鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

Viktoria Postnikova をはじめて聴いた。プロコフィエフのピアノ協奏曲第1番。 http://www.youtube.com/watch?v=SeoK-Xmcu7k 1970年のチャイコフスキー・コンクールに優勝したときの演奏だが、もはやコンペティショナーの域を超えている。 その前の年に指揮者のロジェストヴェンスキーと結婚しているから、当時すでに完全にエリートである。ちなみにロジェストヴェンスキーの曾祖父は日露戦争でロシア軍を率いた将軍として名高い。 名ピアニストというのは星の数ほどあることが良く分かった。 画像は白黒のフィルム映像で、むかしのソ連映画を見ている雰囲気だ。少女っぽい服装をしているが二の腕はコルホーズで働く女性農業労働者のようだ。 ついでに、シュニトケの合奏協奏曲第6番という曲も、感電するくらい静電気が走っていてすごい。 http://www.youtube.com/watch?v=c5hTEDDXUM0

吉井議員の記者会見がすばらしい http://www.jcp.or.jp/movie/11mov/20110519/index.html 毎日赤旗を読んでいる人間にはそれほど目新しいことはないが、党に接したことのない人間には、 吉井さんが、まともな人間の顔をして世間水準以上にまともに話していること自体が不思議な体験だったかもしれない。 1970年までは、クラスで一番優秀な人間から順番に共産党に入った時代があったことを、若者は知らないだろう。 吉井さんの話で大事だと思ったのは、柏崎と女川の経験を基礎にしていくことが、もっとも説得力があるということだ。 東電分割の話はかなり広範な世論となってきているようだが、肝腎なことは原子力関連事業の分離だ。リスクの再評価、コストの再評価など原子力発電の見直しをするには、電力会社からの切り離しが必須だ。もちろんそれで電力会社を免罪するわけではないし、推進してきた主体としての責任は負わせなければならないが、客観的で透明な情報を国民のものとするためには、「民間」という障壁を取り払わなければならない。 あくまでもそれが本筋の議論であり、そこに「分割・民営化」論を忍び込ませるのは火事場泥棒だ。

大前氏の発言を紹介したが、これは通産省サイドのメガフォンであると思われる。 通産省が当初案で東電を破たん処理するつもりだったといわれているが、 おそらくはその張本人と思われる古賀氏がテレビ朝日で発言している。 http://www.youtube.com/watch?v=YA2LaX8eGDA&feature=related 誰が古賀氏をテレビでしゃべらせたのか気になるところであるが、 メディアにしてみれば、反東電・反住銀というポジションは相当怖い。

週刊ダイヤモンドの原発特集の白眉となるのが最後の3ページだ。著作権さえなければ全文転載したいほど の内容だが、一番大事なのは5兆円といわれる「東電債」の特殊性だ。 説明を聞いてもよく分からないが、東電債をふくむ電力債は一般の社債とは異なり、被害者の賠償請求権よ りも債権者の債権のほうが優先されているのだそうだ。したがってもし東電を破産に追い込むと、被害者より も優先順位が高くなってしまい、被害者に対する賠償金支払いができなくなってしまう。 そこで政府は、金融マーケットの混乱を避けるために賠償機構を活用して東電を温存し、東電に一義的な責 任を負わせつつ、上場を維持して社債については保護するというやり方に出た、とされる。 ただこれは非常にムシのよい話で、市場がそんな甘えを許してくれる保証はない。格付け会社がランクを下 げれば機関投資家は一斉に売りに出る危険がある。そうなってからでは次の手はない。

徳山勝氏は、ブログの中で、「日本の電気料金は先進諸国の中で一番高い。為替レートにもよるが、1KWH 当たり、日本は17円台、アメリカ、韓国は7円台である」としている。ただしヨーロッパ諸国は日本と同程度で あることにふれていない。これは片手落ちの感がある。 だが、少なくとも「安い」原子力を使っているという割には高い。火力が主体のアメリカや韓国が日本の半分以 下の電力料金でやっていけるのなら、日本の電力料金はむしろ安くなって当たり前である。口を開けば「国際 競争力」と騒ぎ立てる大企業が、この点については口をつぐんでいるのも不思議なことである。 そのコストにはPR費用が相当含まれているようだ。徳山氏によれば、「東京電力の年間の広告費は約244 億円、販売促進費は約239億円、その他に普及啓発費200億円弱で、計約680億円」である。 東電がスポンサーのテレビ番組は、TBS「みのもんたの朝ズバッ!」「報道特集」「ニュース23」、フジテレビ「 めざましテレビ」、日テレ「情報ライブ・ミヤネ屋」「真相報道バンキシャ」、テレ朝「報道ステーション」など世論 形成に重要な役割を演じている番組が網羅されている。

