ研のレポートと論調は共通するが、それよりだいぶ品は良い。データも基本的には揃えてある。

まずはチャベスというより、こういう石油オンリーの国では政府の強い経済介入が必須であることを認識しなければならない。

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/7/3/732c8a68.jpg

ベネズエラは30年前の石油ブーム(日本から見ればオイルショック)のときに大々的な設備投資をやって、その借金が貯まり大変な思いをしたことがある。

リーマンショックの後、ほかのラテンアメリカ諸国の景気は回復したのに、ベネズエラだけが立ち直れない、と鬼の首でもとったように言うが、この図を見れば、2010年に強い歳出抑制策をとったのは当たり前の話で、やらないほうがおかしい。

ラテンアメリカ諸国で国民一人当たり所得を見てもあまり意味がない。貧富の差がべらぼうだからである。

資源輸出国だから、基本的には仕事がない。失業が当たり前である。富を配分し、仕事をつくり、国民全体を豊かにするためには公共投資しかない。したがって政府支出が景気と経済成長をもろに規定する。

こういう国と政府をどのように運営すべきだろうか、そういう問いかけを常に自らに課しながら、経済分析をしないと意味がない。

たんなる投資先としてはおよそ魅力のない国だから、その向きの方はご遠慮願ったほうが良いだろう。

 

 これがネタ本のようだ。それにしてもこんな文章が日本を代表する銀行の情勢評価の基礎になってしまうんですね。

アジ研のレポートで題名は「ベネズエラ: ボリーバル革命に立ち込める暗雲」筆者は坂口安紀さんという人である。

コピペ禁のため、箇条書きにして紹介する。

1.ヘテロドックス政策とマクロ経済のゆがみ累積

*インフレ率が年間30%。5年間の累積は174%。

*1ドル2.15ボリバルの固定相場が維持される。この分が通貨の過大評価につながる。

*2010年5月、通貨の50%切り下げ。しかしペルムータ・レートと呼ばれるセカンダリー市場の相場は5~6ボリーバルで推移。

*政府はペルムータ市場におけるドル建て債券の増発によりレートの引き下げを図った。しかし発行高が僅少なためレートはさらに上昇し、現在は7ボリーバルを越えている。

2.生産活動の停滞

*生産活動は08年前半まで好調だったが、リーマンショックの後停滞。09年はマイナス3.3%に落ち込んだ。

*問題は10年に入っても生産活動の活発化が見られないことである。ラテンアメリカのほとんどの国が再成長を開始し、石油価格も70ドル台を維持しているにもかかわらず、再成長の動きが見られないことは事態の深刻さを示している

ここで坂口さんは4つの要因を指摘している。

①食料・基礎生活財におけるコストを無視した価格統制が企業の生産意欲を阻害している。

②企業や不動産の接収が加速し、企業の投資意欲を阻害している。

③外貨不足による原材料の確保困難。

④電力不足による生産制限。(アルミ精錬、製鉄などの国営企業は40%節減)

http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/0/a/0a0268e6.jpg

「上記を鑑みると、ベネズエラがマイナス成長から抜け出せない理由は、チャベス政権のもたらした経済の構造的ゆがみが原因であったと考えるのが妥当であろう」

①、②については事実関係があいまいで、原因と結果の結びつけは恣意的である。

③については検討が必要。

④については需要の拡大に基づく相対的なものなら、ここに入れるのは間違いだ。東南アジアでは日常茶飯事だ。

ということで、のっけから「郵便ポストが赤いのもみんなあなたが悪いのよ」とばかりのけんか腰、学術研究としてはきわめて下品で“ヘタレドックス”である。

3.汚職の蔓延とボリブルの台頭

この問題は必ず出てくると思ったが、やはりだ。明治維新後の政商たちの跋扈と同じだ。

*09年11月、11の新興銀行が不正取引の疑いで手入れを食らい、社長が逮捕され、接収された。最大のスキャンダルはチャコン科学技術大臣の弟が逮捕されたことである。

*反革命ゼネストを闘い、チャベスの盟友だったリカルド・フェルナンデスも逮捕された。彼は駐車場の管理人からのし上がり、複数の銀行を含む数十の企業のオーナーとなっていた。

