鈴木頌の発言 国際政治・歴史・思想・医療・音楽

中身が雑多なので、右側の「カテゴリー」から入ることをお勧めします。 http://www10.plala.or.jp/shosuzki/ 「ラテンアメリカの政治」がH.Pで、「評論」が倉庫です。「なんでも年表」に過去の全年表の一覧を載せました。

神川喜代男 著 「脳をつくりあげた生物の不思議―生命のしくみと進化を探る」

という本を読んだ。ブルーバックス新書で、発行は1995年となっている。いまから20年も前の本だ。

「出会い」というのだろうか、素晴らしい本だ。

実は最初は読む気などしなかった本だ。

「脳をつくりあげた生物の不思議」という題名がどうもピンとこない。なぜ「生命の不思議」ではないのか。

第二に、裏カバーに書かれた著者略歴が、かなりうざったい。

大阪大学医学部卒業なのはよいとして、卒業年次が1953年だ。失礼ながら、今生きているとすれば現役組としても88歳だ。この本を書いたのは66歳ということになる。

脳外科医としてレーザーメスの開発に関わった経歴もある一線の臨床医ではあるが、どうも途中でそちらはリタイアして鍼灸の方に顔を突っ込んできたらしい。

「まあせっかく取り上げたのだから…」と、パラパラとページをめくっていると、これが面白いのである。

95年に書かれた本としては、きわめて内容がアップ・ツー・デートだ。

それにもかかわらず、書きすぎや無理な断定はない。情報を取捨選択する目が大変肥えていると伺わせる。

学生の講義を念頭に書かれているのかもしれないが、あらゆる物事、あらゆる科学的認識を歴史の流れの中で見ているのも、初学者には大変ありがたい。

進化論の立場に立つ以上当然のことであろうが、大脳辺縁系ドグマは事実上否定されている。大脳は脳の進化の最終産物として位置づけられている。

心理学者が乱暴に踏み込んでいる「精神」の領域についても、必要以上の言及は慎重に避け、臨床ケースの検討に絞って論じている。
ちょっと文句もつけておく

ただし、よくまとまっていて、考えを整理するのには役立つが、目新しい事実はないので、そのつもりで。
生化学のところは、やや冗長・散漫に流れ、中味も流石にちょっと古くなった。

ということで、読むべきは第1部「エネルギーから眺めた生物の世界」と第2部「脳から眺めた生物の世界」で、これで約100ページ。

最後の2節は外人がよくやりたがる“博識自慢”だ。まぁご愛嬌であろう。


蛇の第二嗅覚系(ヤコプソン器官)の勉強

「蛇の舌は嗅覚」(星野一三雄さん)を読んで勉強しなければ、と当たってみた。

もちろん私の目的は嗅脳→大脳の発生学的機序を知りたいので、嗅覚そのものにさほどの興味があるわけではない。

さらっと勉強してみた結果、ヤコプソン器官は進化史上のエピソードに過ぎず、さほどの重要性はないことがわかった。

動物にとって必要な感覚は、すでに魚類の段階で一通り出揃っている。そこには嗅覚もふくまれている。

2015年09月26日三脳構造仮説を魚で考える より

3.終脳(従って嗅覚)が良く発達した魚の例としてはウナギやアナゴ、ウツボやマダイ、クロダイがいます。夜行性や暗い海で生活するタラはこの代表例です。魚では嗅覚の役割が大きいようです。


もっとも重要な感覚が視覚であることは魚類の時代から定まっている。
ただ、生活域が多様化するに従い、視覚が駆使できない場面も生まれてくるわけで、従来型の感覚をモディファイしてこれを補っていく必要が出てくる。

こんなことではないだろうか。

だいぶ長い前置きになった。

それでは「ヤコプソン器官」の説明に入る。

1.名称のいわれ

まず「ヤコプソン器官」のいわれだが、これはL.L.Jacobson (1783‐1843)という学者が発見したためである。“b”の音は“ぷ”と発するらしい。デンマーク人の解剖学者らしい。

英語では“Vomeronasal Organ”日本語では鋤鼻(じよび)器官というが、こんな名前は覚えないほうが良い。

2.解剖学的説明

鼻腔の一部が左右にふくらんでできた嚢状の器官である。

嗅覚機能を持ち、嗅球の後部内側の副嗅球からのびた鋤鼻神経に支配される。

ヤコプソン器官は、通常の嗅覚のように吸い込んだ空気に反応するわけではない。ヤコブソン器官に接するのは口の中の空気である。

門歯の裏側の上口蓋に鼻口蓋管という管があり、鼻腔とつながる。ここから入る空気を感受するのである。

上にも述べたとおり、ヤコブソン器官で発生した臭い情報は、鋤鼻神経を経由して副嗅球に至るのであるが、それで嗅神経に合流するかというと、そうでもない。

話をわかりやすくするために、中枢側から流れを追ってみよう。

嗅神経が枝分かれして、在来線は嗅球駅から篩骨というトンネルを通って嗅糸球(鼻の一番奥)に達し、そこから嗅覚受容細胞へと枝分かれする。これに対し嗅神経の支線は副嗅球という駅から鋤鼻神経を通ってヤコプソン器官(鼻中隔)に達するということだ。

川上の方もややこしい。副嗅球から嗅神経に合体するようにみえるが、実は並走しているだけなのだ。ヤコプソン系の嗅覚は扁桃核,分界条を経由して視床下部に達する独自の経路を持っているらしい。

ヒトを含む霊長類では、胎児期に発生したのち退化消失する。鼻口蓋管は骨口蓋の前部にある切歯管としてなごりをとどめている。

3.ヘビのヤコプソン系嗅覚

ヘビは聴覚はほとんどなく鼓膜も欠く。嗅覚は鋭敏でヤコプソン器官が発達している。

ヘビの舌は細長く先が二分されている。これを出し入れしてにおいの微粒子を口内に取り込む。

ひっこめた舌の先端は正しくその開口部にあてがわれ,捕捉した嗅物質を感覚上皮(嗅上皮)に送りこむ

口内に取り込まれた微粒子は鼻口蓋管を経由してヤコプソン器官に接触する。

鋤鼻器は鼻腔と完全に連絡を絶っており、口蓋にのみ開口部を持つ。

舌はまた空気の振動や流れ,温度差などをも感じとるとされる。
蛇の舌
(ニシキヘビには上顎に左右3対の赤外線センサーもあるそうだ。ほんと、いやな奴だね)

4.ヘビ以外の
ヤコプソン系嗅覚

ヘビがすごいことになっているので、ほかの爬虫類も…と思いきや、事情はなかなか複雑である。

トカゲ類・ヘビ類を含む有鱗目では鋤鼻器が非常に発達し、嗅上皮よりも主要な嗅覚器官となっている。

ところが、現生爬虫類を構成する4つの目のうち、カメ目・ワニ目では鋤鼻器はほとんど消失している。ムカシトカゲ目では内鼻孔に開口する盲嚢でしかない。

(爬虫類のうち絶滅群は別掲とされており、恐竜目・翼竜目・魚竜目・鰭竜目・獣形目が設定されている。これらについては後日勉強)

鳥類は、飛行への寄与の少ない嗅覚はほとんど発達せず、鋤鼻器は消失している

ところが、哺乳類ではふたたびヤコプソンが機能し始める。しかしそれはきわめて特殊な儀式的な機能である。

哺乳類の鋤鼻器は一般的な嗅覚を感じるのではなく、フェロモン様物質を受容する器官に特化している。

ほとんどのグループで鋤鼻器が発達し、鼻中隔の前下部に存在する。そして鼻口蓋管と呼ばれる管で口蓋部に開口する。

フェロモン物質を鋤鼻器に取り入れる際、イヌやウマなどの動物ではフレーメンと呼ばれる独特の表情をする。

4.味覚と嗅覚の関係

なぜヘビの時代にこれだけ発達して、その後退化してしまったのか。この辺についての説明は見当たらない。

そこで想像してみる。

感覚は、魚が陸上に上がり両生類→爬虫類と進化する中で意味合いを変えてくる。

外的刺激と感覚器の受容とをつなげる媒体が水から空気に変わったということは、感覚受容体のあり方に根本的な変化を促した。

それはとりわけ嗅覚において顕著だったであろう。

サカナでは基本的に味覚と嗅覚は同一の機序であるはずだ。化学物質の刺激が受容体によって感受され、神経刺激となって脳に送られることに変わりはない。

ただ嗅覚は味覚より遥かに微量の物質に感応しなければならない。したがって味覚の中枢である後脳ではなく、嗅脳という装置を形成し、シナプスを変えて前脳(視床)に至るのである。