知人から週刊「ダイヤモンド」の原発特集を読むよう勧められた。以下抜書きしていく。 大前健一氏が発電・送電・配電の分離を唱えている。独占体制が今回の事故をもたらしたという点には共感 できる。とくに送電機能に着目して、これを一本化・公営化するという考えは鋭いと思う。ただし発電機能の民 営化、市場開放については問題だ。発電事業の公的性格を否定すれば、形を変えた原発事故の起きる可能 性が拡大しかねない。 じつは政府案の当初案は「東電解体論」だった。特集の57ページにはこう書かれている。東電の責任を重く 見た一部の経済産業官僚は、「東電解体論」ともいうべきスキームを練り上げた。その中身は、東電が独占し てきた発電と送電を分離する、いわゆる「送発電分離」にまで踏み込んでいる。そして銀行に債権放棄を促し 、株主にも責任を問うなど厳しいものだった。

「推進派の懺悔」として元原子力安全委員会委員長代理の住田氏が語っている。「今回の事故の直接の原因は 天災。しかし事故を拡大したのは人災。すべての交流電源が失われたあと直流電源は約10時間作動してい た。この時間に致命的なミスがあった。救いようのない失態だ」
これが正しいとすれば、原発賠償法の免責条項の前提は、少なくとも半分は成り立たなくなる。

知人から週刊「ダイヤモンド」の原発特集を読むよう勧められた。以下抜書きしていく。 原発にまつわる金の動き: 54基の原発の1基あたりの建設費は3千~5千億円、これにウランの購入・廃 棄価格、保守・点検費用が上乗せされる。電力会社の投じる費用は年間2兆円といわれる。これに政府の原 子力関連予算が5千億円つけられている。

大震災なのに
大震災を横目に、相変わらず貧富の差が拡大している。勝ち組でいうと5大銀行。3月期決算で連結純利益 が1兆8千億円に達した。前期比56%の増加である。
これは通常の資金利益ではなく、国債などの債券売買益によるものである。 銀行資金は経済成長には回っていないわけだから、結局は回りまわって国民の懐から搾り取られる仕掛けで ある。成長率0%、ゼロサムの世界だから、企業のもうけは国民の貧困化とイコールになる。
負け組みは労働者だ。総務省の第一四半期労働力調査によると、正規の職員・従業員は前年同期比53万人減の3164万人となった。一方非正規雇用は103万人増の1739万人に達した。これには東北3県はふく まれていない。
大震災+“構造改革”という災難
このたびの大震災は、阪神大地震と比べると規模や形態などさまざまな差があるが、最大の違いはこれが国民の貧困化の進行の中で起きていることだ。“泣きっ面に蜂”という具合である。
災難を跳ね返し、立ち直っていく地域の力が極端に 落ちている。自助力がほとんど期待できないのが実情である。
改革モラトリアムの宣言を
緊急避難的な措置にせよ、構造改革をさらに推し進めるような施策はただちに停止し、一種のモラトリアムを宣言すべきである。 少なくともTPP参加をふくむ新成長戦略、社会保障と税の一体改革は、1年程度に時期を区切って凍結を宣 言すべきだ。

本日(17日)の赤旗記者座談会では、賠償支援枠組みについて、かなり厳しい見方をしている。
原案の提案 者は東電の大株主である三井住友銀行で、
①賠償に上限を設け、それ以上は国の負担、②東電は賠償金 支払いを行わず、新たな機構にゆだねる、というもの。
この場合、国民負担は5兆円を超えると予測される。
これに対し官邸側が反撃したのが今回の経緯のようだ。①賠償に上限は設けない、②支払い主体は東電、と いうことで押し切った形だが、今後の力関係ではまだ先行き不透明とされている。
 例によって経団連の米倉会長は「東電は免責されてしかるべき」と全面支援の姿勢を崩していない。記者団の 質問に逆切れして「なぜ東電だけに責任があるのか」と吠えている。
米倉会長に聞きたいが、東電は基本的に民間企業と考えているのか、公的企業と考えているのか?
これまでの東電の言動からすると一民間企業としてしか振舞っていないように思えるが、もしそうだとすれば東電が倒産・再生法適用を受けるのは当然で、役員の民法・商法上の無限責任は問われてしかるべきと思われるのだが。
原発が国策だったというのはいいわけにはならない。日本航空は当初はまさに国策会社だった。


当初は「冗談」かと思いました。ついで彼の政治的ポジションを考えて「美人局」の可能性もあると感じました。 しかし性犯罪者というのは必ず前歴があるものですから、調べれば出てくるかと思っていたら、案の定出てき ました。 08年10月に部下の女性と性的関係を持ち、この女性に厚遇を諮るなどの職権乱用を行っていました。発覚 後にIMF理事会から譴責を受けています。できちゃったことが怪しいというより、人目をしのぶという姿勢が見 られないところが怪しい。その後の職権乱用はマッチョ思想の現われだろう。