4.人権抑圧の拡大

ここまでくると、「坂口さん何しに行ったの?」ということになる。

*「世論調査ではチャベスに不信感を持つ人が70%に達し、支持率も44%に落ちている」と書いている。

出所はクーデターの片棒を担いだあの「エル・ウニベルサール」だ。カラカスのホテルで遊んでいたのか。ウニベルサールの「世論調査」がどんな結果を出すのかくらい、札幌に居ても分かる。

*政治犯の数はキューバに次いで2番目に多い国となってる。チャベスと違う意見を持つこと自体が犯罪扱いされている。…新聞でも「恐怖政治」などの言葉が飛び交うようになった。

これも反動紙エル・ナシオナールの記事だ。この後も「自由と人権侵害」に関する記述が延々と続く。そして「これはまともな人ではないな。職業売文家だな」と、坂口さんに対する目はますます醒めてゆく。

*治安状況はますます悪化している。その原因としてはチャベス大統領自らの富裕層への攻撃的レトリックや土地不法侵入の容認姿勢が、富めるものへの強奪行為に対するモラル的ハードルを下げているように思われる。

この人は女性でカラカス在住、文章をアジ研に送って給料をもらっている身分のようです。むかしゼネストの頃、カラカスの高級住宅街に住んでいて、そこに住む「庶民」の反チャベス活動をせっせと送っていた商社員の妻が居ました。今そのことを思い出しています。ただあの人には悪気はなかった…

ベネズエラ経済の現状と今後の課題」と題するレポートがある。09年12月執筆のものだ。
三菱UFJ調査部の堀江さんという方が書いている。
一読してフムフムとうなづいたが、コピー禁止のため泣く泣く摘要を作り始めた。やっているうちに何か変だぞと感じるようになった。
正面から評価すべき、マクロ指標がきちっと抑えられていないのである。資料の採否が恣意的である。おそらく政府発表、あるいはECLACの統計が使われていないのではないか。

ベネズエラという国は二重の意味で特殊な国である。
まずは石油で食っている国だという特殊性である。GDPの大半を石油関連が占めてしまうので、それだけでは経済指標にならない。原油価格が半分になればGDPも半分になるのである。
第二に、チャベス体制の下で一種の金融鎖国政策がとられていることである。こういう国ではドルは「闇ドル」として流通するしかないし、輸入産品がえらく高くなることも間違いない。そういう面もふくめて基礎生活レベルで見ていかなければならないのである。

経済分析をする上では、最低この二つを抑えておかないと、意味のある分析にはならないと思う。
そのうえで、堀江さんの提出したデータから私の感じたいくつかのポイントを述べたい。

ベネズエラ型の発展モデルはどのようなもので、どのように進行しているのか。かつてプレビッシュが提唱し、ペロンが試み失敗に終わった「輸入代替」構想の再現に終わる可能性はあるのか。

行政があまりにも多くを背負い過ぎている可能性はないか、市場の役割がスポイルされていない可能性はないか。行政におんぶにだっこ型企業がのさばっている可能性はないか。

21世紀型の社会主義を考える上で、「旧ソ連の誤りを決して再現してはならない」という点が決定的に重要だ。そのことは当局も十分理解していると思うが、そのための保障となるポイントをどう捉えているのか。

もう一つは金融・為替政策だ。そもそも為替固定制度は、02年暮の石油ゼネストで、チャベス政権を打倒しようとした時、アメリカが金融体制の崩壊を狙って売り浴びせをかけたとき、これに対する防衛体制として開始されたものだ。

外貨はうなるほどある。身の程知らずの設備投資をしない限り、海外資金投入の必要はあまりない。しかしそれ以外の理由もふくめ、それなりにグローバル・スタンダードの中に身を置くべきだろう。(今年になって40%の通貨切り下げを行った)