5.
ターボ・プロップの発想

その差は陸上に上がると一気に拡大する。味覚は引き続き液体を対象とするのに対し、嗅覚は空気を対象とするようになる。液体クロマトグラフィーと ガスクロマトグラフィーの違いだ。ところが初期のガスクロは液体クロマトの装置を流用しただけで、ひどく性能が悪かった可能性がある。

その懸隔を埋めるために生み出されたのが第二嗅覚系たる「ヤコプソン器官」なのではないか。要するにジェット機の時代にターボジェット・エンジンを作れなかったソ連が、ターボ・プロップでしのいだみたいな話しだ。
(とはいえツポレフは4つの同軸反転プロペラを持ち、最大巡航速度が925km/hという名機であった)

ただそれは生物進化の一時的な寄り道に過ぎなかった。正規の嗅覚がよりいっそう鋭くなり、視覚機能がより高度化する中で、第二嗅覚系の必然性は薄らぎ、やがて退化していく。 

という筋書きを考えたのだが、いかがであろうか。
多分結構いい線をいっていると思うのだが、そうすると次の難題が出てくる。本当に嗅神経の性能は爬虫類→哺乳類のあいだに大幅アップしたのだろうか。もしアップしたとするなら、それはどういう技術革新によるものであろうか。
悩みは尽きない。 


生物の起源を遡って勉強してきたが、その中で感じたことを書き留めておこう。

生物というのは、ただの生命ではない。生命が細胞という形をとった「生命の一種」である。

それはLUCA(共通祖先)までは遡れるが、それより前に細胞という形に至らない「生命活動」があったことは間違いない。「細胞」という存在は、生化学的・生物物理学的に見れば、あまりにも完成されているからである。

ただそのありさまは想像の範囲を出ない。そこには、3つの要素があったであろう。

① 膜の形成と囲い込み、② 代謝、これは2種類に分かれる、a エネルギーの獲得と利用、b 体成分の合成と異化、③ 増殖

である。

そして①→③の道筋をとって生命が進化したことも間違いないと思う。

すなわち膜の形成こそが最大の要素である。そのチャンスは高温高圧下、エネルギーが溢れかえり、分子が次々に衝突し、化学反応が密集する条件のもとでしか実現しないだろう。確率論的な話だが…

(かと言って、深海底の熱水湧出孔が生命の出自だというのではない。地球誕生直後の重爆撃期に、早くも「生命」が登場した理由を説明しているのである)

膜の形成以前に、さまざまな無機的な化学反応があった。マンガンなどの触媒を中心に、化学反応群が継続して発生するクラスターがいたるところに形成される。

それがある日、膜をかぶり他所とのあいだに境を作ることになる。膜内では有効成分の濃縮が起こる、無効成分の排除が起こる。

こうして代謝経路が積み上げられ、完成していくことになる。またアミノ酸や核酸の合成経路も組み込まれることになる。

②bと③については、RNAワールド論争の渦中にある。まだ不明なことが多く、語るに至っていない。

こういう理解は、実はオパーリンのコアセルベート・ドグマそのままである。

日進月歩のこの世界で、1927年に提起されたこのドグマがいまだに真理性を保ち続けているのは、驚異的であると言わざるをえない。

ついでに言っておきたいのは、このような生命の生成から定着へと至る発展過程の論理が、人類社会の発展過程にも適応できないだろうかという着想である。

まぁ、いわばマルクスの史的唯物論の発展型バージョンである。

ヒトは小魚の群のように群れて泳いでいたのが、膜を作ることにより安定し、定着し、密度を上げることにより膜内構造を作り始める。

やがて光合成装置を取り込むことにより、農耕社会へと入っていく。

そこへ荒野の彼方から真核生物がやってきて、人々を村ごと飲み込んでしまう。彼らは細胞内に農耕民を住まわせる一方、核膜の中にみずからを隔離し、王として君臨する。

と言った具合だが、ここから先はダボラ話になるのでやめておく。


流石に有名曲だけあって、You Tubeでもずいぶんとたくさんの演奏が聞ける。
本日聞いたのはブーレーズ、モントゥー、ミュンシュ、レイボヴィッツ、カラヤンの旧盤と新盤、ラトル・BPO、ブラッソンというところ。この倍くらい音源がある。カラヤンの旧盤はツェラーのフルートというのが売りになっているが、You Tubeの音質はかなりの低レベル、新盤は85年のものらしいが、どうしようもなくうざったい。
ラトルの音源は05年の東京ライブらしい。何故か音がくぐもっている。一つひとつの音は素晴らしいのに残念だ。ブーレーズはいつもながら好きでない。嫌なやつだ。
モントゥーの録音は来日直前のものであろう、ステレオだ。デッカのおかげで素晴らしい音がとれている。ミュンシュの録音も引けをとらない。モントゥーはロンドン交響楽団、ミュンシュはボストン交響楽団で最高の技術水準だ。
レイボヴィッツはLPからの盤起こしで、音そのものは良いのだが低調の雑音が気になってしまう。
いろいろ聞いていると、この曲はフルート協奏曲ではなく、かなり指揮者次第で変わってくる曲だということが分かる。ワグナーを聞いているのではないかと錯覚することさえある。それはレイボヴィッツ盤を聴いていると良く分かる。
ということで、ミュンシュには悪いがこの曲向きではない。減点法で行くとモントゥー盤かなということになる。ブラッソンもとてもいいのだが、オケのレベルがちょっと物足りない。
まぁ今日はこんなところで。


EUはどこへ行くか

イギリスの離脱、フランス大統領選での熱い論戦が示すように、EUがどこへ行くのかは重大な問題となっている。

そのEUの最高機関である欧州議会が開かれている。13日にユンケル委員長が施政方針演説を行い、翌日から討議が始まった。

ユンケル演説の骨子は以下の通り。

1.EUはギリシャの債務問題や難民流入、ユーロ懐疑派の台頭という危機を経験した。しかしEUは「打ちのめされ、傷ついた」状態から回復しつつある

2.経済成長が再開した。「欧州に流れが戻った。絶好の機会が訪れている」

3.すべての加盟国に訴える。ユーロ通貨圏や他のEU機関に参加しよう。ユーロはEU全体の通貨となるべきだ。

4.日本とEPAで合意に達した。米国とのFTAも交渉を加速させよう。対中国ではインフラやハイテク製造業、エネルギー分野における欧州企業買収を制限し戦略的利益を守る。

5.常任のEU財務相を置く。欧州安定メカニズム(ESM)を拡充し欧州版国際通貨基金(IMF)の創設を検討する。


討議の中で明らかになったのは、雇用の問題、富の不平等、福祉・貧困対策、労働条件などで問題が山積しているということであり、その根底にあるリーマン・ショック後10年に渡る緊縮政策の是非だ。

この間の緊縮政策は結局、多国籍企業の利益に沿ったものでしかなかった。

欧州では1億2千万人が貧困に陥っている。失業者は2千万を超えている。これは緊縮政策の結果であり、まさに「欧州の失われた10年」となっている。

「労働者は雇用を脅かされ、農家は農産物価格の低迷で市場から締め出され、失業者は放置されている」(欧州統一左翼)

「労働者は労働力柔軟化政策のもとで、長時間労働、劣悪な労働環境、低賃金で働かされている。これが社会的ダンピングとなって、さらに負の連鎖を引き起こしている」(欧州統一左翼)