これってありですか? 社保庁の首切りマニュアル 共産党の山下議員が暴露した厚労省の「面接要領」、これで社保庁職員525人が分限免職に追い込まれた 。以下はその内容。 https://livedoor.blogimg.jp/shosuzki/imgs/a/1/a168b86a.jpg こういうのを「卑劣」というのではないでしょうか。「面接者を送り出した後は、忘れない内にすぐ内容を記載」す るとのくだりは、思わず目に浮かぶようです。 面接官も良く耐えられましたね。「お父さんはこんなことをしているんだよ」と子供に言えるような仕事ではあり ません。

どうも斑目という人物、怪しい。予算委員会の答弁で「格納容器が破裂する可能性がある」と首相に助言してい たというが、首相は「格納容器には窒素が充填されているので水素爆発はない」との助言を斑目から受けてい たと説明している。 youtubeの動画(http://www.youtube.com/watch?v=zKwOxJuMhPs)をみると、少なくとも原子力"安全"委員長を務めるべき人物ではないことが分かる。

すみません。中野重治の“有名な詩”なんだそうです。 いくつか異文があって、それについて中野らしいエクスキューズがあって、 つまりは“逃げ”があって、いかにも中野らしくうじうじと書き連ね、 “黙れ”と一喝したくなります。 所詮は西条八十の左翼版なのでしょうか。

 何といっても原発事故が現在進行形であり、これに一定の見通しがつかないと、まったく将来像が描けません。①仮にGDPが10%減少したとして、それが相当長期にわたり続くとして、どのようにダウ ン・レギュレーションしていくのか、厳しく問われることになるでしょう。②首都機能が(その規模を問わず)移動せざるを得なくなれば、関東周辺に1千万人を越える膨大な経済難民が発生することにな ります。③原発から火発への復帰は原油供給の不安定さを考えると相当のコストとリスクを伴うことになり、コストインフレの発生は必至です。④アジアのエマージング・パワーへの依存が一気に強化さ れることになるでしょう。今後東アジア諸国から何を求められているのかを分析し、その枠組みにいかに適応していくかの判断が決定的になります。自動車・重機に傾斜した日米同盟の枠組みは少なく とも主役にはなりえません。「量は少なくとも質の良いものを」が合言葉になるでしょう。  三馬鹿トリオというのがあって、一人は「天罰」の石原慎太郎都知事、一人はいまだに「原発推進」を叫ぶ米倉経団連会長、もう一人がセリーグ単独開幕のナベツネです。基本はKYですが、それだけ ではすまない過去の言動があっての馬鹿野郎たちです。とくに石原は「東京湾に原発を」と叫んできた確信犯です。築地市場移転に際しても汚染隠しを貫いてきました。「“天罰”知事に“民罰”を!」を 合言葉に都知事選挙をがんばりましょう。

解放新書「民族としての在日朝鮮人」(間宮茂輔)という本がある。
古本屋で入手した本で、いま読むと相当荒っぽい文章だが、その中に「雨の降る品川駅」という詩が引用されている。作者の名もないものだが、日本国内で検挙され朝鮮に送還される朝鮮人活動家をおくるうたである。1930年前後のものであろう。
以下紹介する(ひとこと、“さようなら 女の李”がたまらず良い)

雨の降る品川駅

辛よ さようなら/金よ さようなら/君らは雨の降る品川駅から乗車する
李よ さようなら/もひとりの李よ さようなら/君らは君らの父母の国に帰る
君らの国の河は 寒い冬に凍る/君らの叛逆する心は 別れの一瞬に凍る

海は 夕暮れの中に海鳴りの声を高める/鳩は 海に濡れて車庫の屋根から舞い降りる/君らは 雨に濡れて 君らを逐う日本天皇を思い出す/君らは 雨に濡れて 髭、眼鏡、猫背の彼 を思い出す

