鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

葦原中国(あしはらのなかつくに)から豊葦原瑞穂の国へ
高天原グループの態度豹変

天孫降臨に前後してのことだろうが、葦原中国に対する呼称がコロッと変わる。豊葦原瑞穂の国は正確に言うと豊葦原千五百秋瑞穂の国(ちいほあきのみずほのくに)だ。

価値観が180度転換するのだ。

価値観を転換したのは記紀につながる権力者たち、すなわち天孫族(高天原系列)である。けっして葦原中国の住民ではない。
なぜ転換したか? それは他人の土地だったのを自分のものにしたからだ。


葦原中国は蔑称

「葦原」とは海辺に葦が生い茂り、葉がざわざわと無気味にさわぐ未開の湿地を示す。出雲に限定された地名ではない。

日本国の美称とする解説もあるが、もとは美称どころではなく蔑称に近い表現だろう。
この辺の機微を世界大百科事典 第2版の解説がきわめて適切に表現している。
そこは天上界、地下の黄泉国に対する中間の世界、つまり人間界をさす。
そこはまた人間生活の中心地に対する野蛮な周辺部でもあり,死者が住むとされた山や原始林地帯との中間の地でもあった。
そこは荒ぶる「国つ神」が蟠踞する、混沌とした無秩序の世界であった。
つまり、それは天上界が人間界を指す蔑称だった。「葦原中国」は天上界の人間界に対する侮蔑の表現だった。だからこそ天孫たちはそこに干渉し、侵略し、略奪するわけである。

長江からの渡来民が不毛の湿原を美しい稲田に変えた

この地域には紀元前2千年ころから、漁労民族がまばらな集落を形成しながら暮らしていた。後に晩期縄文人となる人々である。人種的由来は今のところ不明である。

そこに山東半島から黄海を越え朝鮮半島に渡った人々が南下してきた。長江流域で稲作文明をになった人々が漢民族に押されるように移動してきたのである。2つのグループの生活テリトリーは競合せず、平和共存が始まった。

これまで不毛としてきた葦原が水田となり辺り一帯が「豊かな瑞穂の国」となった。やがて米作はより環境の適した九州へと広がっていった。


天孫族は美田を奪い、それから褒めそやした

湿原の民を軽蔑していた高天原グループだが、葦原中国の繁栄に注目するようになった。
そしてさまざまな軋轢の末に、葦原中国のすべてを手に入れ支配することとなった。

彼らの心中において貧しい未開の地であった葦原中国は、天孫の統治するにふさわしい五穀豊穣の「水穂国」へと捉え直されるようになる。

衆院予算委員会での志位委員長の質問は胸のすくものであった。
ところで
帰属家賃の問題で、茂木経済財政担当大臣がほぼほぼ横槍答弁といえる不規則発言を行っている。
おそらく志位質問でこの話が出てくるのを知って、事務方で準備したのであろう。
とくとくと喋って、野田委員長から注意を受けている。
中身はまったくの揚げ足取りだ。帰属家賃を家計消費支出から抜いたことについて、質問趣旨と関係ない反論をながながと語るだけだ。

帰属家賃はまったく架空の支出で、国際比較上入れているだけの数字だ。
国内で経年比較する際には、むしろ事実を捻じ曲げる可能性がある。だから入れないほうが良いのである。

世界百科事典ではこう書かれている。
ある財を生産するための費用は,その財を生産したために蒙ったこのような犠牲の大きさではかる。
たとえば自分の持家に住んでいる人は,自分の家を他人に貸した場合に得られるはずの家賃収入(帰属家賃)を犠牲にしているので,その分だけの住居費がかかっている,と考える。これが機会費用の概念である。…
つまり、不況下であっても住宅バブルになれば上がってくる数字なのだ。
したがって、家計支出が下がっているにもかかわらず帰属家賃があっているのなら、それは貧富の差が進み、住宅バブルが進行したことの表現なのだ。

だから質問の趣旨に真摯に答えようとするなら、茂木大臣はこう語るべきだった。もちろん語ろうとはしないだろうが…
家計消費支出が消費税引き上げ後も伸びているように見えるが、これは「帰属家賃」という架空の支出が増えただけであり、消費の実態としては志位さんの言うように縮小している。
「帰属家賃」が増えたのは、内需縮小の結果住宅バブルが進行し、家賃が上昇したからである。それは富の一部階層への集中が進んでいることの反映である。
このことについては一度、茂木大臣を糺しておくべきであろう。


なんとも安直な勉強法で、まことに恥ずかしい限りだが、「日本神話・神社まとめ」というホームページにある「日本書紀」の現代語訳を読ませてもらっている。
そんな勉強で一端の口を利くというのもふざけた話で、年寄の妄想と思いながら読んでもらえるとありがたい。

それにしても我ながら驚いた。
日本書紀の記載を一つ一つ読んでいるだけで、まったく通説と異なるストーリーが浮かび上がってくるのだから…

狡猾で冷酷な独裁者としてのアマテラス、夫婦で作り上げた王国をアマテラスに蹂躙されオロオロするばかりのイザナギ、そして高天原王国に敢然と立ち向かい、最後まで抵抗をやめなかった英雄スサノオ…

舞台は小白山中の高天原、大八洲に囲まれたイザナギ・イザナミの豊葦原の国、さらに海を渡り筑紫、宗像、出雲と展開していく。

1.高天原は智異山だ

「高天原は智異山だ」というのが、私の以前からの考えである。智異山という根拠はあまりない。小白山地の何処かだということだ。つまり楽浪郡と三韓の境界ゾーンだ。
時期としては、おそらく紀元前200年から100年の間だろう。この頃衛氏朝鮮が漢の攻撃を受け滅びた。その残党が三韓側に逃げ込んで亡命政権を建てたのではないか。
彼らは朝鮮半島に影響力を拡大し、支配下においた。

2.高天原伝説とイザナギ伝説

神代説話は明らかに2系統ある。一つは高天原説話で、道教(中国北部)につながる垂直思考だ。
もう一つはイザナギ・イザナミのたゆとうて行く海洋系神話だ。
これまで私は高天原が天孫系のルーツで、イザナギ系が在来系のルーツと考えてきたが、それではどうにも説明がつかないほどに2つの説はもつれ合っている。

この2つの系列はともに渡来人のものであり、2つの渡来人の系統が朝鮮半島南部でからみ合い、絡み合った姿のまま日本に渡来したと見るほうが適当ではないかと思えるようになった。

3.大八洲は朝鮮半島南岸地帯

衛氏朝鮮人が峠を越えて大同江を眼下に臨んだとき、そこには晩期縄文人(日本全土に分布する縄文人とは別人種)と長江文明を引き継ぐ米作人が混住していた。この社会を南岸人と呼んでおくことにする。

そこにはオノコロ島、淡路島、その他の大八洲を形成するだけの島嶼が散在していた。そしてそれらの島々に囲繞されるようにして葦原中国が広がっていた。彼らの一部は渡海し、九州北岸に同種の文化を形成しつつあったが、本体はあくまで半島南岸にあった。
大八洲に日本の島々を当てはめるのは基本的には後知恵であり、実際に作業してみれば分かるようにかなり破たんせざるを得ない。

日本神話で日本の国土と思われてきた多くの地域的広がりは、じつは半島南岸を中心としていたのである。何も日本の地理に無理やり当てはめる必要はないのである。

4.葦原中国こそ原日本人のルーツ

これらのストーリーから生まれてくる原日本人像がある。それは対馬海峡を挟んで両岸に展開した「晩期縄文人」という名の海洋民族、そして山東半島→楽浪→大八洲と流浪の旅を続け米作文化をもたらした長江人、これが奇跡的なほどに混ざりあって出来上がったのが、日本人の原像としての「弥生人」だ。

両者のミキシングがこれほどまでに進行した理由は、高天原グループ=天孫族への共同の抵抗ではなかったのだろうか。たしかに天孫族は日本の政治システムを握り民族を支配した。しかし天孫族は日本人のDNAにほとんど影響を与えていない。何よりも驚くのは日本語という言語の形成過程にすらほとんど影響を与えていないということだ。

5.イギリスでも同様の事態が

最近のイギリス人の研究も同様の傾向を示している。イギリス人(イングランド人)はアングロサクソン人を自称してきたが、そのDNA的骨格から言えばアングロサクソンではなくあえて言えば“ケルト人”なのだ。デーン人やノルマン人の血はほとんど混じっていない。

DNAだけが人類のあり方を規定するわけではないが、アングロサクソンのDNAを誇りにしてきたイングランド人にはかなりショックだったろうと思う。




最初に「いくつかの結論」を書いておきます。
1.その昔、朝鮮半島南岸部に海洋民を主体とする社会があった。大八洲と呼ばれる島嶼に囲まれた湿地帯で豊葦原中国と呼ばれた。

2.紀元前1~2世紀に、北方から漢に押し出されるようにして「天孫系」グループが南下してきた。彼らは山城を築きながら葦原系と対峙した。

3.経済的には倭(筑紫など)の植民地を持つ葦原系が豊かであったが、軍事的には漢と接触のある高天原系が圧倒していた。

4.葦原系は首長ウケモチが殺害される事件をきっかけに蜂起し、亡命から戻ったスサノオを司令官に押したて、高天原系と和議に持ち込んだ。

5.高天原系は陰湿な手法でスサノオを放逐し、高額の賠償金をせしめた。スサノオは葦原中国へ下った後、ふたたび倭へと亡命した。

6.高天原系は朝鮮半島南岸のを手中に収め、さらに倭の支配を欲し、数次にわたり攻勢を仕掛けた。スサノオは出雲に拠点を構え、抵抗を続けた。

7.葦原系の最後の拠点であった出雲も高天原系の手に落ちた。これを受けて筑紫の日向にニニギが降臨した。こうして朝鮮海峡を挟んで両側に“ベストミックス”の階級国家が誕生した。

「神代上」全体の構成

「神代上」は天地開闢から始まり、天津彦彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコヒコホノニニギノミコト)が豊葦原中国に降臨するまでの経過だ。

ここに登場する神々には、大きく言って3つの系列がある。

A)造化三神の系列

B)高天原系列

C)イザナギ・豊葦原系列

肝心なことは、豊葦原中国への降臨が「神代上」の最後だということである。
つまりそれより以前の記載は、すべて朝鮮半島での出来事だということである。人名・地名も朝鮮のものである。
なぜなら、日本書紀・古事記は、基本的には朝鮮半島からやってきた高天原系列の征服譚だからである。国内のあれこれの地名に比定した記述は、すべて後世のものと考えるべきである。
征服者は高天原系列の直系であるが、朝鮮南部でイザナギ系と混交して一つの社会を構成し、その後に日本に侵攻したものと考えられる。
日本に先着したイザナギ系の傍流としてスサノオ系、宗像系がある。

なお古事記との異同をチェックしながら読んでいるが、基本的には違いがない。日本書紀が丹念に「一書」(異説)を汲み取っているので、神代に関する限り、わざわざ古事記を参照する必要はなさそうだ。


A)神代七代: 造化三神の系列

北欧的・形而上学的な三位一体が語られ、それらの所与に照応して3人の神が登場する。
想像するに、これは明らかに漢文化の影響を受けた衛氏伝承であろう。しかしこの天地開闢説話は、その後につながらない。
天が先に生まれ、 次に地が固まりました。その後、その中に神が生まれました。国常立尊(クニノトコタチノミコト)、国狹槌尊(クニノサツチノミコト)、豊斟渟尊(トヨクムヌノミコト)の三柱です。
「一書」では、国常立尊に先行する神、可美葦牙彦舅尊(ウマシアシカビヒコヂ)が挙げられる。


C) イザナギ・大八州系列

本来であれば、登場順に高天原系列を記述すべきであろう。
しかし高天原系列は相当後の五段になってから、イザナギの後継として本格登場するのである。

それまでは一段における下記の「一書」の記述のみである。
高天原に生まれた神が天御中主尊(アメノミナカヌシ)です。次に高皇産靈尊(タカミムスビ)。次に神皇産靈尊(カミムスビ)です。 

高天原神話が天地開闢神話と無関係に挿入されるのは、高天原が別系統の口伝であることの表現ではないか。なおアマテラスのところに出てくるタカミムスビとの異同は不明。

それで造化三神に始まる神代七代のあと、系譜は途切れる。これに代わり登場するのがイザナギとイザナミである。
神代七代とは関わりのない別系統で、高天原を含めた神代七代が、北方系・大陸系の印象があるのに比し、海洋系(すなわち別人種)の印象が強い。
「一書」で、イザナギとイザナミの二神は高天原に座って、アメノヌボコでかき回すとオノコロ島が出来ました。
とされているが、このあとイザナギと高天原との直接関係を示唆するような記載はない。無理やりくっつけたものであろう。

解説によると、柱の周囲を回って夫婦となるという話はミャオ族にもあるそうだ。南方系・海洋系と言うだけでなく、長江文明系という言い方もできるのかもしれない。

この夫婦は世界中のあらゆるものを生み続けていく。神代七代ってなんだったんだ? と言いたくなるほどの勢いだ。

1.大八洲

二人の作ったうちで最大のものが大八洲ということになる。
大日本豊秋津洲(おおやまととよあきづしま)、伊予二名洲、筑紫洲、億岐洲(おき)、佐渡洲、越(こしの)洲、大洲(おおしま)、吉備子洲(きびのこじま)とされる。
流石にこれでは辛いので、古事記は都合よく改作しているが、その分無理筋がバレバレだ。

素直に考えれば「そりゃぁ日本列島とは違うでしょう」ということになる。そもそも当時の人に本州を四海海に囲まれた島と考える能力が果たしてあったのか。

率直に言おう。大八洲は朝鮮半島南岸沖に並ぶ島々の主たるものを列挙したものだ。当然オノコロ島も朝鮮だし高天原も朝鮮だ。
大八洲

2.第五段 イザナミの死とイザナギの冥土巡り

第五段の本論はあの冥土巡りの話である
イザナミは火の神を生んだときに、その火に焼かれて死んでしまいました。 イザナギは火の神を切り刻み、そのピースがみんな神になって行きます。
イザナギはイザナミの跡を追って黄泉の国に入りました。イザナミの体にはウジ虫が這いまわり、膿が噴出していました。 
イザナギは大急ぎで走り去りました。
以下の「一書」は地名が気になるが、とりあえずそのまま。
イザナギは黄泉の国から帰ってくると筑紫の日が当たる小戸橘(オトタチバナ)の檍原(アハギハラ)で禊(ミソギ)をしました。 

B) 高天原系列

第五段の主題は上記にあるのだが、ここには見逃せないテーマがもう一つある。それが高天原系列の天照大神の挿入である。

国生み作業の終盤になってから、イザナミはアマテラス3兄弟を生む。アマテラスは「一書」では大日孁貴(オオヒルメノムチ)で、またの名を天照大神ということになっている。

これは明らかにイザナギ系列の神話に高天原系列が挿入されたものであろう。日本書紀の作者の仕業か、それともその前か? これで三度目だ。

1.天下=葦原中国

イザナミが死んだあと、イザナギが3兄弟に指示する。
天照大神は高天原を治めなさい。 月読尊は蒼海原を治めなさい。 スサノオは天下を治めなさい
天下というのは「葦原中国」を指す。これがよくわからない。固有名詞のようでもあるし、一般名詞のようでもある。
ずっと後代に出雲王朝の領土が葦原中国と呼ばれるが、それは彼らが出雲平野を葦原中国と呼んだだけの話である。

天界が高天原,地上界が葦原中国,地下界が黄泉国という3層の神話的世界構造があるとも書かれている。
黄泉の国までふくめるかは別として、世界が2つに分かれていることは間違いないようだ。そしてイザナギ・イザナミが勤しんだのはこの世である地上界を作ることであった。

であればイザナギが指示したのはスサノオに天下=葦原中国を治めることであっただろう。
しかしスサノオはこの指示を受けなかった。イザナギはスサノオを追放した。やがてイザナギも隠居し、死んだ。

これで話は終わるのである。しかし実はイザナギがスサノオを追放したのには理由があった。


2.アマテラスの葦原中国の簒奪・支配

では統治者を失った葦原中国はどうなっていくのであろうか。
結論から言えば、葦原中国は高天原の支配・収奪する地となったのである。

これは「一書」の世界なので議論としては強引だが、保食神(ウケモチ)殺害説話がその例証となる可能性がある。
以下、少々長い引用になる。
アマテラスは葦原中国の保食神(ウケモチ)の話を聞いた。ツキヨミに様子を伺って来るよう命じた。
ツキヨミは葦原中国に行きウケモチと会い、ウケモチの対応に怒り斬り殺した。
アマテラスはツキヨミを怒り、以後は行動をともにしなくなった。
アマテラスは別の神を送り、人民を生かすための食料を手に入れさせた。

アマテラスは粟・稗・麦・豆は畑の種子としました。稲を初めて植えました。 また養蚕の道が開けました。
つまりアマテラスはツキヨミをそそのかしたあと手のひら返しで排除し、スサノオもいなくなったことから、高天原における唯一者となった。そして同時に葦原中国の支配者ともなったことになる。

アマテラスは葦原中国をたんに略奪するのではなく、産業をになわせ、人民を収奪する立場に至ったのである。(ウケモチは独自の人格ではなく一類型とされるが、アマテラスがのし上がるための契機として特殊性を備えている)

わたしたちはこのような2つの民の関係を、鳥取で見ることができる。それが妻木晩田と青屋上寺地だ。妻木晩田が襲ったとは断言できない。しかし繁栄した青谷上寺地は襲われ、皆殺しにされ、廃墟となった。


3.第六段 「天下」派の逆襲

一連の話はずいぶんきれいごとに書かれているが、高天原派が葦原中国に侵攻し支配権を奪ったことは明白だ。部下に叩かせておいて「まぁまぁ」と止めに入るのはヤクザの親分のルーチンだ。

これから先は私の妄想だが、葦原中国を創設したイザナギとしては、高天原派の跳梁跋扈は面白い話ではない。
一度は後継者に指名したスサノオを追放してまで、高天原勢に譲歩したが、高天原派内の武闘派にスサノオのリザーブである保食神(ウケモチ)を殺され、ついに葦原中国そのものを奪われた。

そこに追放したはずのスサノオが戻ってきた。余談だが、スサノオの居たのは筑紫()らしい。すでに九州北部は天下勢力=葦原中国の重要な植民地となっていて、反抗の拠点と化していたものと思われる。

スサノオが言うには、
わたしは今から(父イザナギの言うとおりに)、根の国に行きます。その前に、高天原に向かい、姉であるアマテラスと会います。それから永遠に根の国に退きます
イザナギはこの申し出を許し、すぐにスサノオは天に向かいました。これってヤクザ映画の世界そのものでしょう。あきらかにスサノオは菅原文太だ。


4.姉弟激突とアマテラスの逆転勝利
アマテラスは、粗暴である弟スサノオが天に昇ってくると聞いて、驚きました。
「きっと私の高天原を奪おうとしている」と考えたアマテラスは重武装でスサノオと対峙した。
アマテラスは高天原系とされ、天神・天津神とされます。一方でスサノオは地祇・国津神系となっています。
対決はゲーム仕立てになっていて、その結果がよくわからないが、とにかく手打ちが行われた。
子供ができて、それを二人で分けたということになっているが、そんなに都合良く産めるわけがない。要するに人質交換協定である。

スサノオは六柱の男神を差し出した。日神は三柱の女神を筑紫に降臨させた。三人合わせて「宗像三女神」である。

日神は3人の出発にあたりこう述べたという。
お前たち三柱の神は天より降臨して天孫を助けなさい。そして天孫によって祀られなさい。
アマテラス、相当のワルである。娘を筑紫まで送った上でエージェントとし、ゆくゆくは筑紫を我がものとするつもりだ。

ともかく人質を相互に確保することで、アマテラス・スサノオの連立政権が成立した。これは実質的にスサノオの勝利だった。
この連立においては、スサノオの息子6人が高天原政権の幹部に入ったことを見てもわかるように、かなりスサノオ側の比重が強化された。

そこでアマテラスは陰湿なデマ作戦で巻き返しを図った。下品なフェイクニュースを撒き散らした。そしてスサノオの人気が地に落ちたところを見計らって、ハンガーストに打って出た。
最後にはストリップのアトラクション付きの反スサノオ集会で客を動員してスサノオ政権の転覆に成功したのである。
これはかなりの勝手読みだが、ベネズエラでの米国と反政府勢力との対決を見ると、「ウンコタレ」と攻撃されるスサノオについ同情してしまうのである。


5.高天原(天孫)系の追撃

高天原チームの逆転勝利が実現した。
八百万の神は話し合って、“独裁者”スサノオの髭を切り、手足の爪を抜いて、追放してしまった。神々はスサノオに、千の台座に乗るほどの宝を提出させた。

確認しておきたい。スサノオには巨大な財があった。それは高天原から収奪したものではない。高天原には自力で獲得したような富はなにひとつない。スサノウの宝はおそらく筑紫の植民地から持参したものであろう。高天原チームはそれを奪い、葦原中国を略奪したのだ。

もう一つ、スサノオはふたたび追放された。どこへ? それは日本をおいて他にない。
第八段本文はこうなっている。
スサノオは自ら天から下って、葦原中国へと落とされた。そして出雲の簸之川(ヒノカワ=肥の川)の川上に降り立ちました。 
なぜ葦原中国からさらに出雲に向かったかについての説明はない。しかし「一書」にはこうある。
スサノオは息子の五十猛神(イソタケルノカミ)を連れて、新羅国に降り、曾尸茂梨(ソシモリ)に辿り着きました。 
スサノオが「この土地に、わたしは居たくない」 と言いました。 それで土で船を作って、それに乗って東に渡り、出雲の簸の川(ヒノカワ)の川上にある鳥上之峯(トリカミノミネ)に辿り着きました。
なぜ、出雲か? それはもはや新羅も筑紫も安住の地ではなくなったからだ。

6.天孫降臨と高天原派の全一支配

実はその前に出雲の国譲りの話があって、スサノオ一族が“出雲の葦原中国”からも駆逐されるのですが、どうも時期的には合いません。ひょっとすると、スサノオは筑紫から出雲までの「葦原中国」の全体を統括していたのかもしれません。
疲れてきたこともあり、とりあえず省略していきます。

葦原中国(おそらく金官伽耶あたりの海洋民社会)を制圧し、さらにその植民地たる対岸の筑紫をも併呑するというのが高天原グループの狙いだろうと思われる。それは葦原中国側の激しい反感を呼び起こす。
彼の地に螢火のように勝手に光る神、及び蠅聲(さばえなす=騒がしい) 邪神が多くいた。また、草木さえもしばしば言語(ものいう)状態であった。
“草木さえもものいう” 状態というのが素敵な表現だ。上から下まで高天原支配を拒否しているというのがよく分かる。倭はポリス連合に対するアテネのような存在であろうか。