外資導入は外貨準備に合わせて総量を規制すればよいので、著しい内外価格差を生まないような合理的な基準を打ち出すべきではないか。






いま大事なのは、大企業の未来と日本の未来を分けて考えることだ。

「国際競争力」についても大企業の国際競争力と、日本の国際競争力を分けて考えるべきだ。大企業の国際競争力を強化すれば、日本の国力は衰える。現にそうなっているではないか。現実を直視せよ。

大企業と一体の政策運営をすれば、大企業は良いだろうが、日本の底力は弱まるばかりだ。大企業の横暴を抑えてこそ、日本はふたたび成長と発展の過程に入ることができる。

大企業は国際競争力の源をコスト競争力と考えている。コストの削減は必要だが、人件費は正確にはコストではない。労働力の質の評価なのだ。日本国民の持つ生産力の評価なのだ。

大企業はさらに海外への進出を強めている。それはそれで良いだろう。しかしコスト至上主義の下では、それはいずれ破綻するだろう。現地企業が技術力を高めれば、所詮コストでは対抗できないからだ。

国際競争力=コスト競争力という呪縛から、日本は解き放たれなくてはいけない。なぜならそこに未来はないからだ。

大企業は今や日本の寄生虫と化している。日本を弱らせ、自らはますます肥え太っている。

しかしそれが何時まで続くというのだろう。やがて日本という国が朽ち果てれば、大企業の繁栄も終わりを告げるのではないか。

そこまで突き進むのかどうか、それがいま問われている。

(29)ラ・モローチャ (La Morocha)

HP: 歌入りの演奏もあって、捨てがたいのですが、エクトル・バレーラのバランスのとれた品の良い演奏が光ります。モローチャは褐色の肌の女性のことで、ムラータという表現と近いのかもしれません。

Víctor Lavallén Quinteto.Japón 2010.La Morocha ( Villoldo-Saborido)

エクトル・バレーラの演奏はなさそうです。代わりにこんな音源がありました。日本でのコンサートの録画のようです。この曲は歌なしのほうが良さそうな気がします。

LIBERTAD LAMARQUE " LA MOROCHA "

映画の音しかありませんが、一応これが定番です。

Tango Uruguayan "La Morocha" - Francisco Canaro

カナロ楽団をバックにアダ・ファルコンが歌っています。SP盤をそのまま再生した音源です。

Bandoneon Tango "La Morocha" Virginia Luque

ビルヒニア・ルケ若かりし頃の映画のシーンです。むかしは美人で、歌にもそれほど癖がなかったようです。彼女はこの歌を十八番にしているようで、ほかにもいくつか音源がありますが、いずれも腐臭が漂い聞くに耐えません。なれ鮨がお好きな人にはお勧めです。

SABINA OLMOS ''LA MOROCHA'' orchestra Charlo.wmv

これは案外雰囲気が出ていて良いです。中間のミロンガ調のところがいまひとつ乗りが悪いのが惜しまれます。

Carlos Di Sarli-La Morocha


良くも悪しくもディサルリのラ・モローチャです。

Ranko Fujisawa - La Morocha

ロリータ・トレスの歌もアップされていますが、それくらいならこちらのほうがまだ綺麗で良い。

Voleos e Adornos - La Morocha

番外ですが、変な一人踊りの伴奏にレコードをかけているのですが、この演奏が良い。誰の演奏でしょうか? ダリエンソっぽいのですが…

Fumio Nanri - INDIANA

番外の番外。これは肩の力が抜けて、惚れ惚れするほどうまい(トランペット以外)。ギターの沢田駿吾は、30年前六本木のジャズ酒場で聴いて、あまりのうまさに感動して、楽屋までサインをもらいに行った記憶があります。

(30)淡き光に (A Media Luz)

HP: ちょっとタンゴをかじった人なら、ラ・クンパルシータよりこちらのほうが人気が高いでしょう。「こりえんてー、れくぁとろおーちょ」と聞くと、それだけでゾクッとくるほどです。ホセ・バッソが一番とは思えませんが、とりあえずラジオ・タンゴの録音ではこれくらいしかないので。