降りしぶく雨のなかに 緑のシグナルは上がる/降りしぶく雨のなかに 君らの瞳は尖る
雨は 敷石にそそぎ 暗い海面に落ちかかる/雨は 君らのあつい頬に消える

君らの黒い影は改札口 をよぎる/君らの白いもすそは歩廊の闇にひるがえる
シグナルは色を変える/君らは乗り込む
君は出発する/君らは去る

さようなら 金/さようなら 辛/さようなら 李/さようなら 女の李

行ってあのかたい 厚い 滑らかな氷を叩き割れ/長く堰かれていた水をして迸らしめよ
日本プロレタリアートの後ろだて 前だて/さようなら/報復の歓喜に泣き笑う日まで

「石原当選」を聞いて戦術的勝利と感じた。いま選挙をやれば現職有利に決まっている。だからやったのだろうが、勝ったと思う人は誰もいないだろう。選挙を強行した人間への不信感が募るだけだ 。そういう人間どもを乗り越えて現実は進んでいくだろう。選挙の票数とは違う民衆の力が、はるかに速いテンポで津波のように現実の政治、統治の現場を動かしている。政治にはそういうフェーズ(局 面)があると思う。  原発事故の直後、東大教授が大挙してテレビに出演した。ほとんどデマに近いような情報を垂れ流していた。レントゲンやCTの被曝に比べれば微々たるものだというのだが、そもそも単位が違う。片 方は1回の検査につき何ぼというもので、原発の被曝は1時間ごとに何ぼというものだ。1日の通算被曝量は24をかけなければならないし、10日たてば240をかけなければならない。しかもその間に 細胞分裂のフェーズを迎える細胞は桁違いだ。CT検査が1分とすれば、感受性の高い細胞数はさらに60をかけなければならない。  一番の傑作はフリップにメルトダウンと書いて、その横に日本語で「全炉心溶融」という日本語をつけていた某若手教授だった。米国のエネルギー長官がすでに13日に、「部分的なメルトダウンが生 じている」と発言したことを知らなかったのだろうか。「真っ黒でなければシロ」という推定無罪の論理は、ここでは物笑いの種でしかない。東大というのは東京大学ではなく、東電大学のことらしい。  パニックを避けたい気持ちは分かるが、そのために必要なのは事実を正確に伝えることであって、うその情報を流すことではない。避難命令が拡大されたときも「大丈夫論」が足かせになって、逆デ マや不安・不信を招いたことは明白だ。スリーマイルよりグレードが下だと強弁するに至っては何をかいわんや、恥を知れ、である。

不破さんの話で面白いことが分かった。原子力安全委員会の現委員長班目春樹氏は、浜岡原発裁判のときに電力会社側の証人として証言しているそうです。 不破さんによれば「浜岡原発は安全だ。あなた方(原告側)のようなことを言っていたら原発など作れませんよ」と大見得を切ったそうである。 参議院の経済産業委員会での参考人質疑。長崎大学の山下教授が良い発言をしている。「農産物の出荷制限や「風評被害」は国民の命と健康を守るために 払わされた「代償」でありしっかり賠償すべきだ」 これで風評被害におびえる消費者と、風評で被害を受けた生産者が対立する図式は解消される。別に消費者が悪いわけではないのは当然だが、マスコミは 対 立があるかのように描き出すから、ここを根っこにすえることは大切だと思う。(ただ卸・仲買業者の悪意があるとすれば話は別だが) また柳田邦夫氏は想定外というのは考え方の逆転であり、「それ以上のことは考えないようにしよう」という思考様式のもたらしたものだ」と批判している。

中国の4月度貿易統計が出た。輸出は前年比30%増の1500億ドルで過去最高を更新。あいかわらず景気にかげりは見られない。新車売り上げの減少は杞 憂だったようだ。 しかし輸入は22%増の1400億ドルで、とくに日本からの輸入が5%増以下にとどまり大幅に鈍化している。日本からの輸入のほとんどが原材料・資 料などであ ることから、減速は避けられないであろう。問題はこれがどの程度深刻なものとなるかであり、5月、6月の動向が注目される。

政府をほめたとたんに、賠償支払いの枠組みが決定された。注目の金融機関の一部債権放棄や社債権者への額面切り下げなどは行われなかった。資産の売 却も前提とされなかった。結局のところ、金持ち保護の姿勢が貫かれたことになる。ただその分、第三者委員会の監視は厳しくなると思われ、東電の財界からの 孤立がいっそう際立っていくこととなるだろう。 東電はそもそも会社更生法の対象である。管財人の手にゆだねるべきである。企業の再生にともなっては三方一両損が原則である。電力事業は必要だが、た とえば中部電力が事業を引き継いだとしても何の問題もない。北海道でも唯一の都銀であった拓銀が経営破たんしたが、第二地銀の北洋がちゃんと後を引き 継いで何の問題もない。

共産党の大門議員が地域経済復興のためのスキームを提唱した。被災地経済団体等の要望を元に作成したものとのことで、かなり現実味のある提案だ。①「 地域経済復興機構」というファンドを立ち上げる。②ファンドは金融機関の債務を買い取る。③金融機関は再建売却資金で新規融資を行う、というもの。ふつう なら企業の破たん処理と、金融機関の救済で用いられる手法を、さらにもう一回転させるというのがミソだ。 金融機関にはかなりの負担になるが、既存の融資ルートが活用できる点では監査・回収の能率がはるかに効率的である。私見だが、このファンドが公債を発行 し国民の資金を募るという方法もあると思う。

4月上中の貿易統計速報が出た。貿易赤字は約8千億で4月全体では1兆円を超えるものと予想される。輸出額が13%減少、輸入が14%増えていることが主た る要因となっている。貿易赤字そのものがオイルショックの1980年以来。これが貿易外収支でどのくらい回復できるのか、4月の国際収支速報が注目される。 いずれにしても日本経済への大震災の影響は10%前後に達することが明らかになってきた。これが震災・津波によるものか、原発事故によるものかは判断でき ないが、いずれにしても構造改革路線をそのまま突っ走るだけでは乗り切れないことが明らかである。 今は水ぶくれ・金ぶくれ状態ではなく、出血が止まらない貧血状態だ。さらにスリム化することよりも、まずは輸血だ。しかも即時に相当大量の輸血が必要だ(そ の前に止血が必要だが)。資力の逐次投入は、将来に禍根を招くことになるだろう。 いま構造改革の推進を唱えることは、風邪をこじらせて肺炎になった患者に冷水マサツを強制するようなもの。財界首脳部もそろそろこの辺で気づいてほしいも のだ。