アマテラスの息子は正哉吾勝勝速日天忍穗耳尊という。この人は影の薄い人で覚える必要はないのだが、この人が高皇産靈尊(タカミムスビノミコト)の娘と結婚して子をもうける。
これが天津彦彦火瓊瓊杵尊(アマツヒコヒコホノニニギノミコト)である。面倒なのでニニギとしておく。

タカミムスビはなかなかの策士で、外孫のニニギを葦原中国の君主にしようとはかった。この場合の葦原中国は海の向こう倭の地を指している。
タカミムスビは沢山の神々を集めて、葦原中国の邪神を追い払って、平定したいと呼びかける。倭からスサノオ派を一掃しようということだろう。

提案は認められ、アメノホヒが葦原中国に送られた。しかし3年たっても平定できなかった。アメノホヒの子のタケミクマノウシが送られたが、彼もだめだった。

一書では(古事記も)
アマテラスは天稚彦(アメノワカヒコ)に命令しました。
豊葦原中国はわが子オシホミミが納めるべき土地です。お前がまず行って、平定しなさい。
天稚彦は国津神の娘たちを妻に貰い、八年経っても高天原に報告しなかった。
けっきょく、經津主神(ふつぬし)と武甕槌神(たけみかづち)が出雲を屈服させた。いわゆる国譲りである。相当手こずったということが分かる。

実は私は誤解していたのだが、すでに九州北部の支配権を獲得していた高天原グループが出雲に国譲りを要求したのだと思っていた。日本書紀の記載では、このとき高天原系は倭の地に全く足がかりを持っていなかったことになる。倭の地の全体がスサノオの影響下にあった。ただスサノオは警戒のために出雲に引きこもり、そこに根拠地を形成していたということである。これが史実と適合するかは、他の文章も参照しなくてはならない。

出雲勢力の恭順を見てオシホミミの子、アマテラスの孫であるニニギが倭に赴くことになる。ニニギは天盤座(アマノイワクラ)を出発し、 日向の襲高千穗峯(ソノタカチホノタケ)に降り立った。
そして天稚彦を殺し筑紫を平定した。木乃花咲耶媛のエピソードはニニギの人間性を示す宣伝ネタであろう。それだけ高天原軍は非人間的であったのかもしれない。

なお日向はヒムカと読むようである。下記の文がある。
天津彦彦火瓊瓊杵尊は亡くなりました。筑紫(ツクシ)の日向(ヒムカ)の可愛之山(エノヤマ))のお墓に埋葬されました。
朝鮮半島から降臨したとすると、こちらのほうが感じはつかめる。

いくつかの結論(再掲)

1.その昔、朝鮮半島南岸部に海洋民を主体とする社会があった。大八洲と呼ばれる島嶼に囲まれた湿地帯で豊葦原中国と呼ばれた。

2.紀元前1~2世紀に、北方から漢に押し出されるようにして「天孫系」グループが南下してきた。彼らは飢え、山賊と化し、山城を築きながら葦原系と対峙した。

3.経済的には倭(筑紫など)の植民地を持つ葦原系が豊かであったが、軍事的には漢と接触のある高天原系が圧倒していた。「七人の侍」の野盗集団だ。

4.葦原系は首長ウケモチが殺害される事件をきっかけに蜂起し、亡命から戻ったスサノオを司令官に押したて、高天原系と和議に持ち込んだ。

5.高天原系は陰湿な手法でスサノオを放逐し、高額の賠償金をせしめた。スサノオは葦原中国へ下った後、ふたたび倭へと亡命した。

6.高天原系は朝鮮半島南岸のを手中に収め、さらに倭の支配を欲し、数次にわたり攻勢を仕掛けた。スサノオは出雲に拠点を構え、抵抗を続けた。

7.葦原系の最後の拠点であった出雲も高天原系の手に落ちた。これを受けて筑紫の日向にニニギが降臨した。こうして朝鮮海峡を挟んで両側に“ベストミックス”の階級国家が誕生した。






ベネズエラ情勢をウォッチしていて、これだけ系統的な悪意に出会ったことはない。私ごときシロウトが無知に任せて一方的な意見を言うのとは次元が異なる。専門家としての識見が問われる地位にあるのだが、およそそのような節度や公正さが感じられないのである。

2002年の反チャベス・クーデター未遂事件が起こったとき、ベネズエラの高級住宅街から日本語で反チャベスキャンペーンを流し続けた女性がいた。

クーデターが未遂に終わったあと、しばらくネット上では声を潜めていたが、事の真相を知った後もまったく考えを変えることはなかった。

おそらくは駐在員の夫人として上流階級の思考方法にすっかり染め抜かれたのであろう。

それが2010年ころから、別の女性の声がふたたびけたたましくなってきた。それがこの坂口安紀という女性だ。

どうも影としては重なってしまうのだがどうなのだろうか。


ジェトロの紹介ページを見ると1988年にICUを卒業したらしい。計算上は50歳前後ということになる。UCLAで修士をとってアジ研に入ったらしい。

29~31歳でカラカスに研究員として派遣されている。さらに43歳から2年間、調査員としてカラカスに滞在している。

帰ってきてからはラテンアメリカ研究グループ長となり、アジ研を仕切るようになった。

アジ研に入って最初の論文が1993年の『冷戦後ラテンアメリカの再編成』という論文集の中の「ベネズエラの経済改革と民主主義の危機」という論文である。

読んでもらえればわかるように、相当大胆に政治的立場を押し出す人で、その基本は「白い民主主義」である。おそらくはカラカスの高級住宅街のコンセンサスを代表するようなスタンスであろうと思われる。

おそらく1990年前後にUCLA在学中にベネズエラでの生活を体験したものと思われ、まさしくカラカソ(カラカス暴動)やチャベスのクーデター騒ぎと同時代を生きたことになる。そしてその頃日本はバブルの絶頂にあった。
日本が得意絶頂だったときにベネズエラに入った日本人は、雲の上の上流社会で名誉白人としての地位を満喫したのではないか。

彼女の時代にはすでに、我々のになっていたような学生運動は影も形もないから、貧しい人に寄り添うとか社会の進歩に貢献するとかいう考えは希薄なのかもしれない。山裾を埋め尽くすバラック小屋もカラカス固有の光景なのだろう。

ベネズエラの白い人々の差別意識は、石油成金の常としてただならぬものがある。一昔前には日本人もイエローモンキーで、ベネズエラでは差別と侮蔑の対象でしかなかった。だからベネズエラの日系人は数少ないのだということを理解できないのだろう。

たぶん彼女の政治の枠組みは、白いリベラルと白いコンサーバティブの物分りの良い議論に収斂するのだろう。ただ、時々は自分の肌の色、アジア系の顔立ちを鏡で確かめながら議論を組み立ててほしいなと思う。

ベネズエラ ジャーナリズムの“恥ずべき沈黙”

ジャーナリストである以上、ベネズエラ政府にとってどんなに嬉しくないニュースでもどんどん流すべきである。それを流すのがジャーナリストの義務だからだ。

私はそのことを非難しているわけではない。私が非難するのはこのようにベネズエラ政府の失態を激しく非難しながら、世界の平和と民主主義にとって最大の問題、すなわち米国の干渉、経済制裁、民族自決権の侵害、武力介入の脅しについて口をつぐむことだ。

リマグループの動きは逐一報道するが、セラックの動きは報じない。(CELAC: 全ての中南米諸国33カ国が参加し,2011年12月に発足した組織。将来的な中南米統合を長期的な目標に掲げている 日本外務省HP)

ベネズエラカトリックの意見は尊重するが、ローマ法王の平和の呼びかけは無視する。

ベネズエラ国民がいまなぜ苦しんでいるか。それは米国が経済・金融封鎖を行っているからだ。石油生産を妨害し、商品を売り惜しみして価格を吊り上げているからだ。
ベネズエラがいまなぜ内戦の危機にあるのか。それは米国がベネズエラの軍部にクーデターを焚き付けているからだ。

米国は過去100年、そうやってラテンアメリカの数十の政府を潰してきた。どうしてジャーナリズムはその歴史に口をつぐむのか。

ジャーナリズムはチリのクーデターを忘れたのか。合法的な政府が「経済的な失敗」を口実にして踏みにじられた。そのあと数千人の市民・青年・学生が連れ去られ、拷問され、虐殺された。

それがすべて米国の差金だったことは、今では白日のもとに明らかになっている。

その歴史的事実に、どうしてジャーナリズムは口をつぐむのか。

ジャーナリストはいつの日か後悔するだろう。もし市民とともに報道機関の持ち主の横暴に対決しなければ、そのような「騒々しい沈黙」はテロリズムへの加担に等しいからだ。



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などもご参照ください。

霊長類の進化の歴史は、全くバベルの塔状態である。10本、文書を読むと10種の言葉で10色の歴史が説かれる。これだけひどいと勉強する気も起きない。
とりあえず京都大学のページの霊長類の系統樹を紹介しておく。
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第一に、図を見て分かるのは、霊長類はルーツが曖昧な孤立系だということだ。
氏素性もわからないただの馬の骨なのだ。クオバディスだ。
第二に、霊長類は何度も絶滅しかけた危うい生物種だということだ。
点線でかろうじてつながる時代を何度も経過している。
そして中新世に入る2500万年前ころから急に適応放散が展開される。
第三に、ヒトをふくむホミノイドは進化の王道上にはないということだ。
むしろDNA的には環境に適応しそこねた、絶滅しても不思議ではない種であるといえる。
要するに、王位継承権としてはかなり下位に属する生物だったのが、何かの拍子でライバルがみなコケてしまったのだ。
我々は脳の進化を調べる前に、この三度の奇跡を後づけなくてはならない。「優れていたから生き残ったんだ」という幻想を一度捨てなければならない。「優れていない」と言っているわけではない。優れていたのに生き残れなかったものが、世の中には掃いて捨てるほどいるということだ


大脳の起源について一通り勉強してきた。

最近の遺伝子研究によって大脳の起源についての記述は大きく書き換えられつつある。
ただしそれはルーツ探しの旅のようなもので、Y染色体やミトコンドリアDNAのように、現存人類のところから遡っていく旅のようである。
そうやって我々はミトコンドリア・イブやY染色体アダムのところまで行き着く。

それは予想をはるかに越えて、5億年の昔、ナメクジウオを生み出した祖先までたどる旅となる。

ただ、そこで証明されるのは、ナメクジウオがすでに人類の脳を生み出す遺伝的能力を備えていたという事実であって、それが何故に発現してきたかの過程とは異なる。ルーツ探しの旅を決定論的に読み替えるのは有害無益である。

その上で、系統発生的には次のような大脳形成過程が想定できるだろうと思う。
① ナメクジウオのレベルでの三脳構造の確立。
② ヤツメウナギのレベルでの前脳前方への外套の形成
③ 魚類(顎口類)のレベルでの外套の翻転と終脳の形成
ここで脳の分節構造を信じるならば、「外套→終脳」は、前脳が間脳と終脳に割れたのではなく、もともと前脳の前方に“もう一つの分節”の萌芽として内在した終脳原基が発現したものとして捉えるべきだろうということだ。

言葉で表現するなら、終脳は前脳より前方の最先脳(最終脳)であり、間脳は、結果として前から2番目の脳になったから間脳だということになる。

前脳が視床と視床下部という背腹(上下)2階建てになったのと同じく、終脳も大脳皮質(外套)と大脳基底核(腹側外套と外套下部)の2階建てになったのであろう。


山本直之(日本医科大学・第二解剖)

発表年は不明だが、引用文献から判断して2000年前後のものであろう。なお山本さんには下記の論文もある。2008年のシンポジウム講演「魚類の終脳における感覚表現」で、このときは名古屋大学に移られている。

1.魚類脳の発生と基本構築

魚類の大脳は他の動物と簡単に比較できない。その原因は発生過程の特異性にある。

終脳は中枢神経系の吻側端に位置する。そこは他の脊椎動物と同じである。

魚類以外では、神経管の背側領域が下方(腹側)に折れ込む。これを内側反転(Inversion)という。
最終的には、左右の神経管の側壁が脳室腔を取り込んで側脳室を形成する。

神経管側壁は、側脳室の背側を覆う外套palliumと、腹側の外套下部subpalliumにわけられる。

哺乳類の場合、外套は主に大脳皮質に相当し、内側外套、背側外套、外側外套、腹側外套に分けられる。
内側は海馬、背側は新皮質、外側は嗅皮質、腹側は扁桃体となっていく。

外套下部には中隔、線条体などが含まれる。

一方魚類では、側壁が外側に翻転する。これを外翻(Eversion)という。その際、神経管の蓋板は左右に広がるため、側脳室の代わりにT字型の共通脳室が形成される。

このため外見上は他の脊椎動物と大きく異なるが、分子マーカーを用いた発生学的研究によって、背側野は他の脊椎動物の外套に、腹側野は外套下部にほぼ相当することがわかった。


2.魚類に大脳新皮質はあるのか?

四足動物の背側外套(新皮質)へ感覚情報を伝えるのは視床である。魚類にも“視床”領域が存在するが、“視床”は終脳背側野につながる線維はない。
このことから、魚類の終脳は嗅葉olfactory lobeとも呼ばれ、嗅球から受ける嗅覚だけを処理する脳だと見なされていた。

ところが条鰭類の終脳背側野には嗅覚投射をうけない非嗅覚性領域が多数存在する。

間脳には糸球体前核群(preglomerularcomplex)と呼ばれる領域がある。正確には“視床”の腹外側後方に位置する神経核群である。

ぞこで視覚、聴覚、側線感覚、一般体性感覚(触覚や温度覚など)、味覚を中継し、終脳背側野の非嗅覚性領域に送り込んでいる。

これは、哺乳類の視床─皮質路と酷似した回路構築である。ただこの糸球体前核群に関する遺伝子学的検討は行われていないようである。

おわりに

「魚類の終脳=嗅脳」という概念は完全な誤りである。同様に、「間脳から上の経路は独自の進化を遂げた産物である」という概念もまた恐らく誤りである。

哺乳類と異なり層状の皮質構造をとってはいないものの、大脳新皮質に相当すると思われる領域が存在すると考えられる。
共通祖先の段階ですでに新皮質に相当する構造は存在していた可能性が高い。

Eversionの機転、それがInversionへと転換した理由は、シーラカンスやハイギョなどの中間生物の研究がないため、目下のところ不明である。

付録

魚類の終脳における感覚表現」の付図を転載したもの。

金魚の脳
終脳と外套は同じものをさすが、「外套」は前脳を発生学的原基とすることを強調する意味で用いられる。「※」が視床、間脳と書いてあるのが視床下部に相当する。
B は前額面を描いたもので、背側野が外套、腹側野が外套下部となる。将来、外套は大脳皮質、外套下部は大脳基底核に発展していく。

村上安則・倉谷滋

2005年に雑誌に掲載されたレビューであり、若干古いかもしれない。また後脳に興味の中心があり、終脳については多少及び腰かもしれない。しかしこれだけわかりやすく書かれた解説はなかなかない。終脳関連部分だけをかなり端折って紹介させていただく。

要約

脊椎動物の主流から早期に分岐した無顎類ヤツメウナギの脳の理解は、脳形態パターンの進化を推測するにあたってきわめて有用である。

ヤツメウナギの終脳背側部は顎口類と類似するが、腹側部では、神経節隆起やGABA作動性ニューロンも存在しない。それらは、顎口類になってから獲得されたらしい。

脊椎動物の脳にはニューロメアとよばれる分節が現われる。そして特定のニューロメアからは特定のニューロンが分化する。

ヤツメウナギ後脳にもロンボメアとよばれる分節が存在し、分節に沿って網様体神経が発生する。この境界はHox遺伝子の発現境界に一致する。

鰓弓運動神経にも境界があるが、それはロンボメア境界と一致しない。なにか別の神経発生機構があると思われる。

はじめに

脊椎動物はきわめて多彩な形態をもち、地球上のさま
ざまな環境に生息している。形態は行動や生態と密に関係している。
生物の外部形態は、環境からの淘汰圧を受けてゲノムが応答し進化してきた。

形態に見合った特徴的行動を発現させるためには、神経系が整備される必要がある。

たとえば、哺乳類の視覚中枢は終脳(大脳)にあるが、鳥
類のそれは中脳にある。また、モルミルス目魚類の小脳
は脳全体を覆うほどに肥大している。

このような多様化の背景には、発生プログラムの変化がかかわるはずである、

本稿では、神経形態の進化過程を、おもに分子発生学的な見地から考える。

Ⅰ.脊椎動物の脳の起源

脊椎動物の起源については議論が多く、現在でも頭索
類(ナメクジウオ)と尾索類(ホヤ)のいずれが真の祖先に
近いのかは判然としない。
本稿では、頭索類を脊椎動物にもっとも近い動物群とし
て話を進めよう。

ナメクジウオには脊椎動物にみられるような脳は存在
しない。その神経管は前後軸にわたってほぼ均一なチューブ状であり、脊椎動物の前脳、中脳、後脳に相当するふくらみはみられない。
いっぽう、視床下部の雛形がすでに存在するとされる。

Ⅱ.ニューロメア

頭索類ナメクジウオと脊椎動物の脳のあいだに共通の構造は存在するが、ナメクジウオの脳にはニューロメアが存在しない。

ニューロメア(神経分節)とは、脊椎動物の脳の発生期に一過性にみられる分節構造である。1828年に発見されて以来、ニューロメアが特定のニューロンを生み出す基本ユニットと考えられている。

ニューロメアのような発生コンパートメントは、脳の組織化・形態的分化を階層的に組み上げている。

では、系統進化のどの段階で脳原基は分節化したのだ
ろう?

脊椎動物で最初にニューロメアが確認できるのは5億4000万年前に出現した無顎類である。無顎類は脊椎動物が顎をもつ以前に存在していた動物群で、古生代の水中で繁栄していた。

現生の無顎類であるヤツメウナギ胚の脳でもニューロメアが観察される。遺伝子マーカーも顎口類と類似する。

Ⅲ.ヤツメウナギの脳

ヤツメウナギの中枢神経系には、終脳、間脳、中脳、後脳が識別できる。それは顎口類と類似する。中脳、間脳の発生過程も顎口類と比較可能である。
したがって、これらの構造は脊椎動物の共通祖先においてすでに存在していたと考えられる。

一方、ヤツメウナギでは小脳の分化程度がきわめて低く、小脳核やプルキンエ細胞、下オリーブ核など、顎口類の小脳を特徴づける構造もない。

新しい小脳発生プログラムは、顎口類の分岐後に確立
されたと考えられる。

顎口類では中脳と後脳の境界部が小脳のパターン形成にかかわる。下オリーブ核など小脳系を構成する神経細胞は後脳背側にある菱脳唇に由来する。

ヤツメウナギの終脳にも謎が多い。

終脳は脳の最前端にあり、とりわけ哺乳類において著しく肥大している。

硬骨魚類では外翻(eversion)とよばれる独特の発生パターンを経て、蓋板が左右に拡大し反転型の構造をつくる。このため通常とは逆に、海馬が外側に位置する。

(ちょっとあっさりしすぎている。なぜ外翻したのか、なぜそれが外翻をやめて元に戻したのかは、大問題だと思うが…)

羊膜類では層構造が発達し、哺乳類にいたっては6層からなる新皮質が生ずる。

カメ、ワニ、鳥類を含む主竜類では背側脳室隆起(dorsal ventricular ridge)が発達し、視床からの入力を受ける。
鳥類の皮質相当領域では層構造が消失している。

(層構造は「消失」したのか、これについては後ほど検討する)

ナメクジウオには形態学的に終脳とよべるものはない。ヤツメウナギでは形態学的に終脳が確認でき、多くの嗅覚系入力を受ける。

では、無顎類ヤツメウナギと顎口類の終脳はどこまで比較可能なのだろうか?
脊椎動物の共通祖先はどのような終脳をもっていたのだろうか?