LIBERTAD LAMARQUE - A MEDIA LUZ (1925)

このリベルタ・ラマルケは絶品です。地でやってるみたいな雰囲気を漂わせています。

¿Carlos Gardel? - A media luz

不思議な演奏です。クレジットにはガルデルの歌と書いてあって、たしかにガルデルっぽいのですが、ステレオです。おそらく合成したものと思われます。ラテンアメリカではよくある手法です。

Bandoneon Tango "A media luz" version Uruguaya

160番目に登場するファイルですが、演奏、音質ともにトップレベルです。歌詞が出てくるので、カラオケ代わりにもなります。

PEDRO MESIAS " A MEDIA LUZ"

この音源はなんと240番目に出てきました。歌なしですが、よい演奏です。

A Media Luz - Fulvio Salamanca Y Su Orchestra

なんでこれが280番目なんだ? ええかげんにせぇ!

Héctor Varela - Lesica - Ledesma - A Media luz


エクトル・バレラ楽団の演奏で歌手はロドルフォ・レシカ。地味だが飽きの来ない標準的な演奏。

A media luz Nina Miranda.mpg

ラシアッティ楽団の演奏で歌がニニャ・ミランダ。恐ろしく速いテンポだが、さすがに歌い切っている。

Tango Project: A Media Luz (Donato, 1925)

これもクラシック音楽を聞く気分の演奏。しかしもうちょっと艶があってもよいのではと思う。

Pilar Arcos - A media luz

相当物好きの類になるが、この歌手はうまい。さすがにこの録音はひどいが、フマンド・エスペロは聞く価値がある。トド・タンゴによれば、1893年ハバナの生まれでマドリドの音楽院を卒業した後ニューヨークで活躍。フレセド楽団をバックにタンゴも歌った。

Bianco-Bachicha : A Media Luz

「Chanté par César Alberu Orchestre Argentin Bianco-Bachicha 品川さんのレコード棚より」 というクレジットがついています。そうとう崩した歌い方ですが、崩し方がポルテーニョっぽい。品川さん、ビクトローラで再生しているところがにくい。音質もよくおすすめです。

A MEDIA LUZ
Anna Maria Castelli という歌手が歌っています、シャンソンの語法です。ルイス・バカロフというピアノ弾きの爺さんが良い。

Pureza Natural - A Media Luz (Live)

これは同名異曲です。しかしものすごくイイ! リズム的には昔で言うファンキーになるのでしょうか。しかし演奏はクールです。



オバマ大統領は19日、先日議会での演説で検討中としていた総額3兆ドルの赤字削減案を発表した。共和党幹部はこの提案を「階級闘争だ」と非難した。

1.5兆ドルを富裕層増税などの税制改革で削減。

①富裕層に対するブッシュ減税の打ち切りで0.9兆ドル削減。
②税の抜け穴や石油産業などの税優遇を撤廃。
③年収100万ドル以上の富裕層の税負担を引き上げ。

2.イラク・アフガン撤退で1.1兆ドルの削減。


3.公的医療保険の無駄な支出を抑制
ただし富裕層増税なしに、高齢者医療保険支出を抑制することは拒否。

というから、たしかにあからさまにけんか腰だ。これでは、いまの議会の力関係では通らない。通らないことを覚悟のけんかだ。そういう意味ではまさに「階級闘争」だ。

オバマは国際的世論が自分に味方し、共和党に批判的であることを感じているし、国内にも潜在的な支持層が分厚く存在していると感じているようだ。
そして勝負は議会での数だけではないことを感じているし、それを大衆の支持でひっくり返すことは可能だと革新しているのだろう。彼は大恐慌の後のF.D.ルーズベルトを意識しているのかもしれない。

国際通貨基金:IMFが世界経済見通しを発表した。

報告は、緩慢ながらも回復を続けてきた世界経済が「新たな危険局面に入った」と警告。

特にユーロ圏の債務危機について、「政策決定者による制御を超えて進行している」と強い調子で指摘している。ただ方途としては7月のユーロ圏首脳会議の合意を推進することをうたうだけで、新味はない。