久しぶりに東京に行ってきました。田町の日航ホテルに二泊。14階建てですが、いまや超高層ビルの陰に埋まって地味にやっています。羽田からモノレールで やって来ると、港区体育館のちょっと手前に見えます。たくさんマンションがあってお金持ちの住んでいるところです。マンションの値段は分からないが、駐車場 の相場が7,8万だそうです。年収2千万はないと落ち着いて暮らせないでしょう。 研修会のあと高円寺の古本市を見てきました。いい古本がなくなって、ごみみたいな古本か1/2の店で売ったほうが良さそうな本ばかりです。それでも3,4冊ほ ど買いました。天気は最高、高円寺の商店街もいい賑わいでした。 電車に乗っていて、若い姉ちゃんが日経を読んでいたのにはびっくりしました。あんちゃんも日経を小脇に抱えています。ちょっとしたストリートファッションなので しょうか。「いっちゃぁ悪いがそれはカブヤの新聞で、競馬の予想紙と基本は同じですよ、品性疑われますよ」と言いたい気分になりました。といいつつもちょっと 気になるので、駅前のルノアールで目を通しました。確かに面白い。大企業の東電がらみの狼狽振りが良くわかって面白い。 経団連も同友会も、基本的にはゆすりとたかりの構造は変わっていません。政府を通じて金は取れるだけ引き出そう、出すものはただの一文だって出すものか という気迫が伝わってきます。最後にはお定まりの「国際競争力」です。ただこの脅し文句が効かなくなってきているのです。親方日の丸だけで行かなくなって内 輪もめが始まっています。 政府は東電をすっかり人質にとっています。浜岡原発の停止だって財界は面と向かって反対できませんでした。「株主に対する責任」という言葉は途中から飲み 込まざるを得ませんでした。国民の猛反発を食らうことは間違いないせりふだからです。これは相当の衝撃だったと思います。いままで政府に対してすっかり見 下す態度だったのが、いまや完全に力関係は変わりました。 東電が民間企業であると主張するなら無限責任を負うべきです。自分がつぶれてでも債務と賠償責任は果たさなければなりません。責任が果たせないのなら、 国の支援を受け入れるだけではなく、国の管理に移行すべきです。海江田大臣が「給料50%削減では足りない」といったのはそういう意味での先制パンチです。 東電の立場を弱めているのは、金融界からの反発です。当初東電は支払い能力を口実にして賠償額を値切ろうという路線でしたが、それは経済団体の一致し た支持があっての強腰です。ところが債務削減策が現実のものになってくると金融界から猛反発が出てきました。「政府の裏書があったとしても東電みずからの ガバナビリティがなければ金は出せません」という当たり前の見解です。まさにここに来て東電の企業体質が問われ始めたのです。 ベンツに乗った紳士が交通事故を起こした。調べてみたら強制の自賠責しかもっていなかった。金がないから補償できないという、この紳士信用できますか? こんな男に金貸したら、銀行の株主総会で何て言われますか。 金融界が叛逆ののろしを上げたら、もう経団連はやってゆけません。大企業の利権集団の屋台骨がぎしぎしと音を立てて揺らぎ始めています。日経新聞を読ん でいるとそのうめきが聞こえてくるようです。

ユッケの食中毒はあまりにも原発事故と似ている。卑怯なのは卸業者で、嘘をついていたのがばれたから、こちらは完全な犯罪行為である。生食には危険が付 きまとうこと、できれば食べないほうがよい。しかし食べるのなら必要な手間とコストをいとうてはいけない。少なくとも「安売り」を売り物にする焼肉店で出しては いけない。安全のコストは、理論上はゼロにでもできるのだから。 中部電力の水野社長の記者会見で、「原発は電力供給の基幹だ」と言い切っている。そして政府からは、追加対策の実施後に速やかに再稼動させることで確 認が得られていると述べている。これが焼肉チェーンの社長なら「ユッケは当店のメインメニューだ。追加対策をとれば問題ねぇだろう」というところだ。 問題はユッケなら食わなくても済むが、電気はそういうわけにはいかないところだ。中電社長の言っていることは、「いやなら食うな。食うなら文句言うな」というに 等しい。 今求められているのは「原発が電力供給の基幹」かどうかについての根本的な見直しである。原発が供給の基幹であるとする理由は、究極的にはコストにあっ た。安全性の抜本的見直しはコストの抜本的見直しにつながる。この視点が水野社長には欠落しているようだ。 経団連の米倉会長が副会長である東電の代弁を買って出ている。かなりハチャメチャだ。「東電の責任は免れない」という政府・与党内の意見に対し、こう開き 直った。「政府は安全基準をもっと強化しておくべきだった。政府は何をしていたのか」 よい質問です。政府はあなたの僚友のために基準を緩め、事故を隠し、安全だ安全だと大合唱を繰り返し、東電に老後の面倒を見てもらってきたのです。これ が自公政府のしてきたことのすべてです。それをあなた方は一生懸命応援してきたのです。 それにしてもこのせりふ、警察に捕まった犯人が「これまで悪事を重ねてきたのはお前たちの捜査が甘すぎたからなのだから、悪いのはお前たちだ」といってい るようなものです。たしかに国民目線で見ればあたってはいますが、犯人から言われたくはないですね。