1、外套の進化

外套(pallium)とは、終脳の原基となる一区画をさす。ここから新皮質や海馬、嗅球などが形成される。

これをヤツメウナギにあてはめてみると、遺伝子発現ドメインが顎口類と同様のパターンで存在する。

ヤツメウナギの終脳は嗅覚系の情報処理だけを行なうが、視床から感覚入力を受けたり、辺縁系による制御をも行なう可能性がある。

外套をつくる発生プログラムは思いのほか古く、その起源は無顎類と顎口類が分岐する以前にまでさかのぼるといえる。

2、外套下部の進化

外套下部(subpallium)は終脳腹側部の原基となる。そこからは、線条体や淡蒼球など運動を司る領域が発生する。線条体は外側神経節隆起に、淡蒼球は内側神経節隆起に由来する。

ヤツメウナギのサブパリウムには、外側神経節隆起を形成する遺伝子はあるが、内側神経節隆起を生じる遺伝子は存在しない。
つまり、ヤツメウナギが顎口類の終脳最前方の要素を欠くということを意味する。

では、何が顎口類の終脳に内側神経節隆起をもたらしたのだろうか?
筆者らはhedgehog (LjHh)遺伝子の獲得が関係していると推測している。

Ⅳ、脊椎動物の後脳の進化


おわりに

脳は脊椎動物の系統進化においていくつもの大きなイベントを繰り返してきた。

中でも劇的だったのが、顎口類と無顎類の分岐以前、つまり脊椎動物の共通祖先の段階で生じた変化である。

その本質は、神経上皮の分節化というプログラムの獲得にある。同時にプラコードと神経堤細胞のシステムも整理され、末梢神経との関係ができあがった。

ついで、無顎類から顎口類が進化した後にニューロメアとHoxコードの統合が起こった。

さらに小脳と終脳の形態改変がおこなわれ、魚類以降の脳形態が基本的に完成した。


最後に「脊椎動物の脳の進化のシナリオ」という図があり、やや煩雑であるため、要点を文章で示しておく。

1.共通祖先からのナメクジウオの形成
この分岐には9項目の変化が必要であった。
その主なものは、
①神経管の形成
②運動神経の形成
③三脳の分離と確立
④眼の形成

2.ナメクジウオとヤツメウナギの分岐
この分岐には5項目の変化が必要であった。
①ニューロメアの形成
②前脳での外套形成

3.ヤツメウナギと魚類の分岐
この分岐には4項目の変化が必要であった。
①内側神経節隆起の発生
②交感神経幹の発生
③小脳系の発生
④外翻した終脳(ただし魚類のみ)

4.魚類と両生類の分岐
哺乳類、爬虫類、鳥類を含め、本質的な変化はない。

ウォールストリートジャーナル

ベネズエラ政権転覆狙う米国、次の矛先はキューバ
中露イランの影響力抑制も視野

By Jessica Donati, Vivian Salama and Ian Talley

2019 年 2 月 1 日 13:56 JST 更新


 【ワシントン】トランプ米政権によるベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領に対する失脚工作は、中南米への米国の影響力拡大に向けた新戦略の幕開けを意味する。米政権当局者が明らかにした。

 その視線の先にいるのはマドゥロ氏だけではない。50年以上も米国が中南米で最も敵視しているキューバのほか、最近同地域に接近しているロシアや中国、イランもだ。

 米政府はチャベス前大統領時代を含め長年ベネズエラを非難してきたが、トランプ政権にはキューバのほうが国家安全保障にとってより深刻な脅威だとみなされている。

以下略

分かることは…
ウォールストリートジャーナルのほうが、ロイターその他の一般メディアよりはるかに正確だ、ということ。

みなさんが、せめてWSJなみの知性をお持ちになるよう望みます。

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オットー・ディクス(Otto Dix) 略歴

1891年12月2日 ゲーラ近郊のウンテルムハウスに生まれる。生家は貧しい労働者の家庭。

1910年 ドレスデン工芸学校に入る。

1914年 第一次世界大戦に機関銃兵として従軍。3年間にわたり西部→東部→西部戦線を転戦、戦争の悲惨さを体感する。

1918年 負傷し軍務を離れる。

1920年 グロスとともにダダ→表現主義を掲げる。

1922年 新即物主義運動が勃興。ディクスとグロスが代表となる。第一次大戦後のドイツの貧困と堕落を赤裸々に描く。

1923年 油彩「塹壕」(Grabenkrieg)を発表。残酷な表現が賛否を呼ぶ。ケルン市長のアデナウアーはディクスを支持する美術館長を罷免。

1924年 「芸術家の両親」と銅版画シリーズ「戦争」(50枚)を相次いで発表。

1925年 マンハイムでディクスを中心とする「新即物主義」展が開かれる。

1927年 ドレスデン美術アカデミー教授となる。

1933年 ナチスが政権を掌握。その後、ディクスはアカデミーを解雇される。その後コンスタンス湖畔へ移り、素朴な風景画に切り替える。

1937年 ナチスがミュンヘンを皮切りに各地で頽廃芸術展(Entartete Kunst)を開催。ディクスの作品が多数展示される。展示理由は「反戦的な気分と兵役拒否を助長する」ため。

1938年 ディクスの作品260点が公的コレクションから押収される。

1939年 ディクス、反ヒトラー陰謀に加担したとして逮捕。

1939年 第二次世界大戦がはじまる。ディクスは国民突撃隊に招集され従軍する。

1942年 フランスのジュ・ド・ポーム国立美術館の庭で、退廃芸術作品600点が焼却される(ピカソ、ダリ、エルンスト、クレー、レジェ、ミロなど)

1945年 ディクス、フランス軍に逮捕され、捕虜となる。

1946年2月 ディクス、フランス軍から解放される。ソ連占領下のドレスデンを中心に活動を再開する。

1949年 シュトゥットガルト州立芸術アカデミーの教員となり移住。西ドイツに活動の場を移す。(英語版では66年までドレスデン在住とされている)

1969年7月25日 ディクス、脳卒中に死去(77歳)

画像は下記より転載

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  伊丹美術館のディクス展ポスター

壕の中で死んでいる歩哨
          壕の中で死んでいる歩哨
負傷兵
                負傷兵
突撃
             突撃
毒ガスの犠牲者たち
             毒ガスの犠牲者たち
マッチ売り
傷痍軍人
               傷痍軍人
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                 銃殺
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1.米国政府はベネズエラ政府転覆策動をやめるべきだ

米国政府は、ベネズエラへの内政干渉、とりわけ政府転覆を目的とした干渉を止めるべきである。 トランプ政権と同盟国にの干渉によって、ベネズエラの状況はさらに悪化した。そこでは不必要な人的被害、暴力、そして政情不安が引き起こされている。


2.親米派野党は選挙を通さない政権排除を狙っている

ベネズエラの政治対立は以前からのものである。ベネズエラは長い間、人種差別や経済格差によって分断されてきた。 
近年、その分断はさらに深まっている。その原因は、選挙以外のやり方でマドウーロ政権を排除しようとする野党の戦略がある。それを米国は支持してきた。

この戦略を巡ってベネズエラの野党は対立しているが、米国は強硬派の野党勢力を後押ししている。親米派野党は、暴力的な抗議活動、軍事クーデターなど、選挙を介さずにマドゥーロ政権を追放する目標を追求してきた。


3.経済危機は米国の制裁がもたらした

トランプ政権のベネズエラ政府に対する言葉遣いは、極端に攻撃的になった。今やそれは脅迫的なレベルにまでエスカレートしている。

トランプ政権の高官らは、ベネズエラがキューバ、ニカラグアとともに「暴政のトロイカ」を形成していると非難している。そして公然と「軍事行動」を口にしている。

米国の経済制裁は、米州機構や国連の名を借りて行われている。それと並び、米国の国内法や諸々の国際条約・協定の名の下で行われている。しかしそれらは違法な制裁である。

経済制裁によって、ベネズエラ政府のさまざまな困難は悪化の一途を辿っている。経済制裁は、ベネズエラが景気後退から脱出するための手段を断ち切ってしまった。

石油生産は劇的に減少してしまった。経済危機が悪化して、多くの人が命を救う医薬品を入手できずに死亡した。

にもかかわらず、米国など各国の政府はひたすらベネズエラ政府を非難し続けている。それは経済的なダメージを与える目的でしかない。これらの損害はまさに米国の制裁措置によって引き起こされたのだ。


4.いまや、軍事クーデターが準備されている

米国及びその同盟国は、ベネズエラを危機の瀬戸際に追い詰めた。アルマグロ米州機構事務総長やブラジルの極右のボルソナーロ大統領がマドゥーロ政権打倒を呼号している。

トランプ政権はグァイド国会議長を新大統領として承認した。これは明らかにOAS憲章に違反した行動である。

ベネズエラの政治危機は明らかに加速された。

米政府はベネズエラ軍を分裂させ、民衆を対立させて、否応なく二つの勢力に分断させたがっている。

トランプ政権は軍事クーデターを介して暴力でマドゥーロ大統領を追放しようとしている。彼らはその目標をあからさまに口にしている。


5.このままでは流血と混乱が避けられない

ベネズエラはハイパーインフレ、物資の不足、さらには深刻な不況に追い込まれている。そして政治的に分断された状態が続いている。

米国とその同盟国は、力の行使による超法規的な体制転換を認めてはならない。それを促進するための暴力を奨励してはならない。

トランプ政権と同盟国が見境のない方策を追求し続ければ、その結果として流血と混乱が引き起こされる恐れがきわめて高い。

米国は、イラク、シリア、リビアで行った政権転覆の企てから教訓を学ぶべきだ。さらにラテンアメリカで政権を転覆した長い、暴力の歴史からも学ぶべきだ。


6.最悪の場合は大規模な軍事衝突

ベネズエラの二つの勢力は、いずれも他方を打ち負かすことはできない。

例えば、ベネズエラ軍には少なくとも23万5千人の兵士、少なくとも160万人の民兵がいる。その多くは、米国の介入が拡大すれば、国家主権に対する信念に基づいて戦うだろう。

それだけではない。野党勢力が現政権を転覆するなら、その際に起こり得る弾圧から自身を守るためにも戦うだろう。


7.交渉こそが唯一の解決策

 このような状況において唯一の解決策は、交渉とそれによる平和的合意である。

かつてラテンアメリカ諸国では、社会が政治的に二極化し、内戦化したことがある。相互不信が長く強くなると、選挙を通じて意見の違いが解決できなかった。

このような場合、たとえばバチカンなどの調停役が合意への取り組みを主導した。

だがそのような努力は、体制転覆を望むワシントンとその同盟国からは、まったく無視されてきた。

ベネズエラで現在進行中の危機を解決するためには、その頑なな態度を改め、体制転覆一辺倒の戦略は変更しなければならない。


8.強力な調停団が必要だ

ベネズエラの民衆のために、そして国家主権の原則のために、国際的な行動力を持つ調停組織が結成されるべきだ。

その組織がベネズエラ政府と野党勢力との間の交渉を後押しすべきだ。

これによってのみ、ベネズエラはその政治的、経済的な危機を切り抜けることができるだろう。


すみません。「記事検索」窓に“ベネズエラ”と入れてブログ内検索してください。
などもご参照ください。

グーグルのネグレクト攻撃が始まった。ベネズエラ大使館のホームページが検索候補を外されたようだ。
私自身も一度経験があって、日大アメフト事件の際に日大理事長を辞任させないと問題は片付かないという記事を書いた。そのときに山口組の司組長と理事長の握手する写真を引用掲載した。アップ後2日目にその記事は検索ページの1ページめに掲載された。ところが3日目になるといきなり消えた。なんと記事名をそのまま載せて検索してもヒットしないのだ。
今回、大使館のホームページが消えたのも同様のメカニズムが効いているのではないかと疑ってしまう。
とりあえず下記の記事にリンクを張っておく。なお訳文は大使館訳に一部手を加えている。小見出しは私がつけたもの




ブリタニカ国際大百科事典 の解説を読む

「コトバンク」というサイトがあって、とても便利なものだ。例えば「脳」と入れると、各種事典の「脳」の項目の記事が併載されている。この中でブリタニカの記事が出色である。以下抜粋・紹介する。
無脊椎動物では一般に頭神経節が脳にあたる

ヤツメウナギなどの下等脊椎動物では脳は管状で,菱脳,中脳,前脳の3つの領域から成る。高等脊椎動物では変形するが,3つの領域は残される。

菱脳は後脳と延髄から成る。延髄は自律神経の中枢である。後脳は構造的に小脳と橋に分れる。小脳は筋肉の動きを円滑にし,体の平衡を保つ。橋は情報伝達の役割のみである。

中脳は視葉と呼ばれ,魚類と両生類では知覚統合の中枢として働く。爬虫類と鳥類でも,知覚統合に大きな役割を果している。しかし哺乳類では、何の積極的役割も果たしていない。

前脳は間脳と終脳から成る。間脳はさらに視床と視床下部に分れる。視床は延髄と大脳の中継地である。視床下部は性衝動,喜び,痛み,飢え,喉の渇き,血圧,体温,その他の内臓機能の重要な司令中枢である。

終脳,すなわち大脳半球は下等脊椎動物では嗅葉の一部である。高等脊椎動物では大きく発達し,脳の複雑な機能に関与する。
この解説は三脳説を柱とし、脳の構造・機能が過不足なく単純明快に示されている。大脳辺縁系の概念を排除しているのも痛快である。
一方、やや進化史的叙述が後景に退いており、三脳がたんなる連絡通路とされているのは賛成できない。大脳と小脳のあつかいについても不満が残る。

理研の「多細胞システム形成研究センター」のホームページに
脊椎動物の複雑な脳のルーツを探る」(2016年02月)という記事がある。内容を要約紹介する。

顎を持たず、対になったヒレを持たず、鼻の孔は一つしかない。円口類は原始的な脊椎動物と位置付けられ、私たちヒトを含む顎口類の共通祖先と分岐したのは5億年以上前と考えられている。現在生存が確認されているのはヌタウナギ類とヤツメウナギ類の2グループだけだ。

書き出しはなかなか文学的だ。
(理研では)円口類にはないと考えられてきた「内側基底核隆起」ならびに「脳菱唇」と呼ばれる2つの領域が実は存在していることを突き止めた。
脊椎動物の脳の基本構造は5億年以上前にすでに成立していた可能性がある。
ということで、一種の「逆張り」研究である。すなわち円口類と顎口類との間に進化上の飛躍はなく、むしろ連続性が強調されるべきだとしている。

以下は、抜書き

※ 内側基底核隆起(MGE): 大脳の最も腹側の領域で、ここから表層の大脳皮質へとGABA作動性抑制ニューロンが供給される。

※ 菱脳唇: 第4脳室の背側に位置し、なめらかな運動を司る小脳の起源となる。

※ これらは顎口類が円口類と分岐した後に獲得した構造であると考えられてきた。しかし今回の研究で、ヤツメウナギ胚にもMGEおよび菱脳唇が存在することが証明された。

※ これにより脊椎動物の脳の基本パターンとも呼べる構造はすでに完成していたことが明らかになった。

それで、これが著者の提起した模式図だが、初めて見た絵であり、なんとも評価しかねる。

円口類と顎口類

感想をいくつか

※ 同じ円口類でもヤツメウナギとヌタウナギの間には相当の差異があり、ヌタウナギはヤツメウナギより進化しており、ヤツメウナギと顎口類との中間点に位置するような印象を受ける。

※ 絵そのものが私の見慣れたものとは異なっている。

前脳はヤツメウナギの発生当初より存在せず、間脳と大脳に分かたれる。そこには終脳の発生過程も大脳への転化過程も描かれない。

私の考えるにはMGEを“大脳の最も腹側の領域”と考えるのは、時間軸上を転倒した発想である。発生学的事実は前脳の背側に内側基底核隆起(MGE)が隆起し、そこを母体に大脳が増大していくのである。

前脳(間脳)は視床と視床下部の接合を伴って形成されると思うのだが、、この過程は無視される。間脳は破線を以って3分化されているが、その意義も不明である。

菱脳が後脳と延髄に分化する過程も描かれていない。

もっとも奇異に感じるのは前脳の前方に位置すべき嗅脳が当初より無視されていることだ。

つまり、一言で言ってこの絵は粗雑であり、私たち年寄の抱く常識とは全くかみ合わせがつかない。従ってとりあえず、この絵は受け入れられない。従って円口類より“大脳”が存在するという説も受け入れられない。もう少し実験結果で言えることを、風呂敷を広げずに、事実に絞って語るべきであろう。

脳科学メディア から


6億3000万年前:刺胞動物の登場。『散在神経系』と呼ばれる神経網を形成。

5億4200万年前:カンブリア紀の開始。海中には多様な生物が出現し、その多くが神経細胞が集合した“神経節”を獲得した。この集中神経系が、やがて『脳』となる。

5億2400万年前:無顎類(ヤツメウナギの祖先)が登場。

4億6000万年前:顎口類の登場。ミエリン鞘を獲得し神経伝達速度を高める。その後の進化により、終脳(=大脳)が大きく拡大。
さらに顎口類において、脳の前方に存在していた鼻孔の位置が移動した。これにより終脳を形成する空間が確保された。

3億7000万年前:両生類の登場。魚類の一部が両生類となり、陸上へと進出した。脳幹が大部分を占め、大脳・小脳の割合は低かった。また『嗅球』が大きいという特徴があった。

以下、脳進化に関する記述が続くが、2016年の記事としてはやや古めかしいものだ。

この記事で注目されるのは無顎類が顎口類に進化する過程での「断絶」だ。

それは髄鞘化と嗅覚機能の移転だ。とくに後者が注目される。

ここで顎口類の脳の勉強へとシフトしていきたい。]

円口類から顎口類への飛躍

顎口類というのは面倒なカテゴリーだ。
どの世界にも分類マニアがいて、厄介な定義を作る。それは無視しよう。
要するに、サメ,エイなどの軟骨魚類のことだ。発生学的にヤツメウナギより高等で硬骨魚類より未発達な徒だ。
その多くはすでに絶滅しており、古生物学の対象でしかない。
それらも含め、円口類から顎口類への進化がいかに巨大な飛躍だったのかを知らなければならないだろう。その一つとして終脳の出現があったということを確認すべきであろう。

ネット上ではあまり系統的に書かれたものはなさそうなので、とりあえず落ち穂拾い的作業から開始していくことにする。

JT誌生命研究館のサイトから「顎から生まれる可能性」という記事

※ 円口類(ヤツメウナギ)と顎口類を比較する。顎を獲得した魚は餌を噛み砕いて食べられるようになった。そのため中脳回路や顎を動かす三叉神経も発達した。
新たな食物対象を捕らえるべく、脳は前方へ発達し、大きくなった。また食物を介した感染に対処するため胸腺を始めとする免疫系が発達した。

※ 新しい器官や組織が誕生するとき、遺伝子の数が増えることが多い。これは遺伝子重複と呼ばれる。

※ 新しい機能を発生させるとき、1から新たに遺伝子を創造するより、既存の遺伝子を重複させ、新しい機能に作り変える方が簡単だ。

※ ニワトリとヤツメウナギのゲノムを比較すると、2回の全ゲノム重複をおこした後分離してきたことが確認できる。

*ヤツメウナギに始まる脊椎動物と、その祖先とみられるホヤ幼生とのゲノムを比較すると、ここでも全ゲノムレベルの重複が2度起こっている。
genomutyouhuku

※ 顎口類で増大する遺伝子のほとんどは、期待通り神経間のシグナルに関わるペプチドや、神経をミエリン鞘で囲むために必要な遺伝子群だ。

※ 八つ目ウナギの免疫系は、顎口類の免疫系とは異なった独自のものである。

* しかしゲノム変化と新機能の照応関係はほとんど分かっていない。
後脳の分節化に着目した遺伝子が検討されている。ここでは、Hox遺伝子が顎口類における後脳の分節化に関わっていると推測されている。


ゲノムの話はとりあえず置いておく。
顎ができる、つまり獲物を適当な大きさに噛み切れるという能力は、脊椎動物に巨大な可能性を与えたようだ。この咀嚼能力の獲得に関連してさまざまな能力が開発される。それが脊椎動物を生物界の王者に仕立てたということのようだ。
脳の続発性変化が幾つか取り上げられているが、それ以上の言及はない。
咀嚼・嚥下に関わる運動神経、獲物を探し、殺し、食べるための脳の発達。とりわけ嗅脳→終脳の転化と狩猟関連神経の髄鞘化、この2点が強調されている。
「かなり私の認識も一気に進んだな!」という実感がする。

三脳説と大脳の起源

三脳説は私なりにきわめて合理的な理論だと思うが、残念なことに脳の最大にして最重要な要素である大脳を、その起源や発達過程において説明できていない。
いろいろ考えてみたが、大脳はすでに魚類において出現しているという事実を受け入れた上で、ナメクジウオ→ヤツメウナギ→サメ→硬骨魚の発達過程と、魚類における適応拡散の関係をもう一度たどることぬきに問題は解決しないことに気づいた。

とりあえず、もう一度、虚心坦懐に魚類の脳に関する知識を吸収することにする。

名古屋大学農学部の山本直之さんのページである。面白いところだけ箇条書にしておく。ただしこれらの記載から何をくみ取るかはなかなか難しい。

魚の脳のパーツは生態により多様

※夜行性のウツボは目をあまり使わず、匂いで好物を探すため「嗅球」が巨大です。

※視覚に依存するカワハギでは、視覚を受け持つ視蓋がとても大きい。

※魚には味蕾が身体の表面にもある。コイにはその味蕾がヒゲに多数あります。味蕾でキャッチした情報は「顔面葉」で処理される。コイの顔面葉は大きい。

※ゴンズイは左右にヒゲを4本ずつ持つ。その顔面葉にはヒゲに対応した「地図」がある。そのため獲物の位置がわかる。
ごんずい

※ゴンズイは水流によってヒゲを漂わせているだけだが、ヒメジはヒゲを自ら動かしておいしいものを探す。

※フナ: 咽頭に味覚がある。これが迷走神経の迷走葉に送られて処理される。コイの顔面葉は迷走葉の中心に位置する

※ヒメジの顔面葉はヒトの大脳皮質のように層状構造をしていて、しかもしわが入っています。大量の感覚と運動系の情報を処理するために大きな面積が必要なためです。

※イシモチは夜間に波打ち際まで来て餌を探す。波に揉まれてもバランスを保つため小脳堤の内部が巨大化した。

※ホウボウには胸ビレの変化した足がある。ここに感覚器が集中していて、その知覚繊維は脊髄に集中する。

以下略

「バジュランギおじさんと、小さな迷子」という映画を見てきた。
インド映画で、お定まりのインド風美男美女が出てきて、歌も踊りもあってという映画だ。
ただ普通のインド映画と違うのは、絵がきれいで美しく、音楽がきれいで、主演の女の子が可愛くてと、要するに極上の通俗インド映画だということだ。インド・パキスタンの果てしない対立も背景に取り入られて、単純な娯楽映画にとどまらないメッセージ性を与えている。

幕開けからいきなり、空撮によるカシミールの山並に圧倒される。インドの夜汽車の三等車がこんなにも優しく美しく撮れるなんて…
そして息つくまもなく、子役マルホートラの笑顔と、ド派手なダンスシーンが交互に、「これでもか!」とテンポを変えて五感を攻め立てる。
音楽もこれまでのシタールと太鼓のほんわかムードとは違い、アップデートでビートが効いた、踊りだしたくなるような曲だ。これならサントラ盤も売れるだろう。

欠点はちょっと長いことで、館内がうすら寒かったこともあって、二度もトイレに行く羽目になった。我々からするともう少し刈り取りが必要かなと思うが、インドの観衆にとっては必要な長さなのかもしれない。
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以下はバチカン・ニュースの24 January 2019号

日本の新聞記者は突然、みな英語が読めなくなったのか、下記の発言には目もくれないようだ。
“In Panama, the Holy Father has been informed of the news coming from Venezuela and is closely following the situation as it evolves. He is praying for the victims and for all the people of Venezuela. The Holy See supports all efforts that help save the population from further suffering” 
訳すと嫌みになるので、そのまま掲載する。

フランシスコ法王がベネズエラでの与野党和解を調停し、大統領選挙の実現に尽力したことは、ラテンアメリカでは周知の事実である。

ただし、ベネズエラのカトリック教会はむかしから石油寡占層と一心同体で、教会ヒエラルキーは反政府派の最強の牙城の一つである。
バチカン本庁も当初からその線で動いている。フランシスの言動を快くは思っていないかもしれない。

一連の動きは客観的に見て何なのか。

国内的にはクーデターの発動であり、国際的にはアメリカによる政府転覆の企てだ。さらに言えばメディアがそれらに目をつぶり、事実上クーデター派に大義名分を与えようとしていることだ。
核心的事実はそれしかない。ベネズエラ政府側にも落度があるとか、物資が欠乏しているとか、国外難民が多発しているとかは、一国の政府を否定しうるような核心的事実ではない。

ベネズエラ問題で一番大事なことは、ベネズエラ政府及び民衆に加えられた、これら一連の無法で無慈悲な攻撃が、決してベネズエラのみを標的としたものではないことである。
反政府宣伝で根っこを引き剥がし、関係諸国を無理やり動員して、ドルと金融システムを用いた経済制裁で弱らせ、最後に国家主権を無視した暴力的手段で崩壊に追いやる手法が、最大の国際問題なのである。それは100年前からラテンアメリカで繰り返されてきた「CIAマニュアル」の忠実な再現だ。