これらの事態の原因のすべてがEUにあったのか、各国政府が担うべき責任は分からない。(ユンケルはルクセンブルクの首相だった時、アマゾンと租税優遇措置を取り決めた。この件については、現在も欧州議会税制特別委員会が調査を続けている)

しかしはっきりしていることがある。たとえその原因の多くが各国政府の責任であったとしても、それを救うためにEUは作られたはずだ。

少なくとも犠牲を助長するような政策であってはならないはずだ。

これらの点で、EUがその存在意義を問われる状況はこれからも続くことになろう。
EUの存在意義を欧州共同防衛というような内容に変質してはならないはずだ。それは多国籍企業のためのEUに変質するときの隠れ蓑にすぎない。


このあいだ、前原新体制について思いを巡らしたところだが、事態は思わぬ方向へと急展開しつつある。
率直に言えば、総選挙の動きは半ファシスト安倍政権の思惑が暴走したものとしか思えない。
前原構想の目標
前原構想というのは、一言で言えば二大政党制の復活であった。二大政党制は小選挙区制とペアーとなった、日本の政治システムづくりの「目標」であった。小選挙区で自民党が長期低落を続ければ、いずれ独裁か革命かという選択を迫られることになる。どちらにしても政治の不安定化は避けられない。
だから、とくに財界を中心にかなりテコ入れも行い、民進党の政権掌握までこぎつけた。
民進党政権は3つの傾向を生んだ。民進党の右傾化(経団連の御用政党化)、自民党の半ファシスト化、そして共産党をふくむ(排除しない)リベラル勢力の伸長である。
半ファシスト勢力とリベラル勢力の対立という構図の中で、民進党(財界主流)は谷間に落ち込んだ。そこからの復活を目指すにはどうしたらよいか、というのが前原の問題意識であったろう。
「共産党を除く」路線が桎梏となっている
それは「リベラル右派」(というものがあるとして)の悩みでもある。結局「共産党を除く」路線が清算されない限り出口がないのだが、そこには未だ踏ん切りがつかない。( 
だから前原は「共産党とは志を同じくせず」と言いつつ、党利党略的に選挙協力はして(させて)、民進党の生き残りと二大政党制の再建を図ったのだろうと思う。
それは明らかな建前と本音の矛盾であり、経団連・連合は前原を信用はしなかった。しかしトリプル補選までは様子を見ようとしていた。
そこを安倍半ファシスト勢力は容赦なく衝いてきた。
これが大まかな構図ではないだろうか。
安倍政権は本来は異端
押さえておかなければいけないのは、安倍政権は日本の支配層にとって異端だということである。
ひとつは極端な右翼思想をバックボーンとし、反中国・反北朝鮮の推進役である。
もう一つは財政再建、金融引締めのオーソドックスな経済政策に対抗して、赤字国債・量的緩和というヘテロな政策を断行したことである。
アベノミクスが打ち出された時、ときの経団連会長はこれを面罵した。しかし兎にも角にもアベノミクスのもとで円高は是正され、日本企業は息を吹き返し、今や空前の利益を上げている。
いっぽう、正統派が打ち出した消費税増税は惨憺たる結果をもたらした。
今や彼らはアベノミクスの前に拝跪し、みずからのビジョンを失ったまま金儲けに奔走しているのである。
半ファシストとの関係を断て
ヒトラーが登場した時、ドイツ経済界の大勢はナチスにきわめて批判的であった。しかし彼らは最終的にはヒトラーの驥尾に付し、十分に儲け、そして第二次大戦へと突き進んでいった。
いま、そういう時代を迎えようとしているのではないか。
小池・細野ラインでの政界の再編はありえない、もはやそのような余裕はないと、臍を固めるべきではないだろうか。反共リベラルの諸氏よ!
需要創出を中核とする経済政策への切り替えを
そして同じヘテロでもリーマンショックをもたらしたグリーンスパンと、それを(欧州を犠牲としてだが)再建したバーナンキの違いくらいは理解すべきだ。(2013年08月05日 バーナンキの変節
変えられない(短期的には)世の流れというものはある。健全化一辺倒の経済政策の誤ちを総括し、内需拡大を中心とするヘテロ政策を組み込んだ新たな経済ビジョンを構築すべきではないか。
最後に、山崎元さんの「民進党への提言」を再掲しておく。これは財界(連合)への提言でもある。

前原・民進党は何をすべきだろうか。簡単にまとめるなら、以下の7点だ。

(1)安倍首相への批判に争点を絞る

(2)憲法と対共産党の議論は棚上げ

(3)選挙協力は実を取る

(4)「再分配政策」重視を打ち出す

(5)金融緩和継続と消費税率引き上げ延期を確約

(6)フレッシュな顔を前面に出す

(7)仲間割れしない!

もご参照ください

蛇の舌は嗅覚」(星野一三雄さん)だという記事から。
Q.ヘビの舌はなぜ二股に分かれているの?  なぜヘビは舌をチロチロ出し入れしているのか?
A.ヘビは舌で「臭いを嗅いでいる」からです。 私たち人間やイヌなどは「鼻」で臭いを感じ取ります。 しかしヘビは「ヤコプソン器官」という器官で感じています。
ヤコブソン器官は、ヘビ以外の動物では退化してしまっています。 ヤコプソン器官は口の中の上顎の部分にあります。
ヘビは空気中に舌を出すことで、空気中の「臭い物質」を舌で絡め取り、 ヤコプソン器官に運んで臭いを感じ取っています。
ヤコプソン器官は1対ありますから、それに対応して舌も2つに分かれています。 そうすると「立体的に臭いを感知」できることになります。 また時間差を利用して、臭い物質の来る方向を感じることもできます。 

ということで、「ヤコプソン器官」というのを勉強しなければならない。またこれまで舌は味覚に関与する器官だと考えてきたが、考えを改めなければならない。
たしかに舌の神経支配は単純ではない。味覚も甘みと苦味によって感じる部位が違ったりと、いろいろ複雑だが、なぜそうなのかを考えてみたことはなかった。
以前「フロント脳」というアイデアを考えたことがあった。顔面にはさまざまな近くが集中している。
この内視神経と聴神経はそれぞれに中枢がしっかりしているが、嗅覚・味覚・触覚については動物ごとにかなり違ってくる。
その進化の流れの中に大脳の起源が潜んでいるのであろう。

ウィキの解説を元ネタとし、最近の知見を加えてある。

1868 メタンガスが微生物の働きにより発生することが確認される。

1922 高度好塩菌が分離される。

1936 嫌気性培養の技術が発達し、メタン菌が発見される。分離は1947年まで下る。

1962 高度好塩菌の細胞膜が真正細菌とは異なり、エーテル型脂質で構成されていることが分かる。

1970 好熱好酸菌が発見される。細胞壁はS層単独で構成されるが、熱に対して極めて安定。

1970 好熱好酸菌の細胞膜が好塩菌と同じくエーテル型脂質で構成されていることが明らかになる。後に古細菌の特徴として注目され、古細菌の定義となる

1976 カール・ウーズ(Woese)ら、16S rRNA配列を用いて生物の分類を開始。16S rRNAは細胞中に大量に存在するため、PCRが開発されていない当時でも配列の比較が可能だった。

1977 メタン菌、好熱菌(45°C以上で活動)が高度好塩菌と同じエーテル脂質の細胞膜を持つことが確認される(Makulaら)。これら三種は16S rRNA配列も近似していることがわかった。

1977年 ウーズら、三種の細菌を古細菌“Archaebacteria”という概念で括り、原核生物が古細菌および真正細菌からなると提唱する。

それ以前は古細菌の概念はなく、それぞれが真正細菌の特殊系として括られていた。

1982 110℃で増殖する古細菌(超好熱菌)が、海底の熱水噴出口で発見される。(今日では古細菌以外にも超好熱性を示す生物が確認されている)

1984 レイクら、古細菌の1系統であるエオサイト(=クレン古細菌)が真核生物の祖先となったと提唱。エオサイト説と呼ばれる。(Lake の系統樹そのものはかなりポレミックである)