大震災の中国経済への影響に注目している。2年前のリーマンショックのとき、中国経済は意外な堅調を維持した。そしてGDP世界第2位へと駆け上がっていっ た。これを中国経済の地力と見る見方もあるが、私は中国経済が米国よりも日本に強く依存しているため、直接の影響を受けなかったからではないかとひそか に感じている。その意味では今回の震災で日本の影響度が計れる可能性がある。 4月の中国新車販売実績がリーマンショック以来2年3ヶ月ぶりに前年同期を下回ったとの報道があった。もう6年も前、オリンピック前に短期間北京を訪れただ けの経験しかないが、中国市場で日本製自動車は完全に出遅れていた。日本車に新車全体の売れ行きを左右するほどの力はない。しかも4月といえば、新車 売り込みの最高のシーズンである。ではなぜ車の売れ行きが落ちたのか。もう少し情報を知りたいところである。

労働総研大木顧問の発言。最も深刻かつ長期にわたる問題(原発を除いて)は雇用だ。被災市町村の就業者84万人+関連離職・就職取り消し10万人で合計 100万人が新たに失業者に加わる。 3万2千人だった阪神大震災とくらべ数は圧倒的だ。しかもその多くが農民・漁民・自営業者などで、従来の失業保障システムではカバーされない。復興事業と あわせ、公的就労事業の創設が不可欠である。

パラグアイのトピックス: 首都アスンシオンでは市内を回る廃品回収の荷馬車が風物詩となっている。このほど、市当局は「重い荷物を一日中引かせるのはか わいそう」という動物愛護団体の要請を受けて、積荷の重さを最大300キロに制限する条例を提案した。 この提案に対し「上限は100キロにせよ」とか、「馬車を全面禁止せよ」とかの意見が続出しているそうだ。100キロなら人間で十分引ける。馬など要らない。 どうもよく分からない話だが、馬がかわいそうという前に、馬車で廃品回収をして生計を立てている人たちをかわいそうとは思わないのだろうか。 彼らにしてみれば馬は大切な財産。誰よりも大事にしているはず。ペットではなく生活を支えあう「同志」だ。「猫っ可愛がり」とは分けて考えなければならない。ま して馬車の全面禁止となれば、残された馬たちの命はどうなるのか。その行く末はあまりにも明らかではないだろうか。 捕鯨禁止といい、どうも牛肉をたらふく食っている連中の発想は分からない。

共産党の佐々木議員の質問。大企業の資金力を復興のために生かすのは社会的責任とした上で、大企業の内部留保(利益剰余金+資本剰余金)が10年3月 末で227兆円に達していること、これは過去10年間に73%増加していること、を明らかにした。そして復興国債の引き受けを大企業に要請することを求めた。 野田財務相は「大企業に内部留保がたくさんあるなら、官民でファンドを作り、投資を通じて貢献するのもひとつのアイデアだ」と応えた。これで復興国債のアイ デアが復興構想会議まで登ってくれるとよいが。

集団化の話で、田老町の漁協組合長の話に納得するところがあったが、亘理町の町長の談話もその文脈の上でうなずけるものだ。 「町は何をするにも現場主義を貫いてきました。机の上の計画ではだめです。上からの押し付けではなく、住民の要求に基づいた積み上げによる復興計画が必 要です。農漁業の集団化や会社化という案が政府から出ていますが、まずは住民の声を良く聞いてから考えるべきことです」 集団化は一定の条件の下で、一定の期間は絶対に必要なものだ。それは同時に、集団化には一定の前提条件が必要であり、その先の大目的が明確にされた 上でなされるべきものだということです。 集団化を成功させる上での二つのキーワードが提示されてきている。ひとつは前提条件としての「現場主義」である。その定義は亘理町長がしてくれた。①要求 を基礎とし、住民一人ひとりの声を反映させること、②大所高所からの演繹プランではなく、積み上げによる帰納プラン。③整合性は求めない。後から考えれば よい。とくに③が大事だ。 もうひとつのキーワードは、集団化は個人経営の復活を目標として、その手段、過渡期形態として採用されるべきものだという信念である。会社化計画にはそれ がない。最終目標は極めて漠然としている。これでは「集団化のための集団化」になりかねない。社会的生存権も幸福追求権も最終的には個人に属するもので あるという法の原理をしっかり確認しておかなければならない。 (さらに言えば、集団化はそれ自体が階級闘争だということになると思います。それ抜きに、イニシアチブ抜きに集団化に乗れば、企業や官僚の牛耳る組織に変 質し、住民は排除されてしまうことになります) と書いたら同じ12日号の4面に宮城県知事の「水産業復興特区」構想が報道されている。民間企業も漁業権が得られるようにするという会社化案だ。宮城県漁 連の安部理事長は「漁協の根幹を揺るがす重大な事案、であり、再建に向けた漁業者の思いを逆なでされた」と抗議の談話。復興税創設提言といい、どうもこ の村井という知事は危険だ。