経済危機というが、それはアメリカの経済・金融封鎖がもたらしているものだ。ベネズエラの医薬品不足・食料不足はベネズエラが買えないからではなく、アメリカが売らない、売らせないからだ。ドルがないのは、アメリカ政府が銀行の支払いを凍結させているからだ。
それはファーウェイを抱えた中国への脅しにもなっている。「次はお前だ!」

いまアメリカは世界の覇者として君臨している。圧倒的な力を持つ国家が、気に入らない国をこのような形で潰していくことが許されるならば、世界のすべての人々にとって「明日は我が身!」だ。

以下、ALBA声明を転載する。

ALBA声明Jan2019

「5G」について
がとてもわかり易い。なぜかというと、記事そのものが“PRESENTED BY ファーウェイ・ジャパン”だということ。記事の書かれたのが事件発生後の2018年12月07日だからだ。
これを読むと、5Gが何なのかだけでなく、なぜそれがファーウェイで、なぜファーウェイが狙われたかまで全部分かるからだ。

ICTというのは情報・通信技術のこと。以前はITといったが、情報インフラである通信が重視されるようになった。TVでいうと、番組のコンテンツが情報で、受像機がインフラだ。番組を作るのはヤクザな虚業だが、受像機を作るのはカタギの実業だ。どちらが偉いかは子供でも分かる。

5Gというのは第5世代の意味。
1G:アナログ携帯電話
2G:デジタル化
3G:高速データ通信 (光ケーブル)
4G:スマートフォン用通信 (電波)
5G:1平方キロメートルあたり100万台以上のデバイスの同時接続が可能となる。
ということでキャパの容量が桁違いということらしい。それ以上のことはわからない。

5Gの経済効果については様々な研究所で試算が行われており、2023年には30兆円とも予測されている。
5Gの最先端市場は中国で、基地局数がアメリカの10倍ともされている。牽引するのは、ファーウェイだ。その売り上げの約50%は通信事業。研究開発への積極投資を続け、毎年売上高の10%以上を投資している。

1月20日、オックスファムが定例となった世界での不平等の実態に関する年間報告「公共の利益か、個人の富か?」を発表した。

(Ⅰ) 骨子は以下の通り。

1.26人の大富豪が世界の貧困層38億人分の富を所有している。17年の時点では43人だった。

2.貧困層の資産は1年で11%も縮小した。大富豪の資産は12%も拡大。1日に25億ドルずつ増えている。

3.08年の経済危機以来、大富豪の数が倍増した。近年における彼らの納税額は最低額である。

*「大富豪」は資産10億ドル以上のビリオネアを指す。
*「貧困層」は中央値以下のボトム・ハーフ(貧しい半数)を指す。

(Ⅱ) 格差の年次推移

格差が過去10年間でどう変化しているかを示したのが次の図である。

図 大富豪の数

大富豪の数
リーマン・ショック後の一時的な収入低下は、早くも1年後に底を打つ。その後は一本調子に懐ろが膨らんでくる。
ビリオネアの数は10年間で2.8倍に、その総資産は3.2倍に増えている。平均年率で30%だ。これは少なく見積もってGDP成長率の10倍に相当する。このような寄生虫に取り憑かれたら一刻も早く駆除しなければ、確実に宿主は死亡する。

(Ⅲ) 格差の理由: オックスファムのコメント

以下のような要因の複合によると考える。

1.「情報通信技術」(ICT)による生産手段の寡占

2.「企業買収」による資本の集中

3.グローバル企業による悪質な租税回避

4.法人税の過剰な引き下げと「底辺への競争」

5.医療や教育予算の削減

6.富裕層への優遇税制

* 世界経済フォーラムの推計では、世界中で生産プロセスがAI制御されると,今後10年間で100兆ドルの経済価値が生まれる。
* 米国の労働生産性は、2000年を挟む10年間の好況期で2.3%伸びた。しかし下位90%層の所得成長率はマイナス0.2%だった。

私の感想として、これらの「格差の背景」は、民主主義だけでは片付かないものがふくまれている。「民主主義的な社会主義」が必要だ。それとともに国連中心主義を軸とした多国間主義も必要。


時代を読む3つのキーワード: 格差社会・超帝国主義・民主的社会主義

これが、北海道AALAの2月号に載る予定の、ちょっと遅めの、ちょっと先走った年頭の辞です。

この間、かなり根を詰めて勉強してきて、感じたのが格差社会、超帝国主義、そして民主的社会主義という3つのキーワードだ。

1.格差社会
格差社会は現在の世界をもっとも強烈に形作っている特徴だ。これが社会の歪みを生んでいるし、その歪みがますます格差社会を助長している。貧困が問題なのは可哀相だからだが、格差が問題なのは不正義であるからだ。
今日の世界の政治問題のほとんどは格差社会のなせるものとして説明できる。なぜなら格差が大きいほど政治は容易に買えるようになるからだ。これはある程度まで真実である。1%の人々は票や世論を金で集め、“民主的に”政治を支配することができる。
この歪みの深化の過程、人々の抱く怒りと無力感の構造、社会意識の液状化メカニズムをもっと鮮明に把握しなければならない。
この格差社会は決して自然に生じたものではない。それは「ネオリベラリズム」がもたらした災厄である。それはアメリカ政府とその手先の機関が世界に押し付けたものである。それは血まみれの姿で歴史に登場したのである。

2.アメリカ帝国主義の再活性化
アメリカこそが軍事・政治上の覇権を握り続けてきたのだが、それが名実ともに帝国主義の名にふさわしい相貌を呈してきたのは、じつはこの10年のことではなかったのか。
それがGAFAなどに象徴される、情報産業分野での圧倒的な優位の獲得であり、それにもとづく金融支配と経済覇権の掌握であったと考えられる。
これまでの覇権に加え、独占的な経済・金融手段を獲得したアメリカ帝国主義は、有力なライバルと目されていた中国に突如コブシを振り上げ、一撃で打ちのめした。

3.「超帝国主義」の出現
あまりにも巨大な「超帝国主義」の登場に思わず足がすくんでしまうが、逆に言えば戦いの相手がはっきりと姿を現したことで、世界の99%の人が団結して戦うべき目標が定まってきたとも言える。
ではこの「超帝国主義」とどう戦うのか。99%の人々が団結して、1%の人間の支配するディストピアの実現をどう阻止するのか?
それが方向づけされ、共同目標が明らかにされなければならない。それは怒りと抗議、正義と公正の要求にとどまってはいられない。
その作業は世界中で取り組まれることになると思うが、いくつかのクライテリアが提出されている。例えば人間的尊厳の無差別な尊重、人として生きていく権利の平等、コミュニティーの自生する権利などが挙げられると思う。

4.民主主義的社会主義の旗印
これらの権利を超帝国主義に対し主張していく際に、念頭に置かなければならない点が一つある。
それは、この格差社会と超帝国主義が第二次大戦後の戦後民主主義の中から育ってきたということである。レトリカルに言えば、超帝国主義は戦後民主主義の申し子なのであり、一般的に民主主義のスローガンを対置するだけでは解決できない問題をふくんでいる。すなわち社会主義の観点が必要なのである。
バーニー・サンダースは今、「それを民主主義的社会主義と呼ぼうじゃないか」と呼びかけている。アメリカ帝国主義の胃袋の中で闘いつづけてきた彼には、あえてみずからを民主的社会主義者と呼ぶしかなかったのだろう。
たぶん「社会主義論」は議論の多い課題にはなるだろうが、運動の性格付けをする上で避けて通れない課題だと思う。オカシオ・コルテスのような若手活動家は何のためらいもなく民主的社会主義を叫んでいる。
時代は変わりつつあるのだ。

ブロゴスでサンダースがグリーンスパンを相手に行った質問(というか糾弾)を紹介している。

サンダースと連邦銀行議長グリーンスパンとの論争」という題名で保立道久さんが執筆している。

保立さんという方は、本職は歴史学者のようだ。大変背筋の通った文章を書く人で、サンダースに惚れ込んでいるようだ。

サンダースの議会発言についてだが、サンダースは何度も上院で質問しているようだ。その一つがYouTubeにアップされ、それを保立さんが紹介したという経過らしい。
Bernie Sanders tell Alan Greenspan, in 2003, that Americans are not living the way that Mr. Greenspan imagines they are.
と紹介されている。
あなたは我々の国の中流や働く人びとの方をむかず、強大な企業の利害を代表してばかりいる。
億万長者のカクテルパーティの方ばかり見るな。あなたは数千万の労働者を侮辱している。

あなたが正直な人間であることは知っているが、あなたは現実世界で何が起きているかを知らない。
中流階級の崩壊、巨大な格差、普通の家庭からは大学にもいけない。これはあなたの時代に起きたことだ。

それにも関わらず「経済はよくなっている」というのか?
最低賃金を抑え、飢餓賃金を強制し、億万長者には減税…
一体あなたは何をやっているのか?
サンダースの批判にもかかわらず、グリーンスパンはそのウォール街優遇や最低賃金の抑圧方針をかえなかった。

そして金融緩和一本槍の方針をとり続けた。
結局、彼はリーマンショックの後、自己の誤りを認めるところに追い込まれた。

サンダースは議会で、「あなたのイデオロギーがまずかったのではないか」と詰めよった。
これに対しグリーンスパンはこう答えた。
私のイデオロギーに欠陥があった。それがどの程度の意味をもち取り戻せないものかはまだわからないとしても、非常に苦しんでいる。
最後に保立さんはこうコメントしている。
リーマンショック後のグリーンスパンは真面目な人だけにショックは強かったようだ。 しかし、個人はどうあれ、客観的には、ようするにマネタリズムとは無能と不作為の弁明…にすぎない。
アメリカ特有の実務学問である。


これについての私の感想。

そういうのをプラグマチズムというのではないか。さらに言えばマネタリズムのプラグマチズム版だ。
現象を束にして実体であるかのように概念操作する。刺激→反応系で見ていくから一見科学的で“弁証法”的でさえある。
しかし、彼らは「物自体」に迫ろうとはしないから、結局「現実に盲る」ブザマなカント主義者に陥っていくのである。

サンダースのビジョンと言葉 
Morality and Justice May 9, 2016の演説

サンダースの政策とか調べたが、どうも羅列的で、いまいちピンとこない。
彼の思想は結局言葉で示されたものを、我が解釈しふくらませ、突き合わせ、整序していくべきものなのだろう。

ここではニュージャージーでの演説を取り上げている。下記は保坂展人さんが和訳したものである。


冒頭部 略

…大勢の人たちが長時間労働を強いられ、誰が見ても低い賃金で一生懸命働いています。それでも、家で待っている子どもたちがまともな食事にありつけるだけの収入は得られない。

そんな状況に正義はありません。

アメリカ合衆国が、世界の主要国の中でもっとも子供の貧困率が高いという状況に正義はありません。
私たちの国は、世界で最も多くの人間を投獄するために多額の金をつぎ込んでいます。それなのに、自分の国の若者たちに仕事や教育の機会を与えるための金を惜しむのです。

私たちの国は主要国の中で唯一、権利として全国民に医療の保障をしていません。
全員、神の子なのです。貧しい人も、病気になったら医者に診てもらう権利があるのです。

考えてみてください。この偉大なる国が持つ可能性を。

他の主要国と同様、すべての人に権利としての医療を保障できる国になれるのです。
あらゆる働く親が、安くて質の高い保育を受けられる国になれるのです。
あらゆる子どもたちが、親の収入に関わらず大学教育を受けられる国になれるのです。
あらゆるお年寄りが、尊厳をもって、安全に暮らせる国になれるのです。
あらゆる人が、どんな人種や宗教、障害、性的指向であろうとも、生まれながらに十分保証されている、アメリカ国民としての平等の権利を享受できる国になれるのです。

みなさん、私たちはそのような国を作ることができるのです。
ともに立ち上がましょう。人々を分断させてはなりません。

アメリカの歴史は、人間の尊厳のために闘ってきた人たちの歴史であり、もがき苦しんできた人たちの歴史です。
彼らは「私は人類の一員だ。私には権利がある。あなたには私を不当に扱うことはできない」と闘ってきた人たちです。

人々は労働組合を結成し、抗議しました。そして命を失い、暴行され、投獄されました。
大勢の人々が立ち上がり、闘うとき、彼らは勝利するのです。



サンダースの社会主義はきわめて倫理的なものである。それは魂を揺り動かす社会主義である。
道徳というのは天の道であり、正義とは個々人におけるその表現なのだ。

さらに諸個人・諸組織の関係が公正であること、生存権において平等であること、個人の尊厳にもとづいて権利が尊重されること、隣人愛にもとづいて福祉がもたらされていることなどが加わる。
そしてこれらこそは、「自由と民主主義」を奉じる現代社会において、強者の手によって著しく毀損されているものだ。

実はこれが社会主義なのではないか。ジャングルの掟にもとづく弱肉強食の世界が資本主義であるとするならば、社会主義はそのような資本主義へのアンチテーゼである。

それと同時に、社会主義は超歴史的に人類のあるべき社会を描いたものであり、今後、資本主義を超えたところに作られるべき未来の人間社会を描いたものなのではないか。







去年末に行われたアメリカの中間選挙について、日本では「トランプよくやった」論が蔓延している印象を受ける。一度しっかりした数字を把握し、それに基づいて議論すべきだろうと思う。

中林美恵子さんの「中間選挙における女性当選者の大幅増加」という文章から、要約紹介する。

反トランプを示した中間選挙

中間選挙としては過去100年で最高の投票率49.6%となった。

投票所に行った理由として、38%がトランプ大統領に批判票を投じるため、26%がトランプ大統領を支えるためと答えた。

女性投票者のうち59%は民主党に投票。共和党は40%にとどまった。一方で男性の51%は共和党、民主党に投票したのは47%であった。

30歳未満の若い有権者の67%が民主党に投票し、32%が共和党に投票した。

女性とマイノリティーが支えた民主党

選挙結果では、下院で民主党が共和党を約4%ポイント上回り(51.2%対47.1%)、上院では民主党が約15%ポイント上回った(56.9%対41.5%)

知事選挙では6つの州で勝利し、とくにラストベルト3州で知事を奪還した。また南部の「サンベルト」3州で善戦した。

上下両院の女性議員は総計126人で史上最高。新人議員は、そのうち39人を占める。民主党106人、共和党20人だった。有色人種の女性が47人、1人を除き民主党。

注意すべき数字

中間選挙直後のトランプ大統領の支持率は全体では38%だった。
しかし共和党支持者の中では91%にまで達した。共和党は「トランプ党」に変貌しつつある。

共和党がもっと大きく議席を減らすと信じていたリベラル派にとって、別の世界が着実に広がっている。

アメリカの民主社会主義

中間選挙後、米民主社会主義者(DSA)が声明を発表。
「私たちは、長年の停滞期を経て、米国の社会主義運動の復活を示した」と述べる。
オカシオ・コルテスら連邦議員に加え、州議会議員も含めて約40人を当選させた。
支援候補も健闘した。総計330人の候補を擁立し、そのうち90人が当選した。
2016年以来、DSAに5万人近いメンバーが加わった。カリフォルニア州やワシントンDC、メリーランド州など、海岸沿いのリベラルな地域を中心とする。

地方に根強い保守主義

地方の民主党は、この動きに強い反感を抱いている。都市部と地方の分断が深まっている。
都市部では民主党支持が計62%、共和党支持が計31%となっている。

一方、地方では共和党支持が計54%、民主党支持が計38%となっている。これは南北戦争前夜を思わせる分裂だ。


米中新冷戦と「2019年国防権限法」

不勉強で知らなかったが、アメリカの中国攻撃は半端なものではなかった。

武者陵司さんの「米中対決の真のリスク……カギはドル調達に」というレポートが、米国の狙いとやり口を要領よく説明してくれているので、紹介する。


「2019年国防権限法」とはなにか

昨年8月に議会を通過、成立した。実質は「対中経済戦争法」

①従来からの外国投資規制と,輸出管理規制が一本化された。
②米国政府機関と“国防総省が指定する中国企業”との取引を禁止する。(当面はファーウェイなど中国企業5社)

問題点は

①制裁対象が政府の裁量次第で拡大する危険。
②指定された企業と取引した企業も制裁対象。非米企業も例外ではない。
③制裁の範囲が広がると、指定された企業はグローバルビジネスから締め出される。

恐怖のSDN(特別指定国)対応

米国財務省がSDNに指定すると,米国金融機関との取引ができなくなる可能性がある。
ドル決済が停止され、ドル送金など外為取引の禁止,米国内資産凍結などが実施される。

この制裁は実はラテンアメリカではすでにおなじみのもので、古くはキューバ、この2,3年はブラジル、アルゼンチン、チリ、エクアドルなどすべてこの手でやられた。いまベネズエラが必死の抵抗を続けている。
アメリカはラテンアメリカでこのように非道な人体実験を行った後で、この方式を中国にぶつけたのである。
8月13日がタイムリミット

国防権限法は今年8月から施行予定となっている。ただし8月から施行されるのは中国5企業のみで、来年8月には5企業と取引する第三者企業も取引禁止となる。
すなわち善意の第三者がファーウェイなどと取引することは事実上できなくなる。
取引銀行のうち、すでにHSBCは取引を停止した。これに続きスタンダード・チャータード銀行が打切りの方向だ。シティーグループだけがまだ取引を続けている。



老婆心ながら、習近平に一言言っておきたい。「韜光養晦」(目立つな、出しゃばるな)という鄧小平の教えをどうして守らなかったのだ。
もしそれが軍のせいだとしたら、この外圧は国軍への再編、文民統制と法治主義に向かうチャンスだ。決して逃すべきではない。

一ノ瀬秀文さんが亡くなったそうだ。
96歳だから、もう惜しいとは言えない歳だ。昭和19年に大阪商大事件で治安維持法違反。生き延びたのが不思議なくらいの人だ。
昭和37年に「経済」という雑誌が創刊されて、常連執筆者だった。
巻頭論文を30ページ位書いて、「この項つづく」と予告しながら、続編が載らなかったことも一度ならずある。
経済2号

多分、「おもろいおっさん」だったのだろうと思う。文章はたしかに我々ごときシロウト学生にもそう思わせるところがあった。



一ノ瀬さんの「現代の帝国主義をどうとらえるか」

という文章は、その「面白さ」が溢れ出るような文章だ。要約を紹介しておく。

革命運動にとって,これまでとは違う政治的,社会的情勢が現れたとき,それはなぜか,その客観的条件の本質的変化を解明する必要がある.

1.「グローバリズム」は帝国主義のあらたな一段階

資本主義の,帝国主義のあらたな一段階としてとらえる.とりわけ金融資本,独占資本,これと融合した国家機構のあらたな一段階としてとらえる.

多国籍企業の支配を基本的カテゴリーとし,多国籍企業こそ現代帝国主義の本質とする論者がいるが,これは間違い.

多国籍企業は,各国の金融資本によるトラスト形成を現象面から見たものに過ぎない.それは,各国国内での競争とカルテル形成の延長線にあるものとしてとらえるべき.

金融独占資本が存在する限り,その政治的代理人としての国家・政府はなくならない.さらにドル基軸体制という,一種の「フィクション」を支えているのも諸国家=独占の意思に基づいている.

とりわけ問題になるのは,「自由競争には民主主義が照応し,独占には政治的反動が照応する」というテーゼの現代的解明.

2.アメリカ覇権主義の再確立としてみる

第二次大戦後のアメリカ覇権主義の確立,その動揺と,ソ連崩壊以降の覇権再構築という三つの段階のなかで読みとっていく.とくに「動揺期」の客観的分析が必要.

この期間,米国の動揺にもかかわらず,資本主義はむしろ史上最大規模の発展を遂げた.そのための武器は覇権主義の確立のために創設された各種国際機関(ブレトン・ウッズ,国連,OECDその他)と,ドル基軸通貨体制だった.

第二次大戦後の変化は主要にはアメリカ覇権主義の確立であり,社会主義体制の出現ではない.

3.情報や金融技術はアメリカの創業者利益である

現在のアメリカの好況はコンピュータや情報などの面におけるアメリカの圧倒的優位にもとづく,一種の創業者利益である.それは産軍複合体が生み出した民生面での貢献である.

クリントン政策や,グリーンスパンの成功によるものではない.露骨な経済覇権主義はむしろ米国の支配基盤を弱めている可能性がある.


グローバリゼーションの四つの意義

1.一般的意味としての「国際化」という意味では,戦後の経済体制がそもそもグローバル化を目指したものである.その意味ではこと改めて強調するものではない.

2.グローバル産業(多国籍企業)の出現ととらえることもできる.しかしこれは,国際的なトラスト形成ということに本質があり,各国独占資本の利害調整の側面をしっかり見ておく.

3.情報,交通手段の発達を基礎に,金融資本そのものの国際化が進んだ.金融資本が世界を相手に取り引きできる技術的能力(バクチ的能力)を獲得した.いわゆる生産力レベルでの国際化.

4.世界の1/3をしめた社会主義圏の崩壊と,市場経済の組み込みによる海外市場の爆発的拡大.既存の地域共同市場の自由経済化.

 
「そのとおり!」と叫びたくなるところと、「うーむ?」というところが混じっていて、刺激的な文章だ。
コンピュータや情報などの面におけるアメリカの圧倒的優位にもとづく,一種の創業者利益 という表現はシュンペーターを思わせる。

ハードディスクの書庫を引っ掻き回していたら、以下のような文章(の断片)が出てきました。おそらく、AALAの総会方針を書いたときのものだと思います。
我ながら、20世紀末の状況を的確に把握しているなぁと思い、再掲することにしました。

20年経ってますます明らかになっていることは、この間の「グローバリゼーション」が、本質的にアメリカ帝国主義の一極支配の確立プロセスだということです。
だから我々は、「アメリカ帝国主義は衰退しつつあるのではないか」とか、「超国家企業の前に国家は消滅するのではないか」などという考えを捨てなければなりません。


21世紀を迎えようとする今,世界の情勢は極めて混乱した状況を迎えています.もちろん第三世界における人種,宗教,国家間の紛争も相変わらず続いています.その大本となる,先進国による途上国の収奪の体制も強められています.

しかし一方において,米国を中心とする情報産業の発展.金融ネットワークの広がりにも目を向けられます.その善悪はともかく,情報化によって世界が根本から変わってしまうのではないか,19世紀の産業革命が世界を変えたのと同じように,インターネットを中心とする「情報革命」がまったくあらたな時代を作るのではないか,そんな感想もあります.

グローバリゼーション,あるいはグローバリズムという言葉は,そのような思いを代弁するかのような姿で登場してきました.とくに好況にわき返るアメリカでは,情報にかかわる技術革新のおかげで,世界中の富が集まってきた,失業率も最低になった,ということでグローバリゼーション万歳の声が強まっています.