1986 真性細菌、古細菌のいずれにおいても、古いものほど好熱菌が多いことが指摘される。

1989 遺伝子解析により、古細菌が真正細菌よりも真核生物に近いことが報告される。ただし困ったことに、細胞膜は真核生物は真正細菌と同様エステル系細胞膜である。

1990 カール・ウーズら、3ドメイン系統樹を作成。原核生物と真核生物の分岐よりも以前に、古細菌と真正細菌の分岐が起きたとする。

ウーズはLUCAについては否定的で、遺伝的仕組みが成立していない複数の生物が先行したとする。(プロゲノート説)
系統樹
1993 好熱性古細菌も真正細菌と同じ環状DNAを有することが発見される。ここから環状ゲノムを有する共通祖先の存在が提唱される(コモノート説)

1996 超好熱性メタン菌の全ゲノムが解読される。遺伝子の半数以上が古細菌独自のものであった。

1996 古細菌のタンパク合成経路が明らかになる。DNA→リボゾーム機構は、真核生物のそれの祖先型とみられる。

2009 古細菌がTCA回路を持つことが明らかになる。ミトコンドリアではなく細胞膜付近のコンポーネントで行われる。解糖系はEDもしくはEM経路に類似。

2014 古細菌の代謝機能関連遺伝子のいくつかが、細菌からの水平遺伝子獲得によることが明らかになる。

2015 エオサイト仮説を補強するロキ古細菌群が発見される。「ロキ」は北極海の深さ3千メートルの熱水噴出口の名前。遺伝子的には、これまでの候補に比べて真核生物にかなり近いという。

系統樹2

2015 新種の古細菌による脳脊髄炎の集団発生が報告される(Sakiyama)。

2017 ロキよりさらに真核生物に近縁とされるアスガード古細菌群が報告される。古細菌は新種が続々と発見されており、エオサイト候補もさらに更新されていく可能性がある。

* やってみて感じたのだが、LUCAの話は当分問題になりそうもない。LUCAの前の不完全な生命体にとってのゴールでしかない。
ミトコンドリア・イブのようなもので、「きっとそんなのがいたんだろうなぁ」程度の話にしかならない。そのほとんどは古細菌の研究で明らかになってしまうだろう。
古細菌と真核生物を結ぶ線はほぼ見えてきた。これはこれで非常に面白い。
しかしそれよりも肝心なのは、古細菌がすでに持っているDNA、リボゾーム、細胞膜、TCA・解糖系といったコンポーネントがいかに形成されて、いかに一体化していったかという問題であり、それらはLUCA以前の問題である。RNAワールド(真偽はともかく)とLUCAを結ぶ線は限りなく不透明である。

フランスの政治-かんたんな紹介

1.フランスの政治の歴史

フランスでは1789年にフランス大革命が起こりました。革命派の人々はルイ16世の王政を倒し、共和制を宣言しました。

それは「自由・平等・博愛」を宣言しました。これはフランスばかりではなく、現代の民主主義の精神的基礎となっています。

この考えはアメリカにも受け継がれ、日本の憲法もその流れのもとにあります。

自由の女神

ニューヨークの「自由の女神」はアメリカ独立を祝してフランスが送ったもので、アメリカの民主主義のシンボルとなっています

フランスは進歩と文化の中心地となりました。文学・絵画・音楽などの世界で、パリは世界の芸術の首都となりました。

そのフランスも、19世紀の後半にはアフリカ・アジアに植民地を抱える帝国主義の一国となります。例えばベトナムも半世紀にわたりフランスの植民地支配に苦しめられました。

しかし、ドイツでナチが政権を握った時、フランスでは「人民戦線」が政権を掌握し、庶民のための多くの改革が成し遂げられました。

バカンス(夏休み)という制度もこの時のものです。

人民戦線
1940年、フランスはナチス・ドイツに占領されてしまいました。しかしフランス人の心は占領されませんでした。芸術家をふくむ多くの人々がレジスタンス(抵抗)に立ち上がり、命がけで祖国と民主主義を守りました。
レジスタンス
レジスタンスのメンバーであった彼は、ナチスに捕らえられ銃殺される前に微笑んだという。 

第二次大戦後は、国内の経済荒廃に加えベトナムやアルジェリアなどの植民地を失い苦境に立たされますが、依然として高い文化的プレステージを背景に強い影響力を保ち続けています。

政策的にはアメリカ主導のグローバリズムとは一線を画し、ドイツとの共同による国際経済新秩序の形成を目指してきました。

国内的には労働者・農民の発言力が強く、二度にわたり社会党が政権を握るなど左翼色が濃いのが特徴でしたが、リーマン・ショック後の長引く不況の中で企業よりの政策が強まっています。

それに対する批判が左翼の方向には向かわず、極右の排外主義に傾いているところに、目下の危険があるといえるでしょう。
こういう状況の中で2017年の総選挙が行われました。
おおかたの予想では社会党政権の地滑り的大敗北、左翼勢力の後退、極右勢力の躍進、場合によっては「国民戦線」の政権就任というものまでありましたが、その中で左翼のメランションが予想外の健闘、「国民戦線」の挫折という結果となりました。
この中でとりわけ目立ったのが若者の決起でした。その原因は何か、若者の政治回帰はどのようにして実現したのかがとりわけ興味深いところです。
そのあたりが今回のお話で聞きたいところです。


しばらく読みかけにしていた杉谷さんの本を、最後まで読み切った。
読後感はかなり爽快である。
本の後半は化石掘りの体験記である。
最初の、わずか一週間の貧乏オーストラリア発掘旅行で、宝物の大型微化石を見つけてしまったこと、それを世に出すまでのはかりしれぬ苦労。次々に追い越されていく焦り。
宝物探しみたいな研究は本当の学問じゃないとかいう陰口、エトセトラ。
「こんなものを見つけてしまったために、一生を棒に振ってしまった」と言えなくもない人生。
老眼になるほどに顕微鏡を覗き続けて達した現在の境地だということが、実感を持って迫ってくる。
その中で勉強になったのが二つ、
一つは生物化石の確からしさの二つの条件、年代的な確からしさと生物的な確からしさだ。それぞれに何項目もあって厳しく条件付けられている。この「確からしさの条件」は長年の論争の中で積み上げられてきたものだけに、ほかの分野でも十分応用の効くものだと思う。ただ絶望的なまでに煩雑で、とても憶える気にはなれない。一応そういうものがあるということだけは覚えておこう。
二つ目は、そういう過程を経てここ数年のあいだに、それらが生物化石であることがほぼ確定されたということだ。
これは炭素同位元素化石ではなく、しっかりと胞体でもって確認された細胞である。大型微化石として確認されたレンズ型の細胞は、杉谷さんによれば34億年前の南アフリカ、そして30億年前のオーストラリアのものである。その後者に杉谷さんの発見した微化石も関連している。
これで私としても、安んじて年表に書き込むことができる。
もちろん炭素同位元素化石はさらに歴史を遡るであろう。ただしそれは「今はまだ34億年をはるかに遡ること数億年」と言うかたちでしか書けない。

今こそ、第二のストックホルム・アピールが必要だ。

相争う二つの勢力が意地を張り合っている。このような馬鹿げた意地の張り合いなどもうたくさんだ。

一つ間違えば世界を存亡の縁に追い込むような賭けを、世界のすべての人は許す訳にはいかない。

どちらにどのような言い分があるにせよ、世界の人にとっては迷惑千万だ。「撃ってみろや→パーン」は絶対困るのである。

とにかく話し合いのテーブルにつけ。

これがまず一つ、最初の呼びかけだ。

二番目には、とかく東アジアには争いの種が多すぎるということだ。そして東アジア自身も、周囲の非アジア諸国も過剰に反応しすぎていることだ。

北朝鮮問題にも明らかなように、もはや東アジアの問題は東アジアだけでは解決できなくなっている。

まずは関係国すべてが問題を総ざらえして、包括的な解決の方向に向けて歩調を合わせていかなければならない。そうしないと、いつまでたっても東アジア問題は解決しない。それはすべての関係国にとって不利益だ。