米ギャラップ社の世論調査で、国民が感じる「幸福感」によって国を順位付ける調査結果を発表。驚いたことにベネズエラが世界第5位に入った。インフレ率が2 7%に達する中で景気が低迷するベネズエラがなぜ?、と多くの人がいぶかしんだようだ。 しかし、人口に占める貧困層の割合が70%から26%にまで減り、大学進学者が倍加するという社会政策の成果があがれば、むだな経済成長はなくとも国民生 活は活気付くことが明らかになったともいえる。 この間の小泉改革の中で、GDP成長と国民生活の乖離が明らかになった。GDPの持続的な成長にもかかわらず、国民生活は貧困化した。GDPは経済成長率 よりも国民搾取率と考えられるようになった。ベネズエラの例は現代社会におけるGDPの持つ意義を逆の方向から明らかにしていると思う。 これと対照的なニュース: スティグリッツが雑誌論文「1%の1%による1%のための」で次のように述べている。 2000年からの10年間で、米国の貧富の差はさらに拡大した。所得上位1%の富裕層が米国の富を独占している。この階層の収入は過去10年間で18%増加 した。しかし中産階級の収入は減る一方である。

復興構想会議が経済三団体からヒアリングを行った。回答はまことにひどいものばかりで、「痛みを分かち合う姿勢」はまったく見られない。「復興」は枕詞で、救済・救援の視点は見事に欠落し、現場の苦しみはまったく反映されていない。 いまどき財政健全化を唱えることの異常さを彼らは感じないのだろうか? 消費税増税と社会保障費の削減が被災者に与える影響について思いを致さないのだ ろうか? 自らがこの際は身銭を切ってでも復興に尽力しようとは思わないのだろうか? 「苦しいときはお互い様」という感覚をもてないまでに品性落ちぶれてい るのだろうか?

気仙沼医師会の状況が報告されている。七つの病院と37の診療所があったが、内29ヶ所が津波に飲み込まれた。ほかに一部損壊が7ヶ所。要するにすべて だ。ただ不幸中の幸いだったことは、残された1ヶ所が高台にあった中核病院である気仙沼市立病院だったことだ。 この地方は元々医師不足が深刻なところだ。医師の平均年齢は60歳を超えている。医師会が最も心配しているのは、高齢化した医師がこれから銀行から数 千万円の借金を抱えて医療を再開するだろうか、ということだ。ただちに対策が必要となっている。

東北大学の河相名誉教授が、ここをうまくまとめている。 復旧・復興の基本は、絆を地域に再建し、自治を作り上げていくこと、それを基礎にグランドデザインを作ることだ。被災者・被災地が復興プランを練り、作り上げ 、主体的に実行する、それを国と自治体が支援することだ。 自然は地域ごとに循環のあり方が違っており、自然が相手の生業では、地域ごとの復興計画作りが必要だ。農業では「大字」の単位、戸数で言えば数百戸単 位で復興計画を作る。膨大な瓦礫の撤去、水田の淡水化、そのためのあぜ道と水路の再建が先決問題となる。これらの計画を共同体単位で作ることが必要だ 。 壊滅的な漁業地域では協同組合が漁港などの再建プランを作ることが現実的だ。都市部では小学校区または中学校区単位で地域の商店の復活をふくむ地元 商業の活性化計画が必要だ。

7日から始まった赤旗の「在宅被災者は今」という連載は衝撃的だ。岩手県山田町の役場の前には毎日午後三時になると約千人の行列ができる。早い人は午 前11時半から並んでいるという。3時半から一日分の食料が配られる。カップラーメン2個、パンとおにぎりと缶詰が1個づつ。これが千人の被災者の1日の食 事になる。 食料をもらうのは緊急避難のためではない。金がないからだ。一家全員が無職となった。「車も現金もないので震災から一度も買い物をしていません。残ったの は家と車のローンだけ」 被災者には10万円の緊急小口資金が貸与されるが、「再就職の見通しがなく、返済するあてがない」のでは借りることもできません。 もはや被災地の様相は変貌している。「貧困」という災難が最後にやってきて、居座り続けることになりそうだ。財政出動が待ったなしの課題になってきている。

バシュメットの演奏したグリンカのビオラソナタの音源は下記のとおりです。 http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=oYa_y5V4nKM

Yuri Bashmet- Glinka Viola Sonata in d minor というのを聴いているが、心地よい。グリンカは前から聴きたかったが、YOUTUBEではなかなか手に入らず、入っても音質がひどすぎた。このバシュメットの演奏は高音質で安心して聴ける。