グローバリゼーションという思想の結論は,国家の消滅です.ボーダーレスの時代の到来とかいわれます.電話回線(衛星通信とか光ファイバーとかディジタル通信網とかいろいろ並べますが)ですべてがつながり,情報がすべての人間の共有するものとなれば,国家の意味はなくなる,というわけです.そして国家に代わるあらたな主人公は国際金融市場です.そして投機的色彩の強い資本です.ボーダーというのは国境という意味ですが,「見境いない」という意味もあります.

それは19世紀のパックス・ブリタニカ,20世紀のパックス・アメリカーナに続く,パックス・マネタリカの時代です.ロンドンのユーロ市場,ニューヨークの証券取引所,シカゴの穀物取引所こそ,21世紀の覇者になるわけです.

 

こうしたグローバリズム万歳論は,おそらくアメリカの好況が終焉を迎えると同時に消滅するでしょう.ユーロ市場は,ドルの過剰流動性に根拠があるのであって,それ自体は世界経済の撹乱者,破壊者の役割しかもっていません.そもそもの成立が,オイル・ショック後のオイルダラーであり,70年代後半には中南米の経済をずたずたにし,90年代にはアジア経済に大きな痛手を与えました.それが今アメリカに集中しているだけのことです.

この連中は芯からの無政府主義者であり,グローバリズムは彼らの無頼思想の反映に過ぎません.

 

グローバリズムを主導する勢力にはもう一つあります.いわば保守本流,先進諸国を支配している勢力です.彼らの狙いは世界の全面支配にあり,そのために徹底した自由化を要求しています.この自由化の動きは,別に目新しいものではありません.80年代からのウルグアイ・ラウンド,そして93年のWTO創設の流れの延長線上にあります.

 

それではグローバリズムと名づけるような変化が何処にあったのか?

それは一言でいえば,先進国資本の,一段と深い浸透にあります.その典型がラテンアメリカ諸国における自由化・民営化です.

 

ラテンアメリカにとって80年代は「失われた10年」とよばれています.投機的資本に経済をずたずたにされ,残されたのは膨大な借金=対外債務でした.80年代末にアメリカのブレイディー財務長官が「救済案」を提示し,これに先進国の金融界を代表する勢力,いわゆるパリ・クラブが賛同して,経済再建への動きが始まりました.

 

フジモリだけではなく,すべての国の大統領が自由化,民営化を推し進めました.ウルグアイでは売るものがなくなって,飛行場まで「自由化」しようとしました.

民営化といえば聞こえはいいのですが,要するに公営企業の身売りです.しかも身売り先のほとんどは先進国の大企業ですから,売るというよりは借金のカタに没収され国際競売にかけられたという方があたっているかも知れません.

 

途上国政府にとっては,まさに「国家の消滅」という言葉が実感を持って迫ってきます.先進国からすれば,国家の基幹とも言えるインフラストラクチャー部門まで自らの手におさめてしまうのですから,「ボーダーレス」としかいいようがありません.

 

この場合,注意しなければならないことがあります.「国家の消滅」の危機に瀕しているのは途上国の政府であって,先進国ではないということです.先進国の政府の国際的機能は一連の経過のなかで逆に強化されています.アメリカ連邦銀行総裁のグリーンスパンの名をとって「グリーンスパン帝国」の出現とする論評もあります.

 

いま日本の政府も盛んに民営化をいっていますが,これが「国家の消滅」につながるものでは決してありません.むしろグローバル国家としての機能の再編強化を目指す「国家リストラ」というべきでしょう. 

 シュンペーターの生涯

1883年2月8日 モラビアのトリーシュという小さな町に,織物工場主の子として生まれた。

1887年,父が死去する。

1893年 母ヨハンナが退役将軍のフォン・ケラーと再婚する。シュンペーターは,ウィーンの貴族の子弟向け教育機関にはいる。

1901年 ウィーン大学法学部に入学する。ベーム・バヴェルクの講座に入る。学友にバウアー,ヒルファーディング,レーデラー,ミーゼスら。

1911年  グラーツ大学教授に任命される。

1912年 『経済発展の理論』を出版。5項目の“イノベーション”を提起。①新商品②新工法③組織改造④新市場⑤新仕入先。
金融資本のイニシアチブを重視する点でヒルファーディングと比肩される。

1913年 アメリカのコロンビア大学に交換教授として滞在。米国経済学者と交流。

1919年3月 オーストリアに社会主義政権が成立。学友バウアーの推薦により財務大臣に就任する。財産課税の導入,通貨価値の安定,間接税の導入を柱とする財政計画を献案するも6ヶ月で政権崩壊。

1921年 グラーツ大学教授を辞任し、ビーダーマン銀行の頭取に就任する。

1924年 株式市場の崩壊により銀行経営が破綻。シュンペーターは頭取を辞す。

1925年 ボン大学の財政学講座の教授に就任。ドイツに移住する。
1926年 『経済発展の理論』第2版を出版する。「企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究」という副題を付す。

1927年 ハーバード大学の客員教授となる。

1931年 初来日し、各地で講演。

1932年 ボン大学教授を辞任しハーバード大学教授に就任する。このとき51歳。
主な学生・院生にポール・スウィージー、サミュエルソン、ガルブレイス、トービン、ソロー(芝田敬、ランゲらはゲスト学者として位置づけられる)。

1934年 ハーバード大学の7人の経済学者がニューディール政策への批判を発表。シュンペーターは「不況(リセッション)は必然で、イノベーションが模倣を呼び、超過利潤がなくなって不況にいたる調整過程にすぎない」と主張する。

1936年 ケインズが『雇用、利子および貨幣の一般理論』を発表。不況を高い失業率で均衡している状況ととらえ、有効需要の喚起によって解決しようとする。これを契機にして、サミュエルソンら弟子の多くがケインズ派に移行。

1937年 『経済発展の理論』が邦訳出版される。序文では「マルクスは資本主義発展が資本主義社会の基礎を破壊すると主張する限りにおいて正しい」と述べる。

1939年 『景気循環の理論』発表。「企業者のイノベーション」が初めて取り上げられる。

1940年 計量経済学会会長に就任(1年で退任)

1942年 『資本主義・社会主義・民主主義』を出版する。資本主義は、成功ゆえに巨大企業を生み出し、それが官僚的になって活力を失い、社会主義へ移行していくという主張を展開。ベストセラーとなり、「創造的破壊」が流行語となる。

1948年 米国経済学会会長となる

1949年 国際経済学連合会長に選出

1950年1月8日 シュンペーター、脳出血のため死去。享年66歳。

1954年 夫人の編集による『経済分析の歴史』が発行される。

そろそろ全共闘礼賛はやめるべきでは

安田講堂が落城して何年とか言って、テレビで回顧番組をやっている。
なぜ何時までもこんな番組をやるのか。現代史から見れば、それは全共闘崩れを企業が歓迎したからだ。なぜか、彼らは戦闘的な言葉で戦後民主主義を攻撃し、個人主義、しかもエリート風の傲慢な個人主義を撒き散らしたからだ。
全共闘運動の真の姿は、権力と大企業による反民主主義キャンペーンなのだ。
全共闘の戦士たちはヘルメットを脱ぐとたちまちに企業戦士に変ぼうし、独占資本の尖兵となった。その変身ぶりには唖然としたものだ。
そういう連中がマスとしてなだれ込んだのがメディア世界、とくに放送・宣伝業界だった。
その彼らが現役、あるいは現場幹部でいる間、全共闘礼賛と民主運動の無視は続いた。
それを企業の側も良しとし、礼賛さえした。戦前に軍事産業や中国進出企業が軍部のテロを礼賛し、青年将校を持ち上げたのと同じだ。

若い人たちには関係ないかもしれないが、はっきりといっておきたい。間違ったことは間違っているのだし、悪いことは悪いことなのだ。石を投げ、放火し、鉄パイプで人を殴ることに一片の道理もありはしない。しかも群衆の一人として、匿名でそれを行う卑劣さもなかなかのものだ。

今、それが間違ったこととも、悪いこととも思われていないのは、そういうことをした連中、させた連中が日本の中枢を握っているからだ。
それを間違った、悪いことだと主張した人々が中枢から排除され、不当に差別されたままに、時代を経過しているからだ。

全共闘運動の階級的本質は以上に述べたとおりだ。しかしその時代的背景、あるいは世代論というのであれば、別の言い方もあるだろう。

私達の学生として生きた時代は、日本の戦後が終わり高度成長のトバ口へと立ったときだ。
ベビーブームとともに進学率が急上昇し大学が雨後の筍のように乱立した時代だった。

私は田舎の中学だったから、高校に行かない子が2割を越えていた。大学に行くのはエリートか金持ちだけだった。女の子は高校を卒業すると短大か洋裁学校に行って学歴を終えていた。

私が大学に入って数年のうちに大学進学は珍しいことではなくなり、大学生はエリートではなくなった。
学生という身分が分解して、社会的意味を持たなくなった。東大生と地方の私立大学生を「学生」という言葉で括ることに意義がなくなった。
かつて武井昭夫が主張した「層としての学生運動」というものはすでに存在根拠を失っていた。

全共闘運動の、とりわけその先駆けとしての東大全共闘のメッセージには、「エリート意識の自己否定」などという、聞いていて吐気がするほどのエリート意識が満ちている。これが第一印象だ。
それはおそらくは学生=エリートという「時代」の終焉に共鳴する、一種の「引かれ者の小唄」だったのではないかと思う。

全共闘運動が真面目でなかったと考える第二の理由は、エリートであれば果たすべき社会的役割とか、人民のためにとか、人民の中へという発想が全く見られないことである。
いわば受け身のエリート意識というか被害者意識で膨らませたエリート意識がそのすべてである。
全共闘はバリケードを作って立て篭ったが、セツルメント運動に飛び込んだり公害反対運動や障害者運動に取り組んだり、という話を聞いたことはない。
こんな運動が早晩隘路に突き当たるのは目に見えている。

第三に全共闘運動はエリート意識、あるいはエリート意識の自己否定にもとづいた、超個人的な運動だから、集団として自己規定することができない。あくまで“群れた個”であり、風に揺れる葦である。
学生という存在を、エリート性に置いてではなく知性に置いて捉えるのであれば、学生のマス化は何よりもまず知性のマス化として捉えられる。
そのときマス化された知性は、まず自らを集団的知性として組織しなければならない。それが真の“自己否定”というものだろう。量から質への転換を自らの手で切り開かなければならないのである。
連帯し構築する知性としての集団的知性、それこそがマス化した学生の目指すものではないだろうか。

私は民医連運動においてそういう流れの中に身を起き、鍛えられた。
医師個人の技術ではなく、医師集団の技術の水準をあげていこう。そのために一時的な不公平が生じてもみなで支えあおう。患者と住民の信頼を瞳のように守りながら技術建設していこうと誓いあった。それが北海道だけでなく、日本中すべての地域に澎湃として巻き起こったのである。

70年代に日本の学生が打ち立てた金字塔は、全共闘ではなく、まして安田講堂でもなく、おそらくは全日本民医連の運動の中にあったと思う。

NHKのシリーズ「コズミック・フロント」という番組で、「赤い雨」という特集をしていた。
スリランカで「赤い雨」が降った。調べてみたら赤い雨の正体は褐藻だった。ただしこの褐藻はかなり変わった形態をしていて、細胞膜が極端に厚く、破砕するのさえ苦労するほどだった。赤くなった原因は葉緑体が変性して赤くなったためだった。
というのが、基本的なストーリー。
番組では、褐藻がここまで形態を変化させたのは、褐藻をふくんだ塵が宇宙まで巻き上げられてさまよっていたのがなにかの拍子に落ちてきたのではないかという推理を展開する。多分狂言まわりだと思うが、「これは地球外生命だ」というインド人のおじさんも登場していろいろと賑やかだ。そのせいか話が散漫になっていくのが難点だ。
まぁそれはいいのだが、この番組、話のついでに生命誕生の秘密までことがおよぶ。
そこで深海熱水の話や渚の浅瀬までいろいろと登場するのだが、最後のポイント「生命とは何か」のところを素通りする。こいつは困ったものだ。
生命の本質はいろいろに規定しうる。自己と他者の区別。異化を拒否し同化に固執する過程。生命の再生産過程などさまざまである。
なかでも「個体維持と種の維持のどちらが生命にとって本質なのか」というのが究極の議論になる。このどちらをとるかで学者はタンパク質(酵素)陣営と核酸陣営に分かれる。
シロウトから考えれば、「そんなの考えるまでもなくタンパク質でしょう」と言いたいところだが、結構核酸陣営もしつこい。たしかにリボゾームのごつい姿を見ているとそんな気もしてくるのである。
とにかくこちらはひたすら勉強する側でいるしかないが、変なインド人が出てきたときに「ちょっと待てよ」くらいの勘は働かせられるようになっておきたいものである。
タマゴを見て「これはニワトリだ!」という人はいない。タマゴが先というのはレトリックに過ぎないのである。

白滝遺跡

白滝遺跡はいくつかの点できわめて印象的な遺跡である。
第一に、もっとも古いもので2万年を越え、北海道で最古の遺跡である。ほかに2万年をこす遺跡は北海道千歳市の遺跡があるが。これだけの規模ではない。
第二に、ただの集落ではなく黒曜石の生産に特化した鉱山町であり、加工と販売(交換)によって生計を立てていた集落だということである。
北海道というだけでも寒いのに、標高420メートルだからそれだけで4,5度は低い。おまけに2万年前は寒冷期で、今より平均数度は低い。
遺跡が形成された最終氷期の頃の白滝地域は,凍土環境であった。
黒曜石のみを唯一の生活の糧としていたとしか考えられない。
第三に、2万年前から始まり1.2万年前まで生活が営まれたという、きわめて息の長い集落だということだ。
1万年も栄えた町なんて聞いたことがありますか?
私にとって興味深いことは、同時代に関東ローム層から発見された旧石器文化とは異なるのではないかという可能性である。

遺跡(群)の概要

1999考古学雑誌の「白滝遺跡群の発掘調査」という論文が詳しい。ただこの20年間の成果は反映されていない。

白滝地図

白滝遺跡は湧別川の河岸段丘上に位置し、東西約200メートル。

ⅠとⅡの文化層に分けられる。Ⅰが2万~1.5万年、Ⅱが1.5~1.2万年前である。
日本最大の黒曜石の産出地であり、8号沢上流の山中に大規模な露呈がある。

1927年 遠軽町在住の遠間栄治によって発見される。

1940年 河野広道,名取武光らが報告。戦時中のためその後の調査は行われず。

1953年 吉崎昌一の踏査研究により、旧石器時代の遺跡であることが判明。一帯が13の遺跡よりなる「白滝遺跡群」と判定される。

1955年 吉崎・芹沢長介 ・湊正雄らが最初の発掘調査。2メートルの深さから舟底形石器・掻器・彫器・削器・石刃などが見つかる。

1956~58年 北大解剖学教室とミシガン大学による共同総合調査。

1959~61年 白滝団体研究会が地質 ・地形 ・土壌 ・考古学などによる総合的な調査。

1961年 明治大学の調査団が服部台遺跡の発掘調査を行う。

1963年 吉崎らが中心になり 『白滝遺跡の研究 』 を刊行。 遺跡の年代を2万~1万5千年前と同定する。

1985年~ 木材搬出道路工事の際に多数の石器が露出。白滝村教育委員会による発掘調査が行われる。多くの石器が出土する。

1989年 木村英明らのグループがソ連科学 アカデ ミー・シベ リア支部やユジノサハリンスク教育 大学などと共同調査。細石刃石器群の技術体系や旧石器時代の集団関係が明らかになる。

1989年 遺跡群の中心的部分が国の史跡に指定される。(97年に追加指定)

1991年 発掘結果が報告される。石器は460万点、10トンにも及ぶ。

1995年~ 旭川・紋別自動車道工事の際に多数の石器が露出。発掘調査が行われる。752万点、11.8トンの石器が出土する。そのほとんどは旧石器時代に属し、99%以上が黒曜石製である。
(この調査についてはウィキペディアでは触れられていない)

*石器のスタイルについてはよくわからないので触れなかった。

というYoutubeのファイルがあります。
mamoru yotwoさんがアップロードしています。

これはベルギーのジャーナリストで、ベネズエラにも造詣の深いミシェル・コロンさんの講演を起こしたものです。アップ主はそれを訳して翻訳したくれています。

ここでは、その要約を掲載しておきます。コロンさんはベルギー人で、ベネズエラでの滞在・活動経歴もある人なので、多分エリカ・コロンさんの父エリックさん(ベネズエラ国立音楽大学学長・被爆のマリアの作曲者)と関係がある人だろうと思いますが、まだ確認は取れていません。


『イスラエルについて語ろう』という本を執筆していた時、私は2人の助手に頼んでブリュッセルの通りに出て、イスラエルの歴史と状況について何を知っているか人々に尋ねてもらいました。

結果は悲惨なものでした。

大衆の無知が存在します。そして、それは偶然ではないと思います。60年前から、世界一を誇るヨーロッパのメディアが大衆に情報を与えていますが、これはメディアを用いたイスラエルのプロパガンダ作戦であると思います。
私はそれを、イスラエル正当化のためのメディアが広めた10の大嘘として要約しました。

メディアによる第一の嘘は、イスラエルが1940年から1944年のユダヤ人虐殺への反動として作られたというものです。これは完全に嘘です。実際は、それ以前からの植民地計画でした。
1987年のバーゼル会議で決定されました。ユダヤ民族運動がパレスチナの植民地化を決定しました。

当時は植民地主義という言葉を使っても恥ずかしくはありませんでした。そして、保護を得るために当時の強力な植民地保有国に援助を求めました。トルコ帝国は関心を示しませんでしたが、大英帝国は非常に関心を持ちました。なぜならイギリスは東西に広がるアラブ世界の中央に植民者を必要としたからです。

彼らは脅威である大国エジプトを弱体化したいと考え、莫大な利益をもたらしたインドの植民地への通り道であるスエズ運河の支配も望みました。その後、アメリカがそれを引き継ぎました。彼らの関心は石油なので、石油の警察官が必要でした。
ですから、イスラエル建国は1944年から45年に始まったものではなく、もっと古いもでの、それは植民地計画でした。

当時、ヨーロッパの植民地主義列強はアフリカを菓子を切り分けるように分割していたことを思い出すべきです。1855年のベルリンの会議でイギリス、フランス、ポルトガル、ベルギー、ドイツがアフリカをただの菓子のように分割しました。アフリカ人は当然一人もそこに呼ばれていませんでした。
ですから、完全に植民地時代の出来事なのです。イスラエルは植民地計画だというべきです。


イスラエルを正当化する第2の神話は、
「しかし、ユダヤ人は彼らの国に戻るに過ぎない。紀元後70年にローマ人から追放されたのだから」というものです。これも完全な神話です。

私は本を書くために歴史学者シュロモー・サンドにインタビューしました。
彼自身イスラエル人の考古学者や歴史学者に話を聞いた結果、全員が、追放は存在しなかったと言っています。ですから帰還もないのです。大まかに言えば、人々はあの地にとどまったのです。そこから移動しませんでした。

もちろん、侵入や移民や混血は在りました。しかし全体的に見て、人々は移動しませんでした。
そこから2つの滑稽な結果が生じます。
第一の結果とは、イエス・キリストの時代のユダヤ人の子孫は現在パレスチナに住んでいる人々だということです。

第二の結果は、人々がそれでも国を出たと仮定して、帰還すると言っている人は誰でしょうか?
実は、彼らはヨーロッパ東部や西部やマグレブ地域の改宗者です。彼らは様々な時期に、様々な理由でユダヤ教に改宗しました。
そしてシュロモー・サンドが言っているように、ユダヤ民族というものは存在しません。共通の歴史や共通言語や共通の文化は存在しません。あるのは宗教だけです。しかし、宗教は民族ではありません。キリスト民族やイスラム民族とは言いません。ですからユダヤ民族も存在しません。

第三の大きな神話とは・・・
「でも、彼らがパレスチナ植民のために居住したのは許せる。なぜならあそこは砂漠で人も住まず、空いた土地だったのだから」というものです。
これも、全くの嘘です。

当時の証言があります。19世紀初期の人の言葉ですが「パレスチナは麦の大洋だ」と、作物の栽培がおこなわれ、特にフランスに輸出されていました。油、石鹸、有名なジャファのオレンジなどです。
ですから、1920年から、植民者のイギリス人ついでユダヤ人がパレスチナに居住しようとしたとき、パレスチナの農民は土地を譲ることを拒否しました。人々は反抗し、集団ストライキやデモが行われ、多くの死者が出ました。パレスチナにはゲリラさえ存在しました。ですから、空いた土地どころではなかったのです。

全てが、占領者のイギリス人、ついでシオニストのきわめて残忍な弾圧によって打ち砕かれました。それでも、「確かにパレスチナ人はいたけれども、彼らは自分から出て行った」という人がいるかもしれません。これも嘘です。

私も長いことそう信じており、皆この説を信じました。これがイスラエルの公式説だったのです。
ところが、ある時イスラエルの新歴史学者と呼ばれる人々、私がインタビューしたベニー・モリスやパッペなどが「そうではない。パレスチナ人は暴力とテロ行為によって追放された。土地を空にする目的でパレスチナ人を強制退去させるための徹底的な作戦が存在した」と主張しました。
ですから、これも完全な神話です。以上は歴史に関することです。

イスラエルの歴史に関する嘘です。私たちに隠されていることを理解することは非常に重要です。
次に、現在の状況について言われることは、
「イスラエルは中東で唯一の民主主義国家であるから、他国に保護される権利がある。イスラエルは正当な国家だ」というものです。

第一に、イスラエルは正当な国家ではありません。イスラエルは世界で唯一、憲法が領土の限界を定めない国です。世界の全ての国の憲法に、領土はここで始まってここで終わると書かれています。私達の国はそうです。イスラエルはそうではありません。

なぜなら、イスラエルは制限のない拡張計画だからです。

さらに、その憲法は完全に人種差別的で、イスラエルはユダヤ人の国家であると書かれています。つまり、それ以外の人間は市民以下、人間以下であるということです。これは民主主義の否定であり、憲法の否定です。ですから、イスラエルは民主主義では全くありません。

イスラエルというのは、植民地主義、土地の略奪、そして民族浄化を指すのです。これを民主主義とみなすことはできません。
それでも、イスラエルには国会もメディアも、NIFの教授の批評もあると言われるかもしれません。それは正しいです。しかし、国家が土地の略奪に基づく以上、それは、いかにしてさらに盗み続けるかを決めるための、泥棒同士の間の民主主義です。

これは、民主主義ではなく、植民地主義であり、独裁に変わりありません。
イスラエルを保護しようとするアメリカはイスラエルが隣国を攻撃するために毎年30億ドル分の軍備支援を行っていると言われています。アメリカが守ろうとしているのは中東における民主主義であると言われます。しかし、民主主義を守ろうとしているためならば、そうだと知れたことでしょう。なぜならサウジアラビア、クゥエート、暴君ムバラクの恐ろしい独裁政権を敷いたのはアメリカ人なのです。