懸案問題は、多少時間がかかってもいいから包括的に解決しよう。

これが第二の呼びかけだ。

三番目は、いかなる国も、東アジア非戦の運きに対して妨害となるような行動を起こすなということだ。

あらゆる関係国のあらゆる努力は上の2点に絞って集中されるべきである。

東アジア諸国間には、それ以外にも多くの懸案事項がある。尖閣をふくむ領土問題、慰安婦をふくむ戦後処理問題、人権、拉致問題、関税など数え上げればキリがない。

それらは別途解決されるべき課題ではあるが、国家主権の相互尊重なくしては交渉の土台さえ成立しない。

さまざまな意見の違いは脇において、東アジアにおける多国間の核不使用・平和共存のルール作りを最優先すべきである。このことは、多国間協議の対象国のうち日本と韓国を除く4カ国が核保有国であるという現実を踏まえた時、決定的なポイントである。

各国政府は、以上を踏まえた「東アジアの平和」を目指す相互確認の実現をめざし早急な合意を実現すべきだ。

このような趣旨のアピールが発せられ、大方の支持を得られることが当面差し迫った課題であると思う。

多くの方々の反応を期待する。

前脳は間脳ではない!

ネットで嗅脳の記事をあさっているうちに、次第に腹が立ってきた。

まず「嗅脳は大脳辺縁系である」と決めつける。そして大脳辺縁系の役割をサラサラっと紹介して終わるのである。

大脳辺縁系の説明も偏見に満ちている。「古い、ださい」がひたすら連打される。その分類も、古いのと、超古いのと、それほど古くはないのという具合だ。つまり古いというのは時代遅れで滅びゆく脳だということだ。旅館でいえばトイレもないような旧館で、本館、別館、新館に役割を奪われ、「いずれ建て替えね」とささやかれている建物だ。

私ならこういう。視床と辺縁葉は、1階とロビー階だ。船でいうなら機関室だ。大脳は客室にすぎない。

だいたい間脳という言い方が悪い。いかにも中間管理職と小馬鹿にしている。そこは間脳ではなく前脳だ。脊椎動物が誕生したときから前脳は前脳だ。船長の居場所だ。そこは神経を経由する情報と体液を経由する情報の結節点だ。人間が生きていくための全情報と駆動力がそこに集中する。

大脳は流行りの言葉で言えば“A I”なのであって、衝突を予防したり、慣性飛行を司ったり、囲碁や将棋で無類の力を発揮はするが、それを命じるのは前脳なのだ。
総理大臣と内閣は、官僚機構が充実すれば不要になるだろうか(これはあくまでも脳科学の話であって、哲学や政治の話ではないが)

まぁとりあえずこのくらいでやめておこうか。

とにかく、いまだに「マクリーンの呪い」が世間を呪縛していることには、愕然とする。

これらの機能は聴覚や視覚よりも遅れて発達したのではないかと思う。

なぜなら聴覚も視覚も前脳・中脳・後脳という三脳構造の中にしっかりとハマっているからだ。それに引き換え嗅脳は宙ぶらりんだ。これには魚の時代から三脳構造ができあがっているところに、陸に上がってから急に嗅覚が大事になったので、外付けで嗅覚用の脳をこしらえたという事情があるのだろう。何かを流用した可能性もある。

もうひとつ、聴覚・視覚は感覚だけを脳に伝え、その情報への評価はあくまでも脳が行うが、嗅覚については好きか嫌いかという価値判断を伴って伝えられることだ。

だから良い音楽や良い絵画というのは人によってずいぶん違うが、香水が良い香りで、うなぎの蒲焼きが美味しそうな匂いで、おならが臭いのはすべての人間に共通する。

そこには脳の別館みたいなものがあるのではないか、国内の支店のように現地の生情報を上げても仕方がないので、そこでいったんレポートの形にして上申するということだ。

第三に、終脳を持たない動物にあって、そこにあるのが嗅脳だからだ。前脳の別館として嗅脳ができたのなら、それと同じようにして大脳もできたのではないか、と考えるのはきわめて自然だ。あるいはひょっとして嗅脳そのもの、あるいはその一部が大脳にまで肥大していったのではないか、というのもあながち妄想ではあるまい。
これらは、自説である「三脳説=大脳派生説」の必然的方向である。

ということで、その発生のあたりから調べてみたい。

以前から気になっていた室蘭に行ってきた。
室蘭には出張で何回も行っているのだが、その気で市内を見て回ったことはなかった。
多分、この地図を見てくれれば、誰しも、とっても気になる街だと思う。

室蘭
絵に描いたような良港だ。函館や小樽など比べ物にならない。港であればこうありたいという自然の条件をすべて備えている。広さはお釣りが来るほどで、防波堤など不要だ。後背地も広大だ。
しかし船の時代は終わってしまったから、どうしようもないのだ。
いまは乗換駅だった東室蘭が街の中心になっている。しかし室蘭駅はいまだに室蘭にある。市役所や市立病院やNHK放送局も室蘭にある。
室蘭本線は半島の西側をのたうつように走り室蘭の市街に至る。山裾に線路が敷かれているのだから仕方ないのだが、その海岸沿いは広く埋め立てられて新日鉄や日本製鋼の工場敷地になっているのだから、なんとなく割り切れないところがある。敷地の中を突っ切れば距離は半分で済むだろう。

かつて室蘭は北海道で5番目に大きい街だった。
都市人口推移
北海道が一番威勢が良かった昭和30年、札幌の人口は45万、これに次いで函館が23万、小樽が18万、旭川が14万、室蘭と釧路が11万、夕張が10万、帯広と苫小牧は5万足らずだった。
上の図では2000年までしかないが、2017年の今、状況はさらに惨憺たるものとなっている。

室蘭の地名はアイヌ色が濃厚だ。地図を見ても大黒島と白鳥大橋以外はすべてアイヌ語由来だ。駅名も輪西、御前水、母恋というふうに風情がある。
私は前から山の尾根を走る道路が気になっていた。どうしても一度走ってみたいと思っていた。あるひ、目が覚めて、天気が素晴らしいのに後押しされて、フッと出かけた。
札幌から110キロ、高速を使うと2時間でつく。ただし眠気はかなり強烈だ。100キロで走っていても車が止まっているように感じられる。
インターを降りて、地図でイタンキと書いてあるあたりから山道に入る。予想以上の難コースだ。しかし新日鉄の馬鹿でかい敷地を除けば景色は素晴らしい。日本製鋼を過ぎたあたりから尾根に出る。今度は太平洋が一望される。
地球岬からは噴火湾越しに恵山が目の前だ。これだけ美しい街なのに北海道の観光案内にも載らない理由は、ここがかつて公害の街だったからだ。
新日鉄の煙突から撒き散らされる鉄粉は、室蘭の町を赤茶色に染めた。企業城下町だったからそれを誰もなんとも言わなかった。もう50年も前、学生時代に泊まり込みで公害調査に来たことがある。細かい雪のように鉄粉が街なかを舞っていた。
それがいま高炉の火が消えて初めて美しさを取り戻した。
室蘭は観光の町としてもう一度再起すべきだと思う。
日本人は知らないが、中国人はそのことをよく知っている。地球岬は中国人だらけだ。



2016年12月20日 を作成。2017年02月03日 に1回増補している。その後、つい先日2回めの増補を行ったばかりである。


2017年9月10日、杉谷健一郎「オーストラリアの荒野によみがえる原始生命」(共立出版 2016)を読んだ。題名の印象とは異なり、かなり原始生命全般の解説も展開されており、しかも非常に読みやすい。「論争」の絶えない分野ではあるが、節度のあるレビューとなっていて共感できる。ただし学術論文でないせいもあり、年代表記は必ずしも厳密ではない。こういう文章が年表作者を一番困らせる。