さらにもうひとつ転載 2011.4.25 「想定外」という言葉への検討が行われている。何の想定だったのか、それは「安全性」のラインだ。原発というものは原理的にはきわめて単純な構造で、したがって極めて安上がりな設備である。 原発の建設に関して技術というものがあるとすれば、それはほとんどが安全性に関する技術となる。安全性のラインはいかようにでも引ける。これを厳密に引けばコストは上昇する。最低ラインにすれ ばほとんどただに近いものになる。だからどのようにでも値段は決められるものなのだ。 もしも原発賛成論に立ったとして、それではいくらのコストを甘受するか、ここで立ち場の違いを超えた人間性が問われてくる。なぜならそこにはスリーマイルやチェルノブイリの(そしてこれからは福島 原発の)先例があるからだ。つまり事故の起きた際の破壊的影響を鑑みて、原発の安全性に関する技術はいまだ完成していないという認識の共有がある。 したがって一般的コスト論(安ければ安いほど良い)のではなく、一種の"必要悪"として、代替エネルギー源として、たとえば火発並みの、あるいは水力発電並みのコストを想定して、それを「安全性」の ラインの最低線とする。それで安全性が担保できなければ断念する、という「逆立ちした」発想も必要になるだろう。これはあくまで原発賛成論に立ったうえでの議論であるが。 安全性の議論というのはフェイル・セーフ装置の構造化である。今回の事故はそもそもフェイル・セーフ論が存在していなかったことを明らかにしている。地震が来ても安全、津波が来ても安全、停電に なっても安全ということではない(実際にはそれすらも守れなかったのであるが)。炉心溶解があったらこうする、水素爆発があったらこうする、放射性物質の漏洩があったらこうするという論理的バリア が存在して、初めて安全性が議論できるのである。 きわめて単純なことだが、今回のような大規模な地震と津波は想定外だったかもしれない。しかしスリーマイルやチェルノブイリは想定できないはずはなかったのである。

更新記録(5月2日)からの転載 連休前半でたまった赤旗のまとめ読み。メーデー集会の報告で、民医連の派遣した医療従事者が延べ1万1千人に達したという。すごい数だ。現場からの集約意見として「助かった命を政治が切り捨てるのは許せない」として闘いを呼びかけている。ここが目下の最大のポイントだろう。  志位さんの挨拶では、「自己責任を基調とする構造改革路線ではやっていけない」ことが強調された。そして「災害に強い国づくり、社会作り」の方向が打ち出された。ポイントは三つ。ひとつは人としての尊厳の尊重、もうひとつが権利を守るルール、そしてそれを支えるネットワークである。私流に言えば「自治と共同と博愛」ということになるだろうか。いずれも自己責任原理に対する対抗軸だ。  もうひとつ農協の全国連合「全中」会長のメッセージが紹介された。震災の教訓として①身近に食糧基地を持つことの大切さ、②地域で自立した産業・雇用を作ることの重要性、の二点を強調しているが、共感を覚える。ただもう少し国内外の経済情勢を見つつ普遍化する必要があると考える。 俳優の加藤剛が語っている。「亡くなった方たちは、裏切ることはない。生きているものたちが、裏切ってはいけない」 なかなか味のあるせりふだ。 4月末に、大震災の経済への影響を知る3月度の各種統計がいっせいに発表された。経済産業省の鉱工業生産指数速報では前月比15.3%減となった。自動車工業会の国内生産・輸出実績では前年同月比57.3%減となっている。総務省の家計調査では、一世帯あたり消費支出は8.5%減、とくに東北・関東地域では10.6%の減少となっている。 ただこれをどう読むのかはむずかしい。自粛もあるし、東北現地の数字が正確には反映されていない可能性がある。さらに原発被害は現在進行形のままだが、少なくとも経済活動の10%近くの落ち込みがあったことは間違いない。

とりあえず「更新記録」からの転載
 2011.5.06 財源問題が避けて通れない問題となってきている。というより、財界が「痛みを分かち合う」立場に立つことが迫られてきた。膨大な復興のための経費を考えれば、そこにしか財源はないことが誰の目 にも明らかとなってきている。
経済同友会の長谷川代表幹事は、いまだに社会保障削減と消費税増税を叫んでいる。同時に大企業減税を狙っているのだろうが、さすがにそこまでは言えなくなった。
「一体改革」の旗振り役である「 集中検討会議」の論調も変わってきたようだ。赤旗によれば「税は消費税だけではない。あるところから出してもらうのが税の基本だ」という意見が出ているという。 当面の解決策は無利子・十年据え置きの復興債である。
としてもいずれ償還が必要になるわけだから償還計画が必要であり、税収の増加が見込まれなければならない。それには経済成長が前提と なるが、経済成長の成果をきちんと税収として取り込む手立てがなければ、「大企業栄えて国滅ぶ」の図式が一段と進行するだけである。


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