彼らは、これらすべてを設置しました。実際はアメリカがイスラエルに関心を持つのは民主主義ではなく、石油の警察官のためです。チョムスキーもサミール・アミンなどもよく説明していますが、アメリカは石油の支配を絶対的に望んでいるので中東の支配が必要なのです。
彼らは彼らの計画に抵抗し、ただで石油を与えようとしない国家をすべて崩壊しようと望み、イラク戦争でも他の侵略でもそれが明らかでした。

とはいえ、アメリカは気に入らない中東の全ての国を絶えず攻撃することはできません。
それで、チョムスキーが言うところの「地区警察官」を必要とするのです。イスラエルは地区警察官なのです。かつて、アメリカには1953年にイランで選挙で選ばれた首相サデクを倒して強制した恐ろしい独裁者シャーが存在しました。
アメリカは恐ろしい独裁を敷いたのです。しかし彼らはイランを失い、現在では実質上イスラエルしかありません。そのためにアメリカは、イスラエルが国際法に違反し国際憲章に違反し人間同士の平等に反するにも関わらず、この国を保護するのです。

ですから、アメリカが行っているのは経済戦争であるのは明らかです。
ヨーロッパは、より中立的立場を主張しイスラエル人とパレスチナ人の間の解決を模索しているようにふるまっていますが、それは完全に嘘です。

ヨーロッパ外務大臣ソラナが最近イスラエルで、あなた方は28番目の欧州連合加盟国であると言いました。ヨーロッパの軍需産業がイスラエル軍需産業に協力し財政支援しているのです。フランスではサルコジと親しいラガルデールやダッソーがイスラエルの軍需産業と協力しています。

そして、パレスチナ人が独自の政府を選出したとき、欧州連合は承認を拒否しガザ攻撃へのゴーサインを明確にイスラエルに与えました。

ネタニヤフやバラクやオルメルトがパレスチナ人を爆撃するとき、爆撃するのは同時にサルコジであり、メルケルであり、欧州政府であるということを、明確に世論に伝える必要があります。私達がこのようにパレスチナとイスラエルについての真実を話し、アメリカとヨーロッパの憤慨すべき打算を示すと、彼らは直ちに、反ユダヤ主義者だと言って黙らせようとします。反ユダヤ人差別者というわけです。

明確にしておかなければならないことが一つあります。イスラエル政府を批判する時、私達は反ユダヤ人種差別者ではなく、その反対です。私達は、人間同士の平等屋ユダヤ教徒とイスラム教徒の間の平等を否定する政府を批判しているのです。

私たちはその反対に、ユダヤ教徒とイスラム教徒とキリスト教徒と無宗教者の間に、いずれも平和と相互理解が可能になることを望んでいるのです。そのために、イスラエルがあのような犯罪を犯すのを止めさせることが必要なのです。

なぜならそれは、憎しみをまき散らすだけだからです。そして、緊張と憎しみをまき散らすことが、まさにイスラエルの戦略なのです。すると、メディアはそれに答えて「でも、パレスチナ人は暴力的だ。これはテロリズムである」などと言います。

私の言いたいことは、真の暴力は植民地主義だということです。
それは60年前からパレスチナ人の土地や家を盗み続けているイスラエル占領軍です。
イスラエル軍が、パレスチナ人が正常な生活を送ることを妨げているのです。家と仕事場の間には検問所があり、そこで1時間、時には1日待たねばならないのです。独裁的な検問所の景観に留められたせいで死亡した妊婦もいます。

ですから、占領こそが暴力なのです。

国連は、その重要な検証の中で、植民、占領支配を受けるすべての人々に、彼らが正しいと判断するすべての手段を用いて抵抗する権利を認めています。抵抗は正当なのです。暴力とは、ここでは占領だけです。当然ながら、多くの人々が問題にすることですが、イスラエルやイスラエルを支持する国々が意図的に蒔き散らす多くの憎しみに対して、人々は「この紛争は常に存在し、解決法はない、憎しみが多すぎる」などと思います。

しかし、解決法が存在することを知るべきです。
1960 年代半ばに、パレスチナの複数の大組織が非常に民主主義的で単純な解決策を提案しました。すなわち、差別のない国家、ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、無宗教者が全て平等な権利を持つ単一国家という案です。これは、民主主義の定義そのものです。男性、女性に一人一票です。

しかしイスラエルは常に解決へ向けた交渉を拒否してきました。
イスラエルがしたことは、投獄や暗殺です。ハマスの指導者だけでなく、ファタやパレスチナ解放人民戦線の指導者に対してもそれを行いました。
このようにイスラエルは交渉を拒否し、明快な解決策を拒絶してきたのです。その理由がなぜなのかを考えるべきです。
唯一の理由は、先ほど言ったように、イスラエルはアメリカにとって石油の警察官として役立つということです。ですから、これは経済戦争であり、石油のための戦争、多国籍企業のための戦争なのです。

これを止める唯一の方法は、すべての人々の、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、アフリカ、中東など各地の市民の圧力です。

イスラエルの共犯である政治的指導者への圧力です。
真実を言わないメディアへの圧力です。
インターネットを用いて、私たちのように、パレスチナに関する情報書簡を流すなどのイニシアチブを用いてそれを行うことです。各自が情報提供を行い、メディアの嘘やイスラエル正当化の神話の仮面を剥いで真実を明らかにするのです。

この考えを実践すれば私たちは皆記者であり、夏に短期間で、中東に平和を確立するための交渉の可能性が生まれると思います。

私のメディア上の進歩は、このブログを以って終わっている。
ケータイはガラパゴス止まりだし、ツイッターというのもさっぱりわからない。
メールボックスには、何やら知らないが続々と飛び込んでくるが、そのまま消してきた。
だいたい電話とか手紙とかが苦手な人間で、年賀状もやめて久しい。
インプット型人間には、情報はインターネットをサーフィンできれば十分である。活字、映像、放送とネットという4つの媒体を駆使して、情報をインプットするのが私のウェイ・オブ・ライフだ。

ただ、先日のファーウェイがらみのニュースで「GAFA」という言葉が頻出するのを見て、いまやフェースブックがマイクロソフトを抑えて、4強の一角を占めるということを知った。
電車の乗客の8割は黙々とアイフォーンに没頭している。一昔前には猛烈なスピードでメールうちしていたが、今やそのような光景は見られない。

こちらとしては昭和も知らずに大正から平成に来てしまった気分だ。基本的知識は持っておかないと、と痛感する今日このごろである。

ということで、前置きが長くなったが、勉強を始める。最初はグーグルで最初にヒットした文章。


というもの
斎藤美佳子さんブログの記事だ。
3つのアプリともSNSとよばれる。

Facebookはリアル重視
実名で登録することが条件らしい。私は最初から実名だから全然問題はないが、だからどうだというのだ。
友達申請というのがあって、別にそんなベタベタした友達はいないし、いればこんなもの使わずに別の伝達手段をとる。

「友達限定」というのは、メーリング・リストで送り込まれてくるサークルの回覧メールみたいなものだろう。
自分がその発信元になるということか。私はそのようなうざったいことはしない。

フェースブックは色んなブログの「購読」をする機能があるらしい。これが「フォロワー」という機能だ。
しかし、これも新聞社の記事一覧がわんさかメールボックスに溜まってくる状況はかえってうっとうしい。一時メールマガジンというのが流行って、私も田中宇さんとかルモンド日本語版とか何種類か購読したが、いまではすべて解約している。

「いいね!」したり、「シェア」したり!
ということができるそうだ。そういえば私のブログにもついていた気がする。
使ったこともないが、使われた経験もない。

結局、フェースブックというのはブログとメーリングリストの間くらいのものみたいだが、相変わらずよくわからない。それほどの世界的大流行をした理由がよくわからない。

Twitterは軽く、拡散力が高い
というのだが、軽いというのは短いということで、140文字以内なのだそうだ。
つまりは軽い会話、天気がどうだとか、日本ハムがどうとかいう範囲の話題だ。べつにそんな会話したくもない。喋りたくなったら近所の飲み屋に行くだけだ。
拡散力というのは「リツイート」という機能によるらしい。誰かが私の記事をフォローして、それを
#(ハッシュタグ)をつけてツイートすると、一気に拡散するのだそうだ。
どうもここがキモのようで、「いっきに拡散・炎上して知らない人にさらされたり叩かれることにも」なるらしい。
私のように、実名さらして無条件全面公開で最初からやっている人間にはあまり関係のない話だ。

それで使い方なのだが、多分基本的にはブログと大差ないのだろう。ただブログは文字情報の世界だが、ツイッターはシャベリの世界のようだ。それこそ一昔前に、女子高生がケータイのキーボードでしゃべっていたときの感じの世界だ。

知人から、「ブログは過去のアプリ。もっと読まれたいのならツイッター」といわれたが、多分それは違うだろう。ツイッターの人はブログは読まないだろうと思う。生きている世界が違う。


Instagram(インスタグラム)

インスタグラムは、写真を中心にしたSNSです。
画像にエフェクトをかけて、キャプションを添えて投稿されるのが一般的です。

というので、プリクラ感覚だろう。これも無縁の世界である。



ついで、フェースブック、ツイッター、インスタグラムがふくまれるソーシャル・ネットワーキング・サービス(social networking service)というのはどういう概念なのだろうか、それはブログとどう違うのかを調べることにする。

ウィキペディアによれば広義には、社会的ネットワークの構築の出来るサービスはすべてSNSである。だから一方通行でないサービスはすべてSNSになる。コメントやトラックバックつきのブログも広義のSNSに属する。
しかし普通はブログはふくまれない。では狭義のSNSとは何か。
それは人と人とのつながりを促進・サポートする、「コミュニティ型の会員制のサービス」なのだそうだ。いわば“囲い込み型で会話志向のブログ”と考えればよいのかもしれない。
つまりサービスの形態とか機能よりも、その目的によって規定されたネットワークなのである。

ただ面倒なのは、ツイッター社は「ツイッターはSNSではない」と否定していることである。
では何なのかと言うと、「社会的な要素を備えたコミュニケーションネットワーク」なのだそうで、よくわからない。

実はフェースブックとツイッターだけでなく数多の運営会社があったようだが、この間かなり淘汰されているらしい。

私が聞いたことがあるものをあげておくと、Ameba、Google+、LINE、LinkedIn、mixi、Skypeなどがある。

それで会社はどうやって儲けているかというと、広告収入なのだそうだが、それが結構怪しい。

登録情報や様々にサービス側に蓄えられた履歴情報などをもとにターゲティング広告が、インフィード広告などでユーザーに露出する。

のだそうで、アドレスをかき集め、利用者を監視する側の補償金みたいなものだ。あまり利用したいサービスではない。

 
ということで、あまりやってみたいと思うサービスではない。とりあえず、ブログでごちそうさまだ。
むしろ私に必要なのは、“情報の後方基地” ブログの記事を整理して図書館分類で閲覧可能にするサービスである。いわばレポジトリ作成機能だ。とりあえずはディレクトリ作成機能でもよい。
まさにAIの必要となる場面である。これ自体は余り金にはならないから、有料サービスになるかもしれない。
類似サービスがないか、ネット上を検索中である。


ふとしたことから、Youtubeで Kei's Echo のチャンネルを見つけた。日本語のチャンネル名は「Kei の訳詩チャンネル」となっている。明らかに訳詞のできっぷりを広げるのが主目的のチャンネルだ。

シロウトにはまことにありがたいチャンネルで、とびきりの定番と隠れた名盤が目白押しである。
ジャズボーカルのスタンダードがメインの柱であるが、シャンソンからボサノバまで守備範囲は広い。
驚くのはその全てに歌詞とKeiさんの訳詞がつけられていることだ。しかもその訳詞がまことに素晴らしい。
直訳などまったくない。かならずその意を活かした日本語になっている。だから日本語の訳詞がそのまま詩になってる。
これだけでも素晴らしいのに、なんとボサノバのポルトガル語まで完璧に訳されていることだ。
多分フランス語もそうなのだろうが、残念ながらフランス語がそもそもわからない。ほかにスペイン語、イタリア語も取り上げられる。
Kenさんの取り上げた曲はその多くがスローなバラードだから、その歌詞がわからないと本当にその歌がわかったとは言えない。
などと、偉そうに言うが、実は耳が悪いから何を言っているのか分からない。歌詞カードを見ても医学論文を読むのと違って、詩そのものが暗喩と省略に満たされているから、ヘレン・ケラー状態である。それでもいくつかやってみたが、雑なやっつけでも1日がかりの大仕事である。

たとえばカーペンターズの曲を開く。

「雨の日と月曜日は」という曲が出てきて、聞いても知らない曲なのだが、訳詞を見ていくとドキッ、ズキッとする表現の連続である。つくづく、草食系日本人には詩作の才能はないなぁと感じた次第だ。詩を書くにはあまりに恥ずかしがりで従順だ。せいぜい西条八十の洒落のめし止まりだ。
多分Kei さんはその詩を知ってもらいたくてアップしたのだろうが、こちらとしてはまんまとはめられた気分だ。
この嵌められた気分、なかなかに悪くない。

スポーツ新聞の埋め草記事だが、とてもいいので紹介する。
DNAの筒香選手が故郷の堺市の少年野球チームを訪問。
イベント終了の後、報道陣に20分間にわたって「熱く語った」のだそうだ。
まず、彼の問題意識
野球人口の減少は深刻だ。
いっぽうで、人口の現象と並行して、不祥事とパワハラが続発している。
スポーツ界全体が変わらないと危機は打開できない。
「僕は野球界から変えていきたい」
ということで3つの提言を行っている。
1.指導者のあり方を変える
すべての暴力の排除が絶対に必要だ。
そのためには一般論や精神論を語るのではなく、個別の暴力・パワハラ問題を掘り下げて検討し、総括するべきだ。
その総括のなかで、指導者のあるべき姿を考える。
2.勝利至上主義の排除
個別の問題を総括するということは、「なぜ?」という問題を考えることだ。
指導者のあり方で、より本質に関わる問題が勝利至上主義だ。
指導者の役割は2つある。一つは選手をより強く、よりうまくすることである。
結果としてチームを勝利に導くことだ。
もう一つは、選手を鍛え、教育し、将来に向けて育て上げることだ。
指導者には2つの世界がある。一つは彼に期待し、指導者に指名し、勝利を待ち望む大人の世界だ。もう一つは彼の指導を受けながら成長を目指す選手との世界だ。
これらの事情が絡み合って勝利至上主義が生まれる。
だから勝利至上主義にならないようにするには集団的な意思統一が必要だ。
さらにそれを揺るぎない原則に鍛え上げることが必要だ。
3.子どもたちへの目線
子供は指導者にとって、直接的には「仕事の対象」である。しかし大きな目で言えば、子どもたちは彼に指導を委ねた家族たちの期待と希望の対象なのである。
さらにいうならば、子どもたちは多様に発達する権利を持つ主体である。枠をはめる権利は誰にもない。
筒香選手はこう言う。
指導者が、勝ちたいために子どもたちに細かいことを求めすぎている。そして罵声や暴言を浴びせている。でも、子供はできないのが当たり前なんです。
筒香選手は、2つの具体的な改善案を語っている。
一つは、球数制限のルール化である。これについては比較的よく知られているので省略する。
もうひとつはトーナメント制の廃止である。これは新しい発想だ。
青少年が参加する多くの大会はトーナメント方式を採用しています。
この方式では勝ち進むほど過密日程になります。
その結果、子どもたちが犠牲になっていると思います。
ということで、たしかに卓見だ。

彼の抱負はまだ形としては定まっていないが、意欲は満々のようだ。
勝利至上主義こそが問題の根っこにある。勝負である以上、勝利にこだわるのは当然だ。それだけになかなか難しいところもある。
いきなり大きく変えることは難しいけど、同じ思いの大人たちが協力しあえたらいいと思う。
僕は野球界から変えていきたい。野球界が変わることがスポーツ界の変革につながると思う。


追記 1月25日

さすがは赤旗、本日配達された日曜版の裏表紙に一面使って筒香選手の記事を載せている。筒香選手も赤旗の取材に真正面から応じている。
彼の言葉を引用しておく。
「野球が大人の自己満足になっていないだろうか。勝つことが全てになってしまい、子どもたちを追い込んでいる。大人が変わらないと、このままでは子供がつぶれてしまう」
「指導者が謙虚に学ぶこと、子供が主人公だという考えを徹底することが必要だ。そして、たたかう相手への敬意を抱く立場を貫かなければならない」
「指導者が子どもたちをリスペクトできれば、野球界は変えられる」
輝かしい言葉です。

ベネズエラ経済の再活性化のために

Luis Enrique Gavazut との問答
Venezuelanalysis.com Jan 3rd 2019


実態分析の視角は妥当と思える。なぜそうなったか、とくに債務急増の原因はあまり追究されていない。解決の道筋はややヘテロドキシカルである。仮想通貨「ペトロ」の評価については“?”である。

 

質問 1

あなたの研究者としての見解では、ベネズエラの現在の経済危機を引き起こした状況と原因は何か?

答え 1

この数年間のベネズエラの状況は悪化しています。それは部分的には原油価格の下落の素直な反映です。

それは国家の現金収入の減少につながりました。これは、国民のニーズを満たすための鍵となるものです。(現金というのは実際にはドルのことなので以下ドルと訳すことにする)

ベネズエラ経済を理解するためには、ドルへのアクセスは最終的には一つの情報源、すなわち国家からのみ生じることを認識しなければなりません。

この100年というもの、ベネズエラのドル収入の95%は石油公社から来ています。これがこの国の主力企業です。

民間部門はドルを生み出さない。

生産的な装置の私有部分、少なくとも石油や鉱業に基づいていない部門は輸出向けではないからです。

社会のニーズを即座に対応すべき経済部門を見てみると大変な困難があることがわかります。

すでに危機以前の段階で、生産水準は急速に低下していました。 現在、国民経済は設備生産能力の22%で操業しており、輸入額は80%も減少しています。

この数字が私たちが今日直面している不足を説明しています。つまりそこにはひどい不況があることを意味します。

しかし、物事はずっとそうだったわけではありません。

数年前の2013年、チャベスが亡くなりマドゥーロが大統領に就任したとき、経済の状況、すなわち原油価格の動向はいまと変わりませんでした。

そのとき起こったのは、民間部門、特に外資系と国内大企業が、国家との経済戦争を始めるための決断を下したことです。

彼らの目的は何だったでしょうか? それは政府をひっくり返すことです。この国で最も強力な経済主体は、経済的な理由ではなく政治的な論理に従って行動し始めました。

その証しとしたのは、生産遅延と生産放棄の決断でした。2013年以降、彼らはベネズエラの商品供給に影響を与える措置を講じ始めました。それが、我々が「作られたモノ不足」と呼ぶものです。

これはベネズエラで起こった現象の真実です。それは「危機」の重要な要素です。

これに対しベネズエラ政府は給料を増やし、社会プログラムを維持することによって人々の購買力を維持しようとしました。

それは商品とサービスへの強い需要をしばらくの間支えました、しかし民間部門はすでに供給を遮断することを決定しました。

そうなると、需要が堅調にもかかわらず供給が減ることになるので、深刻な不均衡につながり、物価が急激に上昇し始めます。

 

質問 2

原油価格の不安定な中で、ベネズエラは多額の借金を抱えており、支払い負担は重くなっている。資金を借りることが困難になっている。

解決策としては福祉を削って通貨の供給を減らすか、かつてのアルゼンチンやエクアドルのようにデフォールトをかけるかしかないのだろうか。

答え 2

通貨不足は、ベネズエラの現状を理解するための鍵です。

ベネズエラでは国内の「為替市場」(ヤミ)が半ば公然と活動しています。まことに奇妙なのですが、政府がここに外貨を提供できないと、経済全体が暴走してしまいます。

これはベネズエラの経済が1世紀にわたって石油の採掘・販売料によって形作られてきたからです。

それは公共部門だけでなく民間部門もそうです。

石油は消費財だけでなく生産手段・中間財の輸入に影響を与えます。公共目的の配給システムに割り当てられた輸入も石油価格の動向次第で動揺します。

その石油ですが、石油公社(石油公社)の石油生産が急激に落ち込んでいます。これは国際石油業界における一連の悪い流れの結果です。

困ったことに、政府幹部は石油ボナンザがさらに長く続くと予想していました。それを当て込んで、オリノコ川流域の「オイルベルト」に多大な投資が行われました。それはベネズエラの重質油生産のための巨大プロジェクト地帯です。

そのオリノコ・プロジェクトに何が起こったのでしょう?

投資はすべて中途半端なままにとどまっています。目標実現のためには依然として膨大な量の資本投下を必要としています。

その一方でスリア州とアンソアテギ州では軽質油・中質油の維持管理が軽視され続けました。本当はこちらこそ重視されるべきだったのです。なぜならこれらの油は抽出も容易で、国際市場での販売も容易だからです。

石油公社はこの間不安定な状態にありました。原油価格の下落と生産の落ち込みに振り回されたのです。

それなのにオリノコ地帯への投資をするために巨額の借金をしたので、石油公社は借金のために厳しい返済条件を抱えることになりました。

経済的にペイする井戸に、借金を払い戻すための資金がしわ寄せされました。これが私たちを緊急事態に巻き込んだ大きな理由でした。

しかし、信用を拡大しようとしても扉のほとんどは閉鎖されています。業界が現在自覚しているのは、この悪循環です。

oil_graph_venezuela
       原油日産量の月次推移(単位:キロバレル)

 

質問 3

あなたは去年8月に発表されたベネズエラ政府の経済回復計画を批判している。あなたの主な論点はどこにあるのか?

答え 3

景気回復計画(以下プラン)は一連の理論的前提に基づいています。しかしその前提は、私の見地からすると間違っています。だからこそ、うまくいかなかったし、うまくいかなかったのです。

最初の問題は、プランが基づいているマネタリスト理論です。これは少なくとも今のベネズエラには当てはまりません。

基本的に、ベネズエラは経済の深刻な収縮、非常に深刻な不況のもとにあります。

 マネタリスト理論の前提は、通貨供給量を減らすと、消費者が商品やサービスの代金を払うことができず、その結果として価格が下がるという仮定です。

しかしベネズエラの場合は、引き締めがもたらすのは店舗の閉鎖だけです。それはさらなる景気後退を意味するにすぎません!