杉谷さんの文章で一番困ったのが、先カンブリア紀の小区分である。

これまで私は仲田崇志さんの分類に従っていた。それが下記の図である。

原始地球

生物の起源~細胞生命の起源~」より転載

ところが、杉谷さんの本では下記のようになっている。(クリックで拡大)
杉谷
片や生物屋さん、片や地質屋さんであるが、それにしてもこれではバベルの塔状態である。

ポイントは二つあって、

①仲田さんの図は//が挿入されているように、不完全な図である。

②仲田さんの図は最終修正が2009年であり、杉谷さんの図は2016年のものである

ということで、どちらを採るかといえば杉谷さんの図を採るしかない。

しかしそれでは、こちらが納得出来ない。

①2009年には仲田さんの図が正しかったのか。

②その後名称が変わったのか

③始生代という言葉は消えたのか

ということで、仲田さんの文章をもう一度チェックしてみた

地質年代表

というページがあって、大変詳しい分類が紹介されている。この図は2017年の更新となっているから、杉谷さんよりさらに新しい。

やや煩雑で、しかも逆順なので、編集して紹介する。

45億6700万年前

地球誕生


冥王時代


40億3000万年前~

太古累代(始生期累代)

原太古代

36億年前

古太古代

32億年前

中太古代

28億年前

新太古代

25億年前 原生累代

古原生代

16億年前

中原生代

10億年前

新原生代

5億4100万年前

カンブリア爆発


顕生累代

古生代

2億5190万年前

中生代

6600万年前

新生代

ということで、旧仲田分類として私が把握していた分類法が間違いで、杉田分類が標準であることがわかった。

始生期という言葉は、いまは主流ではなくなっていることもわかった。英語は Archean で変わっていないから、訳語の問題らしい。おおかた学閥がらみの事情であろうが、太古のほうが適切であろう。


これに基づいて年表を訂正します。たいへんお騒がせしました。

1.「モノから情報へ」は誤り

「モノの時代は終わった。これからは情報の時代だ」と言われる。

身の回りの社会は、たしかに現象的にはそう見える。

しかし、この主張は、それらの情報自体がモノの生産を前提としでいるということを看過している。

というより、利潤率の点で魅力を失ったモノの生産は低賃金従属国に任せて、情報=技術・流通を先進国が独占するという構造を背後に隠している。

(医療・介護をふくめサービス労働を「生産労働」に組み込みたがる論者への素晴らしいプレゼントだ)

2.出産は「女性の生物学的悲劇」

100万年以上もむかしのアフリカのある晴れた日、二本足で立ってみたサルが、両手を使うことを知った。

それから、ヒトの脳とその容れ物は次第に大きくなった。その一方、二本足で立ったがゆえに母親の山道は狭まって、ほかの哺乳動物のように胎内で胎児が十分に育つことは不可能になった。

もしそうすれば、ヒトの母親は難産で死んでしまう。

気の遠くなるような長い生物学的淘汰を経て、未熟のまま子を早産できるような体質を備えたヒト属だけが生き延びられるようになる。

こうして「女性の生物学的悲劇」(ネミーロフ)が始まる。

母親はこの未熟な子を一人前にするのに長い間育児に拘束されるようになる。

以下の本論は若干、時代に制約されて月並みなものになっていくが、この書き出しの2つのエピソードは秀逸で、その筆力も相まっていまも十分に魅力的である。


うかつなことに、「独習指定文献」制度が廃止されたことは知らなかった。いかに不まじめな党員であるかがバレてしまった。

ウィキによると、2004年、「常に変動する政治情勢に対応するため、固定的な独習指定文献制度は時代に合わなくなった」とし、廃止されたのだそうだ。もう13年になる。

廃止直前、2001年ころの独習指定文献は下記のごとし。

初級

『日本共産党第22回大会決定』

『日本共産党綱領』

『日本共産党規約』

『自由と民主主義の宣言』

レーニン『マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分』

マルクス『賃金、価格および利潤』

エンゲルス『空想から科学への社会主義の発展』

『日本共産党第20回大会での党綱領の一部改定についての提案、報告、結語』

宮本顕治『党建設の基本方向』(新日本出版社)

不破哲三『綱領路線の今日的発展』(新日本出版社)

中・上級

レーニン『カール・マルクス』

エンゲルス『ルードウィヒ・フォイエルバッハとドイツ古典哲学の終結』

マルクス『ゴータ綱領批判』

エンゲルス『反デューリング論』

レーニン『唯物論と経験批判論』

マルクス『資本論』

レーニン『資本主義の最高の段階としての帝国主義』

『日本共産党の70年』(新日本出版社)

宮本顕治『党史論』(新日本出版社)

不破哲三『スターリンと大国主義』(新日本新書)

不破哲三『ソ連・中国・北朝鮮――三つの覇権主義』(新日本出版社)

『日本共産党と宗教問題』(新日本文庫)

けっこう読んでない文献が多いなぁ。


私選、独習指定文献

1.ヘーゲル法哲学批判序説

若々しいマルクスの行動宣言で出発点だ。どうしても押さえておきたい。

2.経済学・哲学手稿

「疎外された労働」のところは趣旨としては分かりやすい。「ミル評注」も、ミルの理論も紹介しながら参考程度につけてやるといい。

第三草稿も面白いが、うんと枝葉を落として、うんと背景説明しないとわかりにくい。中・上級に。

3.ドイツ・イデオロギー

人間は食うために生活していること、食うために生活する人間が社会を作ると、どういう社会になるのか、これが良く分かる。

後ろの方の面倒なところはいらない。

4.哲学の貧困

ものすごく読みにくい本だが、プルードン(的なもの)への批判は、この先どうしても押さえて置かなければならない。マルクスは、初めはプルードンとケンカするために経済学を勉強したのだろうと思う。「ドイツ・イデオロギー」の後半部分、「聖家族」をふくめて「偽左翼」経済学への視点を鍛えるべきであろう。
背景説明をふくむ抜粋本があればいいのだが。中・上級に入れる。

5.共産党宣言

これを抜かすなんて信じられない。搾取というのが社会の最大の問題なんだ。

6.賃労働と資本

入門書として読むならこれしかない。これだけ読んでくれれば他は要らないくらいだ。足りないところは必要に応じて補えばいい。

「賃金・価格・利潤」は解説すると余計わかりにくくなるから、やめた方がいい。大事なことはアダム・スミス以来の経済学の決まり事を憶えることだ。

7.フォイエルバッハ論

分かり易いが、たくさんウソが混じっている。それをやり始めると難しくなる。ヘーゲルにはあえて触れないこと。

ほかにエンゲルスの著作、たとえば「家族」、「自然弁証法」、「空想から科学」は副読本扱いにして、指定文献には入れないほうがいい。マンガにすると若い人がとっつきやすいだろう。

8.ザスーリッチへの手紙

「未来社会」論に関して組合主義者が必ず持ち出してくるので、勉強はして置かなければならない。「経済学批判序説」の時代区分はあまりにも雑駁で、「あんなこと言わなきゃよかった」とマルクスは反省していたのだろう。全部読む必要はサラサラないので、抜粋本があると良い。中・上級

9.帝国主義論

レーニンといえばこれしかない。「国家と革命」も「唯物論と経験批判論」も要らない。ただ「何をなすべきか」は、いろいろ問題はあっても「面白いから読め」と勧めたい。

「金融資本を中心とする独占体」という概念は、グローバル化のもとでは大きく変質しているが、不均等発展の理論はいまなおホットだ。

10.極左日和見主義者の中傷と挑発

平和革命をリアリズムに基づいて説得する文書だ。日本共産党が初めて最初から最後まで自分の頭で考えて作った文書で、私には未だに理念的出発点だ。我々は「4.30論文」と言っていたが、東京の人は「4.29論文」と呼んでいる。それがちょっと悔しい。
袴田里見が講演に来て漫画チックな解説をした。岡正芳さんの講義はボソボソとして分かりにくかった。下司さんの発言は見当違い。米原さんが一番スッキリしていた。まぁ自分で読むのが一番だ。