またアメリカについては、「深刻な党派対立が政策の不透明性を高めている」とし、間接的ながら共和党の動きを批判。中長期的な財政健全化策の必要は認めつつも、拙速な財政切り詰めは「一段と成長見通しを弱まらせる」と批判し短期的には景気に軸足を置くよう求めている。

新興国経済について、「不透明さが一段と増している」とし、下振れリスクの拡大に強い懸念を示した。

日本については、公的債務の削減に力を注ぐようもとめている。しかし債務拡大の原因となっている賃金デフレの問題には触れていない。「まぁええようにせぇ」ということだろう。

震災で仕事を失い、失業手当を受けている人は、被災三県で7万人いる。
特例で4ヶ月延長されたが、それが10月11日以降切れ始める。もっとも長い人でも来年1月までにはすべて打ち切りとなる。7万人が手に職なく路頭に投げ出されることになる。その子供・家族を含めれば、その影響はさらに大きい。
大幅延長が必要だが、政府にいまだ動きはない。

この報道には、正直、唖然とした。これが人間のやることか、ここまで人間は冷酷になれるものなのか。

恥ずかしながら、「情報収集衛星」の実態についてほとんど知らなかった。
赤旗が、17日付社会面で報道してくれた。
まずは今回の問題。

共産党の吉井議員の話: 
大地震、津波、原発事故の状況について、情報収集衛星の画像公開を何度も要求してきたが、政府は拒否し続けている。
今回の台風12号の被害についても、土砂ダム決壊や新荘崩壊の危険性について重要な情報が得られるはずなのに、これも拒否している。
そもそも情報収集衛星の導入の目的は大規模災害への対応であった。背景には軍事偏重がある。

これは大変な話だ。これ以上の大規模災害はない。たとえ真の目的が軍事にあったとしても、いま出さなくて何のための衛星か。責任者は直ちに断罪されるべきであり、更迭されるべきだ。血の通った人間とは思えない。人情から考えて到底許される行為とはいえない。

それはそれとして、情報収集衛星の背景について、赤旗に解説がある。
情報収集衛星は、内閣情報調査室内の「衛星情報センター」を母体として2001年に計画が開始された。目的は①大規模災害への対応、②安全保障の二つである。
03年に1号機が打ち上げられ、その後現在までに8機が打ち上げられ、17年までにさらに9機が打ち上げられる予定となっている。性能や運用実態、撮影画像は非公開とされている。
なお、これまで衛星打ち上げに8千億円以上がつぎ込まれているが、打ち上げられた8機のうち5機が失敗に終わっており、それだけでも会計検査上からいえば大問題である。
撮影データを利用できるのは防衛省や公安調査庁などとなっている。これでは大規模災害には利用できない。8千億円の事業だから当然立法措置を必要としているはずだが、条文は一体どうなっているのだろうか。



ずいぶんと振りかぶった題名のレポートがあった。「世界経済・米国経済における新たな動きと諸問題」、筆者はみずほコーポの専務執行役員チーフエコノミストの中島厚志さんという人

2010年11月5日の日付だから若干古いが、まずまずアップデートだ。

1.金融危機後の世界経済

まず鉱工業生産統計から実体経済の動向をみる。中国経済とアジア経済の好調が際立つ展開。日本・ユーロ圏は9割強の水準。

筆者はもともと大恐慌を勉強したらしく、現代を“大恐慌期に類似する世界経済”と特徴付ける。そして、「政策手段が限られる中、当面地道に財政健全化と景気回復を図らざるを得ない」とする。まぁ常識的な線である。