経済回復計画が発表された8月20日以降、まだ営業中だった工場、店舗、供給センターも、その大部分が、いま急激な速さで営業をストップしています。

大事なことは需要を維持することです。

ベネズエラでの経済活動の現状を維持し、現在も活動している企業を保護するためには、何らかの需要があることが不可欠です。

最低賃金が定期的に上がり、社会プログラムとボーナスを通じた労働者階級への直接支援が維持されなければなりません。直接および間接の助成金ももちろん維持されなければなりません。

これを続けることが政府の果たすべき役割です。

財政赤字ゼロを目標とし、裏付けのない「無機質の貨幣」を排除する再建計画は、今のベネズエラにおいては無意味です。

実際にも、国家は給与の引き上げを通じて「再建政策」を調整することを余儀なくされたではありませんか。計画が発表されてからわずか90日後に!

 

質問 4 経済回復計画のもう一つの柱、民間投資への動機づけについてはどうか。それは機能しているだろうか?

答え 4

その部分もまたかなり問題があります。

計画を設計した人は、「民間部門にインセンティブを与えることは、ビジネスマンから好意的な反応を生み出すだろう」と考えているようです。

インセンティブを受けた民間部門は、それをポジティブにとらえ、投資を行い、生産量を増やします。そうすると民間投資は経済の安定につながります。

しかし民間部門にインセンティブを与える根拠となる理論は、他国の経済では機能するかもしれないが、今日のベネズエラではうまくいかないでしょう。

いま、ベネズエラは世界で最も有利な為替レートと、世界で最も安い労働力を持っています。

労働は実質的に無料です。なぜなら、8月20日以降、国家が民間部門の労働者に賃金を払っているからです。

どこかの企業がベネズエラに来て事業を設立するならば、原理的には、国家が労働者の給料を支払うのです。

こんなことは今までになかったことです。ベネズエラは間違いなく経済史の年鑑にランク入ります!

さらに、「景気回復計画」は輸入関税を撤廃しました。

国はこれらすべてを提供しています。これなら多くの民間投資を引き付けるはずです。

それだけではありません。税金は非常に低く、累進性はありません。(莫大な脱税があるという長年の事実は別にして…)。

ベネズエラには、世界で最も安いエネルギー、最も安いガス、最も安い電気、そして最も安い水資源もあります。

それに加えて気候から場所(アメリカ市場に近い)まで、ベネズエラが持つすべての比較優位性を加えることができます。

つまりベネズエラは、インセンティブ理論と比較優位理論に従えば、民間投資にとって夢の楽園なのです。

それでも、民間部門はここに投資していません!

正統派の経済学者はどのようにこの状況を説明しますか?

彼らは、「ベネズエラには法的な保障がない」と言うかもしれません。言い古された議論です。

しかし、マドゥーロ大統領の時代には一つも収用が行われていないのです!

収用と国有化の政治はチャベス大統領で終わったのです。6年間、一度も収用はありませんでした。この政府は二度とやるつもりはないといっています。

1年前、憲法制定議会は外国投資法を可決しました。それは世界で最も外国資本に優しい法律で、「治外法権的」とさえいえる法律です。

さらにベネズエラには、法的安全保障を含む、あらゆる種類の便宜を提供する「経済特区」があります。

したがって問題は明らかです。
事態の解決策は、法的安全保障にも、民間部門にインセンティブを与えることにもありません。

最近、中国のある政府高官が、ベネズエラの公共テレビでマドゥーロ政府の指導部と話をしました。

彼は、中国には堅固な民間部門があると宣言しました。なぜなら中国政府がその分野にインセンティブを与え、育成したからです。 
しかし中国ではうまくいったかもしれませんが、ベネズエラではそのやりかたは当てはまりません。

ベネズエラ経済を刺激するための唯一の方法は、石油の使用料を増やすことです。それが唯一の有効手段です。

これは歴史的に確認でき、正確な相関関係が見られます。石油の賃貸料が増えるほど、そしてそれゆえ私たちの為替市場での通貨の供給は増えます。

それにより設備の生産能力が増加し、国内外の投資が行われます。しかし、これは経済的成長期にのみ起こります!景気後退期には石油収入が縮小し、国家は補助金を提供することができません。

景気後退期、石油収入が縮小すると、国家は補助金を提供することができません。

それがさらに進むと私有企業だけでなく公営企業も、売却したり、工場などを閉鎖したりせざるを得なくなります。これが今起こっていることです。

ところで、よく誤解されている問題があります。公的企業は民間企業より効率が悪いという“常識”です。それは全く間違っています!

例えば、今日のベネズエラでは、公営企業も民間企業も非効率的です。崩壊するかその境界にいます。石油の使用料が入ってこないからです。

それでも、通貨が国家の財源に入った瞬間、経営は再び活性化するでしょう。

このように考えてください。企業にとって最大の非効率性は、企業が業務を停止することなのです。

そう考えると、民間企業も国営企業も同じように非効率的なのです。

 

質問 5 石油生産国としての世界経済におけるベネズエラの役割はなにか。そのことがもたらす問題はなにか。

答え 5

ベネズエラは、賃貸・寄食経済です。自分自身では科学技術を開発しません。この状況は、通貨に過度に依存する経済を余儀なくさせています。

民間部門は、石油使用料収入が減ったときにベネズエラに投資しないのはなぜでしょう? それは、ここでの投資がドルで行われるからです。

民間投資家はドルで彼の収入を得ることを期待しています。彼は以前に技術、機械、その他の投入物をドルで購入したからです。だから彼はドルで投資を回収することを期待しています…

このため、投資家は言います。「まあ、ドルへのアクセスが制限されるようになれば、私はベネズエラに投資するつもりはありません」

投資家が戻ってくるのは、その国でドルがふたたび利用可能にったことを知ったときです。つまり石油の価格が回復し、経済が拡大期にあるとき、石油ブームが起きたときです。

どうして他の国の場合のように、個人投資家がドルを生み出さないのか。それはグローバリゼーションが姿を現したときに、ベネズエラが輸出志向経済を取らなかったからです。

例えば、プロクター・ギャンブル社はメキシコ、ブラジル、アルゼンチンで輸出施設を、コロンビアとパナマではより小さい設備を備えました。しかしベネズエラではそんなことはしませんでした。

なぜなら、ベネズエラは石油以外について、企業の輸出拠点とはみなされていないからです。

中南米には輸出拠点で労働者を搾取するための国もあれば、たんに料金を引き出すだけの国もあります。ベネズエラは後者です。

  

質問 6 ベネズエラの困難に対処するための解決策は何か?

答え 6

取るべき3つのステップがあります。 まず、国家がみずから生産的な投資をしなければなりません。 ベネズエラはこの役割を避けられません。

国家は民間投資を刺激するのではなく、生産手段への投資をしなければなりません。

もう一つの選択肢は、いまのままブルジョアジーと共に歩き続けることです。しかし非効率的なインセンティブで、個人投資家に媚びを売るようなやり方を続ければ、早晩破産してしまうでしょう!

第二段階は、マクロ経済対策の分野です。 私たちはベネズエラの為替レートを安定させる必要があります。 これを行うには、私の視点からは、2つの戦略が必要です。

一つ目は、ベネズエラの為替市場を完全に自由化することです。そうすることのポイントは、ドルの合法的な売却を引き付けるためです。

現在ドルは、送金を通して国に到着しています。あるいは、小規模な商品・サービスの輸出業者の手に渡っています。

これらのドル収入は年間100億ドルを下回る微々たるものですが、私たちの経済にとっては非常に重要です。それは為替規制を排除することによってのみ起こります。

現在ヤミ市場に参入しているこれらのドルを引き出し、合法的、正式、公的、透明な市場で取引できるようにすることは、重要な一歩前進です。

今、私たちはDICOM市場を持っています。それは合法であるが全く役に立たない為替市場です。それはドルを惹きつけることがなく、またそれらを提供することもない、見掛け倒しの市場です。

私の提案は、現在のヤミドル市場を透明な市場に転換することです。それが為替レートを安定させる第一歩です。

もう1つの重要な戦略は、「ペトロ」(仮想通貨)が金融資産として正しく機能するための条件を生成することです。

金融資産とは、市場で代替可能であり、他の通貨と簡単に交換できる資産です。そして取引コストを巡っては激しい競争にさらされています。残念ながら、ペトロはこの仮想通貨の論理には従うことができません。 

通貨ボリーバルと仮想通貨ペトロの交換レート固定が失敗したのはそのためです。最近の150%の切り下げは、その証明です。


質問7 マクロ経済学の分野であなたは為替レートの自由化プラス「ペトロ」を提案する。その際ペトロは交換可能な資産として機能することになっている。
あなたはまた“地域共同体の組織化と共同した生産的プロジェクト”への国家投資も提案している。これがあなたの勧める第1段階と第二段階だ。それでは第3段階とは?

答え 7

それは石油公社の救済です。これは待ったなしの課題です。

石油公社の生産水準の回復は、今や私たちの経済政策の焦点となるはずです。 私は、すべての国家の努力、そのすべての資源が、石油公社に向けられなければならないと思います。

石油公社にドル収入があれば、そのたびに、それが石油公社に再投資された場合と他の分野での使用との効果を比較・評価する必要があります。

国家は、人的な可能性、利用可能なすべての通貨資源を、石油公社の生産レベルを上げるために使用しなければなりません。他の生産資源に分散させてはいけません。

なぜなら、他の生産分野の活動はドルを経済にもたらすことはないからです。目下の状況では、ドルにならない生産は全く役に立たないのです。

私達の主な焦点は石油公社であるべきであり、他に一部として鉱業セクターを含むべきです。

そのセクターは現在の危機において必要かもしれません。たとえ環境への影響が避けられないにせよ、そして先住民コミュニティにもたらす破壊的作用を及ぼす危険を伴うにせよ…

結論

ベネズエラには新しい金融政策が必要です。私たちは生産力の発展をもたらす国家が必要です。組織化された地域共同体の参加がもとめられます。

そして何よりも、すべての努力を集中し石油公社の生産を回復することです。

 

この1週間のメディア報道は常軌を逸している。しかもどんどんひどくなる。
完全に安倍晋三のペースに乗せられている。
これはきわめて危険なコースである。

まず第一に、憲法と条約の関係を巡る切口上がある。
日本は安保体制により超憲法的にアメリカへの従属を余儀なくされている。これは韓国も同様である。
どうもこれが背景にあって、超法規的な屈従を当然と考えるようになって、それを韓国にも押し付けようとしている。
韓国はそこまで屈従的でないからすれ違いが生じるのである。
日韓条約はもちろん国家間の取り決めだから、憲法を越える規制力を持つのは間違いない。しかし長期で見ればそれは改変可能であり、いざとなれば廃棄通告によって無効化できるのである。廃棄の及ぼす影響については甘受しなければならないのだが、原理的には憲法を上回るようなものではない。
当面の問題と長期にわたる問題とは分けて考えなければならないのである。徴用工の請求権はまさにそういう種類の問題なのだ。
第二に、日本(政府・企業)は問答無用に悪事を働いているのだからまずは謝罪しなければならないのである。
徴用工の労働契約は明らかに無法なものであり、タコ部屋労働であり、日本人との差別があった。慰安婦のときも襟首捕まえて強制連行したのではないから違法ではないみたいな言い方をしているが、“労働実態”から見れは明らかに違法で非人道的な強制労働である。その結果多くの方が亡くなられている。これは歴史的な汚点であり、「日韓条約でチャラになった」と言って謝らないですますわけには行かないものなのだ。 を参照されたい。
第三に、これは朝鮮人には受け入れられない論理かもしれないが、法理論的には彼らは大日本帝国の臣民だったわけで、“日本人として”償いを要求する権利があるのではないかと思う。そしてそれは日韓条約が締結されたとしても消えることのない権利なのではないかと思う。

これらを踏まえた上で言うならば、たしかに日本の会社の資産を差し押さえるという仕儀は、一国の国権の一部としては無作法なふるまいであることは否定できない。
ただ韓国人原告が被害者であり、弱者であることは疑いない事実なのであるから、そこは最大限汲み取っていかなければならないのではないかと思う。

たしかに安倍晋三が苛立つ気持ちはわかる。これだけの圧倒的な力を独占した人間は、戦後かつてない。力を集中させる「技術」にはたけている。しかしその力で何をしてきたのか?
端的に言って何の実績もない。だから苛立つのだ。
すごい数の外遊をこなしているが、まさに“外で遊んでいる”だけで、国費の無駄遣いだ。国際会議での集合写真では、心霊写真のように影が薄い。
この間に政治の劣化、行政の劣化は目を覆うほどに深化した。それが右傾化と並行して進み、若者の劣化をもたらしている。
私はアレルギーがないのが自慢だが、この顔と声だけはとうてい我慢ができない。以前はテレビに顔が映ると瞬間的にリモコンを押していたが、最近はともかくNHKニュースそのものを見ないようにしている。地震のとき以外にはNHKなど見なくて済む。地上波の契約だけ止める方法はないだものだろうか、と思う。
このままでは、安倍晋三は後世、戦後史上最長・最悪・最低の首相として名を残すことになるだろう。せめて日露交渉だけはこれ以上進めずに退任して欲しい。憲法改悪策動だけはこれ以上やらないで欲しい。ひたすら願う今日このごろである。

沖縄人の起源については、遺伝子学的には紛れが少ない。おそらく縄文人が九州から島伝いに南下したものと見てよい。
その後さらにかなりの弥生人も後着しているが、その割合は内地に比べ低く、結果として縄文の血統を濃く残している。
これは埴原の二重構造モデル=沖縄人南方由来説とは一番異なる部分であるが、意外にも反論は少ない。
したがって、主要な問題はそれがいつのことなのかということになる。

本日の赤旗には、沖縄で長年人骨研究に携わってきた土井直美さんのインタビューが掲載されていて面白い。

話はかなり長いのだが、端折ると、浦添にある13世紀後半の王墓を発掘したところ100体以上の人骨が見つかったというもの。
以下記事の引用。
一つの橈骨を来る日も来る日もつなぎ合わせる作業を続けた結果、びっくりする顔付きが浮かび上がってきました。
歯が前に突き出して、突顎(とつがく)という顔付きです。本土では鎌倉時代から室町時代に良く見られますが、沖縄では初めて見る顔付きでした。
沖縄では11世紀まで縄文式の生活様式が続いていたが、その後突然石垣を築いて作った巨大な城が出現する。
今回の人骨研究で明らかになったのは、この頃にヤマト人が突然やってきてこの地を占領し、支配したということである。

このことからわかるのは、東北のエミシと同じようにヤマト人の攻撃を受け、同化を余儀なくされた沖縄の歴史である。そして混血種としての沖縄人が形成されたのは11~13世紀のことではないかということである。
ただし遠隔の地のために、DNAの変化を受けるには至らず、縄文風を引き続き残したということになろう。

もう一つこの記事で触れられているのは、沖縄とアイヌの古人骨の比較で、札幌医大との共同研究で、以下のことが明らかになっている。
沖縄の古人骨の顔立ちはアイヌに比べ平坦で、必ずしもよく似ているとは言えません。
というもの。

こちらとしてはDNAが一致していれば見た目はどうでもいいみたいなものだが、昔風の人類学者にはそう言っては済ませられないものがあるようだ。

DNA的に言えば、両者とも縄文人を基盤としていて、片方はこれに4分の1のオホーツク系、若干の弥生系をこんじているが、沖縄系はおそらく4分の1程度の弥生系を混じた構成なのだろうと思う。
それが人相という表現型でどう示されるかということではないか。

「日本人の源流をさぐるーー核DNA解析で見えてきた由来」 斎藤成也(遺伝学研究所教授)

斎藤さんは我が国における核DNA解析の第一人者らしい。肩書きも申し分ない、気鋭の若手学者である。ただその記載には、時に首を傾げる場面がある。以下の部分がそれに当たる。

まずはリード部分のあらすじ
日本人の源流について「二重構造モデル」をさらに発展させる必要がでてきた。
これまで弥生時代以降、渡来人はすくなくとも2種類だったらしいことが、わかりつつある。
この異なり方はとても小さいので、これまでは見つけることができなかった。
九州・四国・本州のヤマト人に「内なる二重構造」が存在しているようなのだ。
そこで登場したのが、三段階渡来モデルだ。弥生時代以降の渡来が、時代も人々の由来も、ふたつにわかれていたとするものだ。
まだ時代も由来もはっきりしないが、弥生時代に水田稲作農耕を日本列島に伝えた人々と、その
あとの古墳時代以降に大陸から渡来した人々が少し異なっていたのかもしれない。
ここまでは言うことはない。なにか新しい発見があったのかと胸躍らせるものがある。

次に引用するのは、縄文人の身体・DNAのヒミツ.  Discovery Japan 9
という文章から日本人の核DNA分岐図の説明
①さまざまなルートでやってきた第一波の渡来民が、海で遮られた後、日本列島に残留。彼らが縄文人と総称される。
②4千~3千年前 縄文後期~弥生早期に朝鮮半島や遼東半島など沿岸域に暮らしていた“海の民”と縄文時代が交流。現ヤマト人の祖先が誕生した。
③第3の渡来民は最後にやってきて水田耕作をもたらした。彼らは沖縄の縄文人と交流し、北海道ではオホーツク人と混血し、アイヌ人となった。
tree
図は悪くないが、説明はおよそひどい。粗悪品だ。核DNAに先行する基礎的な研究をおよそ理解していないと言わざるを得ない。

もし細かくいうのなら、渡来してきたのは二波どころではない。Y染色体ハプロだけ見ても、少なくとも5波ある。現日本人にはつながっていないと思われる港川人など沖縄の旧石器人を除いての話だ。
何度も繰り返すが、明らかにしておきたい。

Y染色体ハプロによる人類の展開史
① 2つの旧石器人→縄文人
「第一波の渡来民」という表現は先行者のいない無人の野に入ってきた人々に使うのはふさわしくないが、とりあえず斎藤さんに従う。
ホモ・サピエンスは発祥の地東アフリカで、少なくとも4つのハプログループ(A,B,C,D)に分かれている。これが6万年前の話。この内AとBはアフリカに残り、CとDがアデンからオマーンへと向かった。
ただしこれらのハプロは、現生人類へとつながっているサピエンスのハプロであり、それより数万年前に人類は出アフリカを果たしている。それらの祖先は現世人に遺伝子を残すことなく絶滅した。
この内、もっとも古い「C系アダムの長男」にあたるのが日本に分布するC1a1である。最も近縁のC1a2(先ヨーロッパ人)との共通祖先は4、5万年前とされる。日本列島ではおおむね5%の頻度だが他には集団形成はなく、済州島とソウル、南満で孤発例が報告されている。おそらくかつては広範囲に生息していたのが押しやられ絶滅したのであろう。
これが4万年ほど前にナウマンゾウを追って朝鮮から日本に入った最初のサピエンスであろう。ただし先程も述べたとおり、その前に入ってきて絶滅したグループがいた可能性は、論理的には否定できない。(崎谷のC1a2論は矛盾が多い)
C1a1人を最初の旧石器人とすれば、第2波となるのが D1b 人だ。かれらがどうやってアジアに来たかはアジアそのものに痕跡がないので想像しようがない。ただ日本に来た時期と経由地ははっきりしていて、2万年前に北海道に姿を現したのが最初だ。彼らの最初の痕跡は黒曜石の採掘現場で、その持続期間はなんと1万年にもわたる。
かれらはマンモスハンターとしてやってきたが、やがて本州(マンモスもナウマン象もいない)にも渡り、全土に分布することになった。
この2つの人種が北韓道から沖縄まで広く分布し、やがて縄文人となっていく。
斎藤さんは、「朝鮮半島や千島列島、台湾や樺太島」などと書かれているが、朝鮮と樺太以外のエビデンスはない。
琉球列島に台湾方面から港川人などが入ってきたことは間違いないが、それは絶滅しており現代日本人にはつながっていない。
千島からの流入はもっと遅く、縄文時代に道東地方にわずかに入ってきた可能性がある。それはアイヌ人ミトコンドリアDNAにかすかに伺われる。
結論を言おう。
縄文人の主たる祖先は4万年前に朝鮮半島からナウマンゾウを追ってきた人々が4分の1,3万年前にシベリアからマンモスを追って北海道に入り、その後全国に分布した人々が4分の3の割で混血したものである。

② 縄文晩期人
これはいわゆる「縄文晩期人」を指すのだろうと思う。
「弥生時代以降、渡来人はすくなくとも2種類だった」というのがこのことだとすると、やや納得がいかない。縄文晩期人は考古学的には渡来人に先立つ存在が確認されているからだ。
縄文晩期人はDNA的には第三の縄文人だろうと思われる。北方由来の縄文人にとって西南日本はそれほど居心地の良いところではない。落葉樹がないから木の実がなく、したがって獣もあまりいない。そこで暮らすためには漁労が必須だったのだろうと思う。彼らが海洋の民になったとしても不思議ではない。
C2a 系という日本固有のハプロがあるが、日本国内での分布がばらついていて、今のところよくわからないので保留しておく。
そもそもは九州北部の縄文人が朝鮮半島にわたり交通したのではないかと、私個人としては想像している。
縄文晩期人が水先案内人となって半島南部の米作民(長江人)を渡来させたのは、ほぼ定説となっている。そんなことも念頭に置きながら、結果の解釈を行うべきであろう。

③ 弥生人
ということで、②を縄文晩期人とすると③は弥生人ということになってしまう。そうすると、図の説明をそのまま受け止めるならば、稲作をもたらした弥生人は「北方東アジア人」という、まことに不都合なことになってしまう。
これは今日の古代史の常識と真っ向から対立する見解である。稲作を持ち込んだ弥生人は直接には朝鮮半島南部の住民であるが、もともとの出自は長江流域であり、おそらくは山東半島から黄海をわたって朝鮮半島に達した長江人(長江文明の担い手の末裔)である。

④ 北方東アジア人(天孫族あるいは騎馬民族)
はこの図にはないが、まさしく「北方東アジア人」の渡来があったはずである。彼らはもともと遼東半島付近に住んでいた漢民族の近縁種族であり、それが徐々に南に押し出され、最後にその一部が朝鮮海峡をわたって日本にやってきたのである。

ということで、斎藤成也さんはどのくらいの思いで決意して、この記事を書いたのか知らないが、このままでは我々のような、年金研究者の袋だたきに会うことになるだろう。

1818年からベルリン大学で『法の哲学』を連続講義し、これが出版される。死後にヘーゲルの講義の受講生が編集した解説や補遺が加えられる。

ヘーゲルの“体系フェチ”にいちいち付き合う必要はない。人間の欲望に基づいて社会が発展していくことを押さえておけばよい。

肝心なことは次の点にある。

市民社会は“市場においてもたらされる欲望”に基づく労働の体系だ

ただし労働というのは賃労働のことではない。諸個人の自己陶冶の活動だ。欲望というのも本能的欲望ではなく社会的欲求を指す。

ヘーゲルはここで明らかに聴衆を煙に巻こうとしている。ここから我々は本質をつかみ取る必要がある。
動物の欲求は生理的レベルに制限されているが、人間の欲求はそれを超えており、生理的制限を解き放ち発展させることができる。欲求は多様化し可変的となる。その多様化と可変化は市場が生み出す。
ここがヘーゲルの社会的欲求論のキモである。
この後議論は、「市民社会と国家が2階建て構造を形成している」という方向に移っていく。
国家は欲望の体系を包摂しながら市民社会の利己性を監視する。また対外的には、国際社会における特殊性を実現する。
国家の称揚は、アダム・スミス(見えざる手)の否定のように聞こえるが、そこには多分に国家権力へのリップサービスが混じっているようだ。