11.現綱領関連文書

不破さんの貴重な置き土産。「冷戦終結論」で一触即発の雰囲気になったときに、不破さんが鮮やかな切り口で事態を収拾したことは忘れられない。とはいえ不破さんの語り口のスマートさに惑わされず、現綱領を自分のものにする必要がある。


マルクス主義というのは、哲学的にはヘーゲルの伝統を継ぐ弁証法論者であると宣言することであり、経済学的にはアダム・スミスとリカードの伝統を継ぐ労働価値説の陣営に立つことである。
運動的には、おそらくはフランス大革命における急進派(百科全書派)の主張を引き継ぐことではないだろうか。サン・シモンやオーウェンはそこからの派生であると思う。
あれこれの「社会主義」的な試みではなく、自由・平等・博愛の三位一体たる「民主主義の精神」の継承者としてみずからを位置づけるべきであろう。
ついでながら
「科学的社会主義」という言葉は心がけとしては正しい。しかし論争の相手が「非科学的」とは限らない。受け取る側に傲慢だと思われる可能性もある。
科学的であろうとすれば唯我独尊ではありえない。内心では確信しつつも、他人との関係では節度を保った使用法が必要である。

何気なく本棚の一冊を手に取った。
有斐閣新書「マルクス…著作と思想」という入門書だ。1982年の初版で私のもっているのは第4刷、85年の発行となっている。非共産党系マルクス主義者の集団著作だ。
おそらく「療養権の考察」を書いていた頃に買った本だ。かなり読み込んだ形跡があるが、「考察」の参考文献一覧には入っていない。独自的意味はないと判断したのだろう。多少「忖度」したかもしれない。
しかし冒頭の望月清司さんの文章はいま読んでもなかなか良いものだ。
考えてみると原光雄さん、三浦つとむさんから始まって、ずいぶん「異端」の文章に影響を受けている。
人間的諸活動を労働過程と享受・発展過程、社会的活動を生産活動と生活過程の統一として考えるのは中野徹三さんの影響だし、受苦と欲望を人間的発展の二つの動因と考えるのはルカーチの影響だ。

当時、私の積み重ねた「学習」の目的は、客観的には「共産主義読本」をいかに合理的に読み解くかということにあった。感想的結論として、「共産主義読本」は度し難い「スターリン的・非レーニン的文書」だと判断した。大きな声では言わなかったが、批判的に読むべきだということを示唆した。

70年代後半から80年代前半にかけては、そういう批判を許容する時代の雰囲気もあった。そのあと理不尽な反動がやって来て、理論課題が組織問題であるかのように攻撃され、かなりの人が「民主的軍国主義者」の犠牲になった。丸山真男が突如攻撃され、古在由重が除名され、「冷戦は終わっていない」と宣言された。
誰かが同志Mの認知症につけ込んだのだろう。

もちろん「異端」を自認する人の多くは「反スタ・スターリニスト」である。かつての北海道AALAの幹部であった中野徹三さんが、いまも進歩的な政治的役割を果たしているとは思えない。しかし本業のところでは傾聴すべきかなりの意見があることも事実であろう。

本日の赤旗2面
ちょと目立たないところに、志位さんの記者会見が紹介されている。
表現は考えられる限りもっとも穏やかなものとなっている。
憲法問題についてはぎりぎり、
「“立憲主義を壊す安倍政権には、そもそも憲法を変える資格がない”という点で野党は結束してきましたが、これからもこの一致点で結束していけると思います」ということで一致点を見出そうとしている。
消費税問題はさすがに同意はできないが、「税制についての考え方は違っても、当面の対応として前向きの合意が得られるようよく話し合っていきたい」と抑えた。
すでに4日の段階で小池書記局長の「共闘推進呼びかけ」が発せられており、トリプル補選を「国政私物化、情報隠蔽のモラルハザード、憲法を踏み破る安倍暴走政治」に対する国民の審判と位置づけた。今回の志位談話はそのための「政策的足かせ」を除くためのものであろう。
おそらく民進党の対応についての関係者議論は、水面下で進行しているに違いない。
その際の暗黙の前提としては、たとえば前項記事の山崎さんの7項目提案が下敷きになるだろう。(ただし第6項はみごとにずっこけたが、第7項はかろうじて維持されている)
念のため該当部を再掲しておく。

(1)安倍首相への批判に争点を絞る
(2)憲法と対共産党の議論は棚上げ
(3)選挙協力は実を取る
(4)「再分配政策」重視を打ち出す
(5)金融緩和継続と消費税率引き上げ延期を確約
(6)フレッシュな顔を前面に出す
(7)仲間割れしない!

これでお互い、とりあえずのトリプル補選での政策的ハードルは乗り越えられる。
あとは「新執行部の方々と、つかさ、つかさでよく話し合っていけば、協力していけるのではないかと期待しています」ということになる。
これは前項記事の松野頼久議員の発言を念頭に置いたものだろう。
いずれにしても、「共産党を除く…」風土の復活を阻止するためには、まさに「耐え難きを耐え、忍びがたきを忍ぶ」方針だ。
例えば枝野が当選して右派議員が軒並み脱走し、連合が絶縁してもぬけの殻になった民進党が来ても、それだけでは日本を動かすことはできない、と見切った上での判断だ。
ただしこれは市民連合のプッシュがあってこその議論になる。野党共闘というのは野党の共闘ではなく、野党と市民との共闘なのだ。市民連合が「耐えてくれ」といえば耐えるしかない。ポジティブにも、ネガティブにも、そこに、今この瞬間の日本の政治状況がさしかかっている。
トリプル補選の行方がとんでもない重みを持つことになりそうだ。

民進党代表選と野党共闘の行方

9月1日に行われた民進党の代表選挙は、野党共闘の今後を占う上で、興味深いものであった。

しかし、一般メディア上ではこの問題に触れたものはほとんどない。わずかな手がかりをたぐりつつ、野党共闘の見通しについて探ってみたい。

例によって時刻表的に経過を追ってみたい。

1.都議選敗北と仙台の勝利

まずは7月都議会選挙の前後から、

7月2日に都議選が闘われ、小池都知事の与党として結成された「都民ファーストの会」が圧勝した。

まぁこれはいっときのブームみたいなもので、次の都議会まで持つかどうかも怪しい。

これを別とすれば、最大の特徴は自民党の大敗である。色々重なって最悪の状況で迎えた選挙だったから仕方ないにしても、公明党の支援を失った自民党がいかに脆いかが暴露された。

第二の特徴は共産党がブームに埋没せずに、既存陣地を守り、わずかながらも前進したことである。これまでは新党ブームが起きるたびに、その煽りをもっとも受けたのが共産党だった。それを考えると今回の選挙は「共産党ミニブーム」選挙だったと言っていいかもしれない。

ただ、僅差での当選がかなりあることから、これからもこのようにうまくいくとは限らない。

第三の特徴は民進党の惨敗である。これは連合の態度が大いに関係している。連合は民進党を脱走した連中をふくめ、小池新党に肩入れした。彼らは民進党の敗北の代わりに野党共闘派執行部の追い落としを狙った。そして見事に成功した。

「やはり連合なしには民進党は生きていけない」と言うことを、骨身に感じさせた。これによって野党共闘の発展にブレーキをかけようとした。

しかし市民はこれとは逆の反応を示した。都議選の直後に行われた仙台市長選挙では野党共闘の候補(民進党員)が現職市長を破ったのである。

2.股裂き状況と蓮坊体制の崩壊

こうして民進党は完全な股裂き状況に陥った。党そのものの明日を考えれば、野党共闘路線を走るしかない。これはまともな党員であれば誰が考えても分かる。

しかし、最大の支持母体である連合は、共産党をふくむ野党共闘は許せない。そのために、あえて民進党を支持せず自公連合やブーム政党に相乗りすることもいとわない。

こういう状況の中で進退窮まった蓮坊体制は崩壊していく。

7月27日、蓮舫が「党代表を辞職する」と発表した。「二重国籍問題」などという言いがかり的なキャンペーンも、やる気を失わせるには十分だったかもしれない。しかし執行部の取り続けた野党共闘推進姿勢が、強引に押しつぶされたと見るのがもっとも真相をついているのではないだろうか。