2.浮き彫りになった世界経済の課題

(1)バブル経済からの脱却

次いでニクソンショック以降のトレンドをバブルの連続に過ぎなかったと評価する

…1971年以降の米ダウ平均株価の推移を見ると、とりわけ80年以降に5つのブームが訪れているが、いずれも健全な経済成長と財政金融政策の帰結とは言いがたい…

…バブルの繰り返しでは先進国経済の安定成長にはつながらない…

そして

…今回の米国の金融危機も、これまでのアンバランスな金融部門の拡大によって形作られた債務過剰に起因するもの…

と断罪する。

ここは本質をとらえた指摘だと思う。実体経済の数十倍に膨らんだ信用は、結局は借金の塊であり、いったん収縮局面に入ればそれは債務の塊となるわけだ。

それが怪しげなジャンク債ではなく、ドル紙幣によって裏付けられていようと、ドルそのものが紙くずになれば、実体的には裏づけのないものとなる。金本位制の放棄と変動相場制導入の必然的帰結だ。

つぎに金融危機後の動きの評価に入る

…米国は量的緩和姿勢を強めている。金融危機の契機となった「住宅ローンバブル」は終息したが、新たな「中央銀行バブル」が発生しつつある…

…世界的な流動性不足に対応するためとはいえ、FRBの流動性供給は突出している。それでも景気減速がやまず、FRBはさらに流動性を拡大する方向にある…

この方向の先に何があるか、筆者は警告する

…このままでは、「中央銀行バブル」の行き過ぎで新興国経済の失速、世界経済の再失速、金融市場の混乱などが生じる…

(2)主要先進国での構造的な需要不足

…金融危機後の需要急落により、主要国ではディスインフレが進行した。日本では、賃金下落の持続が安値買いや買い控えを長引かせる要因となっている…

トップ・アナリストが、本音としては、不況の原因を「国際競争力」や「円高」のためとは見ていないことが良く分かる。

(3)市場経済と社会安定のバランス

…市場メカニズムの下で小さな政府、民営化、規制緩和などを説く新自由主義的かつサプライサイド的な経済運営が行き詰った…

…社会福祉もあわせて追求してきたユーロ圏経済も、財政制約の高まりによる社会保障水準の引き下げに追い込まれている…

現在の危機を新自由主義の行き詰まりと見る視点は正しいと思う。ただしユーロ圏についての表現はおかしい。社会福祉が悪かったのか新自由主義が悪かったのかはぼかされ、アメリカもヨーロッパもダメというニュアンスになっている。

3.先進国・新興国経済モデルの課題

(1)先進国と新興国のデカップリング

…人口が多い新興国が高成長を続け、世界経済を牽引する構図は金融危機後の世界経済の大きな特徴…

…新興国経済の課題は、キャッチアップ型成長モデルの限界と金融バブル懸念…

実体経済として成長しているのは新興国のみという現状、しかもそこには、キャッチアップの完了という壁がすぐそこにある。中国のGDP伸び率の鈍化と物価騰貴としてすでに前兆は現れている。

(2)先進国は成長モデル再構築の局面

ここから先、筆者は不況脱却のモデルを提示する

…先進国は大きな需要創造を図ることがブレイクスルーへの道だ。安定した内外需を確保するためには、①充実した社会保障制度、②産業競争力のある産業を維持強化する、ことが不可欠だ…

そしてスエーデン型国家形成を推薦する

…福祉国家スウェーデンは安定した個人消費に加えて投資、輸出のウエイトも大きい。また、その経済の生産性(TFP)の伸びは高く、ひとつの先進国経済モデルだ…

また、新興国との差別化と人的資源開発が先進国復権への鍵と強調する

…中国等新興国の産業高度化も著しいことから、差別化は大きなイノベーション、画期的なビジネスモデルの開発、新たなグローバルスタンダードの定着、などが焦点になる…

…教育の一層の充実は先進国が新興国と差別化するための最大の手段である。ただしこれは実現が不確実で時間がかかる、政治的安定と国民の強い意志が不可欠だ…

ということで閉めている。

銀行の政策トップという立場からして、それほど学問的に突っ込んだ文章ではなく、メモ書き程度のものだが、実践的な勘所を押さえたものとなっている。

金融界の中枢からこのような意見が出始めているということは、間違いなく私たちが政治の転換点に差し掛かっているということだろう。


「曇りガラスを手で拭いて、あなた明日が見えますか?」

デンマークで社会民主党を中心とする中道左派が選挙に勝った。
社会民主党政権はこれまでも多数誕生している。しかしそれらの政権はネオリベラリズム推進という立場では保守党と変わりなかった。
今回の勝利の特徴は、金融危機と不景気に直面し、これをどう打開していくかという点で、野党連合がネオリベを否定する立場を主張し勝利したということにある。
これまで政権を担ってきた中道右派政権は、緊縮財政の継続と年金削減などを訴えた。これに対し中道左派は景気回復のための積極的な政策、その財源として富裕層増税を訴えた。これまで偽りの争点として「移民問題」が取り上げられてきたが、今回は主要な争点とはならなかった。