というのが日内会誌にあるが、パルス超音波の方は見つかっていない。日循のエビデンスには記載されていない。他大学からの追試報告もネットでは見当たらない。

エコーを照射してその効果を見るという臨床実験は、客観的に評価するためのコントロールづくり、プロトコール作りが意外に難しい。

やはり頼りになるのは動物実験でのアミロイド分布の評価であろう。

1.サンプル数がまだ少ない
2.「全脳照射」の意味が良くわからない。基本的には「全身照射」でもよいはずだが…
3.ドーズ、周波数、波形などについては、教授先生の御宣託みたいだが、率直に言えば、「それは結果勝負でしょう」と思う。
4.私も長年心臓のエコーには携わってきたので、アコースティック・ウィンドーの問題はどうも気になってしまう。実際に脳組織にどのように超音波が照射されているのか、それはどのような方法で評価されているのか。
5.局所の血管内皮を刺激することによってNOの創出と放散を促すということだが、局所でNOが増えているというエビデンスはあるのだろうか。

この辺をぜひ詰めていってほしい。
けちをつけているわけではない。セオリー的には魅力がある。宝の山の可能性は確かにある。アミロイドが減っている写真はたしかにとても魅力的だ。

今朝のテレビでアルツハイマーの超音波治療というのをやっていた。
どうせキワモノかと思っていたが、東北大学の循環器の先生がたまたま発見したらしい。
私が研修医の頃は、東北大学で超音波といえば田中元直先生、もともと理工系の学部を卒業したあと医学部に入り直したのではなかったか。ともかくテクノロジーに滅法強く、じつに好奇心旺盛な先生だった。
あの先生の教室で開発したのなら半端な技術ではないだろう。ひょっとするとノーベル賞ものかもしれない。(ノーベル賞にしては少々俗っぽいが)

少し調べた上で紹介することにした。


グーグルで検索すると、最初にヒットするのが東北大学が自ら立ち上げたPRサイト


ここに、2018年6月19日のプレスリリースが載っている。まずはここから行こうか。

【発表のポイント】というのがあって、低出力パルス波超音波(LIPUS)を脳に直接当てるらしい。
本質的にはかなり無理筋のテクニックだ。骨は光も通さないが超音波も非常に通しにくい。
【概要】
下川教授(循環器内科)らの研究グループは、虚血性心疾患に対するLIPUS治療の動物実験研究を行ってきた。
最初は尿管結石を飛ばす衝撃波治療を低出力で虚血心筋に当てたら血管新生が促進されるのではないかというアイデアが出発だったらしい。彼らはこれをメカノトランスダクションと名付けている。

たまたま、それを認知症モデルのマウスの脳にシュワッチしたら、アミロイドβの蓄積が妨げられた、というのがことの経緯だ。

下の図はLIPUSで励起された血管内皮のNOが3つのメカニズムでアルツハイマーに効いているのでは? という想定図で、どうせ神経内科の医者に書いてもらったものだろう。

ただ、そこは循環器屋らしく、「結局は虚血じゃないの?」と言いたげである。それが冒頭に述べた、「治療もできない人が、つべこべと理屈ばかり言ってんじゃないよ」というチコちゃんばりの一言につながっていくのだろう。

たしかに循環器屋の端くれとしては、胸のすく思いと言えなくもない。


次の文章が宮城県医師会報1月号の新春随想に載った下川教授の「認知症に対する超音波治療の開発」という文章。
これもこのサイトに転載されている。

ここでは下川教授は東北大学医師会会長の肩書きになっている。なかなかの政治家のようである。

まず彼自身の言葉で経過を語ってもらう。

私は,過去約 20年間にわたり,音波の持つ治療効果に着目して来ました。

まず,低出力体外衝撃波の血管新生効果を発見しました。ついで虚血領域の微小冠動脈を再生させることを見つけました。

心臓病専用の衝撃波治療機器を開発。多くの重症狭心症患者の治療に使用され,有効性と安全性が報告されています。

私は衝撃波だけではなく低出力のパルス波超音波にも同様の効果があることを発見しました。
心筋LIPUS

作用の機序についても研究してきました。
血管内皮の細胞膜には陥凹構造(Caveola)があって、そこを刺激するとNO合成酵素の発現が亢進されます。合成されたNOは血管新生を促進します。
これを「物理的な刺激を化学的なシグナルに変換するシステム」(Mechanotransduction)と呼んでいます。

と、ここまでが心筋の話。ここからが認知症の話になる。

最近の研究により,認知症では①NOの作用が低下しており,②結果として Aβや tau蛋白などの蓄積が生じて、③慢性炎症が進行することが明らかにされています。

ということで、NOを媒介にして虚血と認知症を結びつける仮説を立てた。

アルツハイマー型認知症と脳血管性認知症の2つのモデルマウスで検討したところ、脳血管性認知症のみならずアルツハイマーでも、①脳血流の改善と同時に,②認知機能の改善が見られた。さらに③Aβ蓄積も著明に減少した。
脳LIPUS

ただしここでは①,②については所見は示されていない。

ここからは週刊新潮の8月号に載った記事の抜粋

変な話だが、3つの記事の中では文章として一番良くまとまっており、研究の経過や背景が過不足なく書き込まれている。ろくでもない週刊誌と思っていたが、最近は多少クオリティが上がったのか。

心筋虚血に対する治療としては、これまで、血管増殖遺伝子を直接、心臓に注射する治療が行われてきました。しかし、明確な効果は得られませんでした。
IPS細胞を用いた研究も盛んに行われていますが、効果的に血管を増やすのは難しいようです。

そこで、血管新生のために、物理的な刺激を与えて患者の自己修復能力を活性化させる方法を考えつきました。

そのための刺激として、「衝撃波」に目をつけました。
衝撃波は尿管結石や腎結石を破砕する治療に使われていますが、2001年にイタリアの研究グループが、低出力の衝撃波を照射すると血管内皮細胞が活性化し一酸化窒素(NO)が産生されることを発表しました。

一酸化窒素が、優れた血管新生作用を持って
いることが知られているため、私は低出力衝撃波を用いて血管内皮NOを増やし血管を新生させる新しい療法を考えつきました。

試行錯誤の結果、結石の破砕に使われる出力のちょうど10分の1の強さの低出力衝撃波がもっとも有効であることが確認され、心臓病専用の衝撃波治療装置を開発しました。

現在、世界では、25ヵ国で1万人以上の狭心症忠者の治療に使用され、有効性と安全性が報告されている、ということです。

その後はちょっと風呂敷が広げられていて、客観的データが有るかどうか不明だが、当然のことながら末梢血管疾患、リンパ疾患、神経疾患にも有効と言われている。


次が、衝撃波に代わるアイテムとしてのパルス超音波について。

詳細は省略するが、至適条件が見つかって治験が始まっている。来年度には終了の予定だという。

そして…
「私は、15年に超音波治療法の新たな使い道として、認知症にも目を向けました」
という流れになっている。
そして「全脳照射」という技法を考え出した。
人間の頭蓋骨のなかで、最も薄い側頭骨から照射することにした。また、音の強さの分布を計測して脳の中央部で超音波の効果が現れるようにモデリングしたとのことである。

今月から治験が始まるそうなので結果が楽しみである。
ちょっと気になるのは、追試報告が少ないことである。心筋の衝撃波療法もかなり以前から行われているが、その割には学会では話題になっていた記憶はない。もっともこの10年は学会ともご無沙汰しているが…
「認知症はエコーで治す」の続き


慎重さを欠く篠田謙一氏の主張

最近、篠田謙一氏がテレビでの発言を繰り返している。基本的には正しい内容で、新知見にあふれ、「日本人の起源」論を一歩高めたものであろう。
シロウトが言うのも何だが、全体として大変優れた研究であると思う。

その上で言わせてもらうのだが、いくつかの点で正確さを欠くところがあるように思える。

篠田さんはもともとミトコンドリア(以下M)屋さんである。ミトコンドリアDNAの実証的研究を元に発言されてきた。それがこの10年位で全ゲノム解析が広がるにつれて、ゲノム屋さんのような顔をして登場するようになった。

たしかにゲノムの研究を旺盛に展開しているのだろうし、その分野で現在日本のトップ走者であることも認める。

ただ、全ゲノムでものをいうほどに全ゲノムに関する知見が蓄積しているわけではないので、とりあえずはM と Y の知見を加味しながらやっていくしかないと思う。

しかし篠田さんはM屋として得た知見を、全ゲノム解析の知見であるかのように語っている。少なくともそう受け取らざるを得ない場面がたびたびある。

我々は人類の移動の歴史を跡づけるわけだから、エビデンスが得られる限りにおいてY染色体のハプロをまず優先しなければならない。M は、それがどういう移動だったのかを検討するための二次的因子である。標本数の圧倒的な差を持ってしても、この本質は揺るがしようがない。

例えばの話だが、篠田さんのアイヌ論はM にこだわりすぎた間違いである。Y(男)ではほぼすべてが縄文人で、M(女)では縄文とニヴフのハーフアンドハーフである。これは東北・道南のアイヌが北に進み北海道を征服し、男を殺し女を妻にしたと見ればあたり前である。やがて女性も呼び寄せられて移住したから女性はハーフアンドハーフになったのである。それはアメリカ大陸におけるメスティソやラディーノの形成過程に典型的に示されている。

元がM屋さんである以上、ある程度は仕方がないのではあるが、シロウト相手にゲノム屋としてしゃべるときは、ゲノム屋としてのけじめは守ってもらいたい。

第二に青谷上寺地遺跡の骨であるが、これだけしっかりした標本があるのであれば全ゲノム解析をしているのであろうが、先程も言ったように全ゲノムに関するデータ蓄積がないのだから、それだけで語られても困るのである。

水戸黄門が印籠を出しても、こちらにはそれが本物かどうかはわからない。Y染色体ハプロではどうなのか、M ではどうなのか、それを語りつつ、それが全ゲノムだとどうなるのかを明らかにしてもらわないと困る。

それで青谷の話に戻るが、人骨がほぼすべて渡来系だったということで、それはたしかに驚きだ。

ただ、それは十分に有り得る話なので、青谷が朝鮮半島からの渡来人(あるいは北部九州からの二次渡来)の植民都市だったとすれば、何の矛盾もない。渡来人がみな、縄文人とやりまくって混血したと考えるほうがむしろ不自然なのである。

前にも書いたが青谷のすぐ近くには妻木晩田遺跡があって、青谷とは毛色の違う渡来人がいた。
私の印象では青谷が辰韓系で妻木晩田が高句麗系ではないか、そして妻木晩田系の人が青谷を襲って皆殺しにしたのではないかと思う。

とにかく弥生時代には縄文・渡来・朝鮮系がさまざまに交わって、一つの時代を形成していったのであろう。

M屋さんがあまりしゃしゃり出るのは好ましいとは言えない。言うのならそれなりの節度をもって臨むべきだろう。


フランス革命のスローガン、自由平等はわかるが博愛というのがわからない
わからないなりに考えていく上で、2つの前提がある。

博愛は自由と平等なしには実現し得ないものではないか

だから自由と平等を犠牲にしてまで目指すものではないのではないか。博愛は自由と平等を土台にして、それを乗り越えていく形でしか実現できないのではないか。

これが第一の前提

2つの乗り越えの複合としての博愛

自由の延長あるいは“乗り越え”としての博愛は、万人の自由の尊重である。それは「尊厳」と表現される。
平等の“乗り越え”としての博愛は、「法の下での平等」にとどまらず、すべての生活分野での不平等の拒否である。それはまず「差別」の拒否として表現される。

これが第二の前提である。

博愛の考えが社会主義をもたらした

この2つの前提のもとでの「博愛」の主張、これが社会主義の原点になるのではないだろうか。それを余儀なくさせた社会状況の変化。貧富の格差の新たな展開が社会主義の考えをもたらしたのではないだろうか。


ベンバン・ソーラー計画

2014年 エジプト政府、アスワン県南東部のベンバン(Benban)太陽光発電プラント計画を発表。予算は25億ドルの規模。

エジプトの電力の90%以上は石油と天然ガスに依存する。この内20%を再生可能エネルギーにする目標。

2016年 国際入札でドイツのイブ・フォークトと地元エジプトのインフィニティ・ソーラーが共同開発を受け持つこととなる。
太陽光パネルは中国製、電力変換器はドイツ製、発電施設はノルウェーが担当する。

施設の総面積は50平方キロで東京ドーム1千個分。1千万枚のパネルを使用し、アスワン・ハイダムに匹敵する2ギガワットの電力を生み出す計画。ちなみに苫東厚真発電所は3台の発電機で1.65メガワット。


2017年12月 ベンバン・ソーラー・パークの太陽光発電プラントが一部操業を開始。発電能力は64メガワットに達する。

これは操業予定32施設の1施設目であり、19年度中に全施設完成の予定。

赤旗の記事を膨らませたものです。
ちょっと、単位に疑問がありますが、かなり大きなプロジェクトであることは間違いありません。九州の話でも話題になりましたが、ベースロード電源との配分、揚水発電との組み合わせ等が必要な、「扱いにくい電力」であることは間違いありません。エジプトだと淡水化プロジェクトとの組み合わせがもっとも有望なのではないでしょうか。
水素プラントが早く実用レベルまで達することが望まれるでしょう。



伊藤美誠選手の中国三強撃破は衝撃的だったが、実はこれはかなり必然の結果のようである。
世界ランキングを見ると、中国は三強に続く若手が出てきていない。しかし日本は強豪が次々に輩出している。中でもすごいのが芝田沙季という選手で、この人の強さは全盛期の中国を彷彿とさせる。
今の卓球はサーブ、レシーブ、三球目攻撃でだいたい決まってしまうが、そのあとに本当の強さが出てくる。こういう選手は最初は目立たないが、受けに強いから、力がついてくると絶対に負けなくなる。チキータと高速サーブでじわじわといつの間にか追いついてくる。相手としてこんなにイヤな選手はいない。
こういう人は強い選手には勝てないが、弱い選手には負けないのだ。
早田にはこれがない。
このままなら多分、東京五輪は伊藤美誠と芝田沙季で、早田がダブルス要員ということになるのではないか。平野はまことに気の毒だが大化けしないと出場困難だ。
ただしまだほかに選手が出てくるかもしれない。



昨日は共産党の旗開きに参加した。12年に1回、一斉地方選挙と参議院選挙が重なる年で、大変なようだ。

それで今日は1日遅れで赤旗に載った、志位さんの新年挨拶を読んでいる。

新聞のいいところは、見開きにして机いっぱいに広げて、眺めながら、赤線を引いていくところにある。

ふと気がついたのだが、「民主」という言葉がえらく少ない。意識的に減らしているのかな。

民医連運動華やかなりし頃は、「民主」の花盛りで、なんでも「民主」の冠詞をつけるのがお決まりだった。

日本共産党ではなく、「日本民主党」と呼んだほうがいいのではないかと思うほどだった。

それが今回の「あいさつ」では、数えてみたら僅かに5ヶ所。しかもそのうちの一つは経団連会長の記者会見からの引用である。

まさに様変わりだ。

一応すべて引用しておきたい。

あいさつは全体として三部に分かれている。

第一部は「沖縄と憲法――二つの大きな成果を確信に、“安倍政治サヨナラ”の年に」と題され、全体として2018年の運動の成果を確認する部分だ。
ここでは2ヶ所で「民主主義」の言葉が出てくる。

一つは森友問題に関する言及で
森友「公文書」の改ざんは、国会と国民を欺き、歴史を冒涜(ぼうとく)し、民主主義の根幹を破壊する未曽有の大事件でした。
ここでの「民主主義の根幹」は、議会制民主主義の崩壊を非難する斬口として用いられている。

もう一つはそこから2段落うしろ、強権とウソの政治を非難したあとに
安倍政権に日本の民主主義をこれ以上破壊させるわけには断じていきません。
という使い方をされていて、議会制民主主義よりはもう少し広く、いわば国体存立の精神というか、政治上のモラルをさした使い方となっている。

第一部はこれだけだ。

第二部は、「2019年、何を掲げてたたかうか――四つの課題を一貫して追求しよう」と題され、今年の課題が示されている。

4つの課題とは
1.消費税増税を中止し、暮らし第一で経済をたてなおす
2.大軍拡、9条改憲に反対するたたかい
3.沖縄への連帯のたたかい
4.原発ゼロの日本を目指すたたかい
であるが、民主が出てくるのは沖縄の課題の部分のみである。

一つは辺野古の土砂投入強行に関する記述で、
法治主義も、民主主義も、地方自治も踏みつけにしたこの無法な暴挙を転機に、沖縄県民の怒りが、あふれるように全国に広がり、世界に広がっています。
というもの。

一昔前なら、確実に、法治主義も地方自治も「民主主義」に突っ込んでいた。
非常に民主主義の使い方が限定的で、“丁寧”になっていることがわかる。

ただここまで限定すると、逆にどういう使用法なのか判断がむずかしい。おそらく国法の原論的支柱の一つという扱いなのだろう。
それは主権在民の原則ということに帰結するのだろうか。

第5の「民主」は、非常に注目される。それは志位さんではなく経団連会長の発した言葉だ。
しかも「民主主義」の本質を強烈にえぐっている。

この言葉は原発廃止の課題に出てくる。
官民あげての「原発輸出」が失敗し、計画を手掛ける日立製作所の中西宏明会長が「もう限界だ」とのべた。
さらに中西氏は経団連の会長として、記者会見の席上で以下のように発言した。
全員が反対するものをエネルギー業者や提供企業が無理やりつくるということは、この民主国家ではない。
志位さんによれば、この発言は「原発を存続させるためには国民的議論が必要との認識を示した」ものだと理解される。

実にバブル期以来久しぶりに、日本のものづくり産業本来の、まっとうな意見を聞いた気がする。

ここでの「この民主国家」という言葉は、日本の国体原理としての「民主主義」に対する揺るぎない確信であるとともに、日本国民の民主国家を統治する能力に対する深い信頼でもある。

1951年、マッカーサーは「民主主義において、日本は、まだ12歳の少年だ」と言った。それから70年を経て、我々は成熟し得たと胸を張ってもいいのではないか。
だから、「民主、民主」と叫ぶのではなく、社会に定着した「政治風土」として民主主義を語ってよいのかもしれない。平成天皇を見ていて、まことにそのような実感を抱かされる。

では「民主主義」は政治・経済・社会・文化システムの中にどう整序されるのであろうか。安倍晋三らはどのようにこの民主主義を掘り崩そうとしているのであろうか。
この点について、今年はおいおい考えていきたいと思う。

グローガー理恵 「黄色いベスト(gilets jaunes)運動」 
田中 理 (東洋経済ONLINE) フランスのデモがマクロンを標的にするわけ
などから作成しました。

5月 ガソリン・軽油などの燃料税(炭素税または環境税とも呼ばれる)引き上げに反対する運動がインターネットを通じて呼びかけられる。
環境税はマクロン政権の売り物の一つで、ディーゼルからエコ・カーへのシフトを目指すものであったが、その負担が庶民に皺寄せされることに反感が広がった。反緊縮闘争の生贄になった側面もある

9月 フィリップ首相、来年1月から燃料税を上げると正式発表。

11月はじめ 燃料税引き上げ反対のネット署名が86万筆に達する。ネット上の呼びかけで、黄色ベストを着用し、「すべての道路をブロックする」イベントが提起される。

蛍光の黄色ベストは、車の中に装備することが義務付けられている。車が故障して外に出るとき着用する。(今井佐緒里)

11月17日にフランス全土で行われた最初のデモには全国で24万4000人 (警察調べ) が黄色べストを着て参加した。
11月17日フランス東部ヴズール

一部はバリケードを建設し道路を閉鎖した。10か所の燃料貯蔵所が実力封鎖された。これらの抗議活動に伴い1人が死亡、400人以上が負傷した。

11月19日 フィリップ首相、租税引き上げ政策の変更はないと表明。

11月24日 二回目の抗議行動。全土で10万人が参加。パリでは行動が激化。標識を破壊し、バリケードを建て、石畳を引きはがした。警察は、催涙ガスと高圧放水砲を使って参加者を蹴散らした。

11月26日 2日間に渡るパリ暴動で最大150万ユーロの損害。

11月27日 マクロン大統領、「暴徒には屈しない」「政策に変更はない」と発言。運動スローガンは、「マクロン終了」に変わる。

11月27日 BFMTVの世論調査が実施される。72%が「黄色いベスト」を支持し、85%がパリでの暴力に反対している。(発表は12月1日)

12月1日 シャンゼリゼの暴動。「グループスキュル」と呼ばれる過激派による組織的破壊。(今井さん)

12月5日 フィリップ首相、燃料税引き上げを延期すると発表

12月8日 4週目の抗議行動。ルーヴル美術館、エッフェル塔、パリオペラ座も閉鎖され、多くの店が襲撃を予想して、店に板を打ち付ける。

12月10日 マクロン大統領がテレビ演説。①最低賃金を1ヶ月あたり100ユーロ増額する。②残業手当を非課税にする。③低年金所得者対象に予定されていた増税を撤回する。廃止した富裕税を復活させることは拒む。

12月11日 ストラスブール銃乱射事件。イスラム過激派の無差別銃撃で5人が死亡、11人が負傷する。犯人は2日後に射殺される。

12月15日 政府は抗議者に街路から離れるように要請。フランス全土でおよそ6万6000人が抗議デモに参加。パリでは2,200人にとどまる。

12月22日 フランス全土で38,600人がデモに参加し、そのうち2,000人はパリで行進した。

運動の特徴

①リーダーは存在しない。②労働組合や政党とのつながりもない。③ほとんどが中産階級のひとで仕事を持っている。④問題は人種や移民ではなくナショナリズムでもない。

多くの人が「低所得のために毎月の生計が立たない」ことを悩んでいる。
多くの人が『不信を煽って国民をポピュリズムに押しやる、よそよそしいポリティカル・エリートの象徴』と見ている。

国民はどう見ているか

燃料増税反対で始まった草の根運動は反マクロン運動へと変化している。

最近の世論調査で、マクロンの支持率は23%まで低下した。また72%が(暴力なしの)黄色いベスト運動を支持している。

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