さらに連合は揺さぶりをかける。8月8日に 細野豪志が党代表代行を辞任、離党した。

共産党抜きの政界再編をめざすという。おそらくは小池新党や、場合によっては維新まで巻き込む野党連合の形成だ。

しかしこのような政界再編は、民進党の運命そのものを危うくする。かつて連合に見捨てられた社民党や自由党が辿った運命をみずからもたどることになる。

3.右派代表の前原が登場

直ちに次期代表を争うレースが開始れた。当初から前原対枝野の対決になることは明らかだった。

8月17日、前原が突如メディアに登場した。その記者会見は衝撃的でさえあった。

民進党から支持者が離れていく最大の原因は共産党との連携にある。共産党をふくむ野党連合の方針は解消する。

そして消費税増税も実現する、憲法改正にも積極的に取り組む…と驚きの内容が連打された。さぞ連合や経団連は喜んだことであろう。

しかしこのような方針が今の政治状況に見合っているとは到底思えない。これでは民進党の自殺行為ではないのか、と誰しも呆れただろうと思う。

多分言っている本人が一番良く分かっているのではないだろうか。

わたしはこれは練りに練られた一撃ではないかと思っている。党の存続をかけて、連合に詫びを入れたのではないだろうか。このような過激な言明は一度きりで、その後は聞かれていない。

党の解党的出直しのためには強いガバナンスを必要とする。そのためには連合にも頭を下げなくてはならない。

これ以上勝手な想像をしていても仕方ないので、次に進む。

4.前原・枝野の出来レース

8月21日、党首選が告示され、前原誠司と枝野幸男の2人が立候補した。今のところこの組み合わせしか考えられない。

両者の公約は1.自己責任型の社会ではなく支え合う社会を目指す。2.社会の多様性の尊重、3.党を基軸に政権交代を目指す,ことで一致。緊縮財政、消費税増税、金融緩和について意見が分かれる。(buzzfeed

比較

両者の理念は意外に似通っている。ウラで通じ合っているとも考えられる。

両者の公約は1.自己責任型の社会ではなく支え合う社会を目指す。2.社会の多様性の尊重、3.党を基軸に政権交代を目指す,ことで一致。緊縮財政、消費税増税、金融緩和について意見が分かれる。(buzzfeed)

しかし連合との関係では水と油である。だから前原は意図的に連合よりの候補であることを押し出したのではないだろうか。

当選後は枝野と二人三脚でやるという暗黙の了解があった可能性もある。

5.小沢一郎の影

こういう剣が峰での立ち回りは前原一人でできるものではない。

前原の推薦人には旧小沢派の2人が名を連ねる。小沢氏は「前原氏が勝利すれば、野党結集を打ち出すと思う」などと発言したという。(ismedia

地方での投票率は公表されていないが、岩手県選出の民進党国会議員は「全員が前原に投票した」と公言している。

報道によれば、小沢は共産党の不破哲三と太いパイプを持ち、野党共闘のフィクサーの役割を果たしている。

新潟県知事選挙での自由党、森議員の差配はみごとなものであった。民進党抜きで見切り発車した上で、事実上の野党共闘にこぎつけた。誰もその功績が一人、森議員のものだとは思わないだろう。

不破哲三は長年の国会議員経験を持ち、創共協定にも関わるなど、局面では博打も必要なことは分かっている。

前原はこれに乗った可能性がある。表の発言とウラでは意味が違うかもしれないと言われている。

前原の真意は党を割らないことであり、連合とのパイプを残しつつ、議席を確保することである。それは枝野も理解している。

どこまで押しても共産党が黙っているかを推し量りつつ、反共路線を押し出すことで右派の引き止めを図る。

これが前原の胸算用ではなかったろうか。

6.選挙の結果をどうみるか

9月1日国会議員の投票が行われ、前日に締め切った党員の投票と合わせて、前原の当選が決まった。

国会議員 前原 83票 枝野51票

公認予定者 前原 84票 枝野42票

合計 前原250pt  枝野144pt

全てを合計した結果、前原氏502pt、枝野氏332pt

ということで、枝野の予想以上の健闘という側面はあったものの、ほぼおさまり型の結果となった。枝野の顔も立った。

メディアの評価では、「枝野氏の予想外の善戦」で共闘路線への支持が根強いことが示される。「左派系議員を切る純化路線が取りにくくなった」とされる。

これはある意味で、狙い目でもある。

しかし、代表就任に当たっての前原の記者会見はそんな平穏なものではなかった。「厳しい党運営になると思ったのは、無効票の多さだ」と語っている。

国会議員8人は前原支持に回らず、あえて無効票を投じた。これは、共産党との共闘などに不満を持ち、すでに党を離れた細野らと気脈を通じる「離党予備軍」とされる。

連合の神津里季生会長は「目指す国家像が全く違う共産党と選挙で手を組むことはあり得ない」とあらためて釘を差した。

前原の右翼丸出しのポーズは、党内右派からかなり見透かされていると見なければならない。

ここに前原の最大の危機感がある。

7.10月22日までの動き

前原に残された時間・ハネムーン・ピリオドはきわめて限られている。連合がとりあえず差し出口を控えるのは10月22日のトリプル補選までであろう。

選挙次第では、連合は民進党から手を引く可能性もある。流石に維新とは行かなくても小池新党に合流する可能性は高い。そうなれば民進党の社民党・自由党化は避けられない。

各紙の世論調査で前原新代表に「期待しない」との回答は51.2パーセント(共同)で、「期待する」の40.3パーセントをかなり上回った。(連坊就任時は56.9%が期待を示す)

同党の政党支持率も毎日の調査で5%と低迷している。

どうしても議席がほしいとなれば、逆説的に野党共闘への傾斜は不可避である。

9月3日、次期国対委員長予定の松野頼久衆院議員は、「与党との一騎打ちに持ち込まなければ勝てない」と述べ、共産党を含めた野党共闘を維持すべきだとの考えを示した。

松野氏は「(野党共闘を)見直すとは言っても、やらないとは言っていない」と強調。

周囲の状況も慌ただしい。

代表選の翌日、小池都知事が側近の若狭勝衆院議員と会談し、「小池新党」を立ち上げる方針を確認した。

小池氏は「しがらみのない政治であるとか、大改革とか遂げられるような状況を国政でも作っていきたい」と意欲を示した。

山尾議員をめぐる報道も連日続いている。山尾は「保育園落ちた。日本死ね」の質問で一躍有名になったが、もともと経歴は芳しくない。

昨年、ガソリン代支出での不適切な処理を指摘され、「ガソリーヌ」というあだ名で呼ばれていた。

今年の仙台市長選では野党共闘候補を応援し、2週間後の横浜市長選では自公候補を推すという無節操ぶりである。

権力の標的とされ、民進党に残っても目がないと見るや、さっと逃げ出す足の速さは一流である。

今回の不倫疑惑は例によって公安と週刊文春の二人三脚であろうが、権力側が民進党の動向を野党共闘の成否の勘所と見て、攻撃に回ったことの証であろう。

いずれにしても10月のトリプル選挙だ。民進党がどうなろうとそれは民進党の問題だ。しかし権力が野党共闘を阻止するために民進党に的を絞ろうとしているなら、この選挙は天下分け目の戦いになるかもしれない。

追補

山崎元さんはわりと好きなエコノミストである。その山崎さんがダイアモンド・オンラインに面白い記事を載せていた。

前原・民進党は何をすべきだろうか。簡単にまとめるなら、以下の7点だ。

(1)安倍首相への批判に争点を絞る

(2)憲法と対共産党の議論は棚上げ

(3)選挙協力は実を取る

(4)「再分配政策」重視を打ち出す

(5)金融緩和継続と消費税率引き上げ延期を確約

(6)フレッシュな顔を前面に出す

(7)仲間割れしない!

リアルで適確だと思う。ただし民進党にとってはよろしいが、国民にとってよいかどうかは別。


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