新聞報道だけなので詳細は不明だが、いよいよ「富裕層増税」が政治の主要争点となってきた。国民の目がそちらに向いてきた。これはオバマにも追い風となるだろう。

デンマークはユーロを採用していない。2000年、2004年の国民投票でユーロ導入は否決されている。
したがって独自の財政政策は、原則的には可能である。ただしヨーロッパ為替相場メカニズムを通じて、対ユーロ為替相場の変動幅は2.25%以内に抑えられている。
スエーデンもユーロ非加入、ノルウエーはEUそのものに非加入である。

同じく市田書記局長の質問から…

手続きの遅れが目にあまる。

共同利用漁船等復旧支援対策事業、養殖施設復旧支援対策事業、漁港関係等災害復旧事業: 第一次補正予算の対象事業が、8月末現在一円も支出されていない。

というのでびっくりして調べてみたが、どうも原因がはっきりしない。「災害復興研究」という雑誌があって、PDF形式で閲覧できる。

日本のように始終天災があって、そのたびに救援・復旧事業が行われている国では、それなりにシステムも整備されているはずだが、よほど深刻なシステムの落 とし穴があったのか、この位が当たり前と割り切るべきなのか、得心が行かない。しかし庶民感情としては半年たって執行ゼロというのは合点が行かない。

答弁を見ると、
①補正予算事業は、現在多くの事業の交付決定や査定内着工を実施している。
②指摘の事業も執行は着実に進んでいる。
③水産業インフラ復旧に必要不可欠な機器等の整備を支援している。
となっており、質問の内容を否定しているような、答えていないような変な答弁である。
質問の内容は大変重要なことなのだから、はぐらかさないでしっかり答えてほしい。
別にそれで責めようとは思わない。ただシステムに問題があることも間違いない。改良が必要だということではお互い一致するはずだ。


一つ覚えたのだが、制度設計の原則は“MECE”というのだそうだ。これは Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive の頭文字をとったもので、「それぞれが重複することなく、全体集合としてモレがない」という意味である。つまり「ダブリなく・漏れなく」でなければいけな いということだ。

ただ、その原則が金科玉条なのか、たとえば山田町のルポを見ると、義捐金の交付すら3ヶ月近くたっての開始となっている。
たしかに金よりまず水だし、医療だし、食料だし、石油だし、電気だろう。しかし着の身着のままで逃げた人にとっては、1ヶ月もすれば一番不足するのは現金だ。
ただ金は救援物資の配り方とは異なるから、別途の配布ルートが必要になる。そこまで自治体は手が回らない。“MECE”の原則を守る限り、たしかにそこは隘路だ。
 

市田書記局長の代表質問は最初に、「復旧・復興の究極の目標」を掲げている。
①これまで被災地で暮らし、あの大津波から生きながらえたすべての人々が、これからも安心してその地で住み続けることができるようにすること、
②子や孫たちの世代に地域社会を残すことであります。

そのためには復旧課題として住環境の整備があるが、長期的に見れば雇用の確保がもっとも大事だ。雇用の確保のためには事業の再開が必要だ。

そのためには
①被災した事業所の抱える「二重ローン」の解消が鍵となる。
②事業所・店舗への直接支援も必要だ。
③とくに漁業関係では、生産・加工・流通施設への支援が必要だ。

ここまでみると、神戸大震災の復興方針とはだいぶ違っていることに気づく。
津波被害は陸の孤島のような集落が集落丸ごと破壊されたことが特徴であり、神戸のような地震+火事でまだら被害を受けたのとは異なる。たとえは悪いが東京大空襲と広島・長崎の原爆の違いのようなものだ。
水産業が唯一最大の産業である集落で、生産設備一式が消滅したことから、まったくゼロからの再出発となるところも深刻だ。
そもそも震災前から限界集落化しており、再生能力が極めて低いことも特徴だ。率直に言えば一定の取捨選択は避けて通れない。その際は被災者一人ひとりへの対応がより重要になる場合もある。
良くも悪しくも、震災を名目にして都市再開発を推し進めるような計画は立てられない。業者にしてみればそれほどおいしいもうけ話は浮かんでこない。だから政府は復興をサボるだろう。
復興は、それをやらせる国民の圧力にかかっている。とくに財界に出資を強制する復興債の実現が大事だと思う。



日本経済には二つの隘路があると思う。
一つはデフレ・円高のスパイラルだ。
国際競争力を目標にする限り、円高は必至だ。「因果は回る、火の車」だ。
世界はギブ・アンド・テーク。誰かがもうかれば誰かが埋め合わせしなければならない。企業が輸出でもうかれば、円の評価は上がり、円高不況になる。それで苦しむのは国民だ。
収支はトントンでいいのだ。どこが着地点なのか、どう着地すればよいのか、真剣に考えるときだ。
もう一つは総量緩和・財政赤字のスパイラルだ。
「流動性の罠」は、とうに実証されている。日銀の金融操作だけで解決しようとしても事態はますます悪化するだけだ。白川総裁も、あのバーナンキでさえ、「景気回復は政府の課題だ」といっている。

今年6月にQE2(連銀の量的緩和第二段)の終了をもって、新自由主義の政策は最終的に崩壊した。今日のアメリカ・ヨーロッパは、間違いなく明日の日本だ。
「有効需要の喚起」というケインズ的手法が、部分的にはこれに代替されなければならないだろう。とりわけ需要一般ではなく、政府の所得再配分機能の発揮が求めれれる。
オバマの新政策は、迂余曲折はあっても実現していくあろうし、実現させなくてはならない。
同時にヨーロッパですでに始まっている、大企業・金融を国民的統制のもとに置くという課題が避けて通れなくなるだろう。

本屋へ行ったら、中央公論が平積みになっていた。何かと思ったら、「災後の“空気”がおかしい」という大特集。「“本音”も“正論”も言えない社会」という副題がついている。


http://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/a/2/a251cd98.jpg

以下が所収の論文名。

黙る良識派、跋扈するエセ専門家
  原発不信増幅の構造 澤昭裕
既得権益者を甘やかすな それでも東北の農業漁業に「改革」は必要だ
<対談>本間正義×小松正之
強いリーダーをねだらず“民”が自立を
<対談>原丈人×長谷川幸洋
テレビのなかで消費される知識人 竹内洋


当節、支配層の嘆きが良く分かる題名です。震災までのあの甘くやさしい「空気」はどこへ行ってしまったのか、“本音”や“正論”言い放題の世界はどこに行ってしまったのか…

「水素爆発しても、放射能が飛び散っても安心」とテレビでしゃべり続けてきた、「良識派」の東大教授たちはいまや沈黙し、いまや全世界で「原発廃止しかない」とするエセ専門家が跋扈しています。

既得権益者の背水の陣をしいた抵抗は予想以上のものでした。漁業特区を掲げ、漁業関係者の総すかんを食らった宮城県知事は、影を潜めています。

それでも支配層は野田政権の誕生に未来を見出そうとしています。だから菅首相のときはあれほどまでに指導力の欠如を非難したのに、今度は手のひらを返したように、「強いリーダーをねだらず“民”が自立を」と諭しに回ったのです。

しかし“民”が自立するようになれば、「空気」はおかしいどころか、ますます剣呑になっていくでしょう。

震災後半年を経て、日本国民は大きく変わりつつある。特集はそのことを逆の立場から証明してくれたようで、その変化を改めて実感させられます